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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
57/311

1-57 リンドの悪魔 5

「化け物・・・って、自分の臣下に対して酷い言い様ね」

 ルミエラ女王は、呆れたように笑う。

「個人の事から世界の事まで、先を見通す力が凄まじいの。今回の作戦だって彼女の立案なのよ。姉上とこうした話をする事も彼女の予見のうちかも知れないわ。そう言う人物よ」

「何それ。それじゃまるで・・・あの悪魔みたい」

 ルミエラ女王は敢えてその悪魔の名を言わない。その悪魔は不吉と死の象徴であり、その名を軽々しく口にすればその悪魔が寄ってくると信じられていたからである。

 フィリア姫もシオンも同意するように笑う。ルミエラ女王がどういう悪魔の事を言っているのか理解しているからだ。その悪魔の話はこの世界の子供達が必ずと言っていいほど聞かされる有名な話なのだ。


「では、その悪魔さんのご好意に甘えるとするわ。まずは会って欲しい子達がいるの」

ルミエラ女王はそう言うと席を立ち、入って来た扉に向かった。そして、扉を開けると、9人の乙女達が整然と部屋に入ってくる。(私より5つ程若いくらいか)とシオンは推測する。


「この子達が『ヴァルキュリア騎士団』の騎士よ」

 ルミエラ女王の後ろに整然と並んだ乙女達は一斉に敬礼する。シオンも無意識に立ち上がり敬礼を返す。

「お初にお目にかかります!名高き騎士であられるシオン=サーサ様と共に戦える名誉を与えられた事に我ら一同の心は喜びに打ち振るえております!」

 キラキラしだ18個の瞳で見つめられたシオンは、こそばゆさを感じながらも「こちらこそよろしくね」と挨拶を返す。

 シオンに声をかけられ乙女達は感激の余りお互い目を合わせ笑みを漏らしていたため、彼女達を見つめるシオンの目つきがやや鋭さを増した事に気付かないでいた。気が付いたのは、ジッとシオンを観察していたルミエラ女王だけであった。


 これは傭兵時代からのシオンの癖であった。

 傭兵は共に戦う仲間が毎回変わる事が普通である。従って味方の力量を正しく推し量る事が作戦遂行に当たって重要な鍵になる。

 味方の力量を見誤れば自分の死に直結するのだ。イヤでも身に付く技術でありシオンはその技術に長けていたのだ。

 シオンはジッと乙女達を見つめていたが、突然驚きの表情になりルミエラ女王を恨めしそうな目で見つめた。ルミエラ女王はシオンのそんな様子を認めると、乙女達に「下がりなさい」と命じたのである。


 乙女達が部屋を後にすると、ルミエラ女王が尋ねる。

「シオン、あの子達どう?遠慮なく言って頂戴。それから私には格式ばった物言いはいらないわ。フィリアに対するのと同じで頼むわ。私達はもうそう言う間柄だと想うの。ズケズケと言ってくれて構わないわ」

「では、お言葉に甘えて」

 そう言うと、シオンはルミエラ女王に向き直る。その表情は険しい。

「陛下、どうして彼女達を連れて来たのですか?!」


「それはどういう意味?」

 シオンの言葉にフィリア姫が疑問を投げかける。フィリア姫には乙女達が統率が取れた立派な騎士に見えたのだ。しかし、ルミエラ女王は表情を暗くし力無くこう言った。

「やはり、判るのですね」

 シオンは頷き言葉を続ける。

「彼女達は殺し合いどころか実戦も経験した事がないのでしょう?いや、それどころか殺し合いの覚悟が全く出来ていない!」

 シオンの厳しい言葉にルミエラ女王は悲しげな表情で尋ねる。

「あの子達は・・・どうなります?」

「今回の作戦はマシーナによる混戦が基本です。敵と出会えば・・・死ぬでしょうね」


 そう言いながらシオンは考える。ミリーであればそんな事は予見済みの筈だ。なのになぜこんな作戦を立てたのだ?ミリーは『ヴァルキュリア騎士団』を捨て石にするつもりなのか?!

 フィリア姫も同じ事をかんがえていた。が、さらに考えを進めていた。フィリア姫は城でのある光景、若い騎士を教育しているシオンの姿を思い出しながら考えた。(だからシオンか・・・ミリーめ)

 シオンはルミエラ女王にさらに詰め寄る。

「彼女達でなくとも、フェルミール王国には他に3つの騎士団があるでしょうに。なぜ他の騎士団にしなかったのです?」

 ルミエラ女王は下を向いてボソリと答える。

「・・・同じなのよ・・・」

「えっ?」

「ハッキリ打ち明けるわ!フェルミール王国の4つの騎士団、総勢27名、実戦経験があるのはわずか3名!マシーナ同士の戦闘経験者はゼロ!あーあ、言っちゃった!」

 言い切った後、思わず天を仰ぐルミエラ女王。言ってしまった、というオーラが溢れ出ていた。


 爆弾発言を聞いたシオンとフィリア姫は、と言うと、当然のようにポカンと口を開けたまま固まっていた。

 それはそうだろう。マシーナの数では世界でもトップを争う程のフェルミール王国の中身が張り子の虎だと言うのだ。これは二人にとって衝撃的な事実であった。


 そんなフェルミール王国の現状が他国にバレないのはひとえに地の利のおかげであった。フェルミール王国は、東は海、北はフォルデベルグ王国、南はフィスリニア王国に守られていて戦争の可能性がない。

 そして西は、南西が友好国のモルーグ王国であり、戦争の可能性があるのは北西のソゼルド連邦である。しかし十数年前に旧フォルデベルグ王国とモルーグ王国が協力してソゼルド連邦を打ち破って以来ソゼルド連邦との紛争は途絶えていた。

 しかしだからと言って明日も何もないとは限らないのだが。


「で・・・でしたら、外部から騎士を招いて教練を行うとか・・・」

 なんとか場を取り繕おうとするシオンにルミエラ女王は追い討ちをかける。

「やったわ。ランベルトに頼んで、内密に『フォルン騎士団』の中でも経験豊富な騎士をよこしてもらってね。でも優秀な騎士がよい教官とは限らないのよ。彼は形式的な事だけ教えて満足し出来上がったのは慢心した騎士だけだったわ」

「しかもあの子達に至っては飾り物扱いで典礼用の所作しか教えていかなかったのよ!まったく馬鹿にして!」

 憎々しげに憤るルミエラ女王。フィリア姫はこんなに激昂する姉を見たことがなかった。

 シオンもフィリア姫もかける言葉を探し沈黙したが、ルミエラ女王がさらに言葉を続ける。

「その頃よ。偶然あなたの事を調べていたのは。本当、驚いたわ」


 ルミエラ女王にジッと見つめられ「あ・・・」とシオンは小さく声を上げ口を手で抑える。思い当たる節があったのだ。

「シオン。あなたは傭兵時代に数多くの新米傭兵を教練していたわよね。その新米は95%以上が初陣を生還。今も大半が第一線で活躍中。驚異的な数字だと思わない?」

 よく調べたものね、と感心しながら、シオンはその事を思い出していた。確かに請け負ったミッションのメンバーの中にド素人がいた場合、作戦遂行の邪魔にならないようある程度の教練を行っていた。

 これはド素人に足を引っ張られてこっちの身が危うくならないようにする必要に駆られての事であった。また、テッドも同じ事をしていてシオンはその傍らでいつも見ていたので、方法は自然と身についていたのだ。

 そんな事もあり、他の傭兵グループから新人達の教練の仕事を受ける事もしばしばだったのである。


「陛下。もしかして適任者と仰ったのはその事も含めての事だったのですか?」

 シオンの質問にルミエラ女王はコクリと頷き、そして何かを言いたげな表情でシオンとフィリア姫を交互見つめる。

 シオンにはルミエラ女王が何を言いたいのか大体の検討は付いている。なぜ言わないのかもだ。

 もし、シオンがルミエラ女王の申し出を受けて臣下となっていたならば、躊躇する事なく命令を下していただろう。しかし、シオンは断った。そのため国家間の依頼という形を取らねばならないが、内容が無茶振り過ぎるため言い出せないのである。

 しかし、このままでは『ヴァルキュリア騎士団』のあの子達は・・・


 シオンは無意識にフィリア姫をチラッと見たがそこで視線が止まる。なぜならフィリア姫がシオンをジッと見つめていたのだ。そして目が合った時にお互い同じ事を考えていると判ったのである。

「シオン。間に合う?」

「本番まであと8日・・・教練を今回の作戦内容に特化して、本番では私が『ヴァルキュリア騎士団』の指揮を執る、という形なら何とか・・・」

 フィリア姫の質問にシオンが考えながら答える。


 2人の会話を黙って聞いていたルミエラ女王は、段々と話の内容を理解すると、胸の前で手を組み目を潤ませる。

「た、助けてもらえるの?あの子達を助けてもらえるの?」

「かなりのスパルタになります。脱落者や怪我人が出るかも知れません。それでも構わないと仰るのであれば」

「ええ!あの子達が生き残る術を得られるのであれば!」

「ただ、教練は今回の作戦に沿った内容となりますから、今回の作戦に限って有効とお考え下さい」

 シオンの言葉にルミエラ女王は不安そうな顔をする。シオンはこれ以上の口出しは出来ないと口をつぐむが、ここで口を開いたのはフィリア姫であった。


「やりかけでは気持ちが悪いでしょう?シオン。最後まで面倒を見なさい。ただし、二国間行ったり来たりする事になるから忙しいわよ」

 シオンは驚きながらも「は、はい!!」返事をする。

「姉上、シオンはあくまでもフィスリニア王国の騎士であり我が国を護るという責務があります。しかし、その責務に重大な支障をきたさない範囲でシオンを無期限でお貸しする事は出来ます。如何なさいますか?」

 このフィリア姫の提案に、ルミエラ女王は身を乗り出して飛びつく。

「もちろん!是非お願いするわ!シオン、あなたをただ今から筆頭騎士相当の権限を持った特別客員騎士として迎えます。さぁ、気兼ねなくあの子達を鍛えて頂戴!」

 ルミエラ女王にシオンが跪き、フェルミール王国の騎士団の強化体制が整ったのであった。




「では、今から早速『ヴァルキュリア騎士団』の教練を始めます」

 席を立つシオンに、ルミエラ女王は「もう?」と驚いて声をかける。

「ええ、でないと間に合いません。よかったですよ。早め・・・に・・・」

 シオンの言葉が途切れ、驚愕の表情が浮かぶ。フィリア姫とルミエラ女王は不安げにシオンの表情を覗き込んでいたが突然シオンが叫び始めた。

「謀られた!嵌められた!姫!私達はまんまと嵌められたんです!」


「だ、誰に?」

 シオンの剣幕にフィリア姫はたじろぎながら当たり前の質問を飛ばす。

「決まってるじゃないですか!ミリーですよ!ミリー!」

「ミリーはこうなる事を予見していたんですよ!だからこの日程で移動させたんです!私が教練にかかる時間も予測して!間に合うように!全部ミリーの手のひらの上だったんですよ!なんか悔しい!!」


 地団駄を踏んで悔しがるシオンを横目にルミエラ女王はフィリア姫に質問する。

「本当なの?そんな事有り得るの?」

「ミリー相手だったら、そう考えるのが自然です」

 フィリア姫は答え、こちらもまた悔しそうな表情を浮かべて、勢いで口を滑らせた。

「まったく。確かに悔しいわね。今度会ったら、あの悪魔の名前で呼んでやろうかしら」

「フィリア!!」

「姫!!」

 フィリア姫の言葉にルミエラ女王とシオンの叱責が飛ぶ。フィリア姫は自分の失言に気付き、口を押さえ「ごめんなさい」と小さな声で謝った。


 この世界では喧嘩する場合にもタブーがあった。それは、相手をあの悪魔の名で呼んではいけないとするものだった。あの悪魔の名で呼ぶという事は、例えようもないほどに最も酷い蔑みの表現なのだ。

 友達にこの名で呼ばれた女の子か悲観の余り自殺したという話もまことしやかに囁かれ、誰もが有り得る事だと納得しているのだ。


 それ程までに世界中の者から忌み嫌われているのである。あの悪魔、『リンドの悪魔』は。

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