1-40 二人旅 3
フィリア姫はもう後悔し始めていた。が、挫折する訳にはいかなかった。
モルーグ王国との間を結ぶ鉄道の駅があるベルゼール村まで車で送って貰っている間、アルベルトの言葉の意味をミリーから聞き出そうとするのだが、
「事前に確認しない姫が悪いのです。その報いをこれからその身体にしっかりと刻み込んでいただきます。それとも『私には無理です。私が悪うございました』と頭をお下げになり、車から降りずにそのままお帰りになるのでしたら許して差し上げましょう」
そういってミリーがフィリア姫を見下しながら勝ち誇ったようににやつくばかりで教えてくれないのである。
無理矢理ついて来た事をミリーがまだ怒っているのだろうとフィリア姫は判断しているが、しかし、このような態度をとられてスゴスゴと引き下がる事はフィリア姫の気性が許さない。
「ふ、ふん!へ、平気だもん!どんな苦難だって受け止めてみせるわ!」
フィリア姫はそう言って強がって見せるのが精一杯であり、
(えっと・・・ヨーバルランド公国って何処だっけ?モルーグ王国の南いや南西?この間交渉した国の中にはなかったわよね・・・)
と、必死に目的地の事を思い出して気を紛らわそうとするのであった。
駅に到着し、先に車を降りたミリーは、まだ車中にいるフィリア姫を見つめる。
フィリア姫は一瞬躊躇したが、それでも飛び出すように車を降り、背筋を伸ばし大きな声で「さぁ、行きましょう!」と気合いを入れるのであった。
そんなフィリア姫を見つめていたミリーは、やれやれといった様子でため息をついて微笑み、
「辛くなったら何時でも言ってください」
と、今回初めて優しい言葉をかけると、
「大丈夫、約束は守るわ」
と、フィリア姫が笑顔で答えるのであった。
モルーグ王国行きの列車の客車は、特等、一等、二等に分かれている。
二人の正体に気付いた駅長が特等の席を用意しようとしたがミリーが断固拒否し二等席の切符を用意させた。これでいいのかと駅長がオロオロするのを尻目に二人は二等客車に乗り込み席に落ち着いだ所で列車が出発したのであった。
二等客車は二人掛けの長椅子が向かい合わせに設置された四人単位の個室がズラリと並んだ構造であり、二人はその中の一部屋を占拠した・・・相席者がいないだけであったが・・・
「使う人、少ないのね」
空席が目立つ客車に、フィリア姫がポツリと感想を述べる。
「旧フォルデベルグ三国の駅はここでお終い、次の駅はもうモルーグ王国内ですからね。国を跨ぐような人は多少裕福ですから、特等や一等客車を利用する場合が多いんですよ」
ミリーの説明にフィリア姫は素直に頷く。
列車が動き出しひと息ついた所で、フィリア姫はようやくミリーから今後の予定を聞く事が出来た。
列車での快適な西への旅は、フィスリニア王国との国境からモルーグ王国の首都ペリトーラへ行くまでの中間に位置するパーラデラの街で終わりとなる。
パーラデラからは南へ向かう。方法は町や村を結ぶ駅馬車を乗り継ぐ事になるが駅馬車がない区間もあるためその場合は歩きとなる。そうやって目指すのはトロンタ共和国だ。
大陸の南端にあり海に面しているトロンタ共和国から先は基本的に徒歩で西に向かい、海岸沿いにサンサール王国を経由してヨーバルランド公国に入り、目的地であるヨーバルランド公国の南西の海岸をやはり徒歩で目指すのである。
「海岸沿いが目的地なら海路を使う方が楽なんじゃないの?」
「却下ですね。現地に着けばその案はない事が解りますよ」
即ダメ出しを食らったフィリア姫は少し考え別の案を提唱する。
「パーラデラから南へ行ってまた西へ行くのよね。だったら列車で西のペリトーラまで行ってそれから南へ向かえば?」
「それも却下ですね。モルーグ王国と南の三国との間には、大陸一の高さと険しさを誇る巨大な山脈が横たわっていて、それを横切るのは不可能です。予定のルートが山脈を迂回して南へ行く最適なルートなんですよ」
ミリーはまたダメ出しを行ったあと、さらにフィリア姫に追い討ちをかけた。
「姫は大陸の地理をもっと勉強しないといけませんね。学院のカリキュラムに申し込みましょうか」
「見て見て!ミリー!ほら、水辺に鳥さんがいっぱい!」
窓の外を指差し、必死に話題を変えようとするフィリア姫であった。
ガタガタン、ガタガタン・・・
規則正しい振動と音が支配する世界。そんな中でフィリア姫はボーっと見ていた。見ていたのは景色ではなく、ものも言わず外をジッと見ているミリーを、だった。
モルーグ王国の最初の駅に到着するにはまだまだ時間がかかる。
フィリア姫は最初、移りゆく外の景色に感動を憶えていた。フィリア姫が列車に乗るのはこれが初めてだった。
外遊の手段はもっぱら飛行機か車を使用してきた。車であれば景色は似たようなものだと思うかもしれない。しかし列車には列車でしか味わえない景色というものがあるのだ。
それはフィリア姫を魅了した。窓に張り付き、流れる景色を見ながら、あれこれと質問を繰り出すフィリア姫に、ミリーは丁寧に答える。気持ちが落ち着くまでの辛抱という感じで。
フィスリニア王国とモルーグ王国の国境を越える頃にようやくフィリア姫が落ち着きを取り戻し、個室が列車の奏でる振動と音に支配されると、フィリア姫は不思議な感覚に襲われた。
個室の外を通る人もないためか、この個室だけが世界から切り離されてポツリと浮いている感覚。
この個室だけが世界の全てで時の中を連れて行かれる感覚。
そんな小さな世界の中にミリーと2人っきり。なのに、なのに・・・どうしてミリーがこんなに遠く感じるのだろう。
今、ミリーが目の前に座っている。手を伸ばせば触れることが出来るはずなのだ。でも、手を伸ばしても伸ばしても決して届かない。そんな気がするのだ。
今回無理矢理ついて来た理由がそこにあった。時々感じてきたこの距離感を何とかしたいと考えたのだ。でもどうしたらいいのか・・・解らなかった。
そんな事を考えていたフィリア姫がふと我に返ると、いつの間にかミリーが視線をフィリア姫に移していた。
ミリーの顔をジッと見つめていた事を知られたフィリア姫は気まずい気持ちになり顔を背ける。
「何でしょうか?」
ミリーが無表情に問いかけて来る。
言葉に詰まって何も言えない筈のフィリア姫だったが、無意識に口をつく言葉があった。
「列車の音がね・・・何だか心臓の鼓動みたいだな・・・って」
フィリア姫自身、何故そんな言葉を言ったのか解らない。でもミリーはそっと耳を済ませたあと、静かに言葉を紡ぐ。
「そうですね。何だか時を命のように刻みながらこの個室が私達二人を何処かへ連れて行ってくれそうですね」
フィリア姫は直感した。今なら届く!
そしてミリーに心の手を伸ばす。
「あのね・・・ミリー・・・」
その時だった。個室の外の廊下をせわしなく人が行き交い始める。もうすぐ駅に到着するのだ。
幻想的な時は霧散し、今や微塵も残っていない。
フィリア姫は伸ばし始めた心の手を降ろした。
駅に着く度に人が激しく乗り降りする。一駅二駅の区間で利用する客が多いようだ。相席となる事も多く話しかけられる事もしばしばで、その時は身元がバレないよう用心しながら応対する。
「フィリア姫に似ている」と指摘する客もいたが、誰もまさか本人だと気付く者はおらず、フィリア姫との違いを得意げに話す者もいて、フィリア姫とミリーは目配せをしながら笑いを堪えていたのだった。
姉妹での二人旅と思われていたらしく、「お姉ちゃんの言うことをちゃんと聞くんだよ」と別れ際に言われた時には、ミリーとの距離が縮まった気がしてフィリア姫はちょっぴり嬉しさを感じるのであった。
幾つもの駅を通り過ぎ、幾人もの人と出会った末に、パーラデラに到着した時には夜に入ろうとしていた。
「今夜はここで宿をとって、明日の朝出発しましょう」
ミリーの提案にフィリア姫はすかさず肯定する。決して「宿には泊まらないって言ったじゃない」などと揚げ足を取るようなマネはしない。そんな事をすればミリーは平気な顔で夜間行軍を始めるに決まっているのだ。宿に泊まるという判断だって私に気を使っての事だ。ミリーは結局優しいのだと、フィリア姫は納得した。
宿を決めた後、折角だからと二人は町を見て歩く事にした。
宵の口であるが結構人通りが多い。アチコチから笑い声が聞こえてかなりの活気だ。
「ねぇ、ミリー。列車の中でも思ったんだけど、モルーグって地方の方が活気があるのかしら?」
「そうですねぇ。首都のペリトーラはあの時、市を撤去したって話でしたからその影響で活気がないように見えたのかもしれませんね。ただ、地方は貧富の差による差別が少ないため、さほど対立がないということはありますね」
フィリア姫の質問に、ミリーは屋台の串焼きを購入しフィリア姫に一本渡しながら答え、フィリア姫は「なるほど」と言いながら串焼きを受け取る。
(ウィル様と一緒に廻りたかったな)
とフィリア姫は思ったが、自分の今の立場を考えれば口に出してはいけない願いだ。
ミリーはさすがにフィリア姫の考えを見抜いておりフィリア姫を元気づける。
「姫。次にウィル様と来るときの為に、美味しいものを物色しておきましょう」
二人は手始めに串焼きにかぶりつき、口の回りをソースだらけにしながら次の標的となる屋台に向かっていくのであった。




