1-63 リンドの悪魔 11
司令室に戻った職員達は、一名を除き、部屋を出る前よりも落ち着いていた。
その理由の一つは、司令室に戻った時にミリーから、部屋から出ないのであれば何をしていても構わない、と言われた事だ。そしてその言葉を受けて、レミィが無謀にも、こう切り返したのだ。
「でしたら、お茶しながらだべってても構いませんか?」
周りの皆は非難の目をレミィに向ける。『リンドの悪魔』の神経を逆撫でするような事を何故ワザワザ言うのだ、と。レミィもそれは考えた。しかしこのままではみんな精神的に参ってしまう。だったらダメ元で聞いてみる価値はある。今なら私一人が犠牲になるだけですむだろう。
レミィの提言で一瞬静まり返った室内は、ミリーの柔らかな物言いで緊張が破られる。
「あぁ、いいんじゃないか。その程度なら別に構わんよ。ついでに30分後位に私とカイトの分も淹れてそっちの会議室に持ってきてくれないか?あと、少しでいいからお茶請けも分けてくれるとありがたい」
ミリーはそう言うと、カイトと二人で隣の会議室に消えて行ったのだった。
会議室の扉が閉じたとたん、部屋中から大きく息を吐く音が聞こえ人々が動く。全員が一斉に重い枷を外されたような感じだ。
人々はレミィの周りに集まり口々にレミィを褒め称える。「よくあの悪魔をやりこめてくれた」とか「堂々とした態度に悪魔が尻尾を巻いた」とか。レミィは取り敢えず照れ笑いで皆の相手をしたが、レミィ自身は全く異なる見解を持っていた。
(あの悪魔は私達に興味がなくなったのだ。私達の事などどうでもよくなったのだ)
つまり、生き延びれる可能性が出てきたのだ。突然の心変わりの理由はさっぱり判らないが理由なんてどうでもいい。
「皆さーん。今からお茶を淹れますから、適当に寛いで待っててくださいね」
レミィは軽い足取りで什器に向かう。
(そうだ。ハーブティーにしよう。カリトカの葉がまだあったはず。あれにはリラックス作用があるから)
レミィは、ふと一人連れて行かれたカイトを思い出し会議室の扉に視線を移す。
(一人だけ可哀想だけど・・・ま、仕方ないわね)
と、視線を什器に戻すのであった。
可哀想なカイトは会議室に入ったところで立ち竦んでいた。手には全職員のリストが握られている。
ミリーは既に会議卓に着いてカイトが来るのを待っていた。
カイトは絶望していた。
このリストを渡したら自分は用済みだ。きっと殺される。そう思うと手足がガタガタと震え、顔面が硬直する。
「おい、何をしている?早くせんか」
ミリーが頬杖をつきながらカイトに催促する。
カイトは色々な思い出を走馬灯の中に思いだす事に忙しくミリーの言葉を聞いていない。
「おい!」
「は!はい!おわっ!」
ミリーの強い呼び掛けにようやく我に返ったカイトは慌てて動こうとするが、足が思うように動かず前のめりに転びリストをぶちまけてしまった。
慌ててリスト拾い集めるカイトを、ミリーは呆れ顔で見つめ「はぁ~」と溜め息を吐く。
「これじゃ役に立たんな。仕方ない。もういいかな・・・」
ミリーの独り言がカイトの耳に突き刺さる。カイトは思わずミリーの顔を、憐憫を誘う表情で震えながら見つめる。その様子にミリーはまた「はぁ~」と溜め息を吐き、カイトを諭すように話し始める。
「いいか、カイト。落ち着いてよく聞け。私は最初っからお前を殺す気なんかないよ」
そう言うミリーの微笑みには、おぞましさなど欠片もなかった。
「い、一体どういう事で?」
カイトは茫然と尋ねる。
「一時的に司令室を恐怖でコントロールする必要があったんだ。今からお前に今回の作戦を説明する。この作戦には王国の存亡がかかっている。心して聞け」
ミリーはカイトに、ラーミザン基地をめぐるローデモング帝国の謀略を説明する。
カイトは驚きながらも、ミリーの言う事を素直に受け入れる。
「まさか、ローデモング帝国の工作員が潜り込んでいるなんて・・・」
「さらに、元々いる職員を陥れて手先に使おうとしているのさ。我々は、この両者を一網打尽にする。これには第9倉庫の構造を利用する。細工はこうだ」
ミリーは一網打尽にする手順を説明する。
「なるほど。でもその方法だと事前に工作員と協力者が判っていないといけませんよ。今のお話の通りに敵が動くとなれば、誰がそうなのか確認する時間が取れません」
さっきまで死の影に怯え走馬灯と友達になっていた人間が随分とえらそうな口を叩くようになったものであるが、ミリーはカイトに正常な判断力が戻って来たと判断するだけで別段気にも止めていない。
「リストとペンを」
カイトから職員リストを受け取ったミリーは、○と△をリストの写真の隣に書き込んでいく。
「○が工作員、△が協力者だ」
淀みなく印を付けていくミリーを、カイトは呆気に取られて見つめる。カイトの脳裏を『リンドの悪魔』という言葉がよぎった。
「どうして知っているんですか?まさか本当に人々の運命が・・・」
カイトの疑問をミリーは鼻で笑って答えた。
「さっき、面通ししたじゃないか」
「えっ?さっきって・・・まさか集会ですか?!」
「それ以外にあるかい?」
壇上から一瞥しただけなのに・・・そう考え絶句するカイトに、ミリーはごく当たり前のように答える。
「まぁ、お前や司令室のみんなの協力の賜物だがね」
そう言って笑うミリーにカイトは何の事だか判らない様子であった。ミリーはその様子を観て追加説明を行う。
「あの場で必要だった事は、全員に注目と憶測をさせる事だ」
ミリーはリストにチェックを付ける手を止めることなく説明を続ける。
「悲鳴のような放送。泣き崩れそうな女性達。パニック寸前の演説者。人々は恐怖の正体を知るために注目を余儀なくされ、様々な憶測を始める」
カイトはミリーの言葉にあの集会の様子を思い出す。確かにあの時の職員達の注目度は異常な程だった。
「そして、何かを画策している者。後ろめたい事がある者。何もない者。それぞれがそれぞれに特有の思考を展開するのだ。私はただそれを読み取るだけさ」
「お前が放った私に関する暴言は、実に都合が良かった。お陰で簡単に司令室のみんなに恐怖を植え付ける事が出来たからな」
「なんだ。そうでしたか。あの時の恐ろしげな様子は演技だったんですね。安心しました」
カイトはミリーの行動を恐怖を植え付けるための演技だと思って気を緩ませる。しかし、カイトに対しミリーは「おい」と静かだが重みのある声を投げつける。
「おい、貴様。私の二つ名は伊達でも誇張でもないぞ。もし貴様の暴言がなければ私は司令室の人間を何人か殺すつもりだった。恐怖を植え付けるためだけにな」
そのミリーの言葉は脅しではなく事実であると、カイトは本能の奥底で認識し怯えていた。その時のミリーの眼光は今まで見た中で最も恐ろしいものだったのである。
カイトは師の言葉を思い出す。
「ミーア=リーアに近づいてはならぬ」
カイトは理解する。いや、少しは理解出来たかも、と考える。
ミーア=リーアとどんなに親しく会話が出来たとしても決して心が通い合っているなどと思ってはいけないのだ。ミーア=リーアは全く異質な存在なのだ。我々とは考えを共有出来る存在ではないのだ・・・と。




