1-47 二人旅 10
焚き火の周りはまるで葬式の様であった。
隊長達は皆俯いて押し黙り、少女は泣き続けていた。
フィリア姫は泣き続ける少女を自分の隣に座らせ、肩に手をかけ力のない声で慰める。
「もう泣かないで、ナーラ。あなたは何も悪くないし、そんな泣くほどの事じゃないんだから」
しかし少女はなかなか泣き止まない。
「一体、何があったんですか?差し支えなければお聞かせ願えますか?」
ミリーがソロソロと話しかける。
「そうね。これはミリーに聞いてもらわないといけない話ね」
そう言ってフィリア姫は少し落ち着いてきた少女の涙を拭きながら話し始めた。
「私ね、最近フィスリニア国内でキャラバンを見かける事が少なくなったな、って思っていたの。それでいい機会だから理由を聞いてみたのよ。そうしたらタリーが『フィスリニアがバカだからだ!』って始まっちゃったのね」
ここで少女がまた思い出して泣き始めるのをフィリア姫が慌てて慰める。
「キャラバンなどの商隊が国境を抜けて国内に入る時に国内での商売を許可する代わりに一定の通商料を納めるでしょ。実際に商売するしないに係わらずね。これは世界共通の慣例なのよね」
ミリーは頷く。
「だから私もそれが普通だと思って全然意識していなかったのよね。旧フォルデベルグの三国分割があってもね」
隊長達は、少年が何を言ったのか段々判ってきた。フィリア姫はミリーから渡された飲み物で喉を潤しながら話を続ける。
「でも、これは商隊にとっては大問題。例えばモルーグからフォルデベルグの王都フォリストフォルンへ行く場合、今までならモルーグとの国境を渡る時に1回払えば良かったものが、今ではモルーグとフィスリニアとの国境で1回、フィスリニアとフェルミールとの国境で1回、フェルミールとフォルデベルグとの国境で1回、つまり今までの3倍支払わなければならなくなった。これは確かに堪らないわ」
「そこで殆どの商隊は、危険を承知でモルーグとフェルミールの間の険しい国境を抜ける事で一回分支払いを節約するようになった。これがフィスリニアにキャラバンが来なくなった理由」
フィリア姫は空になったコップを指で弄びながら小さなため息を吐く。
「まったく、目先の小さな利益で国民の利便性を犠牲にしてしまうなんて・・・確かに能無しと罵られても仕方ないわね」
「そんな!どこの国でもやってる普通の事じゃないですか!それを考えもしないであんな事を言うタリーが悪いんです!姫様が悪いんじゃありません!」
落ち込むフィリア姫を少女が必死に慰める。そんなナーラの気持ちが嬉しくてフィリア姫は少女にニッコリと笑いかける。
「ありがとう。ナーラ。でもね、みんながやってるから正しいとは限らないの。そして、それに気付けなければ君主として失格なのよね」
「姫。それでどうなさるおつもりですか?」
事情を把握したミリーが安堵の表情を浮かべながら尋ねた。対するフィリア姫の答はあっさりしたものだった。
「止めるわ、そんな悪習。通商料は一切取らない。アルに連絡して至急制度を見直しさせて。あと、キャラバンがこんな風に野営出来る場所の整備をしましょう。位置や必要な設備はミリーがキャラバンの皆さんと話し合って決めてちょうだい。判った?」
「仰せのままに」
ミリーは微笑みながら一礼する。隊長達も歓迎の表情を浮かべて一礼した。
「ありがとうございます。でも、大事な財源の一部でしょうによろしいのですか?」
隊長頭の質問にフィリア姫はニッコリ答える。
「財源としては全体から見れば微々たるものだからなんとでもなるわ。それよりもっと多くのキャラバンに出入りして貰って、アチコチの村や町で取引を増やして貰う方が国民のためにいいのよ。これでタリーにはバカ呼ばわりさせないわ」
楽しそうに話すフィリア姫を見て、少女は恐る恐るお伺いをたてる。
「あの、姫様。お怒りは鎮まりましたのでしょうか?」
「えっ、お怒りって・・・何?」
「先程、突然『あっちへ行く』と仰ったので、てっきりお怒りになったものと・・・」
「違う違う!こっちの皆さんか私に何か話がある風にしていたからよ。で、用事は何?」
フィリア姫は大慌てで弁明し、ミリーは(そう言えば姫は視線の分析が得意だったわね)と、一人納得する。隊長達はフィリア姫の観察力に驚くと共に諦め絶望した案件に光が差した事に安堵するのであった。
ここで少女の父親が我が子に声をかける。
「ナーラ。お前は向こうに行ってろ。ここからは大事な大人の話になるんでな」
しかし、これに少女は反発する。
「私だってこの先キャラバンを率いて行く人間よ。当然キャラバンの事を今から学んでおきたいの。だからここに居させて!」
隊長達が、子供に聞かせるような話ではない、どうしたものか、と考えあぐねていた所にミリーが口を挟む。
「いいじゃないですか。本人の覚悟と自覚が出来ているのなら学ぶのに早すぎる事はありませんよ」
隊長達も「ミリーさんがそう仰るなら」と同席を許可した。
「お言葉に甘えまして、姫様に、いえフィスリニア王国にお願いが御座います」
と、頭を下げる隊長頭に向かって、フィリア姫がいきなり言葉を返す。
「お願いというのは、どこぞの国にちょっかいを出されて困っているキャラバンを保護して欲しい、って事かしら?」
これには、さしものミリーも驚き、つい声を上げる。
「どうして姫がその事を知っているのですか?!!!」
隊長達も驚きの視線をフィリア姫に向けるなか、当のフィリア姫は涼しい顔で言い放つ。
「何も知らないわ。ただ、『フィスリニア王国に』と言われた時に一番しっくりくる組み合わせを考えただけ。最初に受けたキャラバンの説明から判断するに、キャラバンは横の繋がりが強いため大抵のトラブルは自分達で解決出来るでしょう。そしてどんな場合でも如何なる国家にも援助を求めない事で、国家を超えた平等性と健全性を保ってきたと言えるわね」
フィリア姫は喉を潤そうとしてコップが空であることに気付いた。隣の少女が慌てて飲み物を継ぎ足す。
「ただ、あらゆる国家と距離を置いてきた事が裏目に出る事もあるわね。それはトラブルの相手が国家の場合。いかに横の繋がりが堅固でも国家に対抗出来る程の力はない。そして、手助けを頼めるような関係を築いている国家もない。それでも手を借りなければならないとすれば後のリスクが少ない方がいい。とすれば・・・」
フィリア姫は喉を潤しながら横目でミリーを見る。
「ミリー。お前はいつ、私を巻き込むシナリオを書いた?」
ミリーは目を伏せ少し間をおいて答える。
「・・・姫が・・・この旅について来ると決まった時からです」
「私を懐柔するために、彼らに会わせたのか?」
「・・・はい」
「そのために、私に無理をさせたと言うのか?」
フィリア姫はボロボロになった足をさする。
「・・・はい。でもまさか、お気付きになるとは思いませんでした・・・」
ミリーは忘れていた、そして後悔していた。今でこそ様々な策謀や知略の行使はミリーやアルベルトが中心に行い姫は口を出さないのが普通である。しかし、建国祭の前まではその全てをフィリア姫がたった一人で行っていたのだ。気付かれない訳がなかったのだ。だからフィリア姫には最初にキチンと説明しておくべきだったのだ。
その場にいる皆が様子を伺う。フィリア姫が静か過ぎるのである。押し黙って手の中のコップを見つめている。コップを持つ手は明らかに力が入っているようだ。
ナーラには、俯くフィリア姫の表情が見えた。そこには怒りと・・・それを上回る悲しみに満ちているように見えた。
静寂はフィリア姫の、独り言ともつかない小さな呟きで破られる。
「私は部品だからね。部品は価値があるうちに利用しないとね」
「ひっ、姫!」
「姫様!」
ミリーとナーラは思わず声を上げる。
先にナーラが泣きそうな顔で訴える。
「姫様!そんな事言わないでください!哀しすぎます!」
「姫!私の配慮が足りなかっただけです!そのようなつもりは決してありません!」
ミリーもフィリア姫の足元に跪き訴える。(この旅で姫にそのような想いを打ち明けられたばかりではないか、不用意にも程がある)とミリーは己の失態を後悔した。
「もういいわ。状況を説明して」
二人の訴えに応える代わりに、フィリア姫は少し微笑みながら話を進めようとする。その微笑みが、二人の訴えに納得したものなのか、諦めによるものなのか、誰にもミリーにすらも判らなかったのである。
ミリーはトラブルの状況を説明する。ただし、フォルデベルグ王国のラーミザン基地の件は関係ないため故意に伏せておいた。
「ローデモング帝国か・・・厄介ね・・・」
フィリア姫は黙考に入った。周りの者は黙って回答を待つしかない。『人事を尽くして天命を待つ』なんて言葉があるが、今回『人事』は悪い方に尽くされた感がある。ミリーと隊長達は奇跡を信じて待つしかなかった。
フィリア姫の隣に座る少女ナーラは静かに待ちながらも戸惑いを隠せない。今ここにはさっきまでの恋バナ好きの楽しい『フィー』はいない。今、ここにいるのは、キャラバンと自国民全てを秤に掛けざるをえなくなった苦悩する為政者の姿である。自分だってやがて自分のキャラバンの人々の責を負うのだという覚悟はある。しかしフィリア姫は既にはるかに大きなものを背負っているのだ。私なら押し潰される、そう感じたせいでフィリア姫が一層可哀想に思えるのであった。
「判ったわ。問題のキャラバン達をフィスリニアへ逃げ込ませなさい」
ようやくフィリア姫が微笑みながら顔を上げて宣言する。一同は安堵の表情で
「保護していただけるのですね」
と声を上げるが、フィリア姫は続けて信じられない事を言った。
「保護しない。逃げ込んだ所を捕まえる」
一同は「えっ?!」と我が耳を疑った。ミリーですらも困惑の表情を浮かべた。
そんなミリーの表情に満足げに微笑んだフィリア姫は言葉を続ける。
「犯罪を犯したのだから当然です。捕まえて、しっかり審問を行った上で裁きを加えます。全て我が国で」
「なるほど!!その手がありましたね!!」
ミリーが嬉しそうに声を上げる。隊長達はどういう事かまだ判らないでいた。
「ミリー、皆さんへの説明を代わってちょうだい。喉が渇いちゃって。ナーラ、さっきの飲み物もう一杯戴ける?これ、美味しいわね。何て飲み物?」
ナーラは「はい!」と嬉しそうに飲み物を注ぐ。
ミリーは、フィリア姫とナーラが談笑を始めたのを見ながら隊長達に説明を始める。
「いいですか。理由はどうであれ罪を犯してしまった事は事実なのですから、それをなかった事にするのは対外的にも問題があります。かと言って、ローデモング帝国からの引き渡し要求に応じてしまっては彼等を見殺しにするだけです。だから、フィスリニアが代理で裁判を行い刑を執行するのです」
ミリーの言葉に隊長達はどういう事か理解しかねていた。ミリーは説明を続ける。
「フィスリニアが裁判を行うという事は事実関係を明らかにするのもフィスリニアです。となれば当然『サンダール商会』が黒幕という話も出てくる。そこで逆に『サンダール商会』の出頭を命じます」
「しかし『サンダール商会』は応じないでしょう。正体が正体だけに」
隊長達の懸念にミリーが答える。
「応じなかったり偽物をよこしたりすれば、罪を認めたものと判断します。マトモに応じればその正体をバラして拘束しより大きな罪に問います」
「いずれにしても、キャラバンは脅され利用された被害者として減刑。罰金刑がいいところでしょうね。それで贖罪は終わりです。」
隊長達はなるほどと納得する。
そこへフィリア姫が口を挟む。
「ミリー、キャラバンが入国したらメンバーのチェックを忘れないように。奴らの監視が付いていたら、ソイツを拘束しなさい。後でローデモング帝国とのお話に使えるかもしれないから」
「了解しました」
ミリーの返事にフィリア姫が頷く。
「これで私の出番は終わりかな?だったらナーラ。またあっちの焚き火に移動しましょう。タリーを呼んでまた運んでもらいましょう。この際だからこき使ってやるわ。あ、これって『アッシー』って言うんだっけ?」
明るく笑うフィリア姫にミリーが声をかける。
「姫!あの・・・今回は・・・」
言い澱むミリーの口を手で押さえてフィリア姫が言葉を遮る。
「ミリー。私はあなたを全面的に信頼すると決めたのです。例えあなたが私を騙しても、私はあなたを信頼すると決めたのです。判った?」
ミリーは泣きそうな顔で頷くだけだった。
「じゃあ、この話はこれでお終い。そうだミリー。あそこの大きなテントで女の子達はみんな一緒に寝るんだって。私も一緒に寝てもいいかな?」
無邪気な顔に戻ったフィリア姫を見てミリーは安心して微笑む。
「キャラバンの方々の許可が下りればいいですよ」
「歓迎しますよ、姫。ナーラ、姫を頼むぞ」
隊長頭の声にナーラは「はい!」と元気よく返事をする。
そして、呼びつけられたタリーに抱きかかえられてフィリア姫とナーラは向こうの焚き火へと戻って行った。
子供達を見送った後、ミリーが思い出したように尋ねる。
「そうだ、私達はヨーバルランド公国の南西のゼゼ岬に行きたいのだが、あそこの近くを通る隊はあるか?あれば姫を荷車の片隅にでも乗せて貰うとありがたいのだが?」
ミリーの依頼に隊長達は一斉に嫌そうな顔をして、一人の隊長に視線を移す。皆の注目を集めたのは・・・誰あろう、タリーの父親であった。
ミリーは「なるほどね」と苦笑いし、タリーの父親は「お・・・お任せ下さい」と言いながら頭を抱えるのであった。




