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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
42/311

1-42 二人旅 5

「さぁ、姫。焼けたようですよ。どうします?お食べになりますか?」


 ミリーの言葉にフィリア姫は反射的に可愛らしかった元の姿を思い出す。しかもついさっきの事であるため記憶も鮮明だ。しかし・・・

「・・・食べる・・・」

 そう言ってフィリア姫は目の前の串を一本抜き取り口に運ぶ・・・美味しかった・・・悔しいほどに美味しかった・・・


 ミリーはそんなフィリア姫のそんな胸中を察してか感想を聞かない。代わりに話を続けた。

「一般には、相手が哺乳類などの動物の場合、命と直面する部分、つまり殺し加工する部分は特定の人間が請け負っています。これによって、食べる人間が今の姫のように苦悩することなく気楽に食事が出来る訳です。因みにうちの城では、その役をマーサさんが請け負っています」

「えっ、マーサが?!」

「はい。城の食卓に並ぶ肉類は、一匹丸ごと買い取って、マーサさんが一人で捌いているのです。そして食べる部分だけでなく、骨、皮、内臓に至るまで使い道を見つけて活用するのです。一度この事をマーサさんに聞いた事があります。その時は『命に対する礼儀だ』と当たり前のようにお答えになりました。決して理がどうとかではなくごく自然な想いなのでしょうね。なかなか真似出来るものではありません」


 いつもの何気ない食事の裏にそんな事があるなんて知りもしなかった。フィリア姫は自分の不明を恥じ、そしてそれはみんなに当てはまる事ではと考える。

「じゃあ、皆が『循環する命の理』を自覚出来るように自分で捌くようにしないといけないのかしら?」

 しかし、ミリーからは予想外の返事が返る。

「いえ、そんな必要はありません。ワザワザ理を自覚する必要などありません。食事は楽しく摂れればいいのです」


 えっ、じゃあ私はなぜ?、と突っ込もうとした矢先にミリーに先手を打たれた。

「でも姫は別ですよ。姫は為政者なのですから、こうした事を理解し制御しなければなりません」

「物事には『初め』と『終わり』があります。『原因』と『結果』もしくは『問題』と『答え』と言い換えてもいいでしょう」

 ミリーは次の串を手に取りながら説明を続ける。


「しかしここで気を付けなければならないのは『始め』と『終わり』を知って全てを理解したなどと思ってはならないのです。『過程』を知ることが大事であり、どんな過程であっても目を背けてはならないのです。今回で言えば『捌く事』が『過程』であり、そこから本当に重要な本質を覗き見る事が出来るのです」

 ミリーは肉にかじりついたが生焼けだったようで串を再び焼き直す。


「他の例では『民衆の不満』という『原因』があって『革命』という『結果』があった場合でも、その『過程』つまり『どんな者達が何を目指してどうやって行ったか』を知らなければ、その『結果』の本質を見極めることは出来ません。圧政に苦しむ民衆が『革命』という『結果』のみに酔いしれて支持した挙げ句がもっとひどい圧政に苦しむと言うのもよくある事なのです」

「『過程』かぁ・・・あまり考えた事なかったわね」

 次の串の焼け具合に満足そうに頬ばるフィリア姫に対し、ミリーは次の串を慎重に品定めする。


「『過程』を知る事も大事ですが、逆もまた真なのです。姫は為政者なのですから『正しい過程』で政を行うことも考えるべきです。『良い結果』を生むためには『正しい過程』が必要なのです。『誤った過程』からは『悪い結果』しか生まれません」

「じゃあ、さっきの『理を自覚するために自分で捌きましょう』というのは『誤った過程』で『食べる事がトラウマになる』という『悪い結果』を生み出すって事になるのかしら?」

 フィリア姫は串が刺さった肉をジッと見ながら尋ねる。


「その通り。理を自覚させようと思ったら、別の『正しい過程』を考える必要があるのです。姫は実際に体験されたから『誤った過程』が判ったのです。姫はもっともっと多くの事を体験し、これから直面するであろう様々な決断のための糧を取り込むのです。あっ、そこの残りの串も焼いちゃってください」

二人は慌てて串を焚き火の周りに並べるのだった。




「でも、さすがに動物を捌くのを見るのはショックが大きいわね。しばらくはお肉が食べられなくなるかと思ったわ。今も思い出すとちょっとね」

 と言いながらお肉を頬ばるフィリア姫にミリーが尋ねる。

「お肉が食べられなくなったら何を食べるんです?」

「そうね。野菜、果物・・・あとお魚くらい?」

 フィリア姫はそう答えたあと、ミリーが何か言いたげにジッと見つめてくるのに気が付いた。

「何?ミリー。何か言いたい事があるの?」

「言いたい事はあるんですが・・・また姫を怒らせるのは嫌ですし・・・」

「あ、最初の差別云々の話?怒らないから続けて」

 ミリーは「そぉですかぁ?」と懐疑の目を向けながらも話し始める。


「では、先ずは質問にお答えください。なぜ、野菜や果物、魚ならいいのですか?」

「・・・動物じゃないから・・・かな・・・」

「どうして動物じゃなければいいのですか?」

「・・・ミリーはやっぱり私を苛めてる・・・」

「いやいや、苛めてなんかいませんよ。あ、お肉ひっくり返して。じゃあ、質問を変えてみましょう。何故動物だと嫌なのか、先の姫の言葉を借りれば、何故可愛いと嫌なのか、そもそも可愛いとは何なのか?」

 フィリア姫は肉が焼けるのを見つめながら、真剣に考え始めた。


「う~ん、可愛いって言うと、小鳥とかちっちゃい動物とか・・・ペットとして飼いたくなるような動物?・・・あ、何も言わないで、言いたい事は判っているから。何故飼いたくなるのかでしょ。えっと、仕草が可愛い?どんな?餌をあげると喜んで食べたり、お腹を撫でると気持ちよさそうにしたり。あ、焦げた。こっちの言うことちゃんと判ってくれたり・・・・・・て・・・コミュニケーション・・・?」


 ミリーはパンと手を叩くと満面の笑みを浮かべた。

「あはっ!凄いですよ姫!その通りです!人間は自分とどれだけコミュニケーションが取れるかで相手の命の重さを決めるんです!そしてこちらの期待通りに反応したら賢いともてはやしてその命を守り、その一方で自分の意に添わない相手は平気で殺すのです!楽しみながら殺すのです!その最たるものは動物と植物の二大分類です。コミュニケーションの取り方が判らないと言うだけで植物はもはや命すら持たないような扱いを受けるのです!『循環する命の理』の中ではどの命も等しいのにです!何故こんな馬鹿げた事がまかり通るか判りますか?姫」

 まくしたてるミリーに、フィリア姫は慌てて頭を振った。

「人間が自分達をこの世界で最も賢い生き物だと思っているからですよ。最も賢いから神に代わって何でもしてよいと思っているからですよ。人間とは、かように傲慢な生き物なのですよ」


 いつものミリーと違う!フィリア姫は直感的的に違和感を感じたが、何が違うのかまだ判らないでいた。

 フィリア姫は気を紛らすために疑問をぶつけてみた。

「傲慢かどうかは別としても一番賢いのは事実でしょ」

「最も賢い事を誰が客観的に保証するのです?単に自己申告で悦に入ってるだけです。そんなもの認められる訳がありません」

 一刀両断されてフィリア姫は更に疑問をぶつける。


「でも、道具だって生み出すし使う事もできるのよ」

「道具を使うから賢いと言うのも自己申告の妄言に過ぎません。人間は他の生き物と違う部分を人間が優秀な証拠にしたがりますが何の根拠もないのです。道具にしたってその程度の工夫しか出来ないチンケな生き物という事なのです。他の生き物達はそんなもの使わずにしっかり工夫して生きてますよ」


「でも、法を制定して自分を律する事も出来るわ」

「違いますよ。そんなものを制定しなければ自らを律する事も出来ない愚かな種族なのです。他の生き物達はそんな事しなくても自らを律する事が出来ているのですから」


 今、フィリア姫は違和感の正体が判った。憎悪だ。ミリーからとてつもない憎悪が吹き出しているのだ。

 今までもミリーの厳しい表情は何度も見たことがある。しかしどんな厳しい表情であっても憎悪を微塵にも感じた事はない。

 フィリア姫は信じたくなかった。二人の間にある焚き火の炎がそのように見せているのだと思いたかった。

 そんなフィリア姫の願いが伝わったのかミリーから憎悪の気配が段々と薄れていく。

「よいですか姫。人間は他の生き物と一切コミュニケーションを持つ事が出来ない生き物なのです。一部の生き物とコミュニケーションを持つ事が出来ていると言うのは自分達の期待通りに相手が動いた事に対する人間の勝手な判断でありコミュニケーションが取れている客観的証拠は何処にもない、いえ敢えて言うならば人間は証拠を得る手段を一切持っていないのです」


「こうは考えられませんか?何故『循環する命の理』が何億年もの間機能し続ける事が出来るのか。実は人間以外の生物達は『循環する命の理』を理解しているのではないか。人間以外の植物も含めた生物達は人間が計り知る事が出来ないような高次のコミュニケーション能力により連携しているのではないか。人間は低次の生物として彼らに見下されているのではないか」

 ミリーの大胆過ぎる予想に、フィリア姫は鳥肌が立つ。誰かの視線を感じてフィリア姫は不安そうに辺りを見回す。

 暗闇の中で、フィリア姫の周囲を囲う木々は風を受けてザワザワと音を立てるが、フィリア姫にはそれが木々自らが会話してフィリア姫の品定めをしているように感じた。


「これ以上は人智が及ぶ所ではないので言及はしませんが・・・何か気付きませんか?我々を動物側に例える事で」

 ミリーの言葉でフィリア姫は我に返る。

「え、えと・・・あ・・・まさか、移民者?」

 フィリア姫の回答に、ミリーは満足げに微笑む。


「その通り!彼等は我々のようなコミュニケーションが取れる他生物と出会った事がなかった。自分達が最も賢いという大前提を覆す相手と出会った事がなかった。知識としてはあり得ると考えていたでしょうが実際に相対した時に彼等の傲慢な心はそれを認める事が出来なかった。だから認める者と認めない者との間で混乱が生じ『(あま)街船(まちふね)』の墜落という事態を引き起こした。」

「だから彼等は我々にトカゲの姿をしていて欲しかったのです。我々の命を軽んじるためにね」

 ミリーは果物をフィリア姫に手渡しながら話を続けた。


「彼等は今は人々を我々と接触させないようにしているでしょう。再び混乱を起こさないためにね。しかし情報収集のための最低限の接触はあるはずです。そこが狙い目になります。奴らの中に再び混乱を起こす事が出来れば有利に事を運ぶ事が出来ます」

「ただ、奴らが、いつ、どこに現れるか判りませんから、万一出会えたらと言う運任せの話ですけどね。打てる手は考えておくだけでも損にはなりません」



 その後、二人は今後の作戦を話し合い眠りにつくためにテントに入った。テントと言っても大きな一枚の薄い布を2カ所、1メートルにも満たない棒で持ち上げ、中で横になれるようにしただけのものた。

 横になったフィリア姫は、さっき感じた事をふと口にしてしまう。

「ミリーってもしかして人間が嫌いなの?憎んでいるの?」

 フィリア姫は否定の言葉が返るものと思っていた、いや、返って欲しかった。しかし一呼吸置いて返って来た小さな返事は、とても悲しいものであった。


「・・・えぇ、大嫌いです・・・そして・・・憎んでます」


 フィリア姫はとても悲しくなった。そして返す言葉が見つからず、マントを頭から被り眠りについたのだった。


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