1-31 モルーグの事情 2
『ガルーダ』と『プテルス』の模擬戦は続く。
地上から見た戦いは、まるで二羽の鳥が空中で喧嘩をしているようであった。それ程までに二機は自在に動き廻り空を支配していたのだ。
見物人の殆どが『プテルス』の性能に驚きの声を上げる中、ウィルファン王子とフランクは『ガルーダ』の性能に驚きの声を上げる。両者の違いは単純だ。両者とも普段見慣れた物の変貌ぶりに驚いているだけである。
ウィルファン王子は、『ガルーダ』が予想以上の強大な力を得た事を、喜ぶと共に不安にも感じていた。
モルーグ王国の好戦的な連中がこれをキッカケに新たな戦争を起こすのではないか、という不安である。
己の未熟な心や力量に分不相応な力は邪な感情と欲望を巻き起こす。これは個人と国家いずれにも言える事だ。
この懸念については、学院と工房の開放に絡んでフィリア姫と何度か話をした事がある。しかしその時は他国家が前提であった。しかし今、その懸念が自分の国家のものとなっているのだ。
(フィスリニア王国なら、こんな懸念とは無縁なのにな・・・)
ウィルファン王子は無意識にフィスリニア王国とモルーグ王国を比べている自分に苦笑する。永くこの国に滞在したせいだろう。モルーグ王国が耐え難いカビ臭さにまみれた国だと感じて仕方がないのである。
『ガルーダ』は螺旋状に背中向きに急降下しながら『プテルス』に銃撃を行う。『プテルス』も銃撃を行いながら『ガルーダ』に接近しようと加速する。その絶妙なタイミングを見極めた『ガルーダ』が急上昇に転じ『プテルス』の背後をとることに成功する。
「よし!加速力はこっちが上だ。力業で引き離される事はない!この距離を保てば急制動にもついていけるはずだ!」
ギルバートがそう思った瞬間、『プテルス』がまたも想定外の行動に出る。
主翼が根元からくるりと180度回転し主翼の上下が逆になり、前進翼から後退翼に変化したのである。そして主翼をすぼめて空気抵抗を減らし、一気に加速して『ガルーダ』を力業で引き離したのだ。
「嘘だろ・・・おい・・・」
一瞬茫然としたギルバートだったが、すぐに気を取り直して追いかける。
「もう、何があっても驚かんぞ」
大抵、そうした誓いは果たせないものである。
「ねえ、マイケル様ぁ?」
『プテルス』の機動性に、珍しく呆気にとられているミリーが、珍しく間の抜けた声でマイケルに訊ね掛ける。
「なんじゃな?ミリー」
『プテルス』の性能を知らしめる事が出来たマイケルはご機嫌で返事をした。
「あんな芸当、誰にでも出来るんですかぁ?」
間の抜けた声のままミリーの質問は続く。
「はっはっは。リークの能力の賜物でもあるな」
パイロットであるリークを持ち上げる事も忘れないマイケルである。
「リークは『シューティングスター』のパイロットですよねぇ。リーク以外にあそこまで出来る人は誰ですかぁ?」
「・・・いや、誰もおらん・・・」
「じゃあ、宝の持ち腐れってヤツですかぁ?」
「・・・・・・」
「早く後任のパイロットを育成してくださいねぇ」
「・・・判った・・・」
最後は締まらないマイケルであった。
どちらも決定打を欠いたまま、模擬戦もそろそろ予定時間を終わろうとしていた。
「どうです?最後の一勝負といきますか?」
「よし、いいだろう」
リークの提案にギルバートが乗った。
「ではっ!!」
リークは後退翼にした主翼をすぼめて、訓練場目掛けて真っ逆さまに急降下を始めた。ギルバートも負けじとこれに倣う。
観客は一気に盛り上がり、マイケルは「無茶をするな!」と注意を飛ばす。
最初に『プテルス』が限界と思われる高度で、スラスターをふかし前進翼に変化させた主翼を広げて降下速度を抑えてスレスレで地面を滑るように飛び、さらに地面を蹴って城に向かって飛んだ。
『ガルーダ』は広げた翼とスラスターで降下速度を落とし、訓練場に着陸すると同時に銃を『プテルス』に向けた・・・ハズだった。だが、銃の先にあるのは城の壁だけだった。『プテルス』の姿が忽然と消えたのである。
「きっ、消えた?ばかな!」
ギルバートは周辺を見回すがどこにも『プテルス』の姿がない。しかし、
ダン、ダン、ダン!
『ガルーダ』に着弾の振動があった。着弾痕の方向からすると城の方向からだがやはり『プテルス』はいない。
「どこだ?!」
ギルバートは必死に『プテルス』を探すうちに、あること気が付いた。観客達がある一点を茫然と見つめているのだ。
ギルバートは彼らの視線に釣られるようにその一点、城の壁を凝視し、やっと気付いたのである。
『プテルス』はそこにいたのである。
『プテルス』は城の石造りの外壁に、その脚の爪でへばりつき、さらに『プテルス』で隠れた部分の壁の模様を、『プテルス』の表面に投影していたのである。そして頭だけを持ち上げてガンポッドで『ガルーダ』を打ったのだ。
「ぎ、擬態だと?!こんなの生まれてから今まで聞いた事ないぞ!!」
ギルバートは驚きのあまり声を上げる。先の誓いから十分も経っていなかった。
「まったく、奥の手まで見せんでも良かろうに・・・」
ぼやくマイケルを、フィリア姫を始めとする周りの人々が呆れた目で見つめたのは言うまでもない。
こうして、『ガルーダ』の最終テストは無事?終了したのであった。
その夜は、ウィルファン王子達の送別の宴が催された。翌朝には、数日後に開かれるゴルジア王の誕生日を祝う舞踏会に間に合わせるためにこの城を出発するからである。
送別の宴は、広場で篝火を盛大に焚いて行われた。予定では歓迎の宴を開いた規模で行うはずだったが、この滞在中に知り合いとなった者達がこぞって参加したいと訴えたため予定変更となったのだ。ウィルファン王子達三人は、この城で数多くの友人を獲得していたのである。
宴が始まると、三人の元へ次々と人々が別れの挨拶をしに集まって来た。他の宴であれは辟易とする所だがこの場ではそうではなかった。一人一人の顔を見れば思い出が湧き上がるのである。嫌である筈はなかった。
挨拶の喧噪が通り過ぎ、三人もひと息つけるようになった時、会場をぼーっと眺めていたフランクがポツリと呟いた。
「メイシーも連れて来てあげたかったな・・・」
フランクは仲良し四人組のなかでただ一人留守番となっていたメイシア=リームゼンの事を思い出していたのだ。
「なーに。何時でもお前が連れて来てあげればいいじゃないか。この城の連中ならきっと歓迎してくれるぞ」
ギルバートは冷やかし半分てそう言ったが、フランクは気付く様子もなく返事をする。
「そうですね。旅費を貯めて是非」
この後、フランクの願いは予想もしない形で実現し、さらにフランクとメイシアの人生を大きく変える出来事に発展しようとは、今のフランクが知る由もない事であった。
ウィルファン王子はようやくフィリア姫の隣に落ち着く事が出来た。何時も一緒にいたのだから今さら一緒にいなくても、と思うのだが二人ともお互いの側にいるのが落ち着く様である。
「ずっと一緒にいるのが当たり前のようになっていましたから、離ればなれになるのが辛いです」
珍しくしおらしいフィリア姫であるが、一応これは地らしい。
「1日も早く戻って来れるように、父上に働きかけてみましょう。あの父上の事ですから喜んで話を進めると思います」
ウィルファン王子も言うようになったが、地なのかこの城の影響かは定かではない。
「ところで、父上の舞踏会の招待状が届いたと思いますが、どうします?」
「もちろん行きます!当然ウィル様に会いに!」
「楽しみにお待ちしてますよ。叔父上にも是非紹介しますよ」
父や兄が出て来ない所が見事である。
「ところで、同行者はどなたが?」
「ミリーが同行する事になっています」
ウィルファン王子が一瞬複雑な表情をしたのをフィリア姫は見逃さなかった。
「ウィル様はミリーの話が出ると決まってそういう表情をなさるのですね。ミリーがお嫌いですか?」
「いや、そういう訳ではないのですが・・・結局、最後までよく解らない人だったなぁ、と・・・」
ウィルファン王子はミリーとちゃんと話をしないといけないと考えていた、が叶わなかった。うまくはぐらかされたのだ。
ウィルファン王子の言葉にフィリア姫は軽く頷く。
「ミリーの事は私もよく解りません。でも私はミリーを信頼していますし、ミリーも信頼によく応えてくれています。ミリーの事を解っていなくても知らなくても、今はそれでいいと思っています。それに・・・」
フィリア姫はその表情に影を落としながら続ける。
「それに、ミリーの事を知ってしまったら取り返しのつかない事になる、そんな嫌な予感がしてならないのです」
フィリア姫の言葉にウィルファン王子は無言で頷く。ウィルファン王子も同じような不気味な予感を感じていたのである。
翌朝、ウィルファン王子達三人は、フィスリニア城を後にした。出立に際しては、城、学院の全ての人々、村人までもが見送りに来てくれた。三人は皆に大きく手を振りながら城を後にした。
三人は、帰路の間、この3ヶ月の間の思い出話に花が咲いた。また、途中の土地の説明をウィルファン王子が後の二人に行った。モルーグ王国の話は一切出なかった。
国境を越える時、三人は無言だった。
これからまた、権力と欲望で腐敗したモルーグ王国での日々が始まるのだと思うと憂鬱になってくるのだ。
最初に口を開いたのはウィルファン王子だった。
「僕には予感がするんだ。僕達は皆きっとまたあの城に戻るって」
ウィルファン王子の言葉にフランクが続ける。
「その時は、メイシーも一緒にお願いしますね」
フランクが気にかけるのは、事情も知らない連中から『血塗ろの看護師』と不名誉な二つ名を付けられ、肩身の狭い思いをしている可哀想なもう一人の仲間、メイシア=リームゼンの事であった。
そんな彼等を乗せたトレーラーは、モルーグ王国の深部へと吸い込まれて行ったのである。




