1-51 ウンディーネ 3
発掘隊の三人は、中央指揮所との通信が途絶えた事から命綱のワイヤーが切断された事を悟る。
メガフロートまで戻るには、海上からワイヤーを巻き上げて貰うしかなく、建物の残骸を足場にするだけでは、垂直に切り立った『天の街船』の地面を登り切る事はほぼ不可能なのだ。
命綱が切れた今となっては、海上からの救援部隊をジッと待つしかないのだが、そんな事は目の前の海賊共が許してくれないだろう。
「一機でも多く道連れにするぞ」
同じ死ぬなら敵マシーナにしがみつき、背中の推進装置を破壊する。そうすれば敵マシーナも水中での移動手段をなくして一緒に奈落の底に落ちてくれる筈だと考えたのである。
しかし、現実は非情である。そんなささやかな抵抗すら敵はさせてくれなかった。
三機の敵マシーナがそれぞれ切断した命綱の端を掴むと、密集体型をとっていた発掘隊の周りを回り始めたのである。発掘隊のマシーナはまとめてワイヤーで縛られた形になり、身動きがとれない状態になってしまったのだった。
「くそぉ!何処までもコケにしやがって!」
発掘隊は憤りの声をあげるが手も足も出ないまま、ワイヤーを引っ張られ転倒し、そのまま海底へ墜落していった。
「ははは!見ろあの無様な姿を!海の支配者である我々に逆らうからこんな目に会うのだ!」
偽装艦隊の司令官はそう言って高笑いを続け、旗艦の艦橋にいる者は皆釣られて笑うのであった。ただ一人、ソナー手を除いて・・・
中央指揮所ではレーダーの画面とソナー手の報告に注目が集まっていた。そこから判断出来る状況は発掘隊が水中を落下し続けているという事だった。
最初にレーダーから彼等の反応が消えた。暫くしてソナー手が重い口を開いた。
「音響ソナーからも反応が消えました・・・水深1000mを超えたものと思われます」
誰もが悲壮な表情のまま押し黙っていた。
偽装艦隊の旗艦では笑い声と発掘隊への罵倒が続いている。
その喧騒の中、ソナー手はヘッドフォンを両手で耳に押し当て必死にアクティブソナーの反響音を聞いていた。そしてその顔色はどんどん悪くなっていく。
「黙って!静かに!」
皆の笑い声の大きさにイラついたソナー手が怒鳴りつけ、またヘッドフォンに集中する。
普段温厚で大人しい人物のただならぬ様子に皆が黙ってソナー手を見つめた。
「どうした?!なにがあった?!」
その責務から司令官だけは理由を問いただす。
ソナー手は真っ青な顔をしながらうわずった声で叫ぶ。
「例の何か、やっぱりいたんです!そいつが凄い勢いで上昇して来ます!5000m超の深さから垂直に上昇してくるんです!凄い勢いで!私はこんなの聞いた事ありません!コイツは一体何なんですか?!教えてください!司令官殿!!」
その物体の勢いを肌で感じているせいでソナー手は半狂乱になっていた。
「落ち着け。そいつは今どの辺りだ?」
「3000を切って、いや、既に2000を切りました!」
司令官の質問にソナー手は答える。そして少しの沈黙のあと呆けた声で言葉を続ける。
「と、止まりました。1000と2000の間で急停止しました」
「何も出来なかったとは・・・情けない」
発掘隊の隊長は悔しそうに呟く。深度計は1300mを指している。そろそろアチコチで圧壊が始まる筈だ。隊員のどちらかが足掻いているのか機体が揺れぶつかり合う振動が伝わる。
「何を足掻いているんだ?」
隊長は思わず無線で隊員に声をかけるが返ってきたのは意外な言葉だった。
「いえ、何も動いていませんが」
隊長は首を傾げる。(ならば潮目にでもぶつかったか?)などと考えているといきなり、ガラガラン!と鉄の板の上に着地した感触があり、ゴゴゴゴズシャン!と何かが閉まるような振動があった。
隊長が様子を見るためにライトを付けようとした矢先、突然外が明るくなり自分達が密閉された格納庫のような場所にいることが判ったのである。
「た、隊長!ここは一体どこなんです?!」
「わ、判らん!」
判らんが、取り敢えず命だけは助かったのか?と考えていると、その答えとなる短距離無線による通信が入った。
「本艦は、フィスリニア王国所属潜水母艦『アーク・オブ・ウンディーネ』です。コックピット内の気圧に異常はありませんか?異常がなければ格納庫内を減圧、排水します」
大層に若い女の子の声に驚きながらも、異常がない事を伝えると排水音が響き計器を見ても水圧がドンドン下がっていくのが判る。
「我々は助かったのか?」
状況に頭が追いつかない隊長はやや間の抜けた質問を行うが若い声は明るく答えた。
「はい、そうです。間に合って何よりでした。これから海上へとお連れします。排水が終わったら格納庫内に自由に出ていただいて構いません」
発掘隊の面々はようやく自分達が助かったのだという実感が湧いてくる。と同時にある危険を思い出した。
「近くに海賊共の艦隊がいるのだぞ!大丈夫なのか?!」
この忠告に女の子は軽快に答える。
「大丈夫ですよ。海賊共はこれから地獄を見ることになってますから」
誰もが意気消沈しうなだれる中央指揮所の通信機が、突然大出力の通信を受信し始める。
「ガガッ・・・こちらはフィスリニア王国所属潜水母艦『アーク・オブ・ウンディーネ』。中央指揮所、聞こえますか?発掘隊は無事救出しました。繰り返します。発掘隊の『ペンキュール』は三機とも救出。パイロットは全員無事です」
この通信を聞いていた中央指揮所の面々はどう反応すればいいのか判らなかった。聞いたこともない船から有り得ない救出劇を聞かされたのだ。果たして信じてよいものか判断出来ないのである。
怪しげな通信の中で唯一聞いた事がある単語の関係者フィスリニア王国の主席執政官殿に真偽を問い説明を求める視線が集まるのは当然であった。
アルベルトはこれ以上ない程の困惑した表情で、何も知らないと言わんばかりに激しく首を横に振る。しかし、フィスリニアの名が出た以上自分が対応するしかない、と渋々通信機の相手をする。
「こちらはフィスリニア王国の関係者である。そちらは何者か?」
「あ、その声はアルね。ただいま。今帰ったわよ。予定通りでしょ。私頑張って歩いたもの」
答えにはなっていなかったが、返ってきた軽口はアルベルトに相手が誰なのかを理解させるのに十分であった。
「まっ、まさか!ひっ姫?!フィリア姫なのですか?!何故そんな所に?!それは何なのです?!」
アルベルトの言葉に中央指揮所内は騒然となる。姫様自ら助けて下さったのだと。
「話は後。それよりどこに浮上したらいいか指示を頂戴」
「は、はい!ミリーもそこにいるのですか?」
「ミリーは今、外に出てるわ」
「出てるって・・・そこ水中ですよね?!」
「『ウンディーネ』で海賊退治に出てるのよ。そうそう、ミリーから全指揮所に通達するようにって。『戦闘終了までソナー手はヘッドフォンを外して音響ソナーも停止しろ。さもないとその耳も機器も二度と使い物にならなくなる』だそうよ」
この一言で通信所は一気に騒がしくなったのであった。
そしてアルベルトは、事態が好転しているらしい事は薄々判ったが、聞いた事がない名前のオンパレードで何がどうなっているのか理解が出来ないていたのである。それでもただ一つ確認しておきたい事があった。
「姫、その船の乗員は何名ですか?信用のおける者達ですか?」
「ミリーは出てるから誰もいないわ。私一人よ。私が操縦してるの。すごいでしょ」
アルベルトは斜め上の展開に絶句するしかなかった。
「アンノウン、南へ移動を開始しました。かなりのスピードです。発掘隊を回収した模様です」
ソナー手の報告に偽装艦隊の司令官は不愉快極まりないといった様子で毒づく。
「何処の誰かは知らんが我々をコケにした事を後悔させてやるぞ!全艦追撃だ!」
偽装艦隊は転進を完了し『A.O.U.』を追いかけ始めようとしたその時だった。
「まっ、待ってください!!」
ソナー手が絶叫する。司令官はややウンザリといった様子である。
「何がどうした?はっきり言え!モタモタしては逃げられるぞ!」
「何かいるんです!我々のすぐそばに!」
「何がどこにいるんだ!はっきりしろ!」
司令官ははっきりしない状況に切れかかっていた。しかし、ソナー手は恐怖を表情に浮かべて絶叫する。
「判らないんです!ソナーもレーダーも反応がおかしくてはっきりしないんです!でも何か得体の知れないものがいるんです!すぐそばにいるんです!本当です!信じてください!」
司令官は艦橋の窓の外の暗闇をジッと見つめる。この深度では一寸先も目視出来ない。そして意を決したように叫んだ。
「全艦!照明弾を発射せよ!我が艦隊の周辺を余すことなく照らし出せ!」
正体不明の相手にこの艦隊の正体がバレるかも知れないが叩き潰せば済むことだ。司令官はそう考えほくそ笑む。
各艦から照明弾が打ち出され、艦隊の周りは明るく照らし出される。皆の見慣れた艦とマシーナが映し出されたが、全員の目はある一点に釘付けになっていた。
司令官も一言呟く事しか出来なかった。
「あれは・・・一体何なのだ」




