1-35 モルーグの事情 6
フィリア姫一行の今回の訪問の目的は、表向きにはゴルジア王への表敬である。だがその実は、フィリア姫はウィルファン王子とまったり過ごそうと考え、ミリーはモルーグ王国の内情を調べておきたいと考えていたのである。他国の来賓とは、軽く顔を合わせる程度で済まそうと考えていた。
しかし、ウィルファン王子からの報告でそうも言ってはいられない事が判った。諸国の関心がフィスリニア王国に集まっていると言うのだ。
そのため、フィリア姫一行も方針転換を図る事にする(フィリア姫は泣く泣くだが)。
この機に乗じて学院と工房のアピールする事にしたのだ。
そして、諸国に学院と工房を使ってもらうために、今回は二つのアプローチをとる事にした。
一つは国のトップへのアプローチである。これによりトップダウンでその国の中枢に働きかけを行ってもらう。
もう一つは技術者へのアプローチである。これによりボトムアップでその国の中枢に働きかけを行ってもらう。
まずはこの線で様子を見てみようと言うことになったのである。
今回、技術者とまとめて接触できるのは、この昼食会だけであるため、そこはミリーに一任する事にし、その点については現在のところ上手くいっているようだ。
各国のトップについては、この3日間、何かと顔を合わせる訳だから今ここで慌てる必要はなく、軽く親交を深めておくに留めておこうと開き直るフィリア姫であった。それでも、この昼食会の後と明日の朝、早速いくつか会談の予約が入ったのである。
昼食会で、最も話題になったのは、やはりミリーに対する嘲笑である。だいたいの話はこうだ。
「あんな小娘に執政官が務まるものか。政の何たるかも判っていないのだろう。しかも貴族ではないとな。それではそもそも政を行う資格すらないではないかな。ほれ、見なされ。あのように下賤の者とつるんでいるのがお似合いなのですよ。お任せください、私がよい人材を紹介いたしましょう」
このような場合、フィリア姫のグラスを持つ手を、ウィルファン王子が必ずしっかりと押さえていたのはいうまでもない。
(ウィル様のこの手さえなければ、グラスの中身をこ奴らの顔にぶちまけてやりますのに)
ウィルファン王子の気遣いを、初めて恨めしく思うフィリア姫であった。
ともあれ、そのような紹介の申し出は、やんわりキッパリと断りながら、フィリア姫のストレスを溜めるという成果を残して昼食会は無事終了したのであった。
なお、ミリーの事を蔑んだ者もそうでない者も、この3日間の間に個別に会談を持った者は、ミリーの年に似合わぬ才女振りに舌を巻く事になる。
会談では、まず、相手の国を訪れた時の思い出を語り、様々な例をあげてよい国だと褒め称え始める。『放浪のミーア=リーア』の二つ名に相応しく全ての国を訪れていたのである。自国を具体的に褒められて悪い気がする人間はいない。相手との心の距離が縮まったところで、主に軍備や医療に関してその国の問題点を警戒されない程度に少しずつ指摘し、問題点を解決する手段を次々と提示するのである。そして会談が終了する時には相手は満足して帰るのだ。
こうしてミリーは、留学生や工房作業だけでなく、『天の街船』の発掘資金まで調達していったのであった。
フィリア姫は、
(ミリーの頭には、一体どれだけの情報が詰まっているのかしら)
と感心しつつ、
「晩餐会もミリーに任せておけばバッチリね」
と言うと、
「働いてください」
と一蹴され、ふてくされるのであった。
その夜の、舞踏会を兼ねた晩餐会では、フィリア姫はミリーの宣言通りしっかりと働かされた。各国の諸侯から次々とダンスの誘いを受け、休む間もなく踊り続けていたのである。その間、ウィルファン王子はやきもちを焼いていたかと思えばさにあらず、こちらはこちらで諸侯が同伴した貴婦人がたのダンスのお相手で大忙しであった。
ミリーは・・・と言うと、これが正装だと豪語していたマント姿である。髪型や髪飾りにはマーサの有らん限りの抵抗が見えたが、それでもミリーをダンスにエスコートしようという猛者は現れなかったため、ゆったりと食事と酒を楽しみつつ・・・全出席者の分析を行っていたのであった。
「疲れた・・・」
ようやく解放されてテーブルに戻って来たフィリア姫の第一声がそれである。
「まあまあ、ほら、笑顔を絶やさないで」
そう言いながらテーブルに帰ってきたのは、こちらもまたようやく解放されたウィルファン王子であった。
「それは後回しです。ともかく今は食べさせて!」
そう言いながら、皿に料理を次々と取るフィリア姫を見て、ウィルファン王子とミリーは仕方ないと笑うのであった。
そんな三人のもとに近づく二人の男性があった。
(え~っ?またぁ?やっと食べ始めたのにぃ!)
と、内心ふてくされたフィリア姫だったが、最初に声をかけたのは、以外にもウィルファン王子だった。
「叔父上!」
ウィルファン王子が声を掛けたのは、長身でややガッシリとした体格で赤い癖っ毛を肩の辺りで切り揃えた壮年の男性、王弟『アレキサンドル=ファース=モレード』公であった。
「叔父上、いつ北の砦から戻られたのですか?」
「今朝だ。だが今まで色々雑務に追われてしまってな」
駆け寄り質問を飛ばすウィルファン王子の両手を取って握手しながらアレキサンドル公が笑いながら答える。そして、ウィルファン王子の肩越しにフィリア姫とミリーを認める。
「ウィルファン。後ろのご婦人がたを紹介してもらえるのかな?」
アレキサンドル公に催促されて、ウィルファン王子は慌ててお互いの紹介をおこなった。
「やはりお二人がそうでしたか!この度は大変お世話になりましたな。国王に代わりまして御礼申し上げます」
深く頭を下げるアレキサンドル公にフィリア姫とミリーは恐縮する。とともに、いつもこうしてあの王の尻拭いをしているのかと思うと気の毒にもなるのであった。
アレキサンドル公とウィルファン王子は、他国の来賓から声を掛けられ、その応対に追われていた。他国から見ればこの国の王族で話が通じる二人が揃っているのだ。チャンスと見て相談をしてくるのである。
フィリア姫とミリーがおとなしく待っていると、
「やれやれ、これでは誰が王か判りませんな」
と言いながら、さっきまでアレキサンドル公と一緒にいた老人が二人に近づいて来る。
「申し遅れました。私、アレキサンドル様の補佐官をしております、デロン=ドロス、と申します。以後お見知り置きを」
自己紹介をしながら一礼をするデロスにフィリア姫とミリーは黙って軽く一礼をする。
デロンは小柄で痩せた老人である。大きな鉤鼻とギョロリとした目が狡猾そうな印象を与えていた。
デロンはアレキサンドル公の方を見ながら話を続けて来た。
「全く、いつもいつもゴルジア王の尻拭いをアレキサンドル様はやらされているのです。いやそれだけではなく普段の政も全てアレキサンドル様がやっているのですよ。どう思われますかな、フィリア姫。アレキサンドル様とゴルジア様どちらが王に相応しいか」
フィリア姫が返事に窮しているとミリーが助け船を出した。
「我々には貴国のありように意見を述べる資格などございませんし、しようとも思っておりません。それよりも、モルーグ王国の臣下たるあなた様がそのような戯れ言を、しかも他国の者に漏らすなど、あってよい事とは思えませんな」
デロンはミリーを忌々しげに睨みつけ、ミリーは無表情でデロンを睨みつける。睨み合いはいつまでも続くかと思われたが、アレキサンドル公とウィルファン王子が戻ってくるのが見えると
「少々戯れが過ぎたようですな」
デロンはそう言い捨てると、アレキサンドル公の元へ去って行ったのである。
「ミリー、あの男、どう思う?」
「例えて言うなら『フォルバザンの毒虫』ですね」
「害があるばかりで薬にはならぬ・・・か」
フィリア姫は少し考えて口を開く。
「ミリー、ウィル様には言ってはならぬ・・・か?」
「はい」
二人は相当に渋い顔をしていたのだろう。戻って来たウィルファン王子が心配そうに尋ねてきた。
「お二人ともどうしたのです?何かあったのですか?」
「いえ何も。それよりもお疲れ様でした。諸侯のお話は如何でしたか?」
フィリア姫は笑顔を作りウィルファン王子に話かける。ミリーも元の笑顔に戻っていた。
ウィルファン王子は二人の様子が気にはなったがそれ以上の追及は行わなかった。話すべき事があるならば、時期が来れば話してくれるだろう。そう信じたのである。
その夜、ミリーは『ガルーダ』の調整を口実に、滑走路へと移動した。現在『ガルーダ』はミリー達が到着した滑走路の施設に駐留しているのである。
「リーク、首尾はどうだ?」
「はい、バッチリです。と言ってもフランクさんに全部助けてもらったんもらったんてすけどね」
そう言ってリークが広げた地図は、モルーグ王国の首都『ペリトーラ』からフィスリニア王国との国境までのものであり、そこにはモルーグ王国の守備隊の配置が克明に記されていたのである。
「ミリーさんの頼みだと言うので、お教えしましたが・・・信じてよろしいのですよね」
フランクが心配そうに確認する。
今、この小さな部屋には、『ガルーダ』の調整を終えたミリー、フランク、ギルバート、リークの四人しかいない。
ミリーは無言で地図を睨むと、首都から国境まで数本の曲がりくねったルートを記入した。
「ギルバートさん、フランクさん、お二人にお願いがあります」
ミリーの言葉に、ギルバートとフランクはじっとミリーの顔を見つめる。
「もし万が一、ウィルファン王子をお連れしてモルーグ王国を脱出せねばならなくなった場合、このルートを使ってこの位置からフィスリニア王国へ入国してください」
淡々ととんでもない事を言い出したミリーに、当然の如くギルバートとフランクは驚きのあまり声をあげる。
「ミリー!自分が何を言っているか判っているのか!」
「あくまでも万が一に備えるだけの話ですよ。何が起こるとかそんな事は判りません」
ギルバートの荒げた言葉にもミリーは淡々と答える。ギルバートはこれ以上追及しても仕方なしと考え、質問を変えた。
「そ、そうか。あくまで万が一なのだな。ところでルートが複数あるが、これは?」
「脱出方法によってルートを変えています。陸路がこれ、『ガルーダ』がこれ、『ガルーダ』でも飛行能力にトラブルがある場合がこれ」
「そこまで考えているのか」
「備えあれば憂いなしというやつですよ」
こうして慌ただしい1日目は無事に終了したのであった。




