1-26 真実 5
サモンの決意の言葉は一同の心に染み渡る。
聞けばマイケルも似たような経験と思いがあり、二人で力を合わせようと誓ったのだそうだ。因みにマイケルは医学系ではないため、当然人体実験には関わっていない。
一同が第一世代の二人を見る目からは、疑惑も怒りも消えていた。
オズワルドも顔色は元に戻り、頭を掻きながらサモンに声をかける。
「さっきは・・・その・・・すまんかったな。取り乱して」
「いや、人として当然の反応じゃよ。儂の方こそすまんかった」
そう言葉を交わすと、二人は少しバツが悪そうにどちらからともなく微笑み合う。この様子を見て、回りの者もようやく緊張が解け、口許が弛むのであった。
この様子に、ホッと一息をついたミリーが声をかける。
「では、続きをよろしいですか?」
サモンとマイケルは、確固たる表情で大きく頷いた。
『ネオ=テラ』で文明を営んでいる者達が、この星の原住民であることが確定した今、司令部は今後の方針を決定する必要があった。船内の有力者達も自分達の支持者達の声を吸い上げ司令部に突きつけた。
司令部と有力者達による協議は長期に渡って行われた。つまりは結論が出ないという事であったが、選択肢は4つの案に絞られていた。
第1の案は、最初に断念した熱帯雨林の大陸に入植するというものである。ここには原住民がいなかったのだ。しかし、何故いないのか理由がある事が、調査を進めるにつれはっきりしたのだ。それは、巨大で凶暴な肉食爬虫類が山のように生息していること、そして人にとっては致死性の風土病が蔓延していることであり、これが入植断念の決定打となった。
第2の案は、植民法に則ってこの星を去ることだった。しかし、この案は極少数の支持しか得られなかった。植民法は植民者の保護と利益のためにあるべきだといって、本来の主旨を忘れた恥知らずの主張がまかり通り、とうとう原住民の文明に関する一文は愚かにも大多数の賛成を持って削除されてしまったのである。移民船が法治社会ではなくなった瞬間であった。
「風情ある街並み、長閑な田園風景、素朴な人々。そんな映像を山のように見せられて・・・誰かこの星を離れたいと思うものか」
ため息をつくマイケルに、一同は思わず頷いてしまうのであった。
第2の案が根底から崩壊すれば、第3と第4の案が大手を振ってまかり通ることになる。
第3の案は、原住民と共存共栄を図ろうというものだ。
各国を交渉のテーブル着かせて、原住民にとっては魔法にも等しい技術の提供を餌に、独立地、最悪でも共生地の提供を求めるというものだ。
幸い、この星の文明のレベルは、地球において中世と呼ばれていた時期と酷似しているという調査報告であった。従って他愛のない稚拙な技術でも十分に食らいついて来ると踏んだのである。食らいついて来なければ、マシーナなどの武力をバックに交渉する手も選択肢として存在するのだ。
独立地にしても共生地にしても、原住民の国家の干渉は免れないだろうし、各地に分散させられる可能性はある。しかし、原住民の協力が得られれば即座に生活が可能となるのだ。このメリットは大きい。
第4の案は、原住民を・・・奴隷化もしくは殲滅しようというものである。
「『ネオ=テラ』は、移民のために神が用意した贈り物である」という思想を基に、原住民を「留守の間に巣くった害虫」もしくは「我々のために事前に環境を整えてくれるだけの存在」であるとし、「我々が到着したからには原住民を排除するのは正当な権利である」としたのだ。そして、我々の武力をもってすれば、原住民を根絶やしにするのは簡単であり、そうすれば当初の予定通り大陸を自由に分配することが可能だと主張したのである。
この結果、移民船内は『共存派』と『殲滅派』に大きく二分される事になった。
「共存しようという考えを持つ方々も多かったのですね。あなた方の中にもちゃんと倫理観があったと言うことですね」
そう言って微笑んだのはウィルファン王子だった。
しかし、サモンとマイケルは首を振って、その考えを否定する。
「違うな。移民どもは、利己的で独善的で自愛主義の連中ばかりじゃ。『共存派』の連中も、こう豪語しておった。『原住民がトカゲの姿だったら共存など考えないのに』とな。ただ単に自分達と変わらぬ姿だから、共存してあげてもよいと考えただけなのじゃ」
「当時、調査団が撮影した原住民の姿や生活の様子の映像が多数出回っていたからな。自分達と変わらぬ営みを見たのが『共存派』を増やす役に立ったのじゃろう」
ウィルファン王子はその言葉に笑みをなくし、ガックリと肩を落とす。
サモンとマイケルは話を続ける。
『共存』か『殲滅』か。
主張が拮抗する間も、移住の準備は着々と進められた。いずれにしてもクリアしなければならない共通の課題があったのだ。
その一つが言語の調査である。各地に言語学者が派遣され、文字と言語の解析が行われた。その結果、大元を同じにする3つの派生言語が使用されている事が判り、文法や単語も解明され、公開された。『共存派』の人々は率先して学習した。また、翻訳機も開発された。こうして言葉の問題はクリアされたのである。
もう一つは、武力の増強であった。戦いになれば大陸全体を相手にする必要があり、惑星上での戦闘を想定した兵器の開発と増産が行われたのである。
「『シューティングスター』、『ガルーダ』、『シャドウクレス』、『プテルス』、これらは全て原住民との戦いを目的として作られた兵器じゃよ」
マイケルの言葉に一同は一様に眉をひそめる。
「それが今では、原住民を守るための兵器となっている訳だ。ざまあみろってとこじゃな」
マイケルはそう言うとカラカラと笑い、話を続けた。
移民船が『ネオ=テラ』の周回起動に乗ってから10年が立とうとしていた。その間も食料になる動植物などの様々な調査が行われ成果を上げていたが、『共存派』と『殲滅派』の対立は激化する一方であった。
終いには、「原住民がトカゲの姿でないのが悪い」などと言い掛かりをつける者まで現れ、原住民の蔑称として『トカゲ』という言い方まで一般に定着してしまったのである。
「そういえば、いたなぁ。俺たちの事を『トカゲどもが!』と言ってた第一世代が。あん時ゃ、『てめぇの顔のほうがトカゲみてぇだろ!』って思ったが、顔の話じゃなかったんだな」
と、オズワルドは鼻で笑って納得したように数回頷いた。
対立が収まらない本当の理由は、実は案の優劣とは別の所にあった。有力者間の権力争いである。ここで引いてしまったら、今後、何事も相手に主導権を握られてしまい、優位に立つことは出来ないだろうと簡単に予測出来たからである。それ故に決して歩み寄る事はなかったのである。
こうなれば事態は力ずくで解決する方向に転がり始める。
原住民を殲滅するために大量生産されたマシーナや武器は、両陣営が競うように買い集めた。そして、小競り合いが日常茶飯事に繰り返される様になったのである。
そんなある日、事件は起こった。『共存派』のナンバー2が襲撃を受け殺されてしまったのである。
『殲滅派』は関与を否定したが、当然信じられるものではなかった。真偽の確認は脇に置かれたまま、両陣営は全面戦争に突入したのである。
「全くもって愚かな事じゃった。彼らは足下の大地が如何に脆弱なものであるかを忘れおったんじゃ」
殺さねば殺される。
理屈は単純であり、単純であるが故に強くて揺るがない。
戦いは泥沼化し、熾烈を極めていく。
戦いを抑止すべき司令部も二派に別れ瓦解している。
マシーナによる戦闘でも、今まで自制されてきた重火器が使用されるようになる。一人が使い始めれば広まるのは「あっ」と言う間だ。
戦いは移民船の内外の至る所で繰り広げられ、移民船への被害が無視出来るものではなくなっていた。
そして、悲劇は起こるべくして起こったのである。
センターポールの先端、『エリアα』および『エリアβ』をセンターポールに繋ぎ止める支柱付近で戦闘を行っていた一団があり、その砲撃が引き起こす爆発によって、支柱ごとセンターポールの先端が破壊されてしまったのである。
回転を続ける『エリアα』と『エリアβ』は遠心力を支える力を失い、センターポールの根元側の支柱を支点にして、花が開くように広がっていく。人々はようやく己の愚かさに気付いたが、広がり始めた巨大質量の死の花の開花を止める事は何者にも出来なかった。
やがて満開を迎えた死の花は、その花びらを散らす時が訪れる。遠心力に耐えられなくなった支柱は、引きちぎられるように崩壊し、『エリアα』と『エリアβ』は同時に花びらを舞わせる事になった。
千切れ飛んだ『エリアβ』はこの星に向かって放り出され、『エリアα』は真反対の宇宙空間に放り出されたのである。
もし、このまま『エリアβ』が『ネオ=テラ』に激突したならば、『ネオ=テラ』も壊滅的なダメージを受けてしまっていただろう。
大混乱の『エリアβ』にあって、冷静に奇跡の踏ん張りを見せたのは、『量子クラフト』の開発班であった。
『量子クラフト』は、次世代型の推進式エンジンである。『量子クラフト』はその推進力を空間そのものに働かせるため、噴射ノズルは必要ない。
ここ『エリアβ』では、移民船用の大型量子クラフトの実証実験を行っていたのだ。この、量子クラフトを使って『エリアβ』を再び宇宙に持ち上げようと、開発班は必死の努力を行った。しかし結局『ネオ=テラ』の重力を振り切ることは出来なかったのである。
それでも彼らが行った努力は実を結び、『エリアβ』を軟着陸させる事に成功し多くの移民の命と『ネオ=テラ』を救う事が出来たのである。
「素晴らしい方々ですね。一度会ってお話を聞きたいものです」
賞賛するウィルファン王子に、マイケルが静かに答える。
「ならば、天の街船の最下層に行かねばならんな。今もそこで、量子クラフトと共に眠っているはずじゃ」
救世の英雄の末路を知った一同は、無意識のうちに黙祷を捧げていたのであった。
「ここからは、脱出後の話になるでの。儂ら二人の動向が話の中心になる。もう暫く付き合ってもらえるかの」
そう言って、話を続けた。
『エリアβ』から脱出した二人は、今のフィスリニア王国の山中に暫く隠れる事にした。『プテルス』と『シューティングスター』から離れる訳にもいかず、また、原住民がどんな反応をしてくるか判らない事も理由の一つだ。デバイスの通信網がある程度生きているおかげで微々たるものであったが、他の脱出者の状況も入ってきていた。
この段階で、脱出者の間で意識統一が図られた。原住民と接触する場合、『ネオ=テラ』への来訪目的を『文明の伝道』とするというものだ。移住などと言った場合、侵略行為とみなされる可能性が高く危険であるためである。
また、同様の理由で大人数が合流する事は避けるべきだとされた。現に多人数のグループが皆殺しにされるという事件も発生していたのである。
殆どが死に絶えた状況では原住民に対抗した状態で生き抜く事は出来ない。原住民に寄生して生き抜くしかないのである。
この申し渡しは、デバイスからデバイスへとリレー形式で広められた。しかし、デバイスを持たない人たちには伝える方法がなく、無事に生き残れる事を祈るしかなかった。
このような状況の中でマイケルとサモンの二人は、どう動くべきか判断がつかず、数日をその山中で過ごしていた。そんな二人に転機が訪れた。
兵士の一団と遭遇したのだ。そしてその一団の指揮を執っていたのは、後の旧フォルデベルグ王国の国王、ガーランド=メル=フォルニムール王子その人であったのである。




