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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
56/311

1-56 リンドの悪魔 4

 フィリア姫、シオン、そしてルミエラ女王は、ソファーに腰を下ろし、入れ直されたお茶で気を落ち着けようとしていた。


 シオンの手をガッチリと掴み必死に懇願し続けるルミエラ女王と、何が起こっているのか判らす固まってしまったシオンを見かねて、

「姉上!落ち着いて下さい!シオンが困っています!とにかく座って落ち着きましょう!」

と、フィリア姫がルミエラ女王を説得したのである。




 シオンは気が動転していた。

 ルミエラ女王は、と見れば興奮し過ぎた事を反省し一所懸命に気を落ち着かせようとしている最中であった。その様子は可愛らしくもあり、それを見ていたシオンは、ほっこりとした気持ちになり、だんだんと落ち着いてきたのだった。

 落ち着いてきたシオンは考えをまとめ始める。私がフェルミール王国の筆頭騎士?なぜ?何のために?まずはそこから確認する必要がある。


「女王陛下。大変失礼な物言いかとは存じますが、なぜわたくしめ如きを召し抱え、かつ、そのように過分な要職にお付けになろうとお考えになったのか、理由をお聞かせ願えますか?」

 恐る恐る質問するシオンの目を優しく見つめ、シオンの言葉に頷いていたルミエラ女王は、微笑みながら柔らかな言葉で説明を始める。さっきの騒動が嘘のようである。

「さっきは本当にごめんなさい。あこがれの人にやっと会えて我を忘れてしまったの」

 そう言ってニッコリ笑い、肩をすくめる姿は、女王陛下と言うよりは優しいお姉さんと言った雰囲気である。フィリア姫がそばにいるせいかも、とシオンは思う。


「私ね。三国分割が宣言された時から、あなたの事をずっと調べていたのよ。そして、あなた以上の適任者はいないと思ってあなたを探したのよ。そしてやっと見つけたと思ったら、タッチの差でフィリアの配下になったっていうじゃない。あの時は人生の終わりかと目の前が真っ暗になったわ」

 そう言うと、ルミエラ女王は膨れっ面で恨めしそうにフィリア姫を見つめ、フィリア姫は力なく笑いながら視線をそらす。

 そんな二人の様子に、シオンは思わず失笑してしまい慌てて襟を正すが、ルミエラ女王にシッカリと見られてしまい逆に笑われてしまった。その柔らかな笑顔に、シオンは(ほんわかした人だなぁ。意外だ)という印象を持つのだった。

「これが姉上の素顔よ」

 シオンの心中を察してフィリア姫がばらすと「ひどいわ」とまたルミエラ女王が膨れっ面になり、シオンはまたも失笑してしまうのだった。


「私が適任者であると言う理由を伺っても?」

「当然お話するわ。まず一つ目は、あなたが私にとてもよく似ている、という事かしら」

 これにはシオンもフィリア姫も「えっ?!」と驚く。ルミエラ女王はお茶をすすりながら話を進める。

「あなたの事を調べたって言ったでしょ。悪いとは思ったけど、あなたがどうして『シャドウクレス』に乗ることになったのか、その経緯もね」

 フィリア姫は(そんな事、考えた事もなかった)と驚き、思わずシオンを見る。シオンは辛いことを思い出したと言うような表情をしていた。

「私ね、結婚しないの。次の王はランベルトかフィリアの子を養子に迎える。これは私達兄弟だけの秘密。どの国の重臣も知らないわ」


「姉上!」

 フィリア姫は、その話を他人にしても良いのかと言いたげな困惑した目でルミエラ女王を見つめる。

 ルミエラ女王はにっこりと頷き話を続ける。

「私にはね、昔、とても愛していた人がいたの。とても腕の立つ近衛騎士でね。その人も私の事を愛してくれたわ。彼は身分の違いを大層気にしていたけど私は気にならなかった。一緒になってと何度も懇願したわ。そして彼も王に認められるよう頑張ると言ってくれた」


 ルミエラ女王はどこか遠い所を見つめるように話を続ける。

「彼は頑張ったわ。あらゆる戦いで第一級の戦功をあげ、父王も彼には一目置くようになっていったの。でも私はいつも不安だった。これ以上頑張らなくていいから、命をもっと大事にしてと懇願した。でも彼はまだまだ足りないと笑ってた。そして・・・そして、とうとう帰って来なかった」

 シオンはテッドの事を思い出していた。

「一緒に戦った騎士の話では、先頭切って敵陣に突っ込み敵を攪乱したお陰で勝利する事が出来たのだけれど・・・彼は複数の槍に貫かれて・・・」

 うなだれたルミエラ女王は首にかけたペンダントを手に取り見つめていた。それは高価な品ではあるようだが、女王の胸元を飾るには大層貧相な代物だった。


「これはね、あの人に貰った唯一のプレゼントなの。私にとってあの人が生きていたという唯一の証なの。だから私はこれを身に着け続ける。私の胸元を飾るのはこれだけ」

「周りの者はそんな貧相な物は相応しくないとか、そんなものを身に着けては女王の威厳に傷が付くとか、散々言われ続けてきたわ。でもこれだけは譲れない。だってこのペンダントはあの人が生きていた証だもの」

「シオン、あなたもそうでしょ?『シャドウクレス』はあなたの大切な人が生きていた証。だから守り続けてきたのでしょ?あの人が生きてきた事を皆に示したかったのでしょ?」


 シオンの様子を見ていたフィリア姫は俯きしかめっ面をしていた。自分が情けなかった。シオンが何故『シャドウクレス』に乗っているのかなんて考えてもみなかった。シオンの主として失格ではないか!シオンの主として相応しいのは姉上ではないのか!もし、シオンが姉上の所へ行きたいと言っても私に引き止める資格などないのではないか!

 そしてフィリア姫は、ミリーが何故何も教えてくれなかったのか、その理由に思い当たったのである。


 シオンは泣いていた。ルミエラ女王を見据えて茫然としだ表情で大きく見開いたままの目から絶え間なく涙が溢れ出ていた。

(同じだ、この人は私と同じなんだ)シオンはそう確信した。自分のテッドに対する想い、『シャドウクレス』に対する想いがこの人と同じなのだ、と。

 もし、フィリア姫よりも前にルミエラ女王に出会っていたならば、私は間違いなく喜んでルミエラ女王に仕えていた事だろう。だが、今の自分の立場は・・・


「陛下、私如きには勿体ないお誘い、大変嬉しゅうございますが、私は姫に罰を受けている身の上、そのため・・・」

「シオン、あなたに課した戒めを解きます。自由になさい」

 フィリア姫の突然の宣言に驚くシオン。まるで捨てられた犬のような表情でフィリア姫を見るが、俯いたフィリア姫の表情を伺い知る事はできなかった。

「ひ、姫?!私の事をお嫌いなのですか?私はもう要済みなのですか?!」

 動揺するシオンに、フィリア姫は顔を上げて反論する。

「違うわ!やっと判ったのよ。ミリーがなぜ何も教えてくれなかったのか、なぜ『ルミエラ女王と話をして、ヴァルキュリア騎士団の現状を見ろ』とだけ告げて何も理由を教えてくれなかったのか!意地悪なんかじゃなかったのよ!」


 二人の話を静観していたルミエラ女王だったが『ヴァルキュリア騎士団の現状』という言葉にビクッと反応し驚いた表情でフィリア姫を見つめる。フィリア姫はその事に気付かず話を続けた。


「ミリーはきっとシオンにこう言いたいのよ。『自分の運命は自分で決めろ』と。もし、あの場でミリーがこの事を告げていたら、あるいはシオンが皆に意見を聞いていたら、皆はあなたを引き止めるでしょう。そうしたらシオンは『皆がそう言うのだから』とこの話を断るでしょう。でもそれじゃ駄目なの!あなたはあなた自身の気持ちにだけ正直に自分の運命を決めないといけないの!」

「だから私はシオンを引き止めない。姉上の下へ行っても恨んだりしない。応援するわ。だから、雑音が入らないこの場で決めてしまいなさい。あなたの心の赴くままに」

 そこまで言うと、フィリア姫はお茶をすする。

 フィリア姫もルミエラ女王も微笑むばかりで一言も発さない。シオンの思考の邪魔をしないように気を使っているのだ。


 シオンは考える。ルミエラ女王の下で働きたい。そう感じているのは確かだ。でも誰かに引き止めて欲しいと思っているのも事実だ。やっぱりミリーは意地悪だ。私からその選択肢を奪ったのだ。もっとも安易な選択肢だったのに・・・ちょっと待って。私は引き止めて欲しいのか?何故?理由の正体が解らない。理由を考えようとするとみんなの顔が思い浮かぶばかりだ。論理的な理由が説明出来ない・・・しかし


「陛下、申し訳ございません。このお話はお断りさせて下さい。陛下のご厚情には身も震わんばかりですし、傭兵時代であれば何をさておいても喜んでお仕えしたでしょう」

 シオンは自分の無礼さにおののきながら言葉を続ける。

「しかし、自分でも理由が解らないのですが、フィリア姫の下を離れたくないのです。陛下にお仕えしたいと痛切に思うと同時に姫の下を離れたくないとも思うのです。明確に理由を申し上げなければと判っているのですが何故そう思うのか説明できないのです。言葉にできないのです・・・」


 俯き必死に言葉を探すシオンの傍らに、いつの間にかルミエラ女王が跪いていた。そして優しくシオンの手を取り微笑みかける。

「気にする必要はないのですよ。なんとなくこうなるだろうとは判っていました。シオンが言葉に出来ないという『理由』、私には解りますよ。それは『絆』というものです。フィリア、よい国を造りましたね」

「人徳です」

フィリア姫が得意げに胸を張る。


「絆・・・絆・・・」

 シオンは何度も言葉を繰り返す。それは傭兵時代にはあり得なかったものだ。味方だってその場限りの報酬に釣られて集まっているだけのこと。そんな味方ゆえいつ裏切られるか解らないため味方も警戒するのが普通であり絆などなかったのだ。

 しかし、今、シオンは気付いたのである。自分がいつの間にか強い絆の中にあった事に。


「残念だけど仕方ないわね。でも私は何時までも待っているから気が変わったらいつでもいらっしゃい」

 明るく振る舞うルミエラ女王に、シオンは大きく頷く。

「本当は、断られたらこのまま終わるつもりだったけど・・・そうもいかなくなったのよね」

 ルミエラ女王の表情が急に険しくなる。

「フィリア、あなたさっき『ヴァルキュリア騎士団の現状』って言ったわよね。ミリーって言ったっけ?一体何者なの?!」

 フィリア姫は迷わずに言う。

「化け物です」

 シオンもすかさず大きく頷いた。




 冗談で返した言葉であったが、それは今後の展開を知ることが出来ない身では仕方のない事であった。

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