1-41 二人旅 4
翌朝。
二人は朝一番の駅馬車に乗り込む。馬車は10人程度が乗り込む事が出来る規模で、荷台の左右の壁沿いに板の長椅子が設置してある簡素な造りだ。ミリーが言うにはこれがこの辺りの標準的なものなのだそうだ。
夜明け直後にも関わらず馬車はすぐに満杯になり、出発する頃には既に次の馬車を待つ人が行列を作っていた。
フィリア姫にとっては初めての駅馬車であり、感想はというと(お尻が痛い。腰が痛い)と言うのが率直なところである。板張りの椅子にはクッションなんかないうえに、木の車輪にガタガタ道である事を考えれば致し方ないところであった。
二人は10以上の多くの町や村を経由して南へと進む。移動手段は駅馬車2に対し徒歩が1と言ったところだ。南へ進む行程も中程を過ぎるともう宿屋に泊まる事はなかった。この先にはもう宿屋がない、というのが理由であり当然ながら代わりに野宿という事になる。
その日はフィリア姫にとって初めての野宿であった。
ミリーは街道から少し離れた場所を今夜の野営地に決めたようである。森の木々の間からは時折、抱きかかえられる位の大きさの小動物が姿をみせる。
「ミリー!見て!かわいい!」
フィリア姫が思わず叫び、ミリーも
「ほんとですねぇ」
と言いながらニッコリと笑う。
二人で枯れ枝を集めて焚き火に火をつけた。
「私は食料を調達して来ますから、姫は休んでいてください。そこの小川で足を冷やせば疲れがとれますよ」
フィリア姫はミリーの指示通り、靴を脱ぎ、川縁の岩に腰を下ろし足を川に浸す。慣れない行脚でむくみ熱を持った足がドンドン癒されていくのが判る。
フィリア姫は暗くなりかかる空を見ながら今日1日の事を考える。
(今日は結構頑張って歩いたわよね。足もうパンパンだし。でも、こんな程度でいいなら全然問題ないじゃない。アルは大袈裟過ぎなのよ)
本番はこれからである事に気が付いていないフィリア姫は、何ともお気楽な笑みを浮かべて鼻歌を歌っているのだった。
「戻りましたよ。食事の仕度をしましょう」
「おかえり!何かいいのあっ・・・」
ミリーの声にフィリア姫が振り返り返事をしかけて固まる。
ミリーの左手には果物が、そして右手には・・・さっきの可愛い小動物が握られていたのだった。
「ミ、ミリー!その子、食べれるの?て言うか、食べちゃうの?」
フィリア姫の問いかけにミリーはニッコリ笑いながら答える。
「ええ、食べますよ。て言うかパーラデラで串焼きを美味しそうに食べてたじゃないですか」
フィリア姫は確信した。さっき、あの子達を見てミリーが笑ったのはかわいいからじゃない、今夜の食材を確保出来るからなのだと。
あからさまに嫌そうな顔をして小動物から顔を背けるフィリア姫を見たあと、ミリーは小動物を握ったままフィリア姫が座っている隣の下流側に陣取り、
「さぁ、今から捌きますからそこでシッカリ見ていてくださいね」
そう言いながらミリーは水面から顔を出している手頃な石をまな板替わりに小動物の調理を始める。
フィリア姫の嫌そうな顔はさらに深みを増す。
「ん~~~ん・・・私、果物だけでいいわ」
フィリア姫の言葉に、ミリーは丁寧にかつ手際よく小動物の皮を剥ぎながら質問を返す。
「どうしてですか?あんなに美味しそうに串焼き食べてたのに?」
「だって、こんなに可愛いくて賢そうな子達だとは思わなかったし」
「じやあ、醜くて頭の悪い子達だったら食べてもよいわけですね・・・一方的な差別という奴ですね」
ミリーの辛辣な一言にフィリア姫はムッとくる。
「そんなの・・・揚げ足取りの屁理屈だわ!可愛いから食べたくないって事の何が悪いの!何を食べようと私の勝手じゃない!ミリーは何時もそうやって人にお説教してまわっているの?!」
ミリーは一瞬手を止めた。が、フィリア姫を一顧だにすることなくまた手を動かし始めながら小さな声で語り始めた。
「失礼致しました。これは、単に自分だけの考えです。普段なら絶対に他人に話したりしません。ですが、旅の初めに『どんな事を感じて過ごしてきたのか知りたい』と姫がおっしゃっていましたし、解釈を拡大すれば為政者として・・・いえそれも出過ぎた事ですね・・・判断を・・・誤ったようです」
ミリーはそれ以上何も語らず黙々と小動物の皮を剥ぎ続けていた。
フィリア姫は呆然としていた。自分が最悪の一手を打ってしまった事に気付いたのだ。ミリーはフィリア姫の望み通り何か自身の考えを話そうとしてくれていたのだ。なのに、ひどい言い方でミリーを拒否してしまったのだ。
気まずい沈黙に堪えかねたフィリア姫が声をかける。
「ねぇ、話の続きを・・・」
ミリーは応えず、皮を剥ぎ終わった食材の首を落とす。
フィリア姫にはミリーがこれまでにない程に遠かった。
「ねぇ、ミリー、お願いだから、ねぇ」
ミリーの肩をゆすり懇願するがミリーはやはり無言のまま食材を川の水で洗い始めた。
「ミリーってばぁ!!」
フィリア姫は突然叫ぶと、ミリーが持っていた食材を奪い取りかじりつこうとする。驚いたミリーが慌てて食材を奪おうとしてもみ合いになった。
「姫っ!なっ!何をするんですかぁ!!!!」
「だって!だって!ミリーの事が知りたいから!」
「いくら私でもこれは生で食べませんよ!本当に姫のやることは予想外なんだから!とにかく落ち着いてください!」
ミリーは食材をフィリア姫の手から引き剥がすのに成功する。フィリア姫は捨てられパニックを起こした子犬のような顔でミリーを見上げ、ミリーは大きくため息をついて顔を手で覆いうつむいた。
暫しの硬直した時間を破ったのはミリーであった。
「姫、とにかく座ってください」
フィリア姫は黙って呆れ気味のミリーの言葉に従う。座ってふと手を見ると食材の血がついていた。
「気になりますか?」
ミリーの問いかけにフィリア姫は川の水で手を洗いながら首を振る。
「何故かな。最初ほどの嫌悪感はないわ」
「普段見かけるような生肉に近い形になったせいでしょうね。これから内臓を外しますけど、見ますか?」
フィリア姫は嫌そうな表情を見せながら意外な答えを返す。
「見たくないに決まってるけど、見なきゃいけないんでしょう?皮を剥ぐ時もワザワザそばに来たのは見せるためだったんでしょう?」
ミリーは食材の腹を裂き内臓を露わにする。
「そうですね。普段食べているものが何なのか、例えばお肉なんか、元の動物の名前や姿を言えますか?」
「いくら何でもそれは一般常識でしょ、判るわよ」
目を逸らしたいのを苦悶の表情で堪えながらフィリア姫は答えた。
「では、それらの動物達と触れ合ったことは?それらが食材に加工される所を見たことは?」
「そ、それはないわね・・・」
内臓を丁寧に取り除きながら問いかけるミリーに、苦悩の表情で無理に見つめているフィリア姫は返事が詰まる。
姫の苦しそうな表情を見るに見かねたミリーが自ら話の腰を折る。
「姫。そんなに頑張って見なくてもいいですよ。視線を外しておいてもらって構いませんよ」
「はぁ・・・それを早く言ってよ・・・」
フィリア姫は安堵のため息と文句と共に、視線をようやく外すことができて全身の緊張が解けたのだった。
そんなフィリア姫を横目で見ながら、外した内臓をまとめつつ、ミリーは話を続ける。
「さて、姫から戴いた先程の答え。あれは別に姫特有の答えという訳ではありません。恐らく、殆どの人がそう答えるでしょうね。しかしそれは、殆どの人々が自分達が食べているものが何なのか、いえ、『食べる』と言うことがどういう事なのかを理解していない、と、いうことに他なりません」
内臓を取ったあとを川の水で洗いながら説明するミリーに、フィリア姫が疑問をぶつける。
「それは何?何のお肉かなんて判っているでしょ。それ以上何があるの?」
ミリーは食材をキレイに切り分ける。小動物だったものは今ではどこででも見かけるただの食用肉になった。ミリーはその肉を見せながらにこやかに話しかける。
「さぁ、準備は出来ましたよ。焚き火に戻って焼きましょう」
「あ、うん・・・」
何となく素直に返事をするフィリア姫に、ミリーは歩きながら突っ込みを入れる。
「おやっ?さっきはあんなに嫌がっていたのに、もう大丈夫なんですか?」
「ミリー、お願い、もう意地の悪い言い方はしないで。思い出したらまた食べたくなくなっちゃう」
二人は焚き火のそばに座り、ミリーは肉を串に刺していく。
「申し訳ありません。ちょっと意地悪な言い方でしたね。でも、そこに求める答えがあるのです」
串を火の周りに立てながらミリーは語る。フィリア姫は黙ってミリーの顔を見ながら、言葉の続きを待つ。
「姫が何に嫌悪感を持ったのか。それは姫だけではなく多くの人に当てはまる普通の事です」
ミリーは焚き火を挟んだフィリア姫の正面に座るとジッとフィリア姫の目を見て言葉を続ける。
「それは、『命』です。『食べる』というのは『命を摂る』と言う事なのです。人は皆言うでしょう『そんなのは最初から判っている。当たり前の事じゃないか』と。でも皆勘違いをしているのです。知っているだけで本当は理解などしていない、理解出来ないのです。理解出来ないからこそ、普段は気付かないフリをしているのです。そしてその事実を露わにする場面に直面した時、嫌悪を示すのです」
串に刺して並べた肉が、チリチリと音を立て始める。
「確かに理解するのはなかなか難しいかもね」
フィリア姫の感想をミリーは鼻で笑う。
「『難しい』ですって?ご冗談を!不可能ですよ!『命を摂る』事がどういう事なのかその真理を人間如きが理解するなど到底不可能なのです!」
肉の表面の脂が跳ね、辺りに美味しそうな匂いが漂い始める。
「『命を摂る』という行為は人間だけのものではありません。この世に生きとし生けるもの全てが関わるものなのです。あるものが他のものの命を摂って自分の命に加え、さらに別の何かがその命を摂って自分の命に加える。そして最後は死によって命は土に戻る。途中摂りこぼした命も土に戻る。そしてまた命の循環が始まる」
「そう、全ての生き物がこの『循環する命の理』の中で生きているのです。人間なんてその中のちっぽけな部品の一つに過ぎないのです。その全貌を把握する事も出来ない人間如きが『循環する命の理』の意味を理解しようなど思い上がりも甚だしいと言うものです。あ!姫!そっちの串、回してください!」
二人は慌てて串を回して反対面を焼き始める。
「じゃあ、人間には何が出来るの?」
フィリア姫は肉の焼け具合をみながら質問する。
「そうですね。人間に出来る事はせいぜい『自覚』と『覚悟』でしょうかねぇ」
荷物をガサゴソと漁り、小さな油ランプと香油が入った瓶を取り出すしながら答えるミリーに、フィリア姫は詳しい説明を催促する。
「『自覚』と『覚悟』?」
「『循環する命の理』の中で命を摂って生きているんだという『自覚』と、摂った命に恥じないように生き抜くんだという『覚悟』でしょうか」
ミリーはそう言いながら油ランプに香油を入れて火を付け、少し離れたところに置く。
「もっとも私は、『覚悟』とは反対の生き方をしてますから偉そうな事は言えませんけどね」
苦笑いをしながらボヤくミリー。フィリア姫は油ランプに気を取られそんなミリーのボヤきを聞き流し忘れた。そのボヤきがミリーの重大な一面を知るヒントであると気付けずに。
「ミリー。それはなあに?」
フィリア姫の質問にミリーが答える。
「これは『野獣除けの香』です。野獣はこの匂いが嫌いなのです。野獣に命を摂られないための人間の工夫ですね。人間だけじゃありません。逃げる、隠れる、毒を持つ、抵抗する、これらは命を摂られないようにするための生き物たちの工夫です。こうした事も『循環する命の理』の一部なのでしょうね」
串を返し終わったフィリア姫がミリーに確認する。
「『循環する命の理』、これがミリーが言いたかったことなのね」
ミリーは肉の焼け具合を確認しながら、フィリア姫の言葉に応える。
「う~ん、もう少しお付き合いいただけますか?」
そして、ミリーは肉の焼け具合に満足そうに笑う。
「さぁ、姫。焼けたようですよ。どうします?お食べになりますか?」




