1-44 二人旅 7
二人はトロンタ共和国を抜けてサンサール王国を横断中である。ここまで来れば距離的には目的地まであと僅かであるが、そう簡単には行かない事をフィリア姫は現在進行形で体感中であった。
サンサール王国に入ってから山道はさらに険しくなり1日の移動距離がトロンタ共和国の時の半分程しか稼げないのである。
地元民が馬を使って移動する姿を見て、フィリア姫が「馬を調達すれば?」と提言したが、
「ここに住む人々にとって、馬は命の次に大事なものです。よそ者には決して売りません」
と、ミリーに軽く却下されたのであった。
さらに、昨日からの行軍はフィリア姫にとって最も辛いものとなっていた。
一昨日、ミリーが「どうしても明後日中に辿り着いておきたい場所がある」と言うため、昨日も今日も朝早くからの出発となり、しかも歩くスピードも三割増となったのだ。そのためフィリア姫は1日中早歩きを強いられたのである。
そして今日も必死にミリーの後を追いかけるが、フィリア姫の表情は昨日にも増して厳しいものとなっている。それは疲れによるものもあるが、今日は主に痛みによるものが大きい。
フィリア姫は昨日の強行軍で足に多数の血マメを既に作っていた。そして今、靴の中ではその全てが潰れ、擦れ、悲惨な状況になっている事が感触から明白であり、生皮を全て剥がれた足の裏を無数の釘で突き刺されたような激痛が一歩一歩踏む度に襲ってくるのである。
「姫、大丈夫ですか?少し休みますか?」
歩みが止まりがちのフィリア姫を、ミリーは心配そうに振り返りながら何度も声をかける。
「大丈夫!大丈夫!まだまだ行けるわよ!日があるうちに少しでも目的地に近づかないとね!」
フィリア姫は笑顔を作ってドンドン先へ進む。
フィリア姫は昨日からの足の状態をミリーに伝えていない。伝えればミリーはきっと予定している何かを諦めるに違いないからだ。フィリア姫はそれだけは嫌だった。この旅では絶対にミリーの足手まといにならない、そう決めたのだ。絶対に諦めない、そう決めたのだ。これはフィリア姫の意地であり、ミリーに認めて貰うための一歩でもあるのだ。
だからこの歩みを止める訳にはいかないのだ。自分の苦しみを受け止めてくれたミリーのためにも絶対に!
決意の力は大きく、フィリア姫はミリーも驚く程の健脚ぶりを見せる。
そして、日が沈み、夕暮れの薄明かりが闇に取って代わる頃、とうとう目的の場所へと辿り着く事が出来たのである。
「やりましたね。あれが目的地ですよ」
ミリーが指差す先の空間は、篝火によると思われる明かりで闇の中に浮かんでいるように見え、深い山中てあるにもかからわず多くの人々の声が聞こえてくるのであった。
「あれは何?」
思いも寄らぬ光景にフィリア姫は唖然としながら尋ねる。
「『キャラバン』ですよ。ここはキャラバンの野営地なんです。そして今日は大陸の南側の東西それぞれの地域で商売をするキャラバンが一同に会して物品の交換を行う日なんです。今日は彼等の世話になりましょう。美味しいものが食べれますよ」
近づくにつれ、その賑やかさが増してくる。楽器の音に合わせて歌う声も聞こえてくる。アチコチで笑い声が響き渡る。多くの篝火が焚かれその一帯は昼のように明るい。多くの馬がつなぎ止められ小ぶりの荷馬車も多数見受けられる。そして子供達が歓声を上げながら走り回っていた。
「姫。一応、姫の正体は隠しておきましょう。名前は『フィー』、フィスリニアの地主の娘という事で」
「危ない連中なの?」
フィリア姫の顔が曇る。
「いえ、そんな事はありません。彼等に気を遣わせたくないだけです。とてもいい連中ですよ。姫もその方がいいのでは?」
そう言って笑うミリーを見て、フィリア姫は安堵し頷くのであった。
野営地は、その中央に大きめの焚き火があり、その焚き火を囲むように各キャラバンの隊長と思しき者達が座り込んで談笑していた。そしてその焚き火を遠巻きに囲むようにキャラバン毎にまとまって各々の焚き火で食事の支度をしている所のようだ。
ミリーはそんな野営地に臆する事なく、ズカズカと入り込み、中央の焚き火に向かって歩いて行く。
「勝手に入り込んで大丈夫なの?」
と心配するフィリア姫にミリーはニッコリと笑顔を返すだけである。
一番近いキャラバンの者達が突然の侵入者に気づき、ジッとこっちを見ている。
フィリア姫が(絶対注意される!)とビクビクしているところに、こっちを見ていた一人の女性が突然大声で叫んだ。
「みんなぁ!!ミリーさんだ!!ミリーさんが来たわよぉ!!」
その声に野営地の全員が二人に注目したかと思うと次の瞬間、「ほんとだ!」「ミリーさんだ!」と口々に叫びながら駆け寄る人々に二人はあっと言う間に取り囲まれた。
「お久しぶりです!」「こんにちは!」「今日はゆっくり出来るんですか?」と挨拶攻めに会うミリーと、「珍しい!女の子連れだ!」「歳いくつ?」「ミリーさんとの関係は?」「何処から来たの?」「やだ!かわいい!」「俺の嫁になれ!」とどさくさの求婚混じりの質問攻めに会うフィリア姫は、全く身動きが取れない状態であった。
予想外の歓迎にフィリア姫は怯えミリーにしがみつく。ミリーは苦笑いするだけだった。
「こらこら、それじゃミリーさん達に迷惑だろ。まずは疲れを癒やして貰うのが先決だ。ほら散った散った。誰か足湯を用意してくれ」
助け船を出して貰った二人はようやく一息をつく。
「隊長頭、お久しぶりです。先程は助かりました。この子は訳あって同行してもらっている子で『フィー』といいます」
ミリーは隊長頭と握手を交わし、フィリア姫は頭をさげる。
「いやぁ、よく来てくださったミリーさんとお嬢ちゃん。ほれ、あっちで腰を掛けて寛いでくだされ」
二人は隊長頭に連れられて中央の焚き火へと赴く。
「いやぁ、間に合わないかと思いましたよ。一昨日はまだベルゼ峠でしたからね」
「なんと!よく間に合いましたなぁ。そんな無茶な日程、大の大人でも音をあげますよ」
「この子が文句一つ言わず、2日間頑張って歩いてくれたお陰です」
「そうでしたか。いや、お嬢ちゃん、本当によく頑張った」
隊長頭の言葉に(やっぱり無茶だったんだ)とフィリア姫は思いつつも笑顔を返した。
二人は焚き火そばの丸太に腰を下ろす。そしてお湯を張った桶にミリーは足を浸け気持ち良さそうにしていた。しかし、ふとフィリア姫を見ると、靴の紐をほどいてはいたが桶に足を浸けていない。
「どうしたんです?こうすると気持ちいいですよ」
「ん・・・私はいいや・・・」
フィリア姫は苦笑いしながら遠慮して見せた。
「なーに遠慮してんですか。とっとと靴を・・・まさか!!・・・足を見せなさい!!」
ミリーは声を荒げ、慌ててフィリア姫の靴を脱がそうとするが、フィリア姫が声にならぬ程の悲鳴を上げ苦痛に顔を歪めたため、一旦脱がすのを止め、靴と足の間に指を差し込み、指に固まりかけた血がねっとりと着くのを確認すると
「しばらく我慢してください!」
と言って靴ごと桶に浸し、固まった血をふやけさせて何とか靴から足を剥がそうとした。
桶が赤く染まっていく様子を見ていた隊長達も慌てて叫びまくった。
「もっと桶にお湯張って持ってこい!」
「誰か薬と包帯を!」
「靴をバラした方がいい!誰か皮用のハサミを!!」
みんなを巻き込んだ騒動は、フィリア姫の両足に包帯が巻かれたことで、ようやく決着をみた。
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい・・・」
俯き、泣きながら謝り続けるフィリア姫をみんなが慰める。
「何も気にする事はないぞ」
「それより、あの状態で歩き続けたのは凄い!」
「是非うちの息子の嫁に欲しい!器量良しで根性持ちなんてそうそういるもんじゃない!」
「いやいや、うちの嫁に相応しい!」
そんなやり取りを横目にミリーがフィリア姫に向かって必死に頭を下げる。
「申し訳ありません。私の無茶のせいで、こんな辛い目に合わせてしまいました」
「違う!これは、無理矢理ついて来た私の責任なの!」
「いえ、これは私の!」
「はいはい!それでお終い!」
ミリーとフィリア姫の間に入ったのはどこかのキャラバンの女将さんであった。
「飯ってのはね、『あれがダメだった』『これが悪かった』なんて反省しながら食うもんじゃないの!『あれが成功だった』『これが良かった』って喜びながら食うもんなの!これがキャラバン流!判ったら、あなた達二人も、無事に辿り着いた事を喜びながら、さぁ、お食べなさい!」
女将さんはそう言いながら、二人に料理が盛られた深皿とスープが入ったお椀を手渡す。
「その通りですね、うん、そうしましょう。ほら、笑ってください」
笑いながら語りかけるミリーに、フィリア姫も笑顔を作る。この後は、焚き火を囲んだ皆で談笑しながらの食事となったのであった。
話が盛り上がる中、話題は自然とミリーの現在の所在の話となる。
「いやしかし驚きましたよ。まさかミリーさんが一国に奉公なさるとは」
一人の隊長の言葉にミリーは苦笑いする。
「何だ。もう皆さんにもその事が伝わっているのですね」
「当然でさ、ビックリする話は伝わるのが早いんですよ。しかもその奉公先がフィスリニア王国っていうじゃないですか。もう二度ビックリですよ。あそこは悪い噂がありますからね。その辺は大丈夫なんですか?」
ミリーもフィリア姫もまだ流した噂が活きている事に驚く。
「ああ、あれは単なる噂。全く問題ない」
「ならいいんですが。いえね、バルコニーで行われた三国分割の宣言を宮殿の下からたまたま見たんですよ。その時にフィスリニア王国の主になる姫様を見たんですが、何とも頼りなさ・・・げ・・・で・・・」
話が途切れたため、他の隊長は話しをしていた隊長の様子をジッと伺う。
その隊長は、フィリア姫の顔を食い入るように見つめる。フィリア姫は(バレたな、こりゃ)と思いつつニッコリ笑って手を振った。
ようやく確信がとれたらしく、その隊長は驚愕の表情になり、震えながら口を開いた。
「ま、まさか・・・いや間違いない・・・お嬢ちゃ・・・いえ、あなた様は、フィリア姫様では?」
その言葉に他の者は驚愕の表情と共に一斉にフィリア姫に視線を移す。
「ミ、ミリーさん。今の話は本当なのか?」
フィリア姫から視線を離さずに確認を求める隊長達に、ミリーは頭を掻き掻き苦笑いしながら返答する。
「まさかバレるとは思わなかったなぁ。間違いないですよ。こちらがフィスリニア王国の国主、フィリア姫です」
言葉が終わるや否や、一斉にひれ伏そうとする隊長達を、フィリア姫が慌てて止める。
「やめてください!そういうのが嫌だから内緒にしてたんです!お願いですから、さっきみたいに扱ってください、ね」
隊長達はどうすべきか判らず、その判断を視線でミリーに仰ぐ。
「姫の言う通りですよ。姫の気性は我々に近いんです。現に城の連中は誰も姫を王族扱いしていません。みんな友達か手間のかかる娘って感じで接してますよ」
ミリーは思い出し笑いをしながら話を続ける。
「この前もつまみ食いがバレて、お昼抜きにされてましたしね」
「ちょっ、それ言う必要ある?」
「あ、別の話がいいですかぁ?」
「いや、そういう事じゃなくて」
二人の漫才のような会話で、隊長達もなんとなく合点がいったようで、緊迫しかけた空気はまた和やかなものに戻ったのであった。
「そういえば、キャラバンの皆さんとミリーはどんな関係なの?差し支えがなければ聞かせて頂きたいのだけど」
フィリア姫の質問に隊長頭はミリーを見る。ミリーがにこやかに頷くのを見て、ようやく話し始めたのであった。
「ミリーさんはね、我々の、いや大陸全土に散らばる全てのキャラバンの恩人なのですよ」
周りにいる隊長達も皆大きく頷く。
さらに、ミリーがニヤリと笑いながら言葉を続けた。
「そして私の力の源でもあるのですよ」




