1-52 ウンディーネ 4
人は何か新しい物を目にしようという時は、その物がどんな形をしているか、無意識に想像するものだ。しかし、それが想像と遥かに異なる姿をしていた時、人は・・・
「あれは・・・一体何なのだ」
偽装艦隊の司令官は一言呟いた後は絶句したまま動かない。司令官だけではない、艦隊の誰もがそうであった。
照明弾がどんな敵の形を浮かび上がらせるのか。彼等も無意識に想像していた。潜水艦かマシーナか、いずれにしても形は簡単に想像出来た。
しかし、照明弾に映し出された『それ』は誰の想像とも異なるものであった。
潜水艦を守るように配置したマシーナ隊の『ドドー』。その中央の一機の目の前に『それ』は浮かんでいた。コバルトブルーの『それ』は三角錐の形をしており、頂点を『ドドー』の胸元に向けている。この三角錐が一体何の用途で造られた物なのか、誰にも判らなかったのである。想像を超えた訳の判らない物体に即座に対応する事など誰にも出来なかったのである。
そんな静止した状況の中、まず動き出したのは三角錐であった。三角錐は頂点から各辺を中心にゆっくりと開いていき、中からうずくまった人型マシーナが姿を現す。その様子はまるで開いていく花の中で愛らしい妖精が眠っているようであった。
その愛らしい妖精は目が覚めると手足伸ばし、目の前の『ドドー』の頬を左手でそっと撫で首を傾げる。と、次の瞬間、ドゴン!!と爆発音が響いたかと思うと、頬を撫でられた『ドドー』は胸から腹部にかけて破壊され破片が飛び散ったのだった。妖精の右手には一本のロッドが握られ『ドドー』に突き立てられていたのである。
この爆発で、偽装艦隊の面々は目を覚まし、司令官が叫んだ。
「てっ敵襲ーーっ!!敵マシーナだっ!迎撃しろ!」
残りの『ドドー』は携行魚雷を構える。しかし、妖精の素早い移動を捉える事が出来ず、はやばやと二機目の『ドドー』が妖精のスタッフの餌食になっていた。
「『ドドー』レベルなら一撃か。ガンロッドの使い勝手はまずまずだな」
妖精のような『ウンディーネ』のコックピットでミリーがニマァと笑いながら三機目の『ドドー』にガンロッドを突き立てる。その途端に突き立てた先端から炸裂弾が発射され『ドドー』を破壊する。
あっという間に三機の『ドドー』を破壊された偽装艦隊の司令官は動揺しながら命令を飛ばす。
「全艦、ホーミング魚雷で逃走中の艦を攻撃準備!『ドドー』は敵マシーナを魚雷で攻撃準備!」
敵マシーナが逃走中の艦を守っていると判断した司令官は、攻撃目標を逃走中の艦にする事で敵マシーナの動きを制限出来ると考えたのである。
敵潜水艦の魚雷発射管の注水音を確認したミリーは、『ウンディーネ』を『A.O.U.』と敵艦の間に移動する。
「狙いはいいが、甘いな」
ミリーがそう呟くと、『ウンディーネ』は脇腹に付けられた別のロッドを取り出し、偽装艦隊の方に向ける。そのロッドはガンロッドと異なり先端がラッパ状に広がっていた。
「全艦!全マシーナ!一斉に打て!」
司令官の指示が飛ぶ。一斉に発射すればあのマシーナも対処不能のはずである。そう考え司令官はほくそ笑む。しかし、魚雷の一斉発射の直後、司令官の企みを打ち崩す一撃が放たれた。
ガン!!!!
『ウンディーネ』がロッドから放った凄まじい衝撃波は広がりながら偽装艦隊全体に襲いかかる。発射された魚雷は全て誘爆した。発射が遅れた三番艦の魚雷は発射管の中で誘爆し三番艦は大破撃沈されたのだった。
艦隊を襲った凄まじい衝撃波に司令官は転倒する。
「何だ?!今のは?!」
司令官は答えを求めてソナー手を見るが、ソナー手は椅子から転げ落ち耳を押さえて七転八倒していた。
「敵マシーナからの攻撃です!当方の魚雷は全て誘爆させられました!」
使い物にならなくなったソナー手に代わって別の乗員が説明する。
司令官が次に打つ手を思い付かないまま『ドドー』達は次々と撃破されていくのであった。
衝撃波はメガフロートの一部にも届く。
中央指揮所では、衝撃波が届いた地区から何事かとの問い合わせが相次ぎ対応に追われていた。
アルベルトもフィリア姫に衝撃波について質問を飛ばす。
「あぁ、それは多分、『ソニックウォール』ね。衝撃波の壁で敵の攻撃を防ぐのよ。それより浮上するわよ。受け入れ準備をよろしく」
フィリア姫の言葉に中央指揮所は慌ただしくなるのであった。
「司令官殿!次の指示を!司令官殿!」
艦橋の誰もが司令官に指示を仰ぐが、司令官は放心状態でブツブツ何か呟いていた。
司令官は信じられなかった。
ローデモング帝国は世界で最も海洋軍事力が高い国家であると自負している。しかも我ら独立艦隊は最新装備の実験艦隊でもあり、ローデモング帝国の中でも最強の部隊なのだ。マシーナだって『ドドー』ではあるがローデモング帝国の技術の粋を結集して水中用に改造したのだ。そんな我々をたった一機のマシーナがまるで赤子の手をひねるように壊滅させるなどあり得る訳が・・・
司令官はある考えに至り生唾を飲む。
「ま、まさか・・・水中戦専用『プロトタイプ』マシーナ・・・」
おそらく今まで誰もそんなものの可能性を考えた事はないはずだ。今まで水中用の『プロトタイプ』の存在の報告はないのだ。
しかし、目の前にいる存在は間違いなく・・・
「司令官殿!マシーナが全機やられました!」
艦橋に悲痛な声が響き渡る。
「全艦!北へ急速転進!緊急浮上しつつ全速で北へ逃げろ!」
「それでは敵にこの艦の正体が・・・」
「構わん!本国にあの化け物の存在を伝えるのが最優先だ!」
残った二隻の潜水艦は北への逃亡を図る。
旗艦の艦橋ではさらに悲痛な叫びがあがる。
「二番艦がやられました!!!」
中央指揮所に一番近い埠頭には多くの人々が集まっていた。これは発掘隊の『ペンキュール』と乗員の出迎えもあるが、『A.O.U.』を一目見たいという連中の方が多かった。
そんな人々か集まる中、埠頭の少し先の海面が広い範囲で盛り上がる。そして盛り上がった海面が破れた中から現れた真っ黒で巨大な『A.O.U.』にどよめきが上がる。その後『A.O.U.』は器用に向きを変えながら後部を埠頭に接岸したかとおもうと後部の壁が開いて、『A.O.U.』と埠頭を繋ぐタラップとなった。
人々はその中に『ペンキュール』と歩いて来るパイロット達の元気そうな姿を認めるや否や歓声を上げる。アンランの関係者が駆け寄り抱き合って無事を喜んだ。
そんな中、フィリア姫がようやく顔を出すと、救出されたパイロットが駆け寄り何度も礼を述べた。
その後、皆が感謝の言葉をかけて見守る中、アルベルトと各国の大臣がフィリア姫の下に到着する。大臣達が挨拶と謝礼を述べた後、アルベルトが本題を切り出す。
「姫、これは一体・・・」
「これが、フランソワ=シュタインロードの遺品。強襲型潜水母艦『A.O.U.』。『アーク・オブ・ウンディーネ(ウンディーネの箱船)』よ」
アルベルトは唖然としながら『A.O.U.』を見上げる。
「性能はどんなものなのです?」
アルベルトの質問にフィリア姫は小さく溜め息を吐きながら答える。
「限界深度15000m」
「えっ?」
アルベルトも大臣達も我が耳を疑った。
「今回、海溝の底を這って来たから10000mまでは検証出来たけど・・・15000なんて何処で検証すればいいのよ」
破格の性能にアルベルト達は言葉を失う。それでもアルベルトにはさらに確認すべき事があった。
「それで、ミリーはどこに?」
そう声をかけた途端、北西の海面から一隻の潜水艦が水しぶきを上げて浮上して来たのである。皆が驚き視線が集まる。
「あれは海賊船か?!」
皆が騒ぐ中、さらに海賊船を追うように海中から空中に飛び出した三角錐の物体があった。皆がその異様な形状に茫然とする中、フィリア姫が淡々と説明する。
「あれが『ウンディーネ』よ」
『ウンディーネ』は空中でマシーナ形態に一気に変形しガンロッドを構えて上空から海賊船に襲いかかる。そして、海賊船上に片膝を付くように着地し、ガンロッドを艦橋に突き立てると艦橋付近は粉々に爆破され、海賊船は誘爆を起こしながら沈んで行った。
そして『ウンディーネ』は水中に没したかと思えば『A.O.U.』の舳先に収まったのである。その様子に集まった者達は唖然とさせられたのであった。
『ペンキュール』の搬送を終えた後の『A.O.U.』の会議室では、フィリア姫、ミリー、アルベルト、マイケル、ボルトが集まっていた。
最初にミリーが全員に深々と頭を下げる。
「申し訳ありません。旅の途中で姫に怪我を負わせてしまいました」
フィリア姫は手と足に包帯を巻いた姿で弁明する。
「違うわ!ミリーのせいじゃない!全部私のせいなの!」
アルベルトは微笑みながらフィリア姫に尋ねる。
「姫。旅は如何でした」
フィリア姫は目をキラキラ輝かせながら微笑む。
「楽しかった!本当に楽しかったわ!確かにとても辛い時もあったけど、それも含めて本当に楽しかったわ!大事な友達も出来たわ!ミリー!また行こう!ねっ!」
フィリア姫のこの言葉は予想していなかったのだろう。ミリーはキョトンとした表情で思わず頷く。
アルベルトは笑いながらミリーに語りかける。
「ミリー。フィリア姫がこれだけ満足なさっているんだ。それで十分だろう」
アルベルトは思う。ミリーはこれまで他人とのこうした接触はなかったのだ。今からでもこうした経験を積むのはよい事だろう。ミリーは下を向いてコクリと頷いた。
その後、『A.O.U.』の運用方法の協議となる。
『A.O.U.』は警備の意味も含めて『天の街船』の発掘に従事させる方向となる。最深部まで到達可能なのは今後の発掘計画を立てるにあたって大きいのだ。さらにボルトに製作させているハッチが『A.O.U.』の後部に取り付けるものだとミリーから聞かされた時には、ミリーとマイケルのどちらが意地悪か、皆、思わず考えたものだった。
しかし、これで明日行われる他の二国との協議は笑顔の内に進むだろうと予想された。
その夜、ボルトが『A.O.U.』の整備計画に奔走する中、フィリア姫とミリーは少し離れた所から並んで『A.O.U.』を見ていた、そして、フィリア姫がミリーの手をしっかりと握りながらこう言ったのだ。
「ミリー、また行こうね。キャラバンのみんなにまた会いに行こうね」
そう言うフィリア姫の顔はとても哀しげに見えた。
ミリーは「はい」と答えるだけだった。




