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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
61/311

1-61 リンドの悪魔 9

 ラーミザン基地、司令室。

 この日も朝から女性職員達のおしゃべりに花が咲き、笑いが絶えないまったりとした空気に包まれていた。そしていつものように、このまま1日が終わる筈だった。皆それ以外の日常など想像も出来なかった。


 しかし、来訪者の登場により全てが変わった。

 部屋の中央には2つの死体が転がっていた。

 女性職員達は部屋の隅で身を寄せ合って泣いていた。

 男性職員達は椅子に座り茫然としていた。

 もはやまったりとした空気など何処にもない。ついさっきまでの日常は、もう二度とやって来ない。職員達にはそう思えてならなかった。




「お前は継承者(サクセサー)だったな。お前の師は私の二つ名をそのように教えたのか」

 ミリーは長剣をカイトの喉元に当て、ニタァっと嗤う。カイトは震えながら何度も頷く。

「して、お前の師は、私の二つ名を軽々しく人前で話してよいと言ったのか?」

 ミリーの声は静かだったが、怒りがこもっていることはカイトには明白だった。

「そ、そんな事は御座いません!師は決して人前で言ってはならぬと」


「ならば貴様は師の命に背き、私に刃向かうと言うのだな!首を刎ねられる覚悟は出来ていると!」

 ミリーの剣を持つ手に力が入る。もはやカイトの命はないものと皆が確信する。

「刃向かうなどとんでも御座いません!この世にミーア=リーア様に刃向かう者などおりません!恐怖の余り口走ってしまいました事をお許し下さい!何でも御命令に従いますから!」

 自分より若く小柄な少女に対し這いつくばり手を合わせ、必死に命乞いをする姿は普通であれば「情けない」と失笑を買っても可笑しくない。しかし、今、笑うものは誰もいない。

 なぜならば、ここにいる全ての者が少女に恐怖し、かつ、今の少女の表情に獲物を前にした大蛇の獰猛さを感じ取り本能的に身をすくめていたからである。


 ミリーは、しばしの沈黙の後、カイトに語りかける

「ククク、『何でも』とは大きく出たな。ならば丁度よい。これからの作戦、貴様は私の手足となって働け。私の期待以上の働きをしたならば、その首、刎ねずにおいてやる」

「しかし、期待外れと判断したならば、即座にその場で首を刎ねる!判ったか!」

「あ、ありがとう御座います!必ず期待以上の働きをして見せます!」


 カイトも含めた司令室の全員が僅かに安堵の表情を見せる。この問答無用の絶望の中で生き残れるかもしれないという希望の灯が小さく灯ったからである。

 しかし希望が極々小さなものであることも、ここにいる全員が判っていた。なぜならば『リンドの悪魔』の伝承は全て、希望を与えておいて最後に希望をむしり取り、より大きな絶望の淵に叩き落として殺すものなのである。しかしそれでも与えられた希望にすがっていないと、絶望で気が狂いそうだったのである。


 ミリーは早速カイトに二つの指示を出す。

 一つは、職員全員を一カ所に集め、ミリーの来訪を告知する事。そしてもう一つは全職員の顔写真入りのリストを用意する事だった。

 カイトは少しホッとしていた。人を傷つけたり殺したりといった非道な命令が下されるのではと考えていたからだ。しかし、今の所は普通の命令だが、いつ無理難題をふっかけて首を刎ねようとするか知れないのである。となれば今のうちに点数を稼いでおきたいと言うのがカイトの考えであった。


「わ、判りました!今すぐ集めます!基地内放送をかければすぐですよ!おい!今すぐこれからの言うとおりに放送・・・を・・・」

 カイトが喋りながら放送用の席に目をやる。しかしなんとそこには誰もいなかったのである。思わぬ事態にカイトは慌てふためく。

「今日の放送当番は誰だ?!どこへ行った?!ポーラ!確かポーラだったよな?!ポーラはどこへ行った?!」


 カイトは放送席の周りをキョロキョロと捜すが誰もいない。少しの間狼狽した後、ようやく女性職員達が一カ所に集まっていた事に気付き、その中にポーラの姿を認め慌てて駆け寄る。

「ポーラ!何をしている?!仕事だぞ!早く来い!」

 ポーラは恐怖に顔を歪め泣きながら必死に首を振る。『リンドの悪魔』を前にして目立つ行動は死を意味すると小さい頃から言い聞かされているからだ。

 このままではミリーの心証を悪くする、とカイトは焦り「早く来い!」と腕をキツく捕まえ胴を抱えて、抵抗するポーラを引きずっていく。


 ジョンとクリムはそんな様子を呆れながら見ていた。

(あのカイトとかいう男、自分で放送すればいいだけの話じゃないのか?)

 全くもってその通りであり、第三者から見れば、三文コメディを見せられているような滑稽な状況が繰り広げられているのだ。

 しかし、当事者であるこの基地の職員達は全くその事に気付いていない。選択肢の存在が見えないのである。これは正に恐怖に支配されパニックなった人間の傾向であった。


 ジョンとクリムは考える。ミリーさんはどうしてこんな男をサポートに選んだのか?もはやこの男がまともな判断を出来そうにない事は明白である。いやミリーさんなら選ぶ前に判っていそうなものだ。だとしたらやはり『リンドの悪魔』の如く、うろたえる人々を楽しんだ上で殺そうというのか?


 ジョンもクリムも、自分達はこの基地の連中とは違って冷静だと考えていた。しかし二人もまた、目の前の惨劇に柔軟な思考を奪われていた事は事実であった。

 なぜなら彼等も気付いていなかったのだ。ミリーが無表情にこの滑稽なやり取りを見つめ、状況を冷静に分析していた事を。ここにいる連中もジョンとクリムも刻み込まれた恐怖のせいでそんな事にも気付かないのだった。


 ポーラはカイトに力ずくで放送席に座らされると、カイトの指示によって泣きながら放送を始める。

「全職員の皆さん!お願いです!聞いて下さい!!10時より朝礼場所にて緊張の集会を行います!いつも通り整列して下さい!欠席は許されません!お願いですから必ず全員出席して下さい!繰り返します!!・・・」

 まるで泣き叫ぶような放送であった。音が割れようがお構いなしである。そして壊れたレコードのように何度も繰り返し、カイトに「もういい!」と止められるまでまで続いたのである。


(酷い放送だったが間違いなく人は揃うだろうな)

 ジョンは心の中で苦笑する。

 泣きじゃくるポーラを茫然と見つめながら、カイトは放送の出来に気をもんでいると、突然肩に手を置かれビクッと全身を硬直させる。そして、肩に置かれた手の主は、カイトの耳元で囁きかけた。

「クククククク・・・なかなかいい放送だったじゃないか。次はお前の番だな。いい演説を期待しているよ」


 カイトは顔を引きつらせ、ミリーはさらに言葉を続ける。

「おい、前に来たときに完成間際だった第9倉庫はどうなっている?」

「は、はい。完成したばかりでまだ何も搬入されていません」

「それは丁度良かった。ショーの舞台には最適だな」

 ニマァっと嗤うミリーを全員が青い顔で見つめる。皆にはどんなショーか容易に想像がついたからだ。


 ミリーは二人の衛兵に近寄り指示を与える。

「衛兵ども!お前たちは皆が集会をおこなっている間にこの死体を第9倉庫に運び込め。誰にも見られるな。その後は指示があるまで誰も倉庫に入れるな。ジョンとクリムは同行してこいつらが変な事をしないように見張れ。少しでも不穏な動きをしたら殺しても構わん」

 指示を受けた4人は黙って頷き、その後、細かい指示を受けた。


 そしてミリーは皆を見回し楽しそうにニタニタ嗤いながら皆に告げるのであった。


「さぁ、皆さ~ん。出番ですよぉ~。楽しい第一幕の始まりですよぉ~」


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