1-25 真実 4
ランプの灯りが揺れる中、マイケルとサモンの話は続く。一つ一つ思い出すように語るため進みが遅いが、その事に文句を言う者は誰もいなかった。
この星は確かに候補地には挙げられていた。しかし、適合性予測のランクが低かったせいで最初の目的地とはならなかったのだ。
最初の目的地に到着した時、人々は長かった旅もこれで終わりだと考えた。その星は適合性予測が95%を越え『即時移住可能』との判断が下されていたからだ。しかし、その星を一目見た途端、人々の期待は落胆へと変わった。惑星改造を施してもとても生きていける所ではないと一目で判ったからだ。
その後、人々は自分達の考えがどんなに甘かったのかを思い知る事になる。
次の星も、そのまた次の星も、『即時移住可能』と判断されていた最高ランクの星であったにも関わらす、落胆と絶望しかもたらさなかったのである。
人々は自分達がいかに狭い条件の下でしか生きられない、脆弱な生き物であったか思い知らされ、永遠に宇宙をさまよい続けるしかないのではないかと諦めにも似た空気が移民船全体を押し潰しかけていた。
そんな頃であった。移民船がこの星を目的地としたのは。
低ランクの候補地であったため、移住目的というよりは、必要資源の確保が目的であった。
しかし、この星に近づくに連れて状況は激変していった。
最初に色めき立ったのは、スペクトル解析部門であった。
最初に遠距離からのスペクトル解析を行った者は、誤って地球のデータが紛れ込んだのだと考えた。そしてそうではないと解ってからは計測ミスと思い込み何度も計測をやり直し、最後は複数人による検証を行って、それが確かにこの星のものだとようやく結論を出したのだ。
この解析結果はすぐさま司令部に報告された。司令部は当初まったく信用しなかったが、詳細な検証報告を受けた事で解析結果を信用すると共に、厳重な箝口令を敷き、さらなる詳細情報の収集に全力を注いだのである。
箝口令が敷かれたのは、情報が少ない段階で移民に過度の期待を抱かせないためであったが、それは一人の熱心な天文マニアによって破られた。彼はいつも、通りかかった星系の惑星や衛星の映像を撮っていた。今回もいつも通り無断で船外に自慢の高性能の望遠鏡を持ち出し目的地の惑星の映像を撮影したのだった。
そして彼は自分が撮影した物の重要性を即座に認識し移民船全体に公開する事になる。
移民船の人々は、その映像に魅せられた。
その星は、青く美しかった。
地球の映像だと言って観させられれば大抵の人が信じたに違いない。大地の割合が少なかったにしてもだ。
そしてこの映像が釣りではなく本物だと解った時、この星が今回の目的地であると知った時、人々の歓喜は移民船全体に広がった。
人々は口々にこの星の情報を要求する。移住可能なのか。いつこの星に到着するのか。いつ移住が始まるのか。人々の要求はもはや移住が決定事項であるかのようにエスカレートしていく。
司令部もこれ以上の沈黙は無用の混乱を引き起こすだけであると判断し情報提供を行うと同時に情報の一括管理を行う事で混乱の鎮静化を図ったのである。
司令部はこの星の衛星軌道上への到達まで2年を要する事、移住可能か否かは情報不足のためまだ判断が下せない事、その判断材料とするための情報を広く受け付ける事、などが公示された。
この公示のうち、情報募集の部分が思わぬ効果をもたらした。計測器メーカーの技術開発の促進である。各メーカーともよい宣伝の機会であるとばかりに開発競争が激化し、遠距離からの測定技術が飛躍的に伸び、まだ肉眼では確認出来ない距離であるにも関わらず、この星の詳細なデータが揃ってきたのである。
まず、作り出されたのは『ネオ=テラ』(この星の事を移民達は自然発生的にそう呼んだ)の世界地図と地球儀であった。これらは市販され瞬く間に買っていない者がないほどの大ヒット商品となった。誰もがそれを眺めて、大地に降り立つ時に思いを馳せたのである。
『ネオ=テラ』は地球よりも若干小さめで、重力も0.95gしかないがほとんど違和感はないはずである。大気の組成も地球とほぼ同等、表面積の8割が海であり、残り2割の陸地は、大きな2つの大陸で構成されていた。
その一つは赤道上に横たわるようにあり、平均気温が45度から55度の熱帯雨林と判明した。人々は早々にこの大陸を選択肢から外した。
そしてもう一つは北半球(自転方向を基に地球に倣って決められた)に横たわっていた。温帯域が中心のこの大陸は、快適な気温、適度な雨量、豊富な緑、と移住には最高の環境であることが判明した。
『ネオ=テラ』の解析が進めば進む程、移住に好都合な結果が次々と判明するのだ。
『ネオ=テラ』を『神が我々のためにわざわざ用意して下さったもの』と自己中心的な言を唱える者もいる程だ。もう誰も移住の可能性を疑う者はいなかった。
しかし、明るい話ばかりではなかった。トラブルの火種が移民船の中にあった。様々な勢力が好き勝手に気に入った土地の所有権を主張し始めたのである。
移民船の住人達は決して一枚岩ではなかった。地球を旅立つ時から既に、富と権力を欲する者達が次々と現れ、政治団体や派閥を作り、権力闘争に明け暮れていたのだ。
移民船の規模が大きくなるにつれ、そうした団体の数や規模も大きくなる。身を守るためと称して始まった銃による武装がどんどんエスカレートし、小規模の私設軍隊を持つようになり、最終的には、戦闘用マシーナによる武装まで行われたのである。
そして、あれば使ってしまうのが人のサガであり、移民船の内外でマシーナによる小競り合いが日常茶飯事となっていた。しかし、船の上である事から重火器は使用出来ないため、自然と剣を使用した戦いになり、また、他の団体や治安部のとりなしが入って争いはすぐに収束し、周囲の被害は軽微で済んだのである。
そう、彼らは千年以上もそうした愚行を繰り返し続けた愚かな生き物だったのである。
そして今回は、まだ足を踏み入れてもいない土地の所有権を巡っての争いが方々で勃発したのである。
司令部は混乱を早期に収束させるため、大陸の分配のための会議を有力者達を招集して行った。しかし、その場においても欲望を満たすための主張がぶつかり合い、その衝突がそのまま小競り合いに発展し、なかなか混乱は収束しそうになかったが、それでも司令部の努力により、『ネオ=テラ』の大地の輪郭が肉眼でも判る位に近づいた頃には、分配も殆ど終わり混乱も収束していたのだった。
しかし、そんな努力も皆の期待も全てが水泡に帰す重大事が持ち上がった。
『ネオ=テラ』に近づいた事で始まった詳細地図の撮影班から司令部に緊急報告が入ったのだ。
「地表に、人口の建造物を確認しました」
地球を出立した移民船には、いくつかの守るべき規則があった。その中の一つに
「目的の星に先住民による文明があった場合、移住を行ってはならない」
というものがあったのだ。
この規則に準じれば、『リバティ16』は直ちに『ネオ=テラ』を離れなければならない。
建造物発見の報告が撮影班から次々と通知される。建造物は移住を計画していた大陸全体に広がっている事が判明した。
この事はすぐに移民達が知ることとなる。我々は一体どうなるのか。動揺が隠せない移民達の間では様々な憶測や議論が展開され始めた。
司令部は冷静に現状の確認に努めようとしていた。もしかしたら建造物は滅びた文明の遺跡かもしれない。そのような一縷の望みもあって『ネオ=テラ』に調査団を派遣することにしたのである。当然ながら防護服なしでの活動が可能かどうかの確認も含まれていた。
調査団は十日余りの調査の末、無事に帰還し現在は無菌室に隔離されていた。危険な細菌やウイルスの感染の確認のためである。
その間も、司令部は調査団がもたらした調査結果に驚愕していた。
人々の期待を裏切るかのように文明は確かに存在していた。問題はその文明の担い手だった。調査団の報告書と撮影された映像にあった者達・・・その姿は移民達と同じ地球人そのものだったのである。
司令部はある可能性に期待していた。このように、外見が全く見分けがつかない種族が独立して存在する事は確率的にもあり得るものではない。我々はこの星に到達するのに船内時間で1200年を要している。とすれば、我々に先んじてこの星に移住に成功した移民船があってもおかしくはない。つまり、この文明が移住者によるものだとすれば、我々の移住にも問題はない、後は先行者との駆け引きがあるだけだ。
先の調査団が、健康上なんの問題もなかった事を受けて、さらに複数の調査団が派遣された。最優先の目的は住人が移住者である証拠を固める事である。
しかし、結果は絶望的なものだった。
まず、衛星軌道上にも地上にも移民船はおろかコールドスリープ船の痕跡も発見する事は出来なかった。
さらに致命的な発見があった。住人の遺伝子構造が地球人と全く異なっていたのだ。身体の構造や薬物反応なども殆ど差がないのに遺伝子構造が異なるなどそうそうあり得るものではない。もはや神の悪戯と言うしかなかったのだ。
「ちょっといいかな?サモン殿」
医学的な話になると無意識に熱くなるサモンの話の腰を折ったのはミリーだった。
他の者はサモンの話にのめり込んでいたため何故中断するのだと言う目でミリーを見た。
ミリーは頭を掻き含み笑いをしながらサモンに質問する。
「皆は聞き流しているようですが、どうしても確認しておきたかったのですよ。サモン殿。何故、身体の構造や薬物反応が同じだと解ったんですか?」
他の者は何故そんな質問を今するのかと言いたげな表情をする。しかし、サモンとマイケルは違った。顔面蒼白になり脂汗を流し、目が泳ぐ。
ミリーは口許に笑みを残しながら冷たい目つきになりさらにサモンとマイケルを攻める。
「言い方が判りづらかったでしょうか?では言葉を変えましょう。あなた方第一世代はどうやって原住民である我々の身体の構造や薬物反応を調べだのですか?」
ミリーの低く抑えた声が響いた。
他の者はようやくミリーの意図が判った。質問の裏にある恐ろしい事実に気が付いたのである。
皆は疑惑と怒りが混じり合う表情でサモンとマイケルを睨みつける。フィリア姫は驚き「聞かされてないわ!そんな話!」と、サモンに食ってかかる。
サモンが小さく震えながら、消え入るような声で答える。
「・・・・・・て、・・・・・・のだ・・・」
「聞こえない。もう一度」
サモンは、ミリーの言葉にビクッと反応したあと、今度は何かを吹っ切るように大きな声でまくし立てた。
「原住民をサンプルとして捕獲したのだ!男も女も!老人から子供まで!妊婦までもだ!」
「そして解剖し一つ一つの臓器が調べられた!痛覚の調査と称して生きたまま切り刻まれた!様々な劇薬が投与され死に方が観測された!生きたまま頭蓋骨を切り開き脳の働きが調査された!その他にも様々な実験が行われた!そんな事が一年以上続けられたのだ!どうだ!これで満足か!」
いつもの飄々としたサモンはどこにもいなかった。
「貴様らぁぁぁぁぁっ!!!この人殺しどもがぁ!!」
「お前たちは遺伝子学上ただの現住生物じゃ!人ではない!!」
顔を真っ赤にして憤るオズワルドにサモンが油を注ぐ。オズワルドはテーブルを拳で叩くなり叫び声を上げて立ち上がりサモンに駆け寄ろうとするが、ミリーが立ちはだかる。サモンはさらにオズワルドに訴えかける。
「お主らとて何じゃ!『エリアβ』から脱出した者達を虐殺したではないか!無抵抗の子供でさえ嗤いながら殺し身ぐるみを剥いでおったではないか!」
言い争う二人の剣幕と明かされた恐ろしい事実に、シオンは耳を塞いで泣き出し、他の者は呆然としていた。
止まらない言い争いに、間に入ったミリーはウンザリし声を上げる。
「いい加減に二人とも落ち着かんか!」
ドスの利いたミリーの声に二人は一瞬怯み、その間隙を突いてミリーがサモンに確認する。
「サモン!お前は原住民の調査に関わっていたのか?!」
「いえ、私は原住民の調査には一切関わっておりません!」
ミリーは小さく頷くと、今度はオズワルドに向き直り確認する。
「オズワルド!お前は移民の虐殺に関わっていたのか?!」
「俺は誓って虐殺などしちゃいねぇ!」
ミリーはやはり小さく頷くと、全員に宣言するように声を上げた。
「だったら、いがみ合いはこれで終わりだ。お互いにやってもいない事の責任を取らせようというのは八つ当たりで愚か者のする事だ。怒りをぶつける相手を間違えるな」
オズワルドは憮然としながらも黙って大人しく席に戻る。
ミリーはさらにサモンに質問をする。ただし、その口調は優しかった。
「ところでサモン殿。あなたはまだ我々のことを『ただの現住生物』だと思っているのですか?」
サモンは遠くを見るような目で語り始めた。
「儂はな、ここでの生活が落ち着き始めたころ、一人の少女を愛してしまったのだ」
思わぬ展開に全員が目を丸くした。オズワルドもシオンもである。
「その子は優しくて、儂のためにいろいろと気を使ってくれてな。その子の笑顔がなければ儂は耐えられなかったろう。儂はずっとその子と共にありたいと切に願ったものじゃ」
「しかし、それは叶わぬ夢じゃった。嫌われた訳ではないぞ。その子からも一緒になりたいと告白されてもいたのじゃ」
サモンはうなだれながら言葉を続ける。
「彼女はこの星の人間で儂は移民じゃ。儂はまだまだ白い眼で見られておった。儂と一緒になっては彼女は不幸になる。儂はこの身を呪ったよ。なぜ儂はこの星の人間として生まれなかったのだろうとな。結局、一緒になることを儂が拒み、彼女は泣きながらこの星の男の元に嫁いで行ったのじゃ。そして、子供が生まれたと風の噂に聞いた時、儂は誓ったのじゃ」
そして、サモンは普段見せない恐ろしい程の目つきでこう言い切ったのである。
「あの子と子供達、あの子の血を受け継いだ者達を必ず守ってみせる。移民の同胞を裏切り欺いてでも、この命を削ってでも守りきってみせるとな!」




