1-33 モルーグの事情 4
フィリア姫一行を乗せた車は、城壁の外の平民の市街地を通過中である。
市街地は、城門から真っ直ぐに延びた幅の広い大通りの両側に広がっていた。城壁に近づくほど密集する市街は無計画に建てられていったと見えて、建物の間の狭い路地は知らない者が入り込めばすぐに迷ってしまうと想像できた。
市街地に入るとすぐに、外を眺めるフィリア姫とミリーの眼差しは為政者のものへと変化した。街はうまく機能しているのか、人々の意識はどうだ、と目に映るもの全ての情報を取り込もうとしているようであった。
ウィルファン王子はその変化に感心しつつも、普通の女の子のように生きる事が許されない二人を不憫に思うのであった。
「ウィル様。あれは?」
フィリア姫が指し示したのは大通りの両側に立ち並び手を振る人々であった。しかし、その目はどんよりと生気なく濁り、手の振り方にも力がなかった。
ウィルファン王子は険しい表情で質問に答える。
「徴用された出迎えの人々ですよ。ほら、あそこで兵隊が見張っているでしょう」
言われてみれば確かにあちこちに兵隊がいるが、それは送迎車が通る時に民衆がちゃんと手を振っているか、確認のためだと言うのである。
「まさか、あの人達は、朝からずっとああしているのですか?!」
驚くフィリア姫に、ウィルファン王子は険しい表情のまま頷くのであった。
「普段は、この大通りの両側に沢山の市が建ち並んで、それは賑やかで楽しいんですよ。姫を是非案内したかったんですがね。『貧相で見苦しい物を来賓の目に入れる訳にはいけない』と言って全て撤去されてしまったんですよ」
悔しげに語るウィルファン王子に、フィリア姫は当然の疑問を投げかける。
「それでは民の暮らしに支障がありますでしょうに!」
「『3日間の辛抱』と考えているようです」
「そういう辛抱をしょっちゅう強いてる訳ですね。まぁ、いつまで辛抱出来ますことやら」
軽い調子で口を挟んだミリーの、まるで他人事だと言わんばかりの言いぐさに、ウィルファン王子は少しムッときたがミリーがさらに追い討ちをかける。
「逆に辛抱しなくていい連中が辛抱出来ないと言っても別に構わないし」
「一体どういう意味ですか?それは!」
詰問するウィルファン王子を無視するように、ミリーは無表情で黙って外を眺め続けていた。
「ミリー・・・」
「失礼いたしました」
窘めるように声をかけるフィリア姫の言葉に姿勢を崩さないまま投げやりに詫びを入れるミリーに、フィリア姫とウィルファン王子は顔を見合わせる。
「ウィル様、申し訳ありません」
「いえいえ、お気になさらずに。慣れてますから」
すまなそうに詫びるフィリア姫にウィルファン王子はにこやかに返す。
ウィルファン王子は思う。そう、この感じだ。ミリーさんと話していると、今まで親しく話していたのに突然遠い存在のように感じる事があるのだ。それは今まで築き上げてきた関係が全て嘘だと宣告されたように感じ、不安を掻き立てられるものなのである。
周囲にそんな不安を撒き散らしていることをこの少女は気付いているのだろうか?
確認する勇気もなくウィルファン王子は少し苛つくのであった。
城壁の内側に入ると突然景色が変わる。広い庭を持つ邸宅がゆったりと建ち並ぶ。
変わらないのは大通りの両側に並んだ出迎えの人々の列だ。服装からして外と同じように平民達を駆り出したのだろう、みる限り富裕層と思われる連中は一人もいない。
しゃがんでいた子供が兵隊に叩かれて泣きながら立ち上がって手を振ってくる。フィリア姫は見ていられないと言うように思わず顔を伏せ、ミリーは頬杖ついたまま平然と眺めていたのだった。
「姫」
ミリーは外を向いたままフィリア姫に語りかける。
「姫はウィルファン様の事を思い量ってそのようにしておいでなのかもしれませんが、真実から目を背けるなどあってはならない事です。真実から目を背ければ重要なシグナルを見落とし、大局を見誤り、挙げ句には失う必要のない多くの人命や大切なものを失う事にもなるのです」
「さあ、姫、顔をお上げなさい。見なくてもよい真実など何処にもありませんよ」
フィリア姫を諭すミリーの口調は、厳しいながらも最後は大層優しい物に変わって行った。
その優しさに支えられるようにフィリア姫はゆっくりと顔を上げ、しっかりと外を見据えていた。
「ミリーさんは、強くて、お優しいのですね」
思わず出てしまったウィルファン王子の言葉に、
「強い?優しい?私が?!」
と、驚きの声を上げたミリーだったが、すぐに落ち着くと、
「私は・・・ただの・・・狂った化け物ですよ」
と冗談とも本気とも付かない口調と表情で切り返したのであった。
一行が到着した迎賓館は、大きさはフィスリニア城ほどで豪華さは数十倍はあった。用意された部屋は大きな応接間といくつかの個室で構成されていた。
マーサに大急ぎでコーディネートされたフィリア姫とミリーは身支度を整えて王宮へと向かう。『ガルーダ』の御披露目を兼ねた昼食会が催されるのだ。
二人はウィルファン王子にエスコートされて会場である王宮の庭園へと赴く。
今回の滞在では常にウィルファン王子がフィリア姫のエスコートにつくことになっているとウィルファン王子から告げられた。二人の関係を内外にアピールする目的があると言うことだが、うら若い貴婦人がたの人気がウィルファン王子に集まらないようにとの、ガリアン王子を想うゴルジア王の浅慮であるのは間違いない。ただ、どんな思惑があってもフィリア姫が手放しで喜んだのは確かだった。
広くそして美しく造り上げられた庭園には、豪華な料理を並べたいくつものテーブルが設置されており、内外の数多くの来賓が既に宴を楽しんでいる最中であった。
「そう言えば姫。うちの城には庭園はありませんねぇ」
「最初はあったのよ。でもスペースの無駄だから潰して訓練場と広場にしてやったわ」
ミリーの質問にフィリア姫がそう答えると、「姫らしい」とミリーは笑った。
フィリア姫達は、取り敢えず近場の末席へ移動する。誰もフィリア姫達の到着に気付いていないようである。何故ならば、全員、空を見ていたからだ。ある者は酒のグラスを持ったまま、ある者は料理の皿とフォークを持ったまま、言葉も交わさずにポカンと空を見ていたのである。今まさに、『ガルーダ』のデモンストレーションが行われている最中だったのである。
「まぁ、初めて見る人には衝撃的でしょうねぇ」
ミリーがそう言いながら、近くの給仕の意識を引き戻す。三人に気がついた給仕は大慌てでミリーに頼まれた飲み物と軽くつまめる料理を用意する。
「『シューティングスター』を連れて来たのなら、一緒に飛んで貰えば良かったですね。あれの変型は圧巻ですから」
ウィルファン王子の言葉に、ミリーが切り返す。
「いやいや、そんな事をしたら、主役の座を完全に奪いかねません。その時のゴルジア王の顔は見てみたいですが、それはさすがにマズいでしょう」
「ははっ、確かに」
ウィルファン王子は笑って肯定する。ゴルジア王の顔は見たいと言うのも含めてである。
『ガルーダ』のデモンストレーションは程なく終了し、『ガルーダ』は庭園の一角に着陸し、こちらに向かって歩いて来た。
「皆様!如何でしたかな?!」
ゴルジア王が動き始めた来賓に向き直り、自慢げに挨拶を始めた。
「このゴルジアの守護神たる『ガルーダ』の勇姿」
『ガルーダ』はモルーグ王国のものではなく王個人のものでいるらしい。
「空を自在に駆け回るその力は世界に唯一無二!いずれの国のマシーナも我が『ガルーダ』の前では赤子も同然!」
随分と他国からの来賓に失礼極まりない物言いだが、ウィルファン王子がフィリア姫に笑いながら耳打ちする。
「空を駆け回るマシーナは他に二機もいて、なおかつその内の一機に負けましたけどね」
「ウィル様。それは言わない約束です」
フィリア姫はウィルファン王子に注意しながらも笑っていた。ミリーも口に拳を当てて笑っている。
そんな三人の存在に隣の老人がやっと気付き、暫くフィリア姫を見ていたが、その正体に思い至ると、無意識に声を上げた。
「失礼ですが、フィリア姫ではありませんか?!フィスリニア王国の!」
静かな声ではあったが、その場の人々を一斉に振り向かせるには十分であった。
「本当なのか」「なんと幼い」「同伴の少女がまさか」「信じられん」「何かの間違いでは」
会場は囁き声で騒然となり、ゴルジア王の演説どころではなくなってしまったのである。
憮然とするゴルジア王の機嫌をとるべく、三人はゴルジア王の前へと進み出る。
「父上、フィリア姫がおいでになりました」
ウィルファン王子に続き、フィリア姫が完璧な仕草で一礼を行うと、辺りから「おおぉ」とどよめきが起こった。フィリア姫は動ずる事なく、挨拶の言葉を続ける。
「モルーグ王国の偉大なる国王、ゴルジア=ファース=モレード陛下の貴き誕生の式典にお招きいただき身に余る光栄に存じます。フィスリニア王国を代表いたしまして、国主であるわたくし、フィリア=フェム=フォルニムールと、こちらに控えます次席執政官のミーア=リーア=シュタインロードがお祝いに参上致しました」
頭を下げるミリーを見て「やはり」「あれが」と、どよめきが起こる。
フィリア姫の丁寧かつへりくだった挨拶に気をよくしたゴルジア王が高飛車に振る舞う。
「ふむ、遠路ご苦労であった。二人とも幼き故、諸侯の大人の話など解らずつまらぬ思いをするかと思うが一人前になる勉強の一つと思って我慢するがよい」
『ガルーダ』修復の礼も言わぬゴルジア王に、フィリア姫とミリーは「お前より解っておるわ」と思っているが、解っているが故に「お気遣いありがとうございます」と頭を下げて大人の対応をするのであった。
因みにこの時、来賓の中にいた第一世代および継承者の面々は、ミリーの事を伝え聞いていたが故に、モルーグ王国はもう終わりだ、と震えていたとの事であった。
こうして、衆目を集める中、フィリア姫とミリーの外交デビューが開始されたのであった。




