1-36 モルーグの事情 7
滞在二日目は大したトラブルもなく順調に過ぎて行く。
朝、数件の会談をこなした後、観劇と昼食会。そして午後にも会談があり、夜にはまた舞踏会と晩餐会である。
今日もウィルファン王子がフィリア姫に付きっきりであり、フィリア姫はご満悦だ。
幸せそうな二人は、昨夜内密に行われた物騒な相談の事を知らない。ミリーが他の三人に厳重に口止めを行ったからである。
「これはあくまでも備えなのだ。だから、お二人に余計な心配をかけてはならぬ」
と言うのがその理由であったが
(余計な動きをされて、予想が狂っては困る)
と言うのがその本心であった事を三人は知らなかった。
そして、最終日の晩餐会。ここで事件は発生する。
この日の晩餐会は初日に比べ随分と閑散としたものになっていた。諸国の来賓達の半数以上が既に帰国の途についていたからである。彼等にしてみればフィリア姫やアレキサンドル公との会談を終えてしまえば、もう滞在する必要などないからだ。逆に言えばまだ残っているのは、この後にアレキサンドル公との会談の約束を取りつけていた者達である。
この、やや盛り上がりに欠ける晩餐会にあってフィリア姫達はどうしているかと言うと・・・玉座に一番近いテーブルに着いていた。
これは決してフィリア姫がここに着きたかった訳ではない。フィリア姫としては、場末の人気のないテーブルで、人目を気にせずに淡々と料理に舌鼓を打ちたかったのである。
そのフィリア姫の儚い夢を無残にも打ち砕いたのは、アレキサンドル公であった。もうすぐ姻戚関係になるのだから、王家の皆と食事を共にしては如何かと提案してきたのだった。
フィリア姫としては断れる筈もなく、頼みのミリーも「お諦め下さい」とにべもない。そのため泣く泣くこの有り様となったのである。
「料理は、がっついてこそ本当の美味さが判る」という言葉を座右の銘とするフィリア姫にとっては、上品な作法の食事など願い下げにしたいものであるが、このテーブルではそうはいかない。唯一の救いは隣にウィルファン王子がいることであった。
「フィリア姫様でいらっしゃいますか?」
突然、声をかけられて、思わず喉を詰まらせそうになったフィリア姫が振り返ると、年の頃は10歳位だろうか、そこには自分よりも幼い少年がキラキラした目で自分を見上げていた。
「お目にかかれて光栄です。私、シーザー=ファース=モレードと申します」
(かっ、かわいい!)
一所懸命に挨拶をするシーザーを見て、フィリア姫は心の中でそう叫びながら、にこやかに「こんにちは」と挨拶を返した。
「はっはっは、そいつは俺の息子でね。今年で9歳になる」
そう言いながら近づいて来たのは、アレキサンドル公であった。
「今日はどうしてもコイツを紹介したいと思いまして、連れてまいりました」
父であるアレキサンドル公が傍らに立つと、シーザーはニコニコしながら父親の顔を見上げる。しかし、アレキサンドル公がポンと軽く背中を叩くと、またシャキッと背筋を伸ばし、真面目顔を必死に作っていた。その様子がまた可愛らしく、フィリア姫、ミリー、ウィルファン王子の三人は思わず笑みを漏らす。そんな中、口を開いたのはミリーであった。
「シーザー様はまだお若いのに礼儀作法がしっかりとしていらっしゃって感心しておりました。アレキサンドル様の教育の賜物なのでしょうね」
「叔父上は昔から礼儀作法にうるさかったですからね」
ウィルファン王子も思わず口を出す。
「はははっ! 私が教えてやれるのはそんなものしかないからなぁ」
アレキサンドル公は笑いながらそう言うと、シーザーの頭をグリグリと撫で回した。
「アレキサンドル様、御子息様を私達にご紹介いただいたのは、何か理由がおありなのでは?」
アレキサンドル公は「ほう」と驚き、話を切り出した。
「いや、ウィルファンが言うとおり、ミーア=リーア殿はなかなかの切れ者のようだ。となれば話は早い。実は昨夜ウィルファンから学院の話を聞いてな。是非シーザーにも学ばせたいと思ったのだ」
ミリーは、アレキサンドル公の申し出にやや鋭い視線を送り返しながら問いかける。
「それは『帝王学』を学ばせたい、と言うことでしょうか?」
「ほう、鋭いな。まあ、そこまでのものは必要ない。領主が自分の領地を治めるのに必要な知識を得られればと考えている。雀の涙ほとの小さな領地だが領民がいる以上いい加減な事は出来んからな」
ミリーはアレキサンドル公の返事を表情を分析しながら注意深く聞き終えると、安心したように微笑んだ。
「判りました。大丈夫ですよ。ご希望に添えるものがありますので何時でもご相談ください」
アレキサンドル公はその返事に満足し、シーザーは大きくお辞儀をして「よろしくお願いします!」と元気よく礼を述べた。その姿にフィリア姫一行は(かわいい!)とまた心の中で叫ぶのであった。
アレキサンドル公は、他にも挨拶に回るからと、シーザーを連れて行ったため、テーブルはフィリア姫達三人だけとなる。
晩餐会が始まった時から周囲の僅かな不自然な空気を敏感に感じ取っていたミリーはここに来て一気に警戒を高めて行った。
フィリア姫はまだシーザーの可愛らしさに酔いしれていた。末子のためか弟や妹というものに憧れるのだ。ウィルファン王子からシーザーの話を色々聞き、ますますシーザーが気に入ったようである。
「すぐ学院に来て貰いましょ!すぐお持ち帰りしましょ!」
と、興奮状態のフィリア姫にウィルファン王子も笑顔が絶えなかった。
「ねぇねぇミリー!シー・・・ザ・・・」
ミリーにシーザーのお持ち帰りを主張しようとしたフィリア姫は、ようやくミリーが極度に険しい顔をして辺りを警戒している事に気が付いたのである。
フィリア姫は何度かミリーのこの表情を見たことがある。そしてその時何が起こったのかも覚えている、いや、忘れられるはずがないのだ。
フィリア姫は一気に不安げな表情になる。
「ミリー・・・」
「ウィルファン様のそばにいて。そして動かないで」
ミリーの指示にフィリア姫は頷きウィルファン王子に寄り添った。ウィルファン王子は突然変わったフィリア姫とミリーの様子に戸惑いが隠せない。
「一体どうしたのですか?ふたりとも。動かないでとはどういう?」
ウィルファン王子は疑問の声をあげるがフィリア姫は極度に緊張しているらしく、声も出せずにただウィルファン王子の腕を掴むばかりであった。
ウィルファン王子はフィリア姫とミリーを交互に見比べ、戸惑い続けるしかなかったのである。
辺りを伺っていたミリーの視線がついに一人の人物を追いかけ始めた。それは一人の給仕である。ミリーの視線が固定された事に気付いたフィリア姫も目でその男を追いかける。
その男は、玉座や王の周りのテーブルを護るために配備された衛兵の間を縫うように玉座の方へ歩いてきた。玉座ではゴルジア王が運ばれてくる料理を堪能中である。
問題の給仕が玉座に一番近い衛兵のそばを通る時にそれは起こった。
その給仕はいきなり衛兵の剣を抜き取ると、「ゴルジア王!覚悟!」と剣を振りかざす。ゴルジア王は両手の料理を握り潰したまま固まっていた。最も速く動いのはもう一人の王のそばの衛兵であり、給仕の前に立ちはだかり、一合二合と剣を交えたのであった。
「殺してはならんぞ!生きたまま捕らえるのじゃ!」
アレキサンドル公の腹心であるデロンが何度も叫ぶ。
ミリーはこの時点で、いくつか考えられた謀略の案の中から一つに特定した。
(ふざけたマネを。だとすれば・・・)
さらに事態は急変する。晩餐会の会場に女性の悲鳴が響き渡る中、刺客へと変貌した給仕は急に向きを変え、ウィルファン王子とフィリア姫に向かって襲いかかって来たのである。
しかも不味い事に、フィリア姫達のテーブルにいた衛兵は全て玉座の方へ移動し守ってくれる者は一人もいない。
誰の目にも二人の命はないものと思えた。しかし、そう思っていない者もいた。フィリア姫とミリーである。
(・・・だとすれば、生かしておく訳にはいかぬな)
次の瞬間、そこには誰もが想像しなかった光景が展開されていた。
刺客は止まっていた。その喉にはミリーが突き上げた長剣が突き刺さり頭蓋骨から突き出ていた。その光景に時が止まったように誰もが身動きしなかった。
そして、ミリーが捨てるように刺客を投げ出すと、一斉に時は動き出し、悲鳴をあげる者、逃げ出す者、腰を抜かす者、泣き出す者、会場はパニック状態になっていた。そんな中、平然と立つミリーに怒鳴りつける者があった。デロンである。
「貴様ぁ!なんという事をしでかすのだ!ワシは生きたまま捕らえよと命じたのだぞ!!」
デロンは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。多くの者はその怒気にたじろいだが、ミリーはたじろぐどころか遥に上回る怒気をもってデロンを怒鳴りつける。
「ふざけるな!!貴様ぁ!!ゴルジア陛下とウィルファン様がお命を狙われたのだぞ!事の重大さが判っているのか!ウィルファン様が狙われたのだ!」
ミリーの怒気は会場に響き渡り、会場は一気に静まり返る。
(えっ?!)
そんな中、ミリーの言葉に戸惑いを見せた者があった。フィリア姫である。
(違う、違うよ、ミリー。違うの)
心の声を口にすべく、フィリア姫はミリーに近づく。
「ミリー、あのね・・・」
「言いたい事は解ってますので、ここは何も言わないで」
フィリア姫の言葉を遮り小さな声で指示を出すミリー。
(解ってるって・・・じゃあミリーは嘘をついてるの?!)
困惑するフィリア姫をしり目に、ミリーはさらに怒気を強めてデロンを追い詰める。
「しかも、ウィルファン様が狙われた時には周りに衛兵は誰もおらぬのは解っておったであろう!それでも生け捕り云々などと何を寝言をほざくか!ボケ老人が!!」
ミリーは剣をデロンに向けながら、さらにデロンを追い込む。
「それともウィルファン様を生贄にして賊を捕まえる算段だったか!ウィルファン様のお命を蔑ろにしてタダで済むと思うな!ウィルファン様はフィスリニアの王となられる御方ぞ!返答次第では今すぐ貴様の首をはねてくれるわ!!」
血が滴る長剣の切っ先をデロン鼻先に突きつけてミリーがにじりよる。デロンは顔をさらに真っ赤にしながらも、情けなく腰を抜かし、仰向けの状態で這うように後退していく。他の者はミリーが放つ気に恐れをなして遠巻きに見守るだけで近づく事が出来なかった。
そんな中、ウィルファン王子がフィリア姫に謝罪を入れていた。
「姫、申し訳ありません。私のせいで姫を危険な目に合わせてしまいました。本当に申し訳ありません」
フィリア姫は必死に首を振るが、ウィルファン王子はそれを「大丈夫」との意味にとり、さらに謝罪した。
フィリア姫は真実を告げたかったが、ミリーに口止めされているため言えずにいた。
襲われた時、ミリーが助けてくれる事は判っていた。だから冷静に敵を見据える事が出来た。それゆえ判ったのだ。敵が狙っていた相手、それはウィル様ではない。
それは、私、なのだと!!!!
ミリーも判っていた。なのにミリーは『襲われたのはウィルファン様である』と嘘をついたのだ。しかも声高らかに何度も。
フィリア姫にはミリーの考えが判らす、じっと事の成り行きを見守るしかなかった。
息が詰まるような張り詰めた緊張感。それを解いたのは・・・アレキサンドル公であった。




