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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
30/311

1-30 モルーグの事情 1

 時ならぬ屋上でのドンチャン騒ぎは、城内と学院の間でちょっとした評判になっていた。

 宴に出ていた者全員が翌日は喉を枯らしていた程の大騒ぎであり、しかもこの国のトップ達の所業だ。評判にならぬ訳がない。

 ただ、評判になったのは別の理由もあった。宴に出ていたトップ達の雰囲気が変わった、目つきが凛となり所作もキビキビと自信に溢れているように見えると言うのである。

 この変化の説明は簡単につく。彼等が共有する大きな目標、自分達が進むべき道がハッキリしたのだ。しかもその道は険しいながらも崇高で大きなものだ。雰囲気が変わって当然だろう。




 宴の翌日から皆、それぞれの目標に向かって邁進していく。特にモルーグ王国から来た三人と『ガルーダ』に関わる人々は、3ヶ月というリミットがあり大忙しとなった。


 ウィルファン王子は、フィリア姫と共に国中を飛び回り、フィスリニア王国の全てを学びとろうとしていた。特に『(あま)街船(まちふね)』へは3日に一度は訪れ最新の状況を確認する程の熱心さを見せていた。


 フランクは、マイケルとボルトから『ガルーダ』の全てを叩き込まれていた。「もうこれ以上、頭に入りません」と泣き言を言っても無駄である。

 マイケルからは「バカ、ボケ、のろま」と事あるごとに罵られ続け、何度ももう投げ出したいと思ったが、ギルバートの悲惨な状況を見て、俺の方がまだましと、踏ん張っていたのである。

 しかし、マイケルのフランクに対する評価は言葉とは裏腹にすこぶる高いものだった。飲み込みの速さ、理解力の高さはピカイチである。トラブルに対する判断も的確であり申し分ない。これほどの者が称号なしに甘んじているなど普通なら考えられない事だ。

 マイケルは思わぬところでモルーグ王国の廃退した一面を垣間見た思いがした。


 ギルバートは、初日から地獄をみていた。朝食をとってはいけないと言われた時に、理由は判らないが嫌な予感はしていたのだ。まずはリークが操縦する『プテルス』に搭乗して飛行に慣れる、と言われた時には「普段『ガルーダ』で飛行しているのに何をいまさら」と、思ったのだ。しかし、しかし・・・

「リ、リーク君!これは私をいじめてないか?」

「えっ?何がです?」

「こんな加速や急制動、普通はやらないよな!」

「いえ、ギルバートさんが初めてなので、かなり優しく飛んでますが・・・これ位は鼻歌混じりで景色を楽しんでいただかないと・・・」

「?!?!?!?!?!」

 旋回する度に息が詰まる。機首を少し下げるだけで真っ逆さまに墜ちるような錯覚を覚えてやはり息が詰まる。胃の中に何か入っていたら何度も辺りにぶちまけていた状況に、口の中は胃液の味でいっぱいになっていた。


 地上に戻ってもギルバートは身体が揺れまくってうまく『プテルス』から降りる事が出来ない。それを見越してか既に数人の介助が待機していた。そして、用意されていた椅子にすぐ腰掛けると、もう一度リークに訊ねた。

「なぁ、本当に俺をいじめてなかったか?」

「憧れのギルバートさんにそんな事するわけないじゃないですか」

 にこやかに返事をするリークを見ながらギルバートは思う。

(嘘だ!絶対嘘だ!フィスリニアの連中はにこやかに人をいじめるような奴ばかりだ!)

 そんなギルバートに背を向けたリークがペロリと小さく舌を出したのを、ギルバートが知る由もなかった。

「これが昼間ずっと続くのか・・・」

 うなだれるギルバートにリークが追い討ちをかける。

「夜間訓練もありますよ」

 ギルバートはリークを見返す元気もなく、うなだれたまま、ボソッと呟いた。

「俺はいつ飯を食えばいいんだ?」


 『ガルーダ』の操縦にこんなハードな訓練が必要なのか?と、初日からずっと疑問に感じていたギルバートだったが、数日後に完成したシミュレーターでの訓練が始まってその疑問が払拭された。

(これが『ガルーダ』の本来の姿なのか!これではマイケル殿が怒るのも無理はない)

 それからの実機訓練でギルバートは決して弱音を吐くことはなかった。弱音を吐いたら愛機である『ガルーダ』に合わせる顔がないと言うのが一番の理由だった。

 その思いとリークの特訓(いじめ?)の甲斐あって、3ヶ月後には急激な機動も鼻歌混じりに出来るようになっていた。

 自分の限界を知るためにブラックアウトやレッドアウトも何度も体験した。しかしこの訓練でギルバートが一番驚いたのはリークの能力だ。ギルバートがブラックアウトやレッドアウトを起こす状況でも平気なのである。だからこそ、この訓練で操縦桿を預けられるのだが。




 そして、3ヶ月後、なんとか間に合う形で『ガルーダ』のオーバーホールが完了した。飛行を含む基本動作テストを行い、ギルバートはこれまでの訓練が無駄ではなかった事を実感し、周りに証明した。


 そしていよいよ、最終テストの日となった。これで問題がなければ、ウィルファン王子達三人は、モルーグ王国への帰路につく事になるのである。


 この日は雲一つなくよく晴れて、絶好のテスト日和となった。

 最終テストの内容は『プテルス』との空中模擬戦闘である。

 周囲からは「『シューティングスター』の方がマシーナ同士でいいんじゃないか?」という意見が大多数だった。戦闘機の『プテルス』では相手にならない、格が違うと言うのだ。

 しかし、そう言う者は大きな間違いを犯している。

 『プテルス』はその容姿から戦闘機と認識されがちだか実は違うのである。

 『プテルス』は、鳥を、敢えて言うなら猛禽類を模した空対空および空対地戦特化型のマシーナなのである。

 その機動力は並みの戦闘機など足元にも及ばない。空の上で『プテルス』に対抗出来るのは『ガルーダ』位である。そもそも、『ガルーダ』の開発に関わったマイケルが作ったのが『プテルス』なのだ。『ガルーダ』の開発データが存分に活用されているのは自明の理である。

 ただ、『プテルス』自身も空対空高機動戦闘の経験はない。今まで相手がいなかったからだ。マイケルはこのテストでコッソリと『プテルス』のデータも採ろうと企んでいたのだった。しかし、ミリーには顔を合わせた時に「一石二鳥ですね」とニヤつかれてしまった。ミリーにはバレバレだったのであった。




 『ガルーダ』はここへ来た時と同じように、訓練場に立ちテストの開始を待つ。

 ギルバートはコックピットの中から辺りを見回す。

 訓練場の周りの観覧席には見物人がひしめき合っていた。今日は学院の休校日なのだ。学院生がこぞって見物に来ているのである。ちゃっかりと屋台を出している村人もいるくらいだ。

 そしてメインの観覧席には、ウィルファン王子やフランク以外にも、ここで仲良くなった人達みんなが見に来てくれていた。口々に「頑張れ!」と声援してくれている。本当によい城よい国だと思う。それに引き換えモルーグ王国は・・・

「いかん、いかん。集中、集中」

 ギルバートは拳で頭を叩く。


 『プテルス』は滑走路で開始時刻を待っているはずである。


 ギルバートは、さっきのミーティングを思い出していた。

 戦闘は銃撃戦が基本となる。実弾が使えないのは当然だが粉末弾も使えない。戦闘が上空になるため当たらなかった弾は当然地面に落ちる。これでは地上の人々に危険極まりない。

 そこで弾には水が使用される。

 水を発射する特殊な火器を使用し、それぞれの機体には着水で色が着く特殊な薬剤を塗布して着弾を確認するのである。要するに水鉄砲による模擬戦だ。射程は短いが、これならば弾が外れても地上に落ちるころにはただの雨だ。


 マイケルからは、お互いに熱くなりすぎて事故を起こさないようにと念入りに注意された。特にギルバートは、

「『プテルス』には、これまでに見たことがないような挙動をさせる。慌ててパニックにならんようにするんじゃぞ」

 と念を押される。

 ギルバートが頷くと、リークがマイケルに嬉々として確認をとっていた。

「じいちゃん。本当に何をやってもいいんだよね?」

「ああ、じゃが目的はあくまでも『ガルーダ』のテストだということを忘れるんじゃないぞ」

 リークはギルバートに向き直るとニカッと笑ってこう言った。

「ギルバートさん、負けないからね。ビックリし過ぎて落っこちないでよ」




 テスト開始時刻になった。『ガルーダ』は翼を広げ、高度五千メートルを目指し垂直に急上昇していく。

 ギルバートは滑走路の方に目を移すと、『プテルス』も機首を上に向けて垂直に急上昇していくのが見えた。『プテルス』は先尾翼でかつ主翼は前進翼になっている。主翼は根元から4分の1くらいの所で折れておりガル翼のような外観であった。そのため、旋回能力は高いがスピードはさほどでもないとギルバートは踏んでいた。従ってそこに付け入る隙を見いだそうとしていた。

 高度五千メートルに先に到達したのは僅かの差で『ガルーダ』だった。両者、ホバリング状態で相対する。


「では、始めますよ」

 リークが無線で宣言した直後、それは起こった。

 『ガルーダ』に機首を向けていた『プテルス』が右に傾いたと同時に大きく一度羽ばたくやいなや、機首を『ガルーダ』に向けたまま一気に横滑りで『ガルーダ』の側面に回り込んだのだ。

「はっ、羽ばたいた?!」

 ギルバートが驚くのも無理はなかった。この3ヶ月、ずっと訓練で使用していながら一度もそんな事はなかったのである。そして羽ばたきとスラスターの効果でこれまで見たことがないような加速を見せたのだ。


「確かに触ってはいけないスイッチやレバーが色々あったな」

 なんて事を述懐している暇はなかった。『プテルス』のガンポッドが火を噴く・・・いや、水を噴く。

 『ガルーダ』もスラスター全開で『プテルス』のコックピットの上の位置へ一気に滑り込み銃撃を加える。『プテルス』のガンポッドはコックピットの下にあるため、そこが死角なのである。しかし『プテルス』は翼とスラスターを器用に使い銃撃をかわし機体の上下を反転させ逆に銃撃を加えるが『ガルーダ』も負けじと『プテルス』に突っ込み、『プテルス』の胴体下部に銃を突きつけた。


「取った!」

 と確信した次の瞬間、ギルバートはさらに信じられないものを見た。

 蹴られたのである。

「ただの着陸脚じゃないのか!」

 着陸脚と思っていたものは実は普通に脚として機能したのだ。しかも4本の爪が物を掴めるように付いており、危うく銃を掴み取られる所だったのである。『ガルーダ』も『プテルス』も一気に後退し、一呼吸を置く形になった。


(さて、このあとどう動くか・・・)

 お互いに戦術を巡らすのであった。


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