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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
49/311

1-49 ウンディーネ 1

 強襲型潜水母艦『A.O.U.』。

 『アーク・オブ・ウンディーネ(ウンディーネの箱船)』と呼ばれたこの船は、一般的な船や潜水艦と比べてかなり奇異な姿をしていた。


 胴体の断面は上下方向に潰れた六角形をしていた。舳先は三角錐をしており正面から見ると逆三角形の向きに見える。例えるなら、鉛筆を円錐に削る所を三角錐に削ったと言えば判りやすいだろう。そして尖り具合は箱やサイコロの角をイメージして貰えばいい。

 船全体の大きさの比率は、幅4、長さ7、高さ3、と言った所か。

 その胴体には亀の足のような位置に四機のカウル付のローターが飛び出しており、その向きを変えることで、推進や姿勢制御を行うようだ。

船体は一様に黒く塗られているが舳先の三角錐の頂点部分、鉛筆に例えるなら芯の部分だけはコバルトブルーの三角錐になっていた。


「さぁ、姫。乗り込みますよ」

 呆けたように足を止め『A.O.U.』を眺めていたフィリア姫が我に返る。

「どうしてこんな物がこんな所に?!これ動くの?!」

「ちゃんと動きますよ。定期的にメンテはしていましたからね。そして帰りはこれを使うんです。楽だしメッチャ早いですよ」

 それでこんな日程だったんだと、フィリア姫は合点がいった。ミリーは歩きながら経緯を説明する。

「『(あま)街船(まちふね)』の墜落前、師はフェルミール王国の旗機『ブリュンフィーダ』の作者と共にこの船の建造を行っていました。そして進水テストの準備中に墜落に巻き込まれたのです」

(マイケルも似たような状況だったわよね)と、フィリア姫は思い出す。あのような大惨事で生と死を分けるのは、そうした運に依るところも大きいのだろうな、とフィリア姫は考える。


「師は、『A.O.U.』をドックにアンカーで固定し、周囲にいた百人程を本船に収容して大気圏突入に耐え、ドックが海に没すると同時に離脱に成功したらしいです」

 二人は『A.O.U.』後部の人用のハッチを目指して入江を回り込む。フィリア姫は間近に見る『A.O.U.』の大きさに息を呑む。


「離脱に成功したまでは良かったのですが、なにせテスト前の船ですから推進機関のアチコチに不具合が出て最終的にここまで流されて来たのだとか。助けられた人々は途中でこの船に備え付けられていた救命ボートに乗って早い段階でこの船を離れて各地に分散したようで。最後は師一人になったようです」

「せっかく助けてくれたのにみんな薄情なのね」

 フィリア姫はミリーの師に同情するように相槌を打つが、ミリーの返事は意外なものであった。

「いえ、師が追い出したようです。修理の邪魔だと言って」

 フィリア姫は同情すべき相手を間違えた事を悟る。同情すべきは危険な見知らぬ土地に放り出された人々だ。

「助けられた人々は、船がまともに動かないのを知ると相当文句を言ったらしいんですよ。『こんなポンコツに乗せられた俺達の身になれ』ってね」

 ミリーの追加情報で、フィリア姫はどちらにも同情しない事に決めたのだった。




 後部ハッチに到着し中に入る。中は白を基調とした色合いで明るかった。

 巨大な格納庫を通り抜けて船首へ向かう通路に入る。格納庫と通路の間にもハッチがあり密閉できるようになっている。これは、格納庫の後方と天井が巨大なハッチになっており水中でマシーナの出入りや物の搬入搬出を行う事を想定しているためとの事だった。


 通路の先には乗員の寝室、食堂、会議室などがあり、長期の作戦行動も可能となっているようだ。

「必要な搭乗員は何名なの?」

「動かすだけなら一人でも可能ですよ。ただ作戦行動となればケースバイケースですが10名程度いた方がスムーズに事は運ぶでしょうね。まぁ、30名位なら余裕で生活できますよ」

 フィリア姫は気になった事を確認する。

「ミリー。これが造られた時に想定された作戦行動って、やっぱり・・・」

「はい。原住民の虐殺です」

 ミリーは予想された答えを淡々と答えた。


 二人は艦橋に入る。艦橋は船首の三角錐と胴体との接合部の天井部分に盛り上がるように設置されている。前方と左右は大きな窓になっており視界は良好である。艦橋内の設備の配置は通常の船舶と大差はないようであるが、一カ所で集中操作も可能との事だ。


 ため息を吐きながらフィリア姫はこぼす。

「ミリーが『フランソワ=シュタインロードの遺品』て言うから色々凄い物を想像してたのよ。驚かされるのはシャクだったから。でも流石にこの発想はなかったわ。予想の斜め上を行き過ぎよ、ミリー。本当にこんなの貰っちゃっていいの?」

「お買い上げ頂いてもいいんですよ」

「・・・有り難く貰っておくわ」

 ミリーが販売交渉を始める前に、フィリア姫は素早く好意に甘える事を宣言したのだった。


 艦橋の窓から入江の様子を眺めながら、フィリア姫が尋ねる。

「そう言えばミリー。『ウンディーネ』って何だっけ?聞いた事はあるんだけど」

第一世代(ファースト)達のお伽話に登場する水の精霊の名前ですね」

 ミリーがパネルを一つ一つ確認しながら答えた。

「水の精霊か・・・なんか似つかわしくないわね」

「まぁ、出航すれば理由は判りますよ」

 フィリア姫の感想に、ミリーは意味深な答えを返すのであった。




「私はこれから、アチコチ点検に廻りますが、姫は少しお休みになっては如何ですか?乗員用の寝室にベッドもありますし。かなりお疲れと見受けますので」

 ミリーから見てフィリア姫はかなり疲れた表情をしていたのだろう。ミリーは思わず提案する。これに対してフィリア姫は強がる事もなく素直に従う。

「そうね。お言葉に甘えて少し休ませてもらおうかしら」

 ミリーはフィリア姫を艦長室に案内する。部屋に一人になったフィリア姫はベッドにその身を投げ出すと、大きくため息を吐いて「ナーラに会いたいな」と呟いた。そしていつの間にか眠りについていたのだった。


 フィリア姫は夢を見た。

 フィスリニア城の広場にキャラバン達が集まっていた。広場の中央に焚き火が焚かれ、子供達がみんな集まっていた。

 ナーラもいた。タリーもいた。みんなで歌った。みんなで輪になって踊った。みんなで馬鹿話をした。

 ナーラと恋バナをした。タリーが生意気な事を言った。タリーの母親がご馳走を振る舞ってくれた。みんなで食べながら騒いだ。

 ・・・みんな笑っていた・・・みんな笑っていた・・・




 フィリア姫は目を覚ますと頬が涙で濡れている事を知った。

「目が覚めましたか?ん?どうされましたか?」

 気が付くとベッドにもたれるようにミリーが座っていた。ミリーの傍らに毛布がある事から、いつ目が覚めてもいいように、側で休んでくれたのに違いなかった。

「悲しい夢を見たの。でもどんな夢かは憶えてなくて・・・ミリー。そう言えば私どれだけ眠ってた?」

「半日以上ですね。もう朝ですよ。朝食を食べたら出発します」

 フィリア姫の悲しみを包み込むような笑顔でミリーは答えたのであった。




 エンジン音はとても静かながら力強かった。『A.O.U.』は滑らかに海中に没し前進を始める。

 入江を出るとそこは美しい海底世界であった。フィリア姫は初めて見る光景に心を奪われ興奮する。そして、ある程度落ち着いてくると、今度は『A.O.U.』の操縦に俄然興味がわいてくる。(さすがに触らせてくれないわよね)というフィリア姫の心中を察してか、ミリーがニッコリ笑いながら言い始めた

「姫、操縦してみますか?」

「えっ?いいの?」

「ええ。良いというか、操縦をお願いしたいのです。ちょっと他に動作確認したい物がありまして」

 渡りに船のフィリア姫は快諾する。そしてミリーの指導の甲斐があって、2時間もするとフィリア姫はほぼ思い通りに『A.O.U.』を操縦できる様になっていた。


 その後しばらく進むとミリーがフィリア姫に声をかける。

「この辺りなら開けていますし、強い潮の流れもありませんから丁度よさそうです。ちょっと他の動作確認をしますのでしばらくの間『A.O.U.』の姿勢と位置の維持をお願いします」

「判ったわ。でも何の動作確認をするの?」

「『ウンディーネ』です。窓の外を見ていれば判りますよ」

 ミリーはそう言って笑うと艦橋を後にした。

 フィリア姫は考える。『ウンディーネ』はこの船を意味するのかと思ったが違うようだ。確かにこの船の名は『ウンディーネの箱船』だから『ウンディーネ』は別物。マシーナなのか?でも格納庫にはそんなものはなかった。どういう事なんだろうか・・・


   ガコン!


 フィリア姫が物思いに耽っていると、突然、軽い振動と音が発生した。フィリア姫が思わず窓の外を見るとそこでは予想外の事が起こっていた。舳先のコバルトブルーの部分が外れているのだ。その三角錐は頂点から伸びる三つの辺が底面を超えてさらに先に向かって窄む脚のように延びていた。

 その三角錐は頂点を前にしてかなりのスピードで海中を自在に動き回っている。

「これが『ウンディーネ』?クラゲみたい」

 フィリア姫がそんな感想を漏らすと、それは起こった。

 三角錐は頂点からの各辺を中心に三つに分離を始めたのである。そして三つに分離した頂点の部分から、うずくまったような人型マシーナが前に押し出されてきた。その華奢な女性型マシーナが手足を伸ばすと同時に、分離した三つの辺は、二つが巨大な羽のようにその両肩に移動し、残り一つの辺は尾羽根のようにお尻の位置に移動した。


 そして煌めく水面をバックに現れたその美しいシルエットに魅入られたフィリア姫は、思わず呟くのだった。


「・・・妖・・・精?・・・」


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