1-45 二人旅 8
隊長頭はミリーの事を、キャラバン全体の恩人と言い、ミリーはそれを力の源と言う。フィリア姫は「はて?」と腕組みをし少し考えたが、さすがにこれだけでは何も解らない。
「もう少し話を聞かせて」
フィリア姫はさらなる情報を催促し、隊長頭がこれに応えた。
「我々キャラバンは、ある土地で仕入れた商品を別の土地に持って行って売る事が基本です。ですがどんなによい品が手に入っても買い手がいなければ金をどぶに捨てたのと同じです。しかし、仕入れの時には買い手の有無を確認する手段がないため、これが売れるのかどうか長年の勘に頼るしかないのです。これではいつ失敗してもおかしくありません。そんなある日、ミリーさんが『キャラバンネットワーク』を作り上げてくれたのです」
「キャラバンネットワーク?」
フィリア姫が初めて聞く言葉であった。
「そうです。ミリーさんが各キャラバンに無償で提供してくれた専用デバイスというもので、キャラバン同士が遠く離れていてもリアルタイムで情報交換が出来るようになったのです。どこで何がどれだけ必要とされているかが判るようになった事で仕入れの失敗もなくなりました。また、どのキャラバンが何を持っているかも判るので、お互いに商品を交換して効率的に商売が出来るようになり、生活にもかなり余裕が出来ました。みんなミリーさんのお陰ですよ」
フィリア姫は感心して頷く。
「なる程ね。無償でデバイスを提供するなんて随分太っ腹だけど、ミリーにとってそれに見合う見返りがあればこそのはずよね。ミリーが『力の源』と呼ぶ何か。それは何?」
ミリーがフィリア姫の疑問に答える。
「私が彼等に求めているのは『やり取りされる全ての情報を私が参照出来る事』です。たまーに私の方からもさらに具体的な内容を求める事もありますけどね」
「そんな情報を集めてどうするの?・・・って、『後は自分で考えろ』って顔よね」
ミリーは当然と言いたげな笑顔で頷く。フィリア姫は少し考えたあと、さらなるヒントの提供を申し込む。
「ミリー、あとこれだけ教えて。情報は大陸全体で何品目位になるの?情報収集の範囲の単位は?」
「キャラバンが扱わないような品物も情報があれば上げてもらうようにしています。ですから、品目数は数千から場合によっては万に届きます。収集単位は町や村です」
「ま、万・・・」
途方もない話に驚くフィリア姫だが、反面、妙に既視感もあった。
(数に驚かされる似たような話、どっかで聞いたわよね。どこだっけ?・・・)
必死に思い出そうとする姿には凛とした美しさがあった。隊長達は(やはり王族なのだ)と思わず見とれてしまう。
「あ・・・」
フィリア姫は思い出した。そうだ!モルーグだ!刺客から助けられた後にミリーが言ったのだ。数百の観察点で人の考えを読む、と。あの時も数の多さに驚かされた。とすれば品目は観察点だ。ならば・・・
「数千の物流という観察点から見えてくるもの・・・それは・・・その国の情勢」
隊長達からは「ほう!」と感嘆の声が上がる。ミリーは嬉しそうに何度も頷く。隊長頭が口を開く。
「お見事です、姫様。我々は最初ミリーさんからそういう話を伺った時『そんな事出来るものか!』と鼻で笑っておりました。しかし、その後、内乱、クーデター、紛争、戦争などを次々と的確に予知し警告を発して戴いたお陰で我々は危険を避け安全に商売を行う事が出来ているのです。そのような大きなリターンがありますから、我々もミリーさんへの協力は惜しみません」
隊長頭の言葉に一同が頷く。
隊長頭は何事かを少し考えた後、フィリア姫に尋ねる。
「姫様。ミリーさんと我々はこのように良好な関係を築いてきました。そのミリーさんがフィスリニア王国に奉公なさった今、『キャラバンネットワーク』の運用をフィスリニア王国が担うと考えて宜しいのですか?」
通常このような判断を、相手がいくら王族とはいえ子供に求めるものではない。しかし隊長頭は先程からのフィリア姫の態度に子供とは思えない為政者としてのオーラを感じ取っていたのである。
フィリア姫も質問に少し黙考した後に答える。
「『キャラバンネットワーク』はミリーが個人的に勝手にやっていること。フィスリニア王国としては一切運用に関わる事はありません」
フィリア姫の返答に対し隊長頭とミリーは意味を理解し頷いた。しかし他の隊長達は予想外の回答に動揺し異議を申し立てる。
「それは『キャラバンネットワーク』を認めないと言う事ですか?!ミリーさんの処遇はどうなるのです?手を引かせるのですか?!」
フィリア姫は慌てて手を振り彼等の心配を払拭するために言葉を継ぎ足す。
「ごめんなさい。言葉が足りなかったですね。『キャラバンネットワーク』は商人のためのネットワークですよね。先程のお話だと商人の間で商品の交換も行われると言うことですので、当然ネットワーク上で値段交渉や商品の争奪戦が行われるのでは、と考えます。違いますか?」
「いや、その通り」と隊長達は肯定する。
「そしてそれらの交渉は国家や国境に関係なく平等に行われる。違いますか?」
「いや、全くもってその通り」と隊長達は大きく頷く。
「従って『キャラバンネットワーク』は、そうした公平さによって健全性が保たれていると思うのです」
隊長達は無言で頷く。
「では、そんな所に国家が介入してきたらどうなります?市場の公平さは失われ歪み始めるでしょう。たとえ国家に介入の意志はなくとも国家として運用に関わるとなれば、それを利用しようとする者や疑心暗鬼にかかる者によって、やはり健全性を失っていくのです。そしてさらに介入目的の国家の参入を止める事が出来なくなるのです」
隊長達はフィリア姫の話に聞き入り、隊長頭とミリーは嬉しそうな表情を浮かべる。
「だからこそ、フィスリニアは国として関わりを持ってはいけないのです。当然他の国もです。ミリーが今まで私に言わなかったのは、ネットワークの運用と国を切り離しておきたいからでしょう。そうしたミリーの考えを私は尊重します。だからミリーが個人的に行っていることに国家として干渉は一切しない、と言うことです。まぁ、得た知識を何に使うのかはミリーの自由ですけどね」
そしてフィリア姫は最後に付け足す。
「なお、ネットワークの運用以外で、キャラバンとして何らかの国家の助力が必要になった時はミリーを通してお申し出下さい。ミリーの大事なご友人方が困っているのを黙って見過ごす程、フィスリニアは冷たい国ではありませんから」
そう言ってフィリア姫はニッコリと笑う。
隊長達は確信した。今、目の前にいるこの少女は間違いなく一国の王である。威厳、風格、知性、慈悲を全て兼ね備えた尊き王である、と。
その後、隊長達の尊敬と畏怖が混じり合う視線を受けながらも和やかにキャラバンについて色々学んでいた、その時だった。
「きゃっ!」
フィリア姫が突然悲鳴を上げ、思わず後ろにのけぞり転びそうになる。理由は明白だ。目の前に突然トカゲが飛び出して来たのだ。いや、正確には、干物のトカゲを丸焼きにしたものが、一人の少年によって目の前に突き出されたのである。
「タ、タリー!お前!何をしている?!」
声の主の隊長は、どうやら少年の父親のようである。
「あ?何って決まってんじゃん親父。疲れた体にはこれが一番だろ?」
「馬鹿者!その御方は、その・・・」
父親の声が止まる。ミリーが人差し指を立てて口に当て首を左右に振ったからだ。父親が口を閉じた代わりにフィリア姫が少年に話しかける。
「それ、食べれるの?」
「これを知らないのかよ。疲れた体に最高なんだぜ。ほら食べな」
フィリア姫は少年から串に刺したトカゲを受け取りジッと見つめる。少年の父親はオロオロ、ミリーはニヤニヤしていた。
「おいしいの?」
「本当に何も知らないんだなお前。薬みたいなもんだから不味いに決まってるだろ。ほら、とっとと頭から全部食っちまえ」
「ほ、骨を出すのが大変そうね」
「お前、本当馬鹿だなぁ。骨も全部食っちまうに決まってるだろ」
少年の父親は、周りの隊長からの(何とかしろ!)という責める視線と、ミリーからの(ほっとけ)という視線の板挟みに会い、オロオロとするばかりであった。
そんな大人達を後目にフィリア姫は頭から上半身にかぶりつく。みんなが無言で注目する中、2、3度噛んだあと口が止まる。その時の涙を浮かべた苦悩の表情は何とも憐れみをさそう表情であった。
「ひ・・・いや、お嬢ちゃん。無理する事はありません!どうか吐き出して下さい!」
少年の父親が思わず叫ぶが、これがフィリア姫に火を着けた。フィリア姫は少年の父親をひと睨みするとさっきの倍以上のスピードで噛みまくりゴックンと飲み込む。さらに下半身を口に放り込み同じスピードで噛み砕く。口から飛び出した尻尾が噛む度に躍りながら口の中に吸い込まれていく。そしてそれも飲み込み、コップの飲み物を一気に飲み干すとゼェゼェ喘ぎながら、立っている少年を見上げて言った。
「い、言う程悪い味じゃないわね」
少年は唖然として間の抜けた表情をさらした後、我に返って大笑いした。
「すごいなお前!うん!気に入った!やっぱり俺の嫁になれ!」
(あれはコイツか)とフィリア姫は思いつつ言葉を返す。
「ごめんね。私、婚約者がいるんだ」
「えーーっ?!マジかよ。残念!」
諦めが早い少年に(諦めるの早すぎ!もうちょっとくらい粘りなさいよ。無駄だけど)と小悪魔のような事を考えながらフィリア姫は微笑んだ。
「まぁそれはいいとして、あっちの焚き火に来ないか?子供はあの焚き火に集まる事になってるんだ」
少年が指差す方をフィリア姫が見ると、少し離れた所にここと同じ位の焚き火があり、既にフィリア姫と同年代の子供達が集まりこっちに向かって手を振っている。おそらくキャラバンの次世代を担う子供達同士で親交を深め合っているのだろう。
「そうね、これから永いつきあいになりそうだし、参加させてもらおうかしら」
このフィリア姫の一言に隊長達は緊張が解け明るい表情になる。
「でもこの足だから、どうやって・・・きゃぁっ!!」
フィリア姫が突然悲鳴を上げたのは、少年がいきなりフィリア姫を抱きかかえたからである。
「俺が向こうまで抱えていってやるよ」
ニカッと笑う少年。目を丸くして驚くフィリア姫。少年の父親を睨みつける隊長達。オロオロする父親。笑いを堪えるミリー。そんな張り詰めた状況を破ったのは、我に返ったフィリア姫だった。
「ミリー!ミリー!これって『お姫様だっこ』って言うんでしょ?!私『お姫様だっこ』って初めてよ!ちょっと感激よ!!」
大はしゃぎするフィリア姫にミリーが笑いながら言葉を返す。
「よう御座いましたね。お・ひ・め・さ・ま!」
「よし、今夜のお前はお姫様だ!」
気を良くした少年が偉そうに言ったのに対し、
(お前がやってるのは『リアルお姫様だっこ』だ!)と隊長達は突っ込みたかったが我慢するしかなかった。
「じゃあ、ミリーは族長達と直接しなければならない大人の話があるだろうから私はあっちに行くね。また後で。タリー、本当に色々とありがとうね」
思いも寄らなかった感謝の言葉に少年は顔を真っ赤にして無言で頷くと、フィリア姫をいそいそと運んで行った。
二人を見送った隊長達は「はぁ~~っ」と安堵の息をつく。
「なかなかに変わった、いえ、大物のお姫様ですな」
隊長頭の言葉にミリーは少し意地悪を言う。
「頭は姫が気に入らぬか?」
「まさか!大層に気に入りました」
隊長達は笑いながら頷いた。
「では、姫のご厚意に甘えて大人の話をいたしましょうか。まさか、私の合流の意図に気付いていたとは思いませんでしたが」
そう言いながら笑うミリーからは次第に笑みが消え険しい表情になる。
「話とは?」
ミリーの変化を察した隊長頭も険しい表情で聞き返す。ミリーは人差し指で隊長達を手元に引き寄せ語り始める。
「以前にお前達から調査を依頼された『サンダール商会』と、連絡が取れなくなったキャラバンの事だが」
ミリーの言葉に全員の眼差しが真剣になる。
「結論を先に言えば・・・『サンダール商会』は相当に危ない連中だ。そして行方不明のキャラバンは・・・連中に皆殺しにされた」
野営地では、アチコチて楽器が奏でられ明るい歌声が流れている。子供達の焚き火ではフィリア姫もすっかり打ち解け、バカ話に大笑いしているようだ。
そして隊長達の焚き火は・・・すっかり夜の闇に囲まれていたのであった。




