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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
62/311

1-62 リンドの悪魔 10

「出番などと・・・貴様は何をするつもりだ?」

 所長のジョージの質問に、ミリーはつまらなそうに答える。

「何って決まっているだろ。集会に行くんだ。そろそろ時間だな。さぁ!全員集会場所に移動しろ!ひと固まりになって移動するんだ!一人でも変な気を起こしたら全員叩き切る!」


 ミリーの怒号に全員が抵抗する気もなく立ち上がる。いや、一人泣きじゃくったまま足に力が入らず立てない者がいた。ナーシャである。周りの女性職員が励ますように声を掛けるが、首を横に振るばかりで立ち上がる事が出来ない。見かねた女性職員の一人が意を決してミリーに懇願する。

「この子はとても立てる状態じゃありません!集会の間ここで休ませてあげて下さい!」

「私は『全員』と言った筈だぞ。それでも行けないと言うのであれば・・・仕方がないか・・・」

 ミリーはニタァっと嗤いククククと声を漏らす。そしてナーシャに剣を向けながらゆっくり近づいていった。ナーシャと女性職員は恐怖に目を見開き息を詰まらせる。


 それでも女性職員の方は恐怖に抗うように必死に声を上げる。

「私がこの子を抱えます!抱えて連れて行きます!だったらいいでしょう!」

 とにかく必死だった。このような物言いはこの『リンドの悪魔』の心証を損ねるに違いないとは思ったが言わずにはいられなかった。

 女性職員は罵声と共に自分に剣が振り下ろされる事を確信していた。が、予想は簡単に覆された。

「ほう、この状況下でなかなかいい判断をするじゃないか、レミィ。良かったなナーシャ、今は生き延びる事が出来たぞ」

 レミィと呼ばれた女性職員が呆気にとられている間にも、ミリーは全員に指示を行う。

「今聞いた通り、立てない者は周りの人間が抱えて連れて行け!判ったらサッサと移動しろ!」


 司令室の職員達は立ち上がり移動を開始した。ナーシャはレミィともう一人で抱えて行った。立てなかった者がもう一人、精も根も尽き果てたポーラだ。彼女も二人に支えられて移動する。

「ゴメンね、ゴメンね」

 ナーシャが泣きながら何度もレミィに謝る。レミィは笑顔を作って「いいから、いいから」と返事をする。

 しかしそのレミィもボロボロ涙を流していた。恐ろしかったからではない、哀しかったからだ。

 この悪魔が確かにミリーさんだと確信出来てしまった事が哀しかったのだ。


 レミィはずっと疑っていた。ミリーさんとは何度も会った事がある。点検の度に整備の合間を縫って、この司令室に顔を出してくれた。その度に女の子達でお菓子を食べながらお喋りをしたり相談事をしたりしたものだった。

 だからこそ目の前にいるこの悪魔がミリーさんだとは思えなかった。ミリーさんによく似た別の誰かがミリーさんの振りをしているのだと自分に言い聞かせていた。

 しかし、さっきこの悪魔は自分とナーシャの名前を躊躇なく呼んだ。しかもちょっと癖のあるイントネーションは間違いなくミリーさんのものだった。

 レミィはこの悪魔がミリーさん本人だと認めるしかなかった。

 それがレミィは哀しかったのだ。




 普段、締まりのない緩い朝礼を行っている場所は、今までにない緊張感に包まれていた。

 朝の異様な放送もさることながら、今、目の前に展開されている光景は更に異様だったのだ。

 整列した600人程の全職員と対峙するように朝礼台の横に並んだ司令室の職員達。女性職員は殆どが泣いていた。支えられてやっと立っている者もいた。男性職員は泣かないまでも顔を引きつらせている。

 何人かが司令室の職員のもとに近づこうとしたが、衛兵達に「近づくな!」と怒鳴りつけられていた。因みに衛兵が二人足りない事に気付く者は誰もいなかった。


 トニーも近づこうとして怒鳴られた一人であった。婚約者のナーシャが支えがなければ立っていられない状態なのだ。駆け寄るのは当たり前である。衛兵達も婚約者だと知っている筈なのに近寄らせてくれない。

 トニーは衛兵に抗議しよう口を開きかけたが、衛兵の顔を見て口をつぐんだ。衛兵の顔が恐怖で引きつっているのを見たからである。

 司令室で一体何があったのか、誰も教えてくれそうになかった。だが謎を解くヒントが朝礼台の上にいる。カイトの横に立っている一人の少女だ。髪を下ろしてはいるがあれはミリーさんに間違いない。

 しかしもう点検には来ない筈だ。では一体何をしに?

 理由を考えた時にどうしてもあの事と結び付けてしまう。あまりにもタイミングが良すぎるのだ。

 あの事・・・そう今日が決行日なのだ。今日、自分は国を裏切る事に加担させられるのた。決して望んでいるわけではなく、脅迫された結果なのである。そして多くの者が自分と同じように弱味を握られ仕方なく従っているのだ。


 そんな事を考えていたトニーだったが、思わず我に返る。一瞬ミリーに見られていたような気がしたのだ。




「あーっ、み、皆さん、集まりましたか!」

 壇上のカイトがマイクを使って話し始める。


 カイトは一生分の緊張が集まっているのではないかと思うくらい緊張していた。横に立つミリーに今にも首を刎ねられるのでは、という恐怖もさることながら、目の前の全職員の注目を浴びている事も大きかった。

 普段の朝礼では、並んだ職員の3割がコッチを見ていればいい方で、職員達の雑談が壇上にも聞こえるなか、聞かれているのかどうか判らない雰囲気で適当に話しをすればいいので気が楽なのである。


 しかし今回は違う。

 皆がこちらに注目し様子を窺っているのだ。ヒソヒソ話も所々でやられているようだが、それもコッチの事を話しているようだった。

 こんな状況と、絶対に失敗は出来ないという崖っぷち感が仲良く手を結んだため、カイトの心拍数は上がり、足はガタガタと震えだす。(落ち着け、落ち着け)と心の中で繰り返すが逆効果であった。


(もう始めても良いのか?)

 カイトはチラッとミリーを伺うが、ミリーは職員の方を注視しカイトを無視している様であり指示は貰えそうになかった。

 カイトは恐る恐る話しを切り出した。


「あーっ、皆さんは、と、隣にいる、みみみ、ミリーさんをご、ご存知とは思いますが、こここ今回は、いつもとはベベ別の要件でいらっしゃってます!」

 声は震え、うわずり、かみまくった演説は、カイト本人にも酷い出来だと判っていた。カイトはチラッとミリーを見たが、ミリーは相変わらず正面を向いたままだった。取り敢えずカイトは続きを話す。


「み、ミリーさんは今回、おおお、王宮から特別調査官としては、派遣、派遣されました。調査内容は極秘という事ですが、み、皆さんに、ひぃぃっ!!」

 カイトが突然悲鳴を上げてミリーに対して身構えた。ミリーが少し動いたと感じたカイトが過剰に反応してしまったのである。そんなカイトに動じる事もなくミリーは職員達を凝視していたのだった。

 カイトは自分の勘違いだと気付き、慌てて取り繕う。

「と、とにかく、み、ミリーさんから、みみみ皆さんに聞き取り調査が行われると思いますが、ぜぜ、全面的に協力するようお願いします!」


「おい、どう思う?」

 カイトの哀れな演説の最中、列の中の職員がヒソヒソと話しを始める。

「今回の計画が漏れた、と考えるのが妥当だろうが、恐らく漠然としか把握していないのだろうな。把握していれば軍隊が来ている筈だ。それが小娘が一人。せいぜい噂の確認って所だろう。計画の障害にはならんさ」

「部長に報告は?」

「部長は商人として潜入しているんだ。下手に接触するとどやされるぞ。今は様子見でいいだろうさ」

 二人は顔を見合わせてニヤっと笑う。もし、その部長が既に地獄に墜ちていることを知っていたら、こんな余裕の笑いは出来なかった筈である。


「・・・あと、し、司令室は機密保持のため、し、暫く立ち入り禁止となります。しし、司令室付きの職員との接触は出来ません!以上!解散!」




(最悪だ、最悪の出来だ。もう殺される)


 カイトの意気消沈ぶりは目も当てられないものであった。

 まともに歩けないカイトは他の男性職員に支えられ励まされて司令室に戻って行ったのであった。

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