1-43 二人旅 6
二人は更に数回の野宿を経てようやくトロンタ共和国に入る。
ここに来て、二人の移動速度はかなり落ちていた。山脈沿いに山道を移動する事が多くなっているため、どうしてもペースが落ちてしまうのだ。ミリーが言うには今はまだ楽な方らしい。今でさえミリーに遅れずについて行くのが精一杯のフィリア姫はげんなりし、一度でも楽勝だと思った事を後悔していた。
それでも南端の海岸沿いなら歩き易いのではとフィリア姫は期待を持っていたが、海岸に到着してそれが甘い考えだったことを思い知らされたのであった。
トロンタ共和国は大陸の南端にあり南側は海に面している。
しかし、海の恩恵を受けているとは言い難い状況にあった。と言うのも、海岸線は殆どが切り立った崖になっており、僅かに一番東よりの海岸が小舟が数隻停まれる程度の港として機能しているに過ぎず、残りは高さ10m程の切り立った崖になっているのだ。
山脈の裾野が平地になる前に切り立った崖の海岸になっている、山道のすぐ横が崖で海という有り様だった。
この海岸の様子は、トロンタ共和国の西のサンサール王国、さらに西のヨーバルランド公国まで続いており、特に、サンサール王国とヨーバルランド公国の海岸は高さ15mを超える切り立った崖のせいで、港どころか人が海に出ることすら出来ない状態と言う事だった。
そのため海岸沿いでありながら、二人はひたすら山道を西へ進むハメになっているのである。
そんなある日の野宿での出来事である。
フィリア姫は少しイライラしていた。
いつもなら食材の狩りをしている時間である。しかし、この一帯の生き物は食用には向かないという事で、食事は旅の途中でこの時のために作りおいた燻製肉や燻製魚を食べる事になったのだ。
そのため早い時間から二人で焚き火を挟んでまったり過ごしていた、が、会話がないのである。
フィリア姫は旅に出る前に城や学院の女の子に聞いていた事があった。女の子が友達同士で旅に出たなら、ひたすらしゃべりまくって、そのうち秘密の相談事とか打ち明けあって、さらに親密度をアップしていくんだ、と。
ミリーにキャピキャピギャルになれとは言わないけれど、せめてもう少し砕けた会話があってもいいんじゃないとフィリア姫は思うのだった。そうなったら・・・聞いて欲しい話があるのだ。なのにミリーは・・・(女子力低過ぎっ!)フィリア姫は心の中で文句を言うのであった。
我慢がしきれなくなったフィリア姫は、燻製魚を頭からかじりながら話を切り出してみた。
「ねぇ、ミリー。学院の女の子達に聞いたんだけどさ。こういう時、女の子達はいろんな話をして親密度を上げるんだって」
「ほう・・・」
「お互いの事をよく知ってさ。心を通い合わせるんだって」
「・・・」
「初恋の話だとかぁ、ドジった話だとかぁ」
「・・・しませんよ」
ミリーはフィリア姫を睨みつける。
「え・・・」
「私の過去を詮索してどうするおつもりですか?何を企んでおいでですか?」
「た、企むだなんて、そんな・・・」
フィリア姫は悔しかった。ミリーにそんな風に見られている事が悔しくそして悲しかった。
「わ、私は、・・・自分の話を聞いて欲しかっただけよ。私の悩みを聞いて欲しかっただけよ。私の胸の中を聞いて欲しかっただけよ。ミリーなら、ミリーならと思って私、私は・・・」
そう言うと、フィリア姫は腕で強く抱えた膝に顔を埋めた。ミリーはフィリア姫の表情を見ることは出来なかったが震える肩から泣いている事が容易に想像出来た。
「申し訳ありませんでした。どうぞお話しになって下さい」
「・・・もういい・・・」
フィリア姫は、か細い声で答える。
ミリーはちょっと困った顔をして、もう一度話を誘う。
「姫、拗ねないでくださいよ。私に話したい事があるなら、ほら」
「もういい!!!」
フィリア姫の激しい拒絶と高まる嗚咽に、ミリーはようやくフィリア姫をいたく傷つけてしまった事に気が付いたのだった。
(私とした事が何たる失態!)
ミリーは後悔し、どうしたものかと頭を捻る。
実は、フィリア姫はミリーにとって最も行動が読みにくい人間の一人なのだ。それ故に普段から色々と気を付けていたのだが、今回は自己防御が先にたってしまい、フィリア姫に気を回す事が出来なかったのである。
「姫・・・本当に、申し訳ありません。私は、そんな経験が一度もないのです。私は師に引き取られてからずっと、師と二人きりで旅をして来ました。世界中を旅しました。この道も何度も通りました」
フィリア姫は少し落ち着いたのか、嗚咽が小さくなる。ミリーはゆっくり話を続ける。
「そんな旅の中で師と交わす言葉は、仕事の結果の確認と、次の仕事の指示だけでした。その話題がない時は・・・一言も言葉を交わしませんでした。何十日も何も話さずに過ごす事が当たり前だったのです」
フィリア姫の嗚咽は止んでいた。少しだけ顔を上げそこから覗く泣きはらした赤い目は驚いた表情をしていた。
「何も話さないって事があるの?じゃあ、何をして過ごしていたの?」
思わずフィリア姫が口を開く。ミリーはホッとしたように静かに微笑み、疑問に答える。
「何もしません。私はジッと焚き火の炎を見つめ続けていました。師は・・・師は焚き火の炎の向こうから、ジッと私を見ていました。ただひたすらジッと私を観察していました。・・・・・・おっと!いけない!」
ミリーが突然、右の手のひらで口を軽く抑えて、大袈裟な表情で、そしてこれまたワザとらしい大袈裟な言葉使いで驚いてみせる。突然の変化にフィリア姫が呆気に取られているのをチラリと確認すると、ミリーは言葉を続ける。
「これはこれは姫に一本取られましたぁ。過去の話など話すつもりは毛頭もありませんでしたのに、気が付いたら話してしまっておりましたぁ。このままでは不公平ですぅ。是非、姫にも何か話していただきませんとぉ。さぁ!」
最初は、ミリーが何を言っているのか判らないフィリア姫であったが、段々とミリーの思う所が判ってきた。ミリーはさっきの話は本当はしたくなかったのだろう。しかし、私のためにあえて話したのだ。私が話し易いように。ならば・・・
「ミリー、あのね、私は本当はね。この世に存在しないはずの人間なの」
フィリア姫は、俯きがちに話し始め、それを聞くミリーからは微笑みが消える。
「この世界が平和なら、私は産み落とされることはなかった。ううん、私だけじゃない。フィスリニア王国だって生まれる事はなかった。フィスリニア王国は戦うために生み出され、そして、私は、私は・・・フィスリニア王国の部品として生み出されたの」
「『姫』なんて肩書きだって上辺だけ。私は部品である事を植え付けられた!私は部品として必要な知識を叩き込まれた!私はずっと『姫』とはそんなものだと思い込んでた!でも他の国の姫達と出会って初めて知った!私は異常だ!私は『姫』なんて呼べない!私はただの部品なんだと!」
フィリア姫は話しを進めるにつれて感情を押さえる事が出来なくなっていた。その感情は普段なら決して見ることがない。いや、フィリア姫とは正反対と思われていた負の感情であった
ミリーはその事に驚くと共に、その事を誰にも言えずに抱え込むしかなかったフィリア姫に同情するとともに、フィリア姫にその事を強いた環境に怒りを覚えるのであった。
「こんな私でも『姫』と呼ばれて生きていることが出来るのは『殲滅派』という敵があっての事。でもね、これは仮定でしかないの。本当に敵がいるのかどうかはまだ判っていないの。だから、もし敵など何処にもいないのだとしたら、私が生まれてきた意味なんて何もない事になるの!もし敵がいたとしても戦いが終わってしまったら、私の存在理由なんて無くなってしまうの!どっちにしたって私がこの世界に居続けていい理由なんて何処にもないの!私の存在理由なんて!私の命なんて!!」
「姫っ!!!」
いつの間にかミリーはフィリア姫の隣に座っていた。そして・・・
パンッ!
乾いた音が日が沈んだばかりの森に響く。
フィリア姫はミリーに叩かれた左の頬に反射的に手を当て、すがるような目でミリーを見つめる。ミリーはフィリア姫の両肩を掴み、自分の方を無理やり向かせて、真剣な眼差しでフィリア姫に語りかけた。
「今のは、城にいるみんなの分です!」
フィリア姫はどういう事か解らず、ただミリーを見つめるだけだった。
「いいですか、姫。城にいる連中は、建国祭で姫に忠誠を誓ったあの連中は、空の上の敵の事など知りもしなかった、姫がご自身の存在理由としている戦いの事など知りもしなかった。それでもみんなは姫の下に集っているのです。何故だか解りますか?」
フィリア姫は弱々しく首を振る。
「彼らが集っている理由、今の場所を自分達の居場所としている理由、それは、姫、あなた自身です!姫がそこにいることが彼らの存在理由なのです!」
「私が、存在理由?」
「そうです。そしてそれが姫の存在理由なのではないですか?その姫がご自身の存在を疑うという事は、そんな彼等の思いを踏みにじる事です。だから叩きました」
「姫、あなたが生まれて来た事にこそ意味があるのです。あなたが今存在している事にこそ意味があるのです。戦いなんてあってもなくてもどうでいいのです。姫は胸を張って生きていけばよいのです。好き勝手に生きていけばよいのです。それが姫の権利です。姫の下に集う我々の共通する思いは『姫のそばにいたい』という事です」
ミリーはフィリア姫を引き寄せ抱きしめる。
「姫、姫の命は姫のものです。その事に文句を言う奴は・・・私が許しません」
フィリア姫はミリーにしがみつく。
「姫、よく話してくれましたね。私、とても嬉しいです。そして、今まで気づいてあげられなくて、ごめんなさい」
フィリア姫はミリーの胸の中で泣いた。今まで誰にも見せることが出来ずに押し殺してきた感情を全て解放するように泣き続けた。
ミリーはそんなフィリア姫を、泣き疲れて眠るまで優しく抱きしめ続けたのであった。




