1-38 二人旅 1
フィスリニア城の朝は賑やかに始まる。
みんなの食卓と定めた大部屋には、フィリア姫を筆頭に、2名の執政官、9名の近衛騎士、2名のオブザーバーの老人、そして近衛騎士の家族の10名(全てスニーキー隊の家族だが)が一堂に集まり、スニーキー隊の女房達が用意した朝食を一緒にとるのである。
この中には6人のやんちゃ盛りの子供がおり、賑やかな事この上ない。しかも、料理が大皿で出てくる時には、子供達は自分達のテーブルの大皿を争奪戦によりあっという間に空にすると、他のテーブルの大皿めがけて侵略を開始するのだ。自分の大皿を守らんとするフィリア姫との攻防戦は実に面白いのだが、ここでは割愛する。
そのような賑やかな朝食が終わると、子供達は学院に行き、女房達はテーブルの上を片付けて朝食という名のバトルが終了する。それでも他の者達は席を立とうとはしない。それは、ただボーッとしているのではなくちゃんと理由があっての事だ。
朝食を摂っていた大部屋は、今度は政務を決定する会議の場となるのだ。では、会議の最中は入室が禁じられるかというと、さにあらず。会議の最中でも後ろのテーブルで子供達が遊んでいたり、会議が長引いた時には女房達がおもむろに食事を資料の間に並べ会議をしながらみんなでお食事という事もよくあるのである。
この日も、残り二人、摂政のレオンと工房長のボルトの到着を待って会議が始められる。
レオンは城下のランドール村に愛妻と二人で住んでおり毎日城まで通って来ている。
ボルトは学院の寮に弟子達と住んでおり、食事は寮で済ませて来るのだ。
全員が揃った所でテーブル上には巨大な地図、いや、構造図が広げられた。それは、天の街船のものであった。
「かなり細かく判ったわね」
「うむ、ダリスタンとアンランの第一世代にも手伝って貰ったからな」
構造図を見ながら感心するフィリア姫にマイケルが答える。ダリスタン共和国とアンラン諸島王国はフィスリニア王国と共同で天の街船の発掘作業を行っている友好国だ。
アンラン諸島王国の名が出た時に、シオンが一瞬つらそうな表情を見せたが誰も気付く者はいない、いや、ミリーは気が付いたが理由は判っているため何も言わず、そっとしておいた。
「しかし、みんな老いぼれでしかも40年前の話じゃから正確性も保証出来んぞ。しかも判ったのは全体の30%位でしかないしな」
マイケルが珍しく自信なさげにぼやく。そんな、マイケルをミリーがこれまた珍しく慰める。
「大丈夫ですよ。ここまで解れば大したものです。この前決めた方針を進めるのに十分ですよ」
ミリーの言葉に一同が頷く。
目の前の構造図に書かれていたのは、天の街船がかつて衛星軌道上にあった頃の工房や研究施設の詳細である。天の街船のどの位置に何を作っている工房等があったのか、多くの第一世代達の協力を得て作り上げたのがこの構造図であった。
「やっぱ、お宝はかなり下だな」
スニーキー隊隊長オズワルドが思わず唸る。
「一番上の部分でも水面下2000m・・・と言うところでしょうか」
ボルトがため息混じりに分析する。
「アンランの『ペンキュール』の限界深度は?」
「1000mと聞いています。」
アルベルトの質問にボルトが答える。
「『シューティングスター』はどうだ?」
「・・・『ペンキュール』と似たようなもんじゃな」
アルベルトのさらなる質問に今度はマイケルが答えた。ミリーとリーク以外の全員が驚いてマイケルの顔を見る。
『シューティングスター』が潜水能力を持っている事をマイケルとリークはまだ誰にも言っておらず、どこかでサプライズ披露しようと目論んでいたのだ。それをアルベルトに台無しにされマイケルは機嫌が悪い。
「なぜ解った?」
「建国祭でちょっと触りましたから」
平然と答えるアルベルトに
「あの時か!」
とリークはポンと手を叩いて納得する。マイケルは諦めたようにため息をついた。
(そう言えば、こ奴も二大継承者の一人じゃったな。忘れておったわ)
普段何かとミリーの凄さばかりが目立っているが、アルベルトも地味に凄いのである。
「マイケルさん、そういう事は前もって言っておいて下さいよ。整備のやり方もあるんですから」
文句を言うのはボルトであった。
「いい加減に話を戻すわよ。現時点ではお宝に到達する手段はない、って言うことでいいのね」
脱線する会議に業を煮やしたフィリア姫が、無理矢理話を戻した。
これまで、天の街船の発掘作業は水面から上下に塗り潰していくように進められてはきた。
そのため、墜落から40年経った今も、上下各10Kmのうち、表層が地上2Km、水面下100m。内部は地上3Km、水面下300mまでしか到達出来ていないのが現状である。
しかも、そのあたりは居住区がメインであるため、たまたま落ちているものを拾っていくような形になり、小物類はそこそこ手に入るが、一番欲しいもの、マシーナや工作機械、当時最新鋭の装備や修理に必要な大量の電子部品は思うように手に入っていないのが現状であった。
そこで、フィリア姫達は協議の末、現在の発掘作業とは別のアプローチでの発掘を試みる事にした。
それは、工房があった位置に外から穴を開けて侵入しようと言うものだ。ピンポイントで狙ってお宝ゲット!という算段である。そのためにこの構造図を作ったのだ。
そして当然と言うべき問題に直面した。そう、穴を開ける位置まで降りる手段がないのである。正確に言うならば、穴を開ける位置まで出入りのためのハッチを持って行って取り付け穴を開け、中に入ってお宝を持って帰る手段、深海作業用マシーナがないのである。
「ボルト。そっちの首尾はどう?」
フィリア姫の質問にボルトは頭を掻きながら答える。
「『ペンキュール』をベースに出来れば早かったんですが、結局アンランは『ペンキュール』を提供してくれませんでした。それで今は『ペンキュール』のベースの『スパロア』をベースに4機改造中です。仕上がりまでは80日位でしょうか。ハッチの製作も同じくらいかかります」
『スパロア』は、代表的な鳥型の『ディフューザ』であり、安定性と操作性の高さから作業用マシーナとして最も人気が高い。
島国であるアンラン諸島王国では、この『スパロア』をベースに水中での作業が可能な『ペンキュール』を開発し運用していた。
しかし、『ペンキュール』は、沿岸部やせいぜい深度300m程度の周辺海域の海底での作業を想定して設計されているため、足元が不安定な場所での姿勢制御を行える程度の推進装置しか持っておらず、水中を自由に動き回ると言うには程遠い状況なのである。
そのため、天の街船の発掘作業では、表層の水面下の市街地の発掘を担当し、命綱を付けて市街地の残骸を足場にして水中での作業を進めているのである。
「問題はそれだけではありません。最近、海賊が出没しています。それをどうにかしないと」
アルベルトの言葉に「あれね」とフィリア姫は腕を組み、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「ローデモング帝国は海賊の件については何と弁明しているの?」
「弁明も何も、知らぬ存ぜぬの一点張りです。直接被害を被っているアンランは怒り心頭ですよ」
フィリア姫の質問にアルベルトが答えると、フィリア姫は小さくため息をついた。
発掘作業を阻害している海賊については、まだ詳しい事は判っていない。
海賊は数隻の潜水艦と数機のマシーナで構成されているようだと考えられているが、なにせ、1000m超の深海から忍び寄り、作業中の『ペンキュール』を襲って発掘品を奪い取るとまた深海に戻っていく。水面に一度も上がる事がないため全体像が把握出来ないのである。
しかし、潜水艦の製造やマシーナの水中対応への改造などは簡単にできるものではなく、その方面で最も進んでいるのがローデモング帝国なのである。
敵対国でもあるローデモング帝国は、その軍事力の象徴ともなっている2隻の巨大潜水空母を筆頭に何隻もの潜水艦を有し、潜水艦が使用する魚雷などの水中兵器の開発にも余念がない。マシーナだけは陸上用のものを改造して転用しているようだが、それでも水中での機動力は他の追随をを許さないのだ。
それ故に今回の海賊の正体は、ローデモング帝国の潜水艦部隊であると判断しているのだが、判っていても相手が水中では手の打ちようがない、というのが現状なのである。
「『シューティングスター』で退治したらどうだ?水中もいけるんだろ?」
「航行能力も戦闘能力もあるが、一機だけではどうしようもあるまい」
オズワルドの提案をマイケルは否定する。
「なんだ、使えねぇなぁ」
思わず呟くオズワルドを、キッと睨むマイケルであった。
「今は、対潜戦闘力を高める施策を色々考えていくしかないのかしら?」
「そうですね。地道な作業になりますが・・・」
フィリア姫の言葉にアルベルトが答えた。
仕方なし、という空気が漂っていた。
しかし、フィリア姫はまだ諦めていなかった。ミリーが何の発言もせずに、ずっと何かを考え続けていることに気が付いていたのである。
「ミリー、あなたは何かないの?」
フィリア姫の期待に満ちた問いかけに、他の者の視線も思い出したようにミリーに集まる。
「そーですねぇ」
そう言いながら、ミリーは指折り何かを数えている。
皆が思った。そうだミリーがいるではないか!ミリーならば現状を打開するとんでもない策を打ち立ててくれるはずである。皆がそう期待してミリーを見つめる。
ミリーが遂に口を開く。
「一つお願いがあるんですが」
皆が一斉に身を乗り出す。
「20日ほど、お休みを戴けますかぁ?」
ミリーはにこやかに切り出した。
一瞬の沈黙のあと・・・
「はあぁあああ?!?!?!?」
全員の驚きと失望の声が見事にハモる。
そんな中でも、ミリーはにこやかに笑い続けているのであった。




