1-53 リンドの悪魔 1
フィリア姫とミリーがフィスリニア城に戻ってから1ヶ月以上が経った。
フィリア姫がマーサに文句を言われながら渋々公務を片付けるなど、城はすっかり平常運転となっていたが、少し変わった点もあった。
ミリーは『A.O.U.』の整備と運用をボルト達に叩き込み、ボルト達は新しいおもちゃに没頭した。
アルベルトは相変わらずの内務処理に加えてミリーが旅で持ち込んだキャラバンの通商料問題の解決やキャラバンの避難の準備に追われていた。しかし、通商料撤廃が事前にキャラバンに広まっていた事もあり、撤廃の効果は直ぐに現れ、国内でキャラバンを見かける様になったのであった。
特にフィスリニア城の広場で初めてキャラバンによる市が立ち、学生や職員で盛況となった。彼等が上得意となる感触にキャラバンの者も上機嫌であった。この事は直ぐ他のキャラバンにも広まる筈だ。
今回のキャラバンはあの時にいたキャラバンではなかったが、フィリア姫はいつかナーラやタリーのキャラバンが来てくれると信じて待つのだった。
この日の閣議の議題は、フォルデベルグ王国から届いた一通の書簡である。
この書簡は、旧フォルデベルグ王国三国である現フォルデベルグ王国、フェルミール王国そしてフィスリニア王国共同で記念式典を行うというものであった。
これは、三国分割の際に流れた不仲説が一年経とうとしている今も国民の間に暗い影を落とし、国民の間の交流に未だ悪影響を及ばしているため、三国の結束を示す事で国民の不安を払拭しようというものである。
「10日後とは、随分急な話ですね」
「まぁ、やるという話は聞いてはおったがな。仕切っているのはフォルデベルグの連中じゃから全てが決まった時点で通達してきたんじゃろ。フィスリニアやフェルミールは同席するだけでよいからな」
アルベルトの疑問にマイケルが答える。
「日程を決めたのは、フォルデベルグの補佐官メンディール卿ですか?」
ミリーの突然の質問にマイケルは慌てて資料をめくる。
「えーと・・・おう、その通りだ。よく判ったな」
マイケルの言葉に、ミリーは答える素振りも見せずに「なるほどね・・・」と言って資料を凝視した。
「さて、出席するメンバーだけど」
式典の内容の確認が終わり、フィリア姫が資料を見ながらこう切り出したのをミリーが軽い口調で邪魔をする。
「面倒ですよぉ、中止にして貰いましょうよぉ」
ミリーの無茶な物言いに、マイケル、サモンそしてアルベルトは一言注意をしようとミリーの顔を見たとたん固まってしまった。フィリア姫は資料を見たままミリーを見ずに返事をする。
「そんな事出来る訳ないでしょ」
「じゃあ、我が国だけでもサボりましょうよ。そうですね。姫が流行病で寝込んでいる事にしましょうよ」
さらにとんでもない事を言い出すミリーにさすがのフィリア姫も苛立ちを覚えてミリーを窘めようとした。
「ミリー!ふざけるのもいい加減!!・・・じゃないの?」
怒りながらフィリア姫はようやくミリーの顔を見て言葉が詰まった。
あのような軽口であったにも関わらず、ミリーは眉間に皺を寄せ、険しい表情で資料を睨み付けていたのである。
「ミリー、理由を聞かせて貰えるかしら?」
恐る恐る質問するフィリア姫に、ミリーは頭を掻き掻き一つ溜め息を吐いて口を開く。
「姫。私は他国の揉め事に口を挟まない主義なのですよ。しかし、姫に害が及ぶとなれば話は別です」
危ない言葉が皆の注意を集める。
「『放浪のミーア=リーア』として警告します」
この言葉に反応したのはアルベルト、マイケル、サモンの三人であり、驚きの表情でミリーを見る。
「この式典は、ローデモング帝国の奇襲を受けます」
淡々と説明するミリーとは対照的に会議の場は騒然となった。
「い、一体どんな証拠があって!」
情報の信憑性を疑うフィリア姫の反応はまともであろう。会議に参加していた他のメンバーもミリーの言葉をそうそう信じられるものではなかった。しかし、アルベルト、マイケル、サモンの三人の反応はまったく異なっていた。
「敵の規模は?!」
「襲撃場所と時間は?!」
「誰か!地図を持って来てくれ!」
三人はフィリア姫達の疑問など知った事ではないと言った風で話を進める。会議卓上に広げられた地図に向かってミリーが説明を始める。
「式典は14時00分開始。国王の演説が14時15分からです。それに合わせて」
ミリーは式典が開かれるフォリターナ宮殿がある王都『フォリストフォルン』の東の海上にバツ印を付ける。
「14時05分、この位置に二隻の潜水空母が浮上。『ガーリー』をぶら下げた『キャリアローター』を各10機ずつ合計20機発進。潜水空母は再び潜行」
『ガーリー』と『キャリアローター』はローデモング帝国でセットで開発された兵器である。『ガーリー』は『ドドー』をベースに軽量化されたマシーナであり、『キャリアローター』と言うVTOL機によって戦場まで空輸するのだ。
ミリーはバツ印からフォリターナ宮殿に向かって矢印を引く。
「『キャリアローター』はフォリストフォルンの南側上空を横切りフォリターナ宮殿に14時15分に到着。『ガーリー』を切り離し、式典に集まった国民を蹂躙し宮殿を破壊。14時45分に『キャリアローター』が『ガーリー』を拾って、来た道を退却。14時55分に潜水空母が再浮上。『ガーリー』と『キャリアローター』を回収して潜水、逃走」
皆が目を丸くしてミリーの説明を聞いている中、ミリーはフォルデベルグ王国の北の一点にバツ印を書き込みさらに説明を続ける。
「これに先立って、13時頃『ラーミザン基地』において潜入している工作員が基地を占拠」
これには皆から「何だと?!」と驚きの声が上がる。ミリーは何でもないかのように説明を続ける。
「占拠後、ラーミザン基地の爆撃機を使って『ガーリー』の作戦行動を支援。さらに14時00分、ローデモング帝国との国境から戦車部隊が侵攻。ラーミザン基地を完全に支配下におきます」
ミリーの話が終わって誰もが茫然とする中、マイケルがデバイスを取り出し忙しなく動く。
「ミリーや。今の話、お主の名でフォルデベルグの連中に伝えてもよいか?!」
「えぇ、構いませんよ。ただし伝えるなら、まずは大臣のグライゼ=バッセル卿だけにしておいた方が良いでしょう。メンディール卿はスパイですからその事も添えて」
「ちょ、ちょっと待ってよ!そんな途方もない話、誰が信じると言うの?!グライゼなんて超堅物よ!ちゃんと証拠を揃えて出さなかったら門前払いに決まっているわ!」
フィリア姫は叫ぶがマイケルは「まあまあ」と言いながら通信を続けている。フィリア姫はミリーに向き直り質問を飛ばす。
「ミリー、これはキャラバンネットワークの情報のなせる技なの?」
ミリーはお茶で喉を潤しながらにこやかに答える。
「姫、私の情報源はキャラバンネットワークだけではないのですよ。かと言ってスパイを飼っている訳でもありませんよ」
アルベルトも疑問を口にする。
「なぁ、ミリー。時間なんて言うのはどうやって判ったんだ?」
「ローデモング帝国の作戦参謀長のグリンスという男、劇場型の作戦を立てる男でしてね。過去の事例を見ても考える事が判りやすいんですよ。他にも色々な要因はありますがね」
ミリーはごく普通の事であるかのように答える。
今度はサモンが質問する。
「しかし、ローデモングには第一世代も継承者もおらんのか?おれば我が国を相手にするような真似はせんだろうに。こっちにはミリーがおるのだぞ」
「グリンスという男は第二世代でしてね。自分が継承者になれなかった事を恨んで第一世代や継承者を軍の要職につかせないのですよ。そして、彼等の言う事に何かと反発するのですよ」
ミリーはそこまで言うと、顎に手を当てて何事かを考え再び口を開く。
「そう言えば、あそこの整備部門に継承者が二人いたはずです。ケニー=ザリアードとヒース=ワーミールという二人です。もし今回の作戦が耳に入ったら、ケニーなら意地でも止めにかかるでしょうね。ですが・・・」
ローデモング帝国の軍本部の巨大な建物の中を、二人の男が足早に歩いていた。
前を歩く男は痩せぎすで黒い髪をオールバックにしていた。ややたれ気味の目がこの男にクレバーな印象を与えている。
後ろから付いて来る赤髪の小柄な男は、幼い顔立ちも手伝って大層若く人が良さそうに見えた。
「ケニーさん!本当に行くんですか?!止めときましょうよ!首になりますよ!」
「これを止めずにいられるか!ここの連中は『ミーア=リーア』に楯突こうとしているんだぞ!首だ?!結構!進言を聞いて貰えなければこの国からは出た方がいい!」
後ろを歩くヒースが前を歩くケニーを何とか止めようとするが無駄な努力であった。しかし、ヒースは一人で戻る気はないらしく文句を言いながらも付いて来るのであった。
会議室の立派なドアをノックもせずに、思いっきり開ける。中では数名の将官達が会議を行っている最中であった。
「何者だ?貴様等」
「グリンス参謀長殿に質問があって参った」
ケニーの不躾な質問に一人の男が一歩前に出る。
「貴様等は確かマシーナの整備部門で使ってやってる継承者だな。何を聞きたいのだ?答えてやるぞ」
グリンスは優越感に満ちた顔で応対する。ケニーは気にする様子もなく質問をぶつけた。
「ローデモングがフィスリニア王国に奇襲を仕掛けようとしていると言う噂を聞いたが本当か?」
将官達は顔を見合わせ、グリンスが口を開く。
「そんな噂をどこで聞いた?」
「兵士達のもっばらの評判だ」
ケニーの言葉にヤレヤレといった仕草でグリンスが訂正する。
「兵士達にも困ったものだな。奇襲を仕掛ける相手はフィスリニア王国ではなくフォルデベルグ王国だ。作戦に参加したいのなら私が口を利いてやらんでもないぞ」
グリンスはケニー達を作戦に参加して名を上げたい者達と勘違いしたようである。しかし、そんな気がないケニーは少し考え、ならば言うことはありません。と部屋を出ようとした。しかしその時、グリンスが追加の情報を与える。
「もっとも、その場には、フィスリニアの姫様もいるがな。どうだやる気になったか?」
しかし、グリンスの予想とは裏腹に、ケニーは驚き噛みついてきたのである。
「作戦を中止すべきだ!フィスリニアと事を構えるべきではない!」
グリンスは不快を顕わにしてケニーを詰問する。
「何を馬鹿な事を言っておるのだ!理由を言え!」
「あの国にいる継承者が問題なのだ。一人は『ラドルド平原戦争』の英雄『アルベルト=イーゼルバーグ』。そして」
ケニーは人の耳を憚るように、声を落として告げた。
「もう一人は最強と謳われたスニーキー隊の生みの親・・・『ミーア=リーア=シュタインロード』」
しかし、グリンスはケニーの言葉に耳を貸そうとはしない。
「こちらは奇襲をかけるのだ!英雄だか何だか知らんが策を立てる間もなく死ぬに決まっている!それを作戦の中止などと臆病風に吹かれおって!貴様等はクビだ!ファウンディールには利敵行為で解雇と通達を出してやる!これで貴様等はマトモな仕事に着けないと思い知れ!」
さらに、グリンスは衛兵を呼びつけたあと、ケニー達に向かって言い放つ。
「解雇だが、奇襲作戦を知られた以上、作戦終了まで身柄を拘束させてもらうぞ。衛兵!こいつらを連れて行け!」
こうして哀れケニー達は衛兵に拘束されてしまったのである。
「・・・ですが、継承者に恨みを持っているグリンスですから、彼等は解雇されるのがオチでしょうね」
ミリーはまた少し考えて提言する。
「アル様。内政が出来る人材を欲しがっていましたよね。彼等は適材です。解雇されたら雇いましょう」




