1-34 モルーグの事情 5
フィリア姫一行はゴルジア王への挨拶をそつなくこなした後、元のテーブルへと戻る。そして、最初に声をかけて来た老人が落ち着かなげにしているのを見て、フィリア姫が自ら声をかけて緊張をほぐしにかかった。
フィリア姫のこの辺りの話術には天性のものがあり、他愛のない会話を数分行っただけで老人の緊張はすっかり解け、会話に花が咲き、声を上げて笑うようになっていったのである。
そして、この様子を遠巻きに見ていた他の来賓も、一人二人とこの談話の輪に加わり始めたのであった。
こちらに向かって歩いてきた『ガルーダ』が会場の傍らに跪き、中からパイロットのギルバートが降りてくると会場には一斉に拍手が巻き起こった。
ギルバートは来賓に向かって一礼し、フィリア姫を認めると真っ直ぐフィリア姫達のテーブルへと近づいて来る。途中、随伴者用のテーブル(本来、随伴者はこのような席に同席する事はないが、『ガルーダ』の御披露目目的の技術者の随伴者が多数いた事から特別に随伴者用のテーブルを別途設けたのである)の横を通ったせいで、チャンスがあれば話を聞きたいと切望する技術者達を引き連れる結果となったが、ギルバートは気にしない。
「姫様!ミリーさん!よくいらっしゃいました!」
ギルバートの元気な挨拶にフィリア姫もミリーもニッコリと微笑む。
「ギルバート殿。お元気そうで何よりです」
フィリア姫がそう言いながら飲み物をギルバートに手渡す。
「おんやぁ?ギルバートさん、少し太ったのでは?久し振りの奥方様の手料理を食べ過ぎたんでしょ」
ミリーは口を開くなり意地悪な突っ込みを入れ始める。
「何を言うか。俺の女房が作る飯は栄養バランスをしっかり考えてあるから太らんのだ。それよりミリーこそどうしたんだ?すっかり可愛らしくおめかしして。いつもはボサボサ頭なのに」
ギルバートの反撃に、ミリーは困ったような恥ずかしいような顔で髪にそっと触る。今ミリーは、アップにした髪を花をあしらった大きな髪飾りで留めていた。
「いやぁ、マーサさんがすっかり張り切っちゃって・・・似合わないのに困ったもんです」
「何言ってる。よく似合っているぞ。マーサさんは趣味がいい」
「その言葉、絶対マーサさんに言わないでくださいね。これ以上張り切られたら困りますから」
ギルバートとミリーの他愛のない会話を遠巻きに聞いていた技術者は戸惑い顔を見合わせる。
ギルバートと言葉を交わそうとついて来た彼らは、目的地がミリーだと知った途端に足が止まり近づく事が出来なかったのである。これは、第一世代や継承者は恐怖心から、その他の技術者は格の違いからの行動であった。しかし、二人の様子から受けるミリーの印象が想像と余りにも異なるため、戸惑いを隠せないでいるのである。
「ところで、『ガルーダ』に具合が悪い所はありませんか?飛んでるところをチラッと見た限りでは5番スラスターの吹き上がりが若干悪いように見えたのですが」
「おっ、判るのかミリー。最近、まさにその通りでな。フランクも原因が判らす困っていたんだ」
「今、ちょっと見てみましょうか?ウィルファン様、姫をお願いしますね」
ミリーはウィルファン王子とフィリア姫に声をかけると、ギルバートと話をしながら『ガルーダ』の方へと歩いて行った。遠巻きに見ていた技術者達も距離をおいてゾロゾロとついて行く。
「エンジンかけるか?」
「いえ、作動ログを見れば大抵の事は判りますから」
ミリーは軽快に『ガルーダ』のコックピットに潜り込み、暫くしてから顔を出す。
「判りましたよ。新品部品のアタリが取れて全体の負荷バランスが微妙に変わった影響ですね。ちょっと調整すれば大丈夫ですよ。滞在中に時間を見つけてフランクさんと一緒に調整しますよ」
ミリーはコックピットから降りながらギルバートに報告し、ギルバートは「すまんな」と礼を言う。
そんな二人のやりとりを見ていた技術者の若者の一人が勇気を振り絞って恐る恐る声をかけてきた。
「あのぉ、少しお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
ミリーは申し出ににこやかに受け答える。
「えぇ、どうぞどうぞ。そんなに堅くならなくてもいいんですよ。何でも気楽に聞いてください」
このような気安い受け答えは予想していなかったのだろう。若者は一瞬驚いたあと満面の笑顔になる。ミリーも調子を合わせてニカッと笑った。
「ありがとうございます。あの、先ほどミーア=リーア様は、チラッと見ただけでマシーナの不調を看破なさいました。やはり一流の技術者と呼ばれるようになるには、一目で何でも判断出来るようにならないといけないのでしょうか?」
ミリーは、みんなの方が年上なのになぁと思いつつ、技術者のテーブルに歩みを進めながら、笑顔で受け答える。
「あれはたまたま気付いただけですよ。あんな事が出来るかどうかなんて一流の判断基準にはなりませんよ」
ミリーが否定しても若者は浮かない顔で質問を続ける。遠巻きに見ていた他の技術者は、気付いてか気付かずにか、いつの間にかミリーと若者とギルバートのすぐ周りを囲むようにして二人の話に耳を傾けていた。
「そうでしょうか。私は師匠の弟子の中でも一番どんくさくて、手際も要領も悪くて。そんな私でも師匠は第二世代の称号をくださったのです。他の弟子からは『何であいつが』と陰口をたたかれたり、『出来の悪い子ほと可愛いものな』と揶揄されたりしましたが、その時はそんなもので済みました。ですが・・・」
若者はため息をつく。ミリーには話の展開が見えてきた。
「ですが、最近、師匠が私を継承者に推挙すると言い出しまして、そうなると他の弟子達が黙っていません。『いくら金を積んだんだ?!』とか『身の程をわきまえろ!』とか『俺と勝負しろ!負けたら出て行け!』とか。師匠に直訴した者も何人かいたのですが相手にしてもらえなかったそうで。私も『何故三流の私を?』と師匠に理由を聞いたのですが『お主が適任じゃ。一流とは何かよーく考えてみぃ』と言われる始末でさっぱり判らないんです。何をしても仕上がるのは納期ギリギリで、他の弟子達みたいに一日でも早く仕上げるのを競って納期の半分で仕上げるとかそんな事出来ないのに何で・・・」
ミリーは(年下の娘っ子に人生相談とはねぇ)と内心呆れながらも、優しく答える。
「そうですねぇ。もし私があなたの師匠でもそうすると思いますよ」
「えっ?!何故なんです?」
「それはですね。えっと・・・」
と言いながら、技術者用のテーブルに着いたミリーは給仕からグラスを二つ受け取ると一つを若者に手渡した。
「例えば、こういう物の重さを計る仕事があるとしますよ」
そう言いながらミリーは手に取ったグラスを見つめる。
「ある者は手に持っただけでグラスの重さを言い当てます。別のある者は計りを使って重さを言い当てます。どちらが一流ですか?」
「それは、手に持っただけで当てる方です」
周りに集まった者達もウンウンと肯く。
ミリーはにこやかに首を振る。すると隣で聞いていた別の若者が思わず口を挟んだ。
「手に持っただけで重さを計る技術があるんだから一流と言えるでしょう?」
ミリーは給仕からもう一つグラスを受け取ると、発言した若者にニッコリとグラスを手渡しながら説明を続ける。
「では、計るの依頼したお客はどう思うでしょう?両者の結果が同じで満足出来るものであれば、お客にとってはどちらも一流なんですよ。さらに言うなら、手で計る方がその技術ゆえに結果に誤差があるとしたら、お客は計りを使う方を一流とみなし、手で計る方を三流とみなすでしょうね」
ミリーはグラスをクイッと空けると、給仕から新しいグラスを受け取る。
「つまり、一流とは、お客に満足出来る結果を与える事が出来る者の事を言うんですよ。お客にとっては過程などどうでもいいことなんですよ」
ミリーは質問者に向き直る。
「あなた達で言うなら、手際がいいとか要領がいいとか早く仕上がるとかどうでもいい事なんです。あなたは今までお客に文句を言われた事はありますか?」
「いえ、一度も・・・」
「では、他の方は?」
「たまにあるようですが・・・」
「他の方が身につけたのは『手際』ではなくて『手抜き』と言うものです。目先のものだけを追いかけてしまった結果です。技術者がもっとも進んではいけない方へ彼らは進んでしまったのです」
若者は何かを考えるように、手に持ったグラスをじっと見つめていた。そして呟いた。
「じゃあ、私がやってきた事は間違いではないのですね」
「ブレかけてたみたいですけどねぇ」
ミリーのイジワルそうな笑顔に、若者はバツが悪そうに頭を掻いた。
「でも、もう大丈夫です」
晴れやかな顔の若者に、ミリーは嬉しそうに頷いた。
「さっきは生意気に口を挟んでしまい申し訳ありませんでした」
口を挟んだ若者が深く頭を下げるが、ミリーは若者を慰める。
「何を言ってるんですか!議論や会話をする事は大切な事です。あなたは正しい事したんですよ。さぁ、料理も飲み物も沢山あります。折角だからみんなで盛り上がりましょう」
既に、ミリーと技術者達との間に壁はなくなっていた。
(ミリーは上手くやっているようね)
盛り上がり始めた技術者のテーブルを横目で見ながら、フィリア姫はほくそ笑む。
フィリア姫は今回ミリーにある課題を与えていた。それは技術者達との間に繋がりを持つ事だ。
ミリーはファウンディールの関係者に異様に恐れられている。フィリア姫はそれが計画を進める上での障害になると考えたのだ。
「しかし、ギルバートと『ガルーダ』を上手く利用したものですね」
ウィルファン王子は感心し、フィリア姫にそう囁いた。
フィリア姫は頷き、ウィルファン王子に囁き返す。
「さぁ、今度は私達が頑張る番ですよ」
そう言うと、フィリア姫とウィルファン王子は、再び諸国のお歴々に向き直るのであった。




