1-39 二人旅 2
「ちょっと、ミリー。今、何の話をしているか解って言っているのかしら?」
フィリア姫を筆頭に、在席者一同がジト目でミリーを見つめる。
ミリーは、フィリア姫からの問いかけも皆の視線も気にしないといった様子で、マーサが淹れてくれたお茶の香りに満足げな表情を浮かべながら、話を続ける。
「ふと思い出しちゃったんですよ。お召し抱え戴いたのに献上品をお納めしていなかったなぁって」
「ちょっ!まさか、ローデモング帝国を潰しに行くつもり?!」
建国祭でのやりとりを思い出し、ミリーの発言に危険な香りを嗅ぎ取って、思わず口を挿むフィリア姫に、ミリーは苦笑しながら否定する。
「しません、しません。正真正銘『物』ですよ。それを取りに行きたいんです」
「それは何? 今回の案件に関係する物なの?」
フィリア姫の質問に、ミリーは意地悪そうな笑みを浮かべる。
「そんな、今ばらしちゃったら、持って帰った時の楽しみが減るじゃないですか」
それでも聞きたいという皆の視線にミリーは渋々妥協を示す。
「それじゃあ、ヒントを一つだけ。それは、我が師、フランソワ=シュタインロードの遺品です」
フィリア姫は暫し考え、口を開く。
「さっぱり解らん」
「解るようなヒントは出しません」
ミリーの返事に(それはヒントとは言わん)と誰もが思った。
「でも、重みは変わったでしょ」
確かにミリーが言うとおり、『物』が超一流の技術者と謳われたフランソワ=シュタインロードの遺品であれば、どんなものであれ期待が持てよう。
「う~~~ん、いいでしょう。許可します。明日からって事でいいのかしら?」
とにかく今は地道に準備を進めるしかない。外遊の予定もない。となれば、ミリーが自由に動けるのも今の時期だけだろう、とフィリア姫は判断したのである。
「はい。それで構いません。では今日中に、いない間の指示を出しておきますね」
この後も会議は続き、様々な案件が処理されていく。全て終了したのは、ちょうどマーサ達が昼食を並べ始めた時であった。
翌日、マントを羽織りザックを担いで旅支度を終えたミリーが、城から外に出ようとしていた。が、出入り口の手前で立ち止まったまま動こうとはしない。ミリーは珍しく困惑した表情で固まっていたかと思うと、おもむろに問いかけた。
「ひ、姫。そこで何をなさっておいでですか?」
出入り口に仁王立ちで、ミリーが出てくるのを待っていたのはフィリア姫であった。しかも、お出かけ用の服にお気に入りの帽子、大きな旅行カバンを携えていた。
「何って決まってるでしょ。許可の条件を言ってなかったわね。私も一緒に連れて行く事。以上。さぁ、行きましょう!」
にこやかに踵を返して、元気に城を出ようとするフィリア姫をミリーが慌てて引き止める。
「ちょっと待ちなさい!一体何を考えてるんですか!それにその格好!姫が考えてるような楽な旅じゃないんですよ!殆ど野宿ですよ!宿屋なんて泊まりませんよ!ずっと歩き詰めですよ!危険な野獣だって出ますよ!だから姫は大人しくお城でお留守番していて下さい!!」
まくし立てるミリーが一呼吸ついた所で、フィリア姫が冷静に受け流す。
「そうね、ここはミリーの言うことを聞いたほうが良さそうね。ミリー!あなたの旅に同行するのに相応しい旅支度を整えてちょうだい!」
突然始まった漫才を見物しようと城の者が集まって来る。
「いや!そう言うことじゃなくてぇ!えっと・・・公務!そう!公務はどうするんですか!旅なんかしてる暇はないですよ!だからね!お留守番しましょう!」
「公務はアルベルトに全部まかせたわ。快く引き受けてくれたわよ」
「ア、アルさまぁああ?!」
ミリーは困惑と恨みに満ちた表情で、見物していたアルベルトを睨む。アルベルトは爽やかな笑顔でミリーに告げた。
「うん、快く引き受けた」
「諦めるしかねぇなぁ。ミリー」
と、オズワルドが突き放す。
「あまり日焼けをしないような服装にしないといけませんね」
と、マーサがたたみかける。
「もう!みんな無責任なんだからぁ!!」
ミリーが困り果てて今にも泣き出しそうな表情を見せるが、誰もミリーを助けようとはしない。何故ならば、
(ミリーのこんな表情が見たかったんだ)
と思って集まった連中ばかりだったからである。
周りの人間は話にならないと理解したミリーは再度フィリア姫の説得に移った。
「途中、泣き言を言ったら私は姫を見限ってこの国を出ますよ!」
「任せて!絶対泣き言は言わない」
「何も観光とかしませんよ!基本2人っきりですよ!私の旅なんて面白くないですよ!」
「ミリー。ミリーはずっと旅してきたんでしょ。私ね、ミリーがどんなもの見て過ごしてきたのか、どんな事を感じて過ごしてきたのか、私も見たいの、感じたいの、そうしなきゃいけないと思うの。だからね、お願い!」
そう言いながら、うるうるした目で上目遣いに懇願するフィリア姫にミリーがたじろいだ所へ、アルベルトがとどめを刺す。
「ミリー。フィリア姫はもっと外の世界を見ておいたほうがいいと思うぞ。包み隠さない外の世界の等身大の姿をだ。それはフィリア姫が為政者として成長する糧となるハズだ。今回のお前の旅はまたとない機会なんだ。判ってくれるよな、ミリー」
もはや逃げ道がないと悟ったミリーは観念し、マーサに色々指示してフィリア姫の旅支度を頼む、が、フィリア姫が旅に合うような服や靴を持っているはずもなく、村や町で調達する羽目になり、結局出発は翌日に持ち越されてしまったのであった。
翌朝、城の出入り口に、旅支度を終えた二人が立っていた。フィリア姫はミリーとお揃いのマントで身を包んでいた。このマントはミリーが子供の頃に使っていたものという事だ。このマントを見た時ミランダが「あたちのは?!あたちの!あたちも欲ちい!!」と大騒ぎをしたのは言うまでもない。
フィリア姫は初めてのズボンと皮のブーツに戸惑っているようである。
「靴は履き慣れている方がいいんですけど、仕方ないですね。前半は乗り物を多用してその間に慣らしましょう」
ミリーの言葉にフィリア姫は「ごめんなさい」とうなだれる。ミリーはそんなフィリア姫に、
「その代わり、歩く時にはしっかり歩いてもらいます。泣き言は言わせませんよ」
と意地悪そうに笑いながら言うのであった。
「すまないが、誰か駅まで車で送ってくれないか?」
ミリーの頼みに城の職員が一人名乗りを上げ車を取りに行く。
「目的地まで車で行けば楽なんじゃないの?」
フィリア姫の提案をミリーは首を振って却下する。
「車はまだ一般に普及していません。国外で使えば王族クラスが護衛も付けずに出歩いていると宣伝しているようなものです。それに車は途中までしか使えません」
ミリーの言葉を聞いたアルベルトがミリーに尋ねた。
「一応確認のために聞いておきたいんだが、一体どこまで行くんだ?」
アルベルトの問いかけに、ミリーはアルベルトを意味あり気に暫し見つめた後、ボソッと答える。
「・・・ヨーバルランド公国・・・です」
「あ、あそこか・・・」
アルベルトの顔が一気に曇り、気の毒そうにフィリア姫を見つめた。そうなると不安がこみ上げて来るのが人間というものである。フィリア姫は思わずアルベルトに詰め寄る。
「な、何があるの?!」
アルベルトはフィリア姫を気の毒そうに見つめ、肩にそっと手を乗せてこう言った。
「姫。あなたが行きたいと言ったのです。決してあなたの後押しをした人達を恨んではいけません。行き先を確認しなかった姫が悪いのです。歯を食いしばって頑張ればきっとなんとかなります。音を上げないで頑張るのですよ」
フィリア姫の中の不安の大軍はもはや絶好調で頭の中を駆け回る。
「何それ?!えっ?!えっ?!」
動揺するフィリア姫を安心させようという者は誰もないまま車が到着する。
「さぁ、行きますよ。姫が行くと言ったんですからね。さぁ、自分の荷物は自分で持って!」
フィリア姫に小さなザックを抱えさせると、ミリーはフィリア姫の襟首をむんずと掴んで車に押し込んだ。
「えっ?!ほぇっ?!あっ?!あっ?!え~~~っ?!!!」
姫の叫びを後に残して車は去って行った。
手を振って車を見送っていた人々は、車が見えなくなると一斉にアルベルトのもとに駆け寄る。
「ヨーバルランド公国って何処だ?!」
「ヨーバルランド公国の何がまずいんだ?!」
何の事はない。皆、ヨーバルランド公国の事を誰も知らなかったのだ。だからフィリア姫に何も言えなかったのである。
アルベルトは頭を掻きながら説明した。
「ヨーバルランド公国は一言で言えば、陸の孤島です。しかも幾つもの難所を越えないと到達出来ません。旅に慣れている者でも嫌がる場所なんですよ」
誰もが心の中で思った・・・
「これは自分のせいじゃない!」




