1-32 モルーグの事情 3
モルーグ王国の首都『ペリトーラ』。
城壁に囲まれた城塞都市である。中央の王宮を囲むように国の中枢機関の建物や迎賓館などが立ち並び、さらにその外側を富裕層の邸宅や上流向けの商業施設が建ち並ぶ。
そして、城壁の外側が平民の居住区であり、平民向けの商業施設も城壁の外にあった。
ここまでの明確な差別が行われているのは、モルーグ王国の数ある街の中でもこのペリトーラだけであり、過去の極端な差別時代の名残であるのだが、未だに平民が城壁内に居を構える事は許されておらず、さらに近年は平民も城壁内に入る事が可能になったものの、王宮や中枢機関の建物がある中央部に近づく事は禁じられていたのである。
王弟のアレキサンドル公が、この悪習を排除し平民層の権利を拡大しようと働きかけを行っていたが、ゴルジア王と富裕層の反対によりなかなか実現しない事は、広く国民が知る所であった。
フィリア姫とミリーが、ゴルジア王の舞踏会に出席するためにペリトーラへ移動する手段として二つの選択肢があった。
一つは鉄道を使う方法である。フォルデベルグ王国の王都フォリストフォルンから、フェルミール王国、フィスリニア王国を経由してモルーグ王国の首都ペリトーラまで一本の鉄道が通っており、人々の重要な足となっていたのだ。
もう一つは王家の専用機を使用しての移動だ。航空機による移動は一般の移動手段としては存在しない。しかし、国によっては国のトップの外遊手段として専用機を保有し、また迎える側もそのための滑走路の施設を用意している場合があるのだ。
モルーグ王国には、諸外国の来賓を迎えてこのような宴を催す事が多いため、ペリトーラの郊外に来賓用の滑走路施設が存在しているのである。よって移動手段として専用機を使用する事にしたのであった。
出向くのは、フィリア姫とミリー、そしてドレスなど身の回りの世話をするためにマーサが同行する。
3日間開催される宴である。ドレスや髪型、装飾品など毎回変えねばならない。と言うことでマーサの張り切りようは尋常ではない。
しかし、そんなマーサにも一つだけ残念な事があった。ミリーにもドレスを用意しようとしたのだ。その場に合った格好をしないといけないと諭したのだが、ミリーからは頑なに拒否されてしまったのだ。しかも殺意と憎悪に満ち満ちた目で睨み付けられたのである。始めて見るミリーの異常な反応にマーサはしょんぼりと諦めるしかなかった。そんなマーサを気の毒に思ったのか、ミリーが髪と顔だけなら好きにいじくって構わないと提案したのである。マーサが大喜びしたのは言うまでもない。
フィリア姫達を乗せた専用機が『シューティングスター』を護衛機としてペリトーラの郊外の滑走路に到着したのはお昼前の事であった。
「意外に来賓は多いのね」
既に到着済みの各国の専用機が多く見受けられる事にフィリア姫は軽く驚かされる。
専用機のタラップを降りると、少女達が近寄って来て歓迎の言葉と共に花を編んで作った首飾りをかけてくれた。少女達は、来賓が自分達よりも若い少女達であることに驚いている様子である。
その後、滑走路の施設に入ると、なんと出迎えにはウィルファン王子が来てくれていた。フィリア姫の喜びようは半端ではない。
ウィルファン王子にエスコートされてフィリア姫とミリーは豪華な送迎車に乗り込む。送迎車の客席はテーブルを挟んで前後にソファーが置いてあるボックス席になっており、フィリア姫とミリーが最後部のソファーに並んで座り、ウィルファン王子はテーブルを挟んだ反対側の席に座った。
マーサは荷物と共に別の車に乗せられた。因みにリークと専用機のパイロットは滑走路の施設でお留守番である。もっともリークにはミリーから内密にある任務も課せられていた。
「ウィル様。各国の来賓が多いのには驚かされました。これも国王陛下の人望の賜物なのですか?」
送迎車が迎賓館に向かう車中でフィリア姫が質問する。
「ははっ、まさか」
ウィルファン王子は客席が防音である事をいいことに、口に絹を着せない。
「普段、父上が舞踏会を催した時に来る来賓は、殆どが舞踏会は二の次。一番の目的は叔父上との実務協議です。公式非公式を問わずにね。費用こっち持ちですから先方としては協議したい事項がある場合この機会を逃す手はない訳です。叔父上もそういう協議の機会になれば舞踏会の費用も無駄ではないと考えています。普段、舞踏会で一番忙しいのは協議三昧の叔父上なんです」
「叔父上様は大変なのですね」
フィリア姫の感想に、ウィルファン王子は「普段は、ね」と言うと、含み笑いをしながらフィリア姫とミリーを交互に見やる。二人は意味が判らず話の続きを待った。
「今回は、色々と違うのです。招待した国からは全て出席の返事を頂きました。これだけでも異常なのにさらに招待していない国からも出席したいとのオファーが多数ありました。父上は自分の人徳だと威張ってますがそんな訳がありません」
さらりと酷い事を言うウィルファン王子である。
「そして彼等の全てが技術者を同伴させているのです」
さあ、どうです?と言いたげなウィルファン王子の瞳にミリーが答える。
「『ガルーダ』、ですね」
ウィルファン王子の顔がパッと明るくなる。
「そのとおりです!『ガルーダ』の性能が飛躍的に向上したと言う情報は世界中に広まっています。その性能がどれ程のものであるのか、各国としては今後の戦略の計画ためにも情報を集めておきたい、と言う訳です」
「ウィル様、大変そうですねえ・・・」
フィリア姫は呑気な声でウィルファン王子に同情の声をかけ、ミリーは頭を抱えていた。その対比が面白くて、ウィルファン王子はつい吹き出してしまう。
「さすがにミリーさんは判ってらっしゃいますね。よいですか姫。今回こぞって参加している各国のターゲットは・・・」
ウィルファン王子はフィリア姫の顔を覗き込むように顔を近づける。
「あなた方なのですよ」
事態を理解したフィリア姫の顔が引きつる。
「『プロトタイプ』の整備はよくて現状維持です。性能アップなんて聞いた事がありません。それが性能回復であったとしてもです。各国はその力を持ったフィスリニア王国と接触をしたいが国を訪問するには敷居が高い。そう悩んでいるところでの舞踏会、気軽に接触するチャンスなのですよ。大変かもしれませんが、工房をアピールするチャンスだと考えましょう。何か問題でも?」
何時までも浮かない顔のフィリア姫に、ウィルファン王子が心配そうに尋ねかける。
「いえ、せっかくモルーグ王国に来たのですから、ウィル様にのんびりと案内してもらおうかな~、なんて」
そう言いながらミリーをチラッと伺うフィリア姫に、ミリーは「だめっ!」と即答であった。
そんな二人のやりとりに笑みを浮かべながらウィルファン王子は思わぬ方向に攻撃の手を伸ばす。
「そうですよ、姫。ミリーさんはただでさえ忙しいんですから仕事を増やしてはいけません」
これにはミリーが「へっ?!」と声を上げて驚く。
「今、ここに来ている技術者の一番の関心は、ミリーさん、あなたに集まっているんですよ。もう何年も姿を隠し続けた伝説の継承者が現れたのですからね」
今度はミリーが引きつる番であった。
「えと、あの、その・・・」
「ダメです!ちゃんと相手をしてあげてくださいね。ずっと皆さんに尋ねられまくったのですよ。話かけても大丈夫だろうかとか、どんな話なら怒られないかとか・・・私があなたと話した事がある貴重な存在と言う事でね」
ミリーがすがるような目で見つめてくるが、ウィルファン王子は敢えて心を鬼にする。
「姫のためです」
その一言にシュンとなるミリーであった。
ウィルファン王子は思う。
この二人の少女はこうしていれば普通の可愛い少女なのだ。一体どんな運命の女神が彼女たちを苦しめるのだ、と・・・
三人を乗せた送迎車は、城壁の外の平民の市街地へと差し掛かった。




