1-29 それぞれの想い
「ミリー、お前も眠れないのか?」
アルベルトは声をかけながらミリーに近づき、隣に腰を降ろす。ミリーは小さく「うん」と返事をしながらも目は空を見つめたままだった。その表情はたいそう幼く見えた。アルベルトも釣られるように空を見上げた。
空には雲一つない。座ってしまえば学院の窓の灯りも視界に入らない。目に飛び込んでくるのは、満天の星明かりだけだ。
「二人でこうして星空を眺めるのって、あの時以来だな」
あの日・・・行方不明になり山中を彷徨い歩いて傷だらけになったミリーを探し出したのは自分だった。その時、二人の師匠達による救出を待つまでの間、二人で山道で寄り添うように座り込んで星空を眺めていたのだ。それからだった。ミリーが自分に心を開き、すがるように腕にしがみつくようになったのは・・・
「アル様」
空を見上げたまま、ミリーがポツリポツリと呟き始める。
「私、お師匠様に引き取られるよりも前にね。ずっとこう思っていたの」
アルベルトは驚く。ミリーが自分から過去の事を話すなどなかったからだ。アルベルトは軽く頷き、ミリーの次の言葉を待った。
「お星様は神様の目だって。沢山の神様の目だって」
可愛いらしいロマンチックな想像だなと微笑みかけたアルベルトの想いは、続くミリーの言葉に打ち砕かれる。
「私の事を冷たく見下ろす目。何故生まれてきたと責め立てる目。そんな目が、何千何万という目が私を責め立てるの」
ミリーの表情が、段々と苦渋に満ちたものへと変わっていく。
「だから私は星空が嫌いだった!だから私は星空が恐ろしかった!一晩中、雨に打たれ続けていた方がマシだった!一晩中、雪に埋もれて凍えかじかんでいた方がマシだった!熱い日差しに焼かれ続けていた方がマシだった!」
ミリーは虚空に手を伸ばし何かを掴もうとする仕草をとった。目からは涙が溢れ出ていた。
「それでも星空の夜は、星に神様に向かって訴え続けたの!」
「どうして死なせてくれないの?!どうして殺してくれないの?!お願い!死なせてよ!殺してよ!どうして!どうして私は」
「おお!先客がいたか!」
最悪のタイミングで屋上へ上がって来た者がいた。オズワルド達だ。
一瞬で我に返ったミリーは急いで涙を拭き取り、アルベルトにしがみつき泣きそうな声で懇願する。
「お願いです。今の忘れてください。後生ですから。忘れてください」
ミリーは動揺していた。何故こんな話をしてしまったのか判らないようだった。
アルベルトはミリーに話しかけようとしたが、ミリーに押し止められる。
「おーい!」
ミリーがいつもの笑顔でオズワルド達に手を振る。さっきまでの悲壮感はもうどこにもなかった。
「おっ、すまんな。二人でいちゃついている所を邪魔したか」
「なーに言ってんですか。二人っきりじゃなくても何時だっていちゃついてますよーん」
そう言って腕にしがみつくミリーの力はいつもより強かった。
「どうしたんですか?お揃いで」
「いやぁ、みんなで敵さんを探してみようと言うことになってな」
ミリーの質問にオズワルドがスニーキー隊の部下達を見回しながら答える。オズワルドが「部下達にも簡単に説明をしておきたい」と言うので秘密厳守を条件に許可したのだ。その説明が終わった所で「じゃあ敵を見に行こう」となったとの事である。同じようにウィルファン王子も今頃ギルバートとフランクに説明をしているはずである。
スニーキー隊の面々は全員揃って、あれはどうだ?こっちじゃないのか?と、大騒ぎしながら移民船を探している。そのうち、「俺達はここにいるぞー!」「どうしたー!かかってこーい!」と空に向かって大声で挑発を始めるのであった。
「移民船が今、上空を通過しているかどうかも判らないのに、全く」
ミリーが呆れ顔でぼやく。
「一体、何の騒ぎだ?」
やがて、騒ぎを聞きつけたフィリア姫や、シオン、リークまでもが屋上に上がって来てしまったのだった。
「どうせなら、このまま宴会にしちまいましょうや。奴らに『貴様等なんか屁でもねぇ!』ってとこを見せつけてやるんでさぁ。おい!お前ら!マーサに言って酒と食いもんを用意させろ!ウィルファン様達もお呼びしろ!」
オズワルドが場を仕切り、スニーキー隊の面々が走り回る。
「隊長はマーサさんに怒られるのが怖いから自分で行かないんですよ。きっと」
ミリーの耳打ちにフィリア姫は納得する。
そして、屋上で星を見上げての宴会が始まった。
マーサがブツブツ言いながらも、色々しっかりと用意してくれたのだ。さすがマーサさん、と皆は感謝し大騒ぎの大宴会になったのである。
フィリア姫は思う。本当に良い仲間が集まってくれた。ともすれば暗くなりがちな状況を知っても、こうやって逆にパワーに変えてくれるのだ。この仲間達ならばきっとやり遂げてくれるだろう。フィリア姫は胸の奥が熱くなるのを感じた。
「あれがそうかな?」
夜空を見つめていたミリーが一点を指差すと、皆がどこだどこだと探し始めた。
「ほら、子馬座から海鷲座に向かってゆっくり動いていく小さな点があるでしょ」
一同が、「見えた!」「どれだ?」「あれか?」と大騒ぎする中、ミリーがポツリと呟く。
「そう言えば、星座の名前も第一世代達が付けたんですよね」
「奴らは何でも自分のものにせんと気が済まんのだ」
オズワルドが憤慨する。
「宇宙もここも、てめえらのもんじゃねぇぞぅーっ!」
誰かが大声で空に向かって叫んだ。そしてその叫びは木霊のように集まった人々によって何度も繰り返されたのである。
少年はボンヤリと窓の外を眺めていた。この窓からの景色があるからこそ、居住区のはずれの不便極まりないこの建物を住居に定めたのだ。
窓の外には丸い『ネオ=テラ』が広がっていた。1日に数回この窓から『ネオ=テラ』を眺める事ができるのだ。
生憎と今は夜の面を通過中であり、昼の面のような煌めく美しさはない。しかし目の前には今憧れの大陸が広がっているのだ。それだけでも眺めている価値はある。
「サーエイ様。こちらにいらしたのですね」
「『ネオ=テラ』が見える時間帯は、ここにいるのが僕の日課だよ。そうだろ、リナイア」
少女が微笑みながら問いかけ、少年も微笑みを返しながら返答する。
サーエイと呼ばれた少年は、ショートカットの輝くような銀髪と童顔ながらも鋭い青い目が特徴的であった。
リナイアと呼ばれた少女は黒髪のショートボブに四角い眼鏡の愛らしい少女である。
二人とも14歳であった。
「お茶をいれますね。サーエイ様」
リナイアがティーカップを用意しようとするのを、サーエイが止める。
「いや、取って置きの果実酒があっただろ。あれにしよう」
リナイアは驚きの表情でサーエイを見つめた。果実酒は大崩壊以降作られていない、大変貴重な物だ。
「サーエイ様。何か良い事でもあったんですか?」
リナイアは期待に満ちた眼差しでサーエイを見つめる。サーエイの喜びはリナイアの喜びでもあった。
サーエイはフフンと勿体ぶった表情でリナイアを焦らす。サーエイが嬉しい事をリナイアに告げる時の癖である。
「実はね。今日、トゥエル様から正式に通達があったんだ。次の植生調査から私も行う事になったってね」
リナイアの表情が徐々に感動と喜びに満ちていく。愛らしい目を大きく見開いて子供のように大騒ぎを始めた。
「す、すごい!すごいすごい!!すごいじゃないですかぁ!」
リナイアが手を叩きながら飛び跳ね続ける。
「『ネオ=テラ』の植生調査って言ったら、今は20ナンバーズが担当ですよね!それを30ナンバーズのサーエイ様が担当なさるなんて!大抜擢ですよ!すごいですよぉ!」
興奮が冷めないリナイアが今度は泣き始めると、サーエイはリナイアに寄り添い頭を撫でる。
「全く、そこまで興奮しなくてもいいだろ。ところで果実酒の用意はまだかな?」
「申し訳ありません。ただいま用意します」
ようやく落ち着きを取り戻したリナイアが果実酒の瓶とグラスを一つ用意すると、サーエイは咳払いを一つしてリナイアに指摘する。
「グラスは二つ、リナイアの分もだよ」
「えっ?!私もよろしいんですか?」
「当たり前だ」
二人は、窓のそばのソファーに並んで腰掛けると、お互いと、それから窓から見える『ネオ=テラ』に乾杯をし、いつものように二人で『ネオ=テラ』を眺めるのだった。
「調査はいつ出発なのですか?何日掛かるのですか?お留守番は任せてくださいね」
少し寂しそうな表情を見せるリナイアに、サーエイは怪訝な表情を見せる。
「何を言ってるんだ。お前も一緒だ。二人で行くんだ」
「えっ?!私もですか?ナンバーズでもない私なんかが、ご一緒してもよろしいんですか?」
「当たり前だろ。リナイアは僕の大事なパートナーなんだから」
「あ、ありがとうございます」
リナイアは頬を赤く染める。果実酒のせいか、別の理由があるのかは判らなかった。
「本当に行けるんですね、ずっと夢見てた『ネオ=テラ』に」
リナイアが『ネオ=テラ』を見つめながら感慨深げに呟く。
「出発はまだまだ先だ。数ヶ月先になるだろう。色々と準備も必要だしな。期間は最初は十日程度になるだろうな。そして、我々に課せられたのはとても重要な任務になる」
サーエイの言葉に、リナイアの顔が引き締まり、周りの人々から有能なパートナーと賞賛されるいつものリナイアに戻る。
「今回の任務は、新しい食糧となる作物の調達だ。知っての通り、増加する人口に対して食糧の生産が追いついていない。慢性的な食糧不足を打開するために作付け効率が高い植物を生産ラインに乗せたい、いや乗せなければ『リバティ16』は立ち行かなくなる」
「重要で難しい任務ですね。作物とされている植物は過去の調査である程度判ってますが、栽培方法はどれも判ってませんからね。我々以外の調査隊は?」
二人はすっかり仕事モードの口調と表情になっていた。
「地上に降下可能な小型艇は2機しかないからな。我々以外にはツーファイ様が調査を行う事になっている。我々が大陸の東、墜落した『エリアβ』の近くの沿岸を、ツーファイ様が大陸の反対側、西の沿岸を担当する」
リナイアは小さく頷く。
「小型艇は地上に我々を運んだ後はその場で待機し、任務終了後、我々を乗せて『リバティ16』に戻る。小型艇は往復すると消耗部品の交換や点検に数ヶ月かかるからね。任務の間は山中に隠れていてもらうのさ」
任務の内容が明らかになるにつれて、リナイアは不安げな表情になっていく。
「今回の任務は、現地人との・・・『トカゲ』達との接触が必要なのですよね。その・・・大丈夫でしょうか?彼等は我々人間と同じ姿をしていながら、人間の心というものを全く理解しないと聞いています。同族でないと判ったら殺され喰われてしまうと」
リナイアの心配をサーエイは笑顔で和らげようとする。
「言葉を使う程度の知能はあるんだ。言語調査をした人達だって無事に帰ったんだ。我々は彼等の言葉も学習済みだ。敵意を見せなければ危険は少ないだろうさ」
「判りました。でも、万一危険が迫った場合には、私が命に代えてもお守りしますのでご安心ください」
リナイアの言葉はサーエイを怒らせた。サーエイはリナイアの両肩を掴んで無理矢理自分の方を向かせ叱りつけた。
「『命に代えても』なんてふざけたことを言うな!助かる時は二人で助かるんだ。お前が死んだら僕だって生きているつもりはない。お前が側にいない人生なんて考えたくもない!」
サーエイはさらに訴える。
「誓っただろ。移住したら、山村に家を構えて、草花に囲まれて二人で暮らそうって。憶えてるか?」
リナイアはサーエイにしがみついて謝る。
「ごめんなさい。忘れる訳がありません。私の、いえ二人の大事な夢ですから」
サーエイはリナイアの頭を撫でる。二人は『ネオ=テラ』を見つめながら同じ事を考えるのだった。
(憧れ続けたあの星に、いつ移住出来るのだろうか、本当に移住出来る日が来るのだろうか・・・)




