1-58 リンドの悪魔 6
ミリーが『バリスタン』一機をトレーラーに積み込み、クリムとジョンを同行させてフィスリニア城を出発したのは式典の二日前。
クリムとジョンが交代でトレーラーを運転し、式典当日の早朝に目的地である『ラーミザン基地』に到着する予定である。
トレーラーの運転席は、横並びに5人が余裕で座れる程の広さがあり、今はクリムが運転、ジョンか真ん中に座っていた。運転席とは反対の扉側がミリーの指定席となる。
移動は順調に進み、明日の朝には予定通りラーミザン基地に到着できる見込みだ。
そんな中、日が沈む頃にミリーがおもむろに両方の髪留めを外して髪を垂らしたのである。
「ミリーさん、突然どうしたんですか?」
髪留めを外した姿を見たことがなかったジョンが不思議そうに尋ねる。
「ん?明日の作戦に必要な事さ」
ミリーの説明に要領を得ないジョンは首を傾げ、それを見たミリーは追加の説明を行う。
「いつもの髪型は、幼く見せかつ明るく人懐っこいイメージを作り上げてるのさ。でも今回の作戦では相手になめられるといけないからね。今からイメージを変えておくのさ。お前達に言い含めておく事もあるしな」
そう説明している最中にもミリーは段々と変貌していく。人懐っこかった眼差しは冷たく近寄り難いものとなり、その明るい微笑みは陰湿なものに変化し、声色も威圧的なものに置き換わっていったのである。
ジョンはその変化を目の当たりで見て全身に鳥肌がたったのであった。
ジョンがミリーの変化に戸惑っていると、ミリーはマントの下から一本の棒を取り出す。よく見ると、それは剣の柄と鞘であった。しかし奇妙な事に柄は長剣のサイズであるのに鞘は長剣の半分しかなく、鍔もなかったのだ。
(こんな変な剣、コンパクトではあるが使い物になるのか?)とジョンが疑問に感じていると、ミリーがその剣をゆっくりと抜いた。抜き始めると鞘に納められていた鍔が展開する。さらに鞘から出て来た刀身が異彩を放っていた。
刀身部分は3枚のブレードが重なっていた。剣先が存在するのは中央のブレードだけで、外側の2枚は剣を途中で切ったような形状だった。
一体どう使うのか、ジョンが判断しかねていると、ミリーが軽く剣を一振りする。その一振りにより真ん中のブレードが勢いよく飛び出し、飛び出し切ったブレードの根元の接合部を挟み込むように、外側の2枚のブレードがピッタリと合わさり一本の長剣となった。これがミリーが愛用し普段マントの下に隠し持っている長剣の正体だったのである。
「そのような剣、初めて見ました」
ジョンが驚きの声を上げる。
「私の自作だからね。最初に作ったのは5歳の時かな。その後は体の成長に合わせて何度か作り直したんだ」
ミリーは冷たく光る刀身を、それよりも冷たく光る目で見ながら説明し、さらに言葉を続ける。
「二人ともよく聞け。今回の作戦では決して私に逆らうな。例えどんな不愉快な状況になってもだ。もし少しでも逆らったら」
ミリーはそう言いながら長剣の刃をジョンの喉元に掲げる。
「私は躊躇なく貴様等の首を刎ねる」
ミリーはそう言うと薄ら笑いを浮かべる。その表情は、早くその首を刎ねたいと言っているように思え、ジョンは冷たいものが身体を突き抜ける感触を味わった。
「わ、判りました」
ジョンとクリムはその一言だけをようやく口にする事が出来た。ミリーはその言葉を聞くと、長剣を柄のボタンを押しながら鞘に差し込む。すると長剣は再び3枚のブレードに分解し、短い鞘に納まったのであった。
「私はもう寝る。お前達も適当に交代して睡眠をとっておけ」
そう言うとミリーはマントにくるまって眠りに就く。
ジョンとクリムは青い顔をして顔を見合わせ、あの閣議の後、アルベルトから二人だけにコッソリと告げられた忠告を思い出していた。
「いいか二人とも。何が起ころうとも、ミリーを信じ、ミリーに従い、ミリーを守れ。いいな?」
翌朝。
ラーミザン基地は、今日もまったりと平和であった。
なかでも司令室は職員の女の子達が、職務中でありながらもお茶を飲みながら雑談に花を咲かせている。
「ねえねえ、ナーシャ。ウェディングドレスが届くのって、いつだっけ?」
そう尋ねられたナーシャという女の子は、愛らしい顔をだらしなく弛ませて答える。
「えーっとぉ・・・10日後位かなぁ。『サンダール商会』のオジさんがそう言ってた」
「あんたも1ヶ月後には花嫁さんかぁ、旦那様は継承者だから将来が保証されてるし。いいわねぇ。羨ましいわ」
ナーシャは結婚相手のトニーの顔を思い出し、さらににやける。
「えへへへ。でも、継承者だったらもう一人いるじゃない」
二人の視線は自然と一人の青年に注がれる。
「カイトかぁ。将来有望でも、もうちょっと頼りがいが欲しいわ」
と、女の子にダメ出しを食らったカイトと言う青年は、確かに歳の割には幼い顔立ちであり、性格も頼りがいとは程遠い場所にあった。
そんなカイトは所長補佐として朝から忙しなく動いていたが、女の子達と目が合うと
「ほら、だべってないでお仕事してください」
と注意を飛ばすのであった。
そんなぬるい空気の司令室に現れたのは、ぬるい空気の元凶であるジョージ=フォール所長である。
所長室から出て来たジョージはいつも見せない真剣な表情をしてカイトに話しかける。
「カイト。王宮からの調査官殿は見えられたか?」
「いえ、まだです。しかし一体なんの調査なのでしょうね?」
カイトの質問にジョージは答えを持たない。王宮からは全権を託した調査官を極秘に送る、調査官の指示に従うようにとの通達があっただけなのだ。
(こんな辺境に何がある訳でもなし、税金の無駄遣いではないのか)と思い、また、(どんな調査官なのか、どうでもいい事に口うるさかったり、金品を要求するような輩だったら困るな)と心配しているのだった。
そうこうする内に司令室に衛兵が3人の来訪者を引き連れて入って来た。
「所長。ミリー殿がいらっしゃいました。何でも王宮の使いだそうです」
司令室にいた10人程の職員はにこやかにミリーに挨拶をする。ミリーは毎年この基地に定期点検に来ていたので、皆顔見知りなのだ。しかしミリーは挨拶を無視して真っ直ぐ所長の下へ向かう。無視された人々は普段と違う様子に何事かと顔を見合わせる。
「ミリー殿が調査官だったとは!知った御方で安心しました。ところで一体何の調査なのでしょう?あちらでゆっくりとお聞かせ願えますかな。良い酒も手に入りました故に」
ホッとしたのか明るく話しかけるジョージにミリーはニコリともしない。
「話は後だ。副所長はいるか?」
「えぇ、そこの執務室に」
「今すぐここに連れてこい。あと、衛兵!外にいる『サンダール商会』の商人を全員ここに連れてこい」
『サンダール商会』の商人二人は、出店の準備をしている所を衛兵に連れられて司令室に向かった。その間、衛兵から少し離れて衛兵に聞こえぬよう相談を行いながら歩いていた。
「王宮からの調査官という事ですが、今回の計画がバレたんでしょうか?」
「判らん。どうせ我々へは賄賂の要求位だろうさ。万が一バレてたにしても、足が着くような物は一切持って来ていない、連絡だってここの副所長にやらせているんだ。何かあったら証拠を要求してごねまくればいいのさ。数時間だけ辛抱すれば、作戦が始まる。そうなればこっちの勝ちだ」
そう言って余裕の笑みを浮かべる商人たちであった。
「ミリー殿が調査官とは驚きましたな。用事があるのなら手早くお願いしますぞ」
そうぼやきながら歩いてくる副所長を、ミリーは「まあまあ」と言いながら会議卓の椅子に副所長を無理矢理座らせ、後方から耳元に囁く。
「ちょっとお願いがあるのだ。本日の報告は、作戦が全て上手くいっているかのように偽装して欲しいのだ」
副所長は、バレているのかとギョッとする。だが何か鎌を掛けているのかも知れぬと、まずは惚けて見る事にした。
「はて、報告とは何の事でしょう。所長への報告なら偽装せねばならぬ事は何もありませんが」
ミリーはクククッと笑い言葉を継ぎ足す。
「決まってるじゃないか。ローデモングの連中への報告だよ。今回の占領作戦のな。私の言うとおりにしたら、お前さんの罪は問わないように口を利いてやるよ」
(バレているのか?証拠はあるのか?)副所長がどう返答すべきか迷っていると、「調査官殿、商人達をお連れしました」と衛兵が戻って来たのである。
商人達は親しげに職員と挨拶を交わしながら部屋の中央に進み出る。副所長は商人達と目が合うと咄嗟に叫び声を上げた。
「それは我が輩に対する屈辱ですぞ!証拠を見せて下さい!証拠を!」
これは、自分がバラした訳ではないとのアピールだ。しかしミリーはそれを無視し、無表情に商人を見ると、ジョンとクリムに小声で
「出入り口を抑えろ。誰も外に出すな。殺しても構わん」
と、物騒な指示を出すと無言で商人達に近づき、ジョンとクリムは言われた通りに配置についた。
ミリーが横に並んだ商人達の正面で立ち止まると、商人達は(こんな小娘が調査官?フォルデベルグも人手不足か?適当にあしらってやるか)と小馬鹿にした気持ちでミリーの右正面の男が先に声をかける。
「お嬢ちゃんが調査官殿かね?こりゃまた可愛らしい。一体何のご用かな?オジさん達も色々忙し」
男は相手をやりこめる言葉を色々と用意していたに違いないが、それが全て無駄になるとは気付かなかったに違いない。何故ならミリーのマントが翻った次の瞬間、男の首は宙を舞っていたからである。
その隣の男は何が起こったか確認しようとしたがそれも無理な話だった。何故ならば男が隣を見る前にその首も宙を舞っていたからだ。
ミリーは右左と振るった剣を手に持ったまま踵を返し、ズンズンと副所長に近づく。後ろでは頭が落ちる音と身体が倒れる音を引き金に幾つもの悲鳴が巻き起こった。
ミリーは、恐怖に固まった副所長の傍らに立つと目の前のテーブルに剣を突き立て怒鳴りつけた。
「返事は!!私は気が短い!!」
「致します!!仰せの通りに致します!!」
副所長の返事は悲鳴に近かった。
職員達は悲鳴を上げながら一斉に逃げようとするが、剣を突き付けたジョンとクリムが立ち塞がる。
「大人しく席に戻れ!静かにしていれば危害は加えない」
叫びながらジョンは考える。
(誰もそんな保証をしていないんだがな。しかし、これは正義と言えるのか)
「ミーア=リーア殿!何という事を仕出かしてくれたのだ!」
憤りの叫びをあげたのは所長のジョージである。
しかしミリーの反論が飛ぶ。
「私は全権を与えられてここにいるのだ!文句は言わさん!」
「人を裁判もなく勝手に殺すなど権利を履き違えでおるわ!」
「ならば王宮に確認すれば良かろう!その位の時間は待ってやる!それにその名て呼ぶなと言ったであろう!」
「通信兵!至急王宮に緊急の暗号通信を送り指示を仰げ!全く何が名前を呼ぶなだ、バカバカしい」
しかしジョージはある事に気付く。隣に立つカイトが真っ青な顔をして「・・・ミーア=リーア・・・ミーア=リーア・・・」と繰り返しているのだ。
不審に思ったジョージが「どうした?」と尋ねるとカイトは我に返りジョージに問いかけてきた。
「所長はどうして『ミーア=リーア』の名をご存知なのですか?技術者でもないのに。どうしてミリーさんを『ミーア=リーア』と呼ぶのですか?ミリーさんはミリーさんですよね?!」
まるで懇願するようなカイトの問いかけに、ジョージは困惑しながら答える。
「ミリー殿の本名は『ミーア=リーア=シュタインロード』と言うのだ。一体それが何だと言うのだ」
カイトは絶望に顔を歪め、身体と声を震わせながら呟き始めた。
「そんな、そんな、あの優しいミリーさんが、ミリーさんが・・・『斬首のミーア=リーア』・・・『皆殺しのミーア=リーア』・・・『狂える死の使い』・・・」
多くのおぞましい二つ名が、すすり泣く音しか聞こえない部屋に染み渡る。
しかし、最も皆の背筋を凍り付かせたのはその後の二つ名だった。
「・・・『せせら嗤うリンドの悪魔』」




