1-48 二人旅 11
翌朝。
フィリア姫とナーラは大層眠そうであった。
夜遅くまで焚き火で話が盛り上がり、テントに入ってからも、周りの女の子達を起こさないように注意しながら遅くまで二人でヒソヒソと話をし続けていたのである。二人は相当に気が合ったらしく話題が尽きる事がなかった。そして、
「キャラバンは中立を重んじますが、それでも私は姫様に忠誠を誓います」
と宣言するナーラに、
「忠誠だなんてやめて。私はナーラと友達、ううん、姉妹のようでありたいの」
と、フィリア姫が懇願する場面もあったのである。
フィリア姫の足は薬のお陰もあって、ゆっくり歩ける程度には回復。靴を扱っているキャラバンからサンダルとブーツを正価で購入する。
靴を買いに行くのに、タリーにおぶってもらったのだが、しがみついていたせいで
「お前、胸ないな」
と、言われて、思わず背後から後頭部をぶん殴り、ナーラも顔を真っ赤にしてタリーを怒鳴りまくった。そんな様子は気心が知れた親友同士がじゃれあっているようであり、周りから見れば微笑ましい限りであった。
子供達が賑やかに食事をとる間、大人達は出立の支度で大わらわだ。それでも、子供達が食事を終える頃には、準備も終わり、ひとつ、またひとつと、キャラバンが旅立って行く。
子供達は「フィーちゃん!また遊ぼうねー!」と手を振る。フィリア姫も「またねー!」と手を振る。しかしフィリア姫は判っている。あの子達はこの後キャラバンの隊長から私の正体を聞かされる。そうなればもう、さっきまでの様には接してくれない。昨日の楽しかった時間はもう二度と来ないのだ。そう思うとフィリア姫の目に涙が溜まる。こんな思いをするならあんな楽しい時間など知らない方がよかった。そう思うとフィリア姫の目から涙が溢れ流れ落ちた。
ナーラがそんなフィリア姫の様子に気付き、心配して声をかける。フィリア姫が胸の内を明かすと、
「そんな事ない!大丈夫だから!絶対大丈夫だから!」
と泣き出しながらフィリア姫を慰めた。そして最後は、二人で泣きながら抱き合い別れを惜しむのであった。
「これだから女子はまったく。またどうせどっかで会えるんだから泣くこたぁねえだろ。フィー、俺っちも出発するってよ」
憎まれ口を叩きながら近づいて来るタリーに、ナーラは、ムッとした表情で脅しをかけるのを忘れない。
「タリー!あんた途中でフィーを苛めたりちょっかい出したりしたら許さないからね!」
「へっ!そんな事する訳ねぇだろ!バカかお前!」
「バカとはなによ!バカとは!」
(この二人っていつもこんななのかしら?ナーラももっと素直になればいいのに)
フィリア姫がそんな事を思うのは、ナーラとの話でタリーに対する気持ちを聞いていたからだ。真っ赤になりながら恥ずかしそうに話すナーラはとても可愛かったのだ。取り敢えず恋愛の先輩としてウィルファン王子との経緯を話すとしっかり食いついて離れなかった。ナーラもやっぱり『恋する乙女』だったのだ。
そんな事を考えていると、いつの間にか涙は止まり、心も落ち着いていることに気付く。ここは二人に感謝だと思う。
タリーの父親のキャラバンは、二台の荷馬車と荷物を積んだ数頭の馬という構成の小規模のキャラバンだ。人は基本歩きのようである。フィリア姫は荷馬車の後ろに乗せてもらう。
キャラバンが動き出すとフィリア姫とナーラは再会の約束を何度も叫びながらお互いが見えなくなるまで手を振り続けた。
キャラバンは歩く速度で山道を進む。ミリーは荷馬車の傍らを歩く。フィリア姫は別れの余韻で少し元気がなかった。そんなフィリア姫の隣に突然タリーが乗り込んで来て座った。
また意地悪でもしに来たのかとフィリア姫は警戒したが、驚いた事に「これ食え。元気が出るぞ」とお菓子が入った袋を手渡してきたのだ。「えっ?」と戸惑っていると「いいから早く食え」と急かす。「ありがとう」と礼を言って、ひとつ食べてみると甘くて美味しく、フィリア姫はあっと言う間に全て平らげてしまった。
「あのさ、フィー。ちょっと聞きだい事があるんだけれど」
これもまた思いも寄らぬタリーの質問に「なあに?」とフィリア姫は先を催促する。
「お前、その、ナーラと二人でよく喋ってたろ。何話してたんだ?」
「何って?」
「その、俺の事何か話してなかったか?」
顔を赤らめるタリーにフィリア姫は納得する。
「ふ~ん、タリー、ナーラの事が好きなんだ」
真っ赤になってタリーは慌てて否定する。
「いやっ!ただ気になっただけって言うか・・・」
「そんなの、本人に直接聞くべきよ。それからナーラにもっと優しくした方がいいわよ~」
フィリア姫はニヤニヤと楽しみながら忠告し、タリーはさらに顔を真っ赤っかにして「ふん!」と言い残して荷馬車を降りて行ってしまったのであった。
その事件はその後の休憩の時に起きた。
タリーが叱られながら、馬を叩く鞭で母親に手を叩かれていたのだ。
フィリア姫は何事かと母親に尋ねると、タリーが商品のお菓子を盗んだと言うのである。フィリア姫にはそれがさっきのお菓子だと判った。フィリア姫はタリーを庇うように立ち、母親に訴えた。
「タリーは私のためにお菓子を盗んだんです。お金は払いますから許してあげて下さい」
しかし母親はそんな態度のフィリア姫も叱りつける。
「いいですか、フィーさん。後からお金を払おうが払うまいが、この子が『盗んだ』と言う事実は変わらないのです。その事にはしっかりと罰が与えられなければなりません。もしフィーさんが、お金さえ払えばいいなんて考えを持っているなら今すぐ改めなさい。そんなのは傲慢な金持ちの考えです」
フィリア姫は反論する事が出来なかった。だが手の甲を叩かれ苦痛に顔を歪め涙ぐむタリーを見て、母親に尋ねる
「罰は全部で何発で残りはいくつですか?」
「全部で100。残りは90です」
母親の回答にフィリア姫は意を決して懇願する。
「だったら半分は私が受けます。私も同罪ですから」
これには母親もタリーも驚く。
「盗んだのはこの子であなたは関係ないのよ!」
「そうだ!お前は盗んだ物だって知らなかったんだから悪い訳ないだろ!」
しかし、フィリア姫は頭を振って答える。
「私、昨日からタリーに迷惑掛けっぱなしで、お菓子の事だって、私に気を使ってくれての事だし、食べたの私だし、何より・・・友達だから・・・罰を受けるのなら共同責任で・・・」
そう言って手を差し出すフィリア姫に母親は、
「本当に良いのかい?女の子だからって手加減はしないよ」
と言った。
フィリア姫がしっかりと頷くのを見て、様子を窺っていた隊長が慌てて止めようとするが、ミリーに阻まれる。
母親は交互に叩いていく。痛がり具合を見ながら加減をするのだが、息子の方は表情を歪め声をあげているのに対し、この娘は眉を若干ひそめる程度である。(無意識に力を弱めちゃったのかしら)と思い少女を打つ力が強くなるのであった。
「バカ!お前!何てことしてんだ!!」
ミリーとこの場を離れていた隊長が戻って来るなり妻を怒鳴りつける。突然の声に「えっ?」と驚いた母親は、反射的に少女の手を見て驚く。少女の手の甲は一部が赤黒く変色し皮膚が破れ血が滲んでいたのだ。母親は表情に気をとられるあまり、手の異常に気付かずに叩き続けてしまったのである。
「大丈夫ですか?やせ我慢にもほどがありますよ」
手を取り心配そうに声をかけるミリーに、フィリア姫は痛みを堪えるのに手一杯で返事をする余力はなかった。
フィリア姫は決して痛くない訳ではなく、表情に出さなかっただけなのである。それを母親は見誤ってしまい過剰に力を加えてしまったのだ。
「あぁ、どうしましょう・・・」
オロオロする母親に、フィリア姫は痛みを堪えて声をかける。
「あと・・・4回・・・残って・・・ます」
動揺している母親は涙ぐみながら答える。
「何言ってるの!もういいのよ!おばさんがやり過ぎてしまったの!本当にごめんなさい!早く手当てを!」
タリーも後ろからフィリア姫にしがみつきながら泣きじゃくる。
「フィー!俺のせいでゴメン!俺もう盗んだりしないから!」
フィリア姫はタリーにもようやく言葉を返す。
「どさくさに・・・紛れて・・・抱き付かないの・・・あぁ・・・ほっぺに・・・鼻水が・・・」
隊長はというと・・・いつもの如く頭を抱えて小さくなっているのであった。
しかし、雨降って地固まるの例えの如くフィリア姫とキャラバンの人々との距離は縮まり、それからの2日間はフィリア姫はすっかりキャラバンの人々に溶け込む事が出来たのである。
しかし、そんな楽しい旅も終わりの時を迎える。
キャラバンが進んで来た西へ行く道から、南の海岸へ行く分かれ道がある。ここがキャラバンとの別れの場所なのだ。皆、次々に別れの言葉と再会の約束を交わす。
そんな中、隊長が深々と頭を下げ謝罪を始めたのである。
「フィリア姫様には数々の無礼を働きお詫びのしようもごさいません」
隊長の言葉にフィリア姫は心の中で叫ぶ。
(どうして今バラしちゃうの?!そんな事したら)
「お、親父。何言ってんだ!フィーは地主の娘で・・・」
タリーは動揺する。和やかな雰囲気は一変した。そして隊長は目の前の少女がフィスリニア王国の君主、フィリア姫に相違ない事を皆に改めて説明した。彼等はフィリア姫を見つめる、今までになかった感情を持って。
フィリア姫は、彼等と自分の間に目に見えない壁が出来上がっていくのを感じた。
フィリア姫はタリーに近づくとその手を握りしめる。しかし、タリーは一瞬逃げようとした。そして手を握りしめられると怯えた目でこう言ったのである。
「も、申し訳ありませんでした。これまでの数々のご無礼を、お許し下さい」
「何を言っているの?私はタリーに沢山助けられて感謝してるわ」
「ど、どうかお許しを」
あの生意気なタリーは・・・どこにもいなかった。
フィリア姫はタリーの耳許に唇を寄せて一言つぶやいた。
「ナーラと仲良くね」
フィリア姫はタリーから離れ、皆を眺めた。皆、恐怖の感情を纏っていた。タリーの母親は土下座をして震えていた。何を言っても無駄なのは判っていた。
フィリア姫は皆に一礼すると分かれ道を南へ進み始めた。もう後ろを振り返らなかった。あんな皆を見たくなかった。あんなタリーを見たくなかった。だから振り返りたくなかった。
気が付くとミリーが寄り添って歩いていた。フィリア姫はミリーに小さな声で呟いた。
「ミリー。あなたは何時までも変わらないでね」
ミリーは飄々と答える。
「いったい何を変われと言うんです?それに城の連中だって変われと言われても変わりませんよ」
フィリア姫は無言で頷いた。
「ごめんね、ミリー」
歩きながら何かを指折り数えていたフィリア姫が突然謝り始める。
「何がです?」
「ミリーは出発前に20日程って言ったのに、もう16日経ってるわ。私がついて来ちゃったから大きく遅れちゃったのよね」
申し訳なさそうに語るフィリア姫にミリーはにこやかに答える。
「とんでもない。予定より早く着いた位ですよ」
「えっ?!だって後数日しかないのよ!」
ミリーは答える代わりに立ち止まり宣言した。
「ここが目的地です」
そこは眼下に海を臨む崖っぷちであった。高さは20メートル程であろうか。そして何よりフィリア姫を驚かせたのは・・・岩以外何もなかった事である。
フィリア姫が反応に困っているとミリーが大きな岩の下で何やらガサゴソやっている。するといきなり岩が動き、崖沿いに下へ降りる階段が現れたのである。
唖然とするフィリア姫にミリーが声をかける。
「さぁ、降りますよ」
階段は岩を削って作ってあった。階段は目の細かい網のようなもので覆われトンネルのようになっており、海側からは階段が判らないようにしてあるようだ。
しばらく狭い階段を下り、海面が近くなると、いきなり視界が広がった。
「隠れ入江!」
まさにフィリア姫が叫んだ通りのものであった。崖の下が浸食により巨大な洞窟型の入江になっていたのである。しかも、その洞窟はご丁寧に階段と同じような網で隠されている。しかしフィリア姫は何故こんな大掛かりな事をするのかは聞かない。その理由は入江に浮かぶ物を見れば明白だからだ。
「ミ、ミリー。これは何?船?」
そこには、真っ黒で巨大な箱型のものが浮かんでいた。
「これが我が師、フランソワ=シュタインロードの遺品です。『シャドウクレス』タイプなら四機、『オースティレン』タイプなら六機は搭載出来ます」
「強襲型潜水母艦『A.O.U.』。アーク・オブ・ウンディーネ(ウンディーネの箱船)です」




