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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
23/311

1-23 真実 2

 『(あま)街船(まちふね)』。

 40年前に空から降りて来た巨大建造物。


 それは、海溝にはまり込むように斜めに立て掛かっているが、最下部は深さ10Km以上の海溝最深部に届き、最上部は、高さ10Km以上の成層圏にまで届くほどであった。

 海面から出ている部分は大半が市街地であり、市街地を支える地面自体が海面に対して垂直に立っているため、海上からでも街の様子が見て取れた。このことが『街船(まちふね)』と呼ばれる所以となっていた。


 『(あま)街船(まちふね)』の周りには、発掘の拠点とするためのメガフロートが設置されている。メガフロートは一機が一辺100メートルの正方形であるが、このメガフロートを多数連結する事により、『(あま)街船(まちふね)』を中心とした幅10Km長さ30Kmの巨大な楕円形の人工島を作り出していた。


 当然ながら、これだけの事業を旧フォルデベルグ王国のみで行えるはずがなく、複数の国家が共同事業として行っていた。

 現在では、出資と発掘作業を、フィスリニア王国、ダリスタン共和国、そして『(あま)街船(まちふね)』の東の海上にあるアンラン諸島王国の三国で行い、フォルデベルグ王国、フェルミール王国、クージャリア王国の三国は出資を行う事で発掘品の分配を優先的に受けていたのであった。


 発掘作業を担当する三国は、それぞれ人工島上に発掘のための拠点となる基地を持っていた。そして、発掘エリアの分担を三者協議で決定しながら発掘を進めていたのだった。




 フィリア姫一行が上陸したのは、フィスリニア王国の基地に付属する港である。

 ウィルファン王子は、船から降り前を見据えた途端、足が竦んで動けなくなってしまった。

 目の前に街があった。その街は遥か上空まで続いていた。幅も十数Kmに及ぶため視界に入るもの全て街であり、まるで鳥になって下界を見下ろしているか高い塔の上から身を乗り出しているかのような錯覚を覚え、終いには自分立っている所が水平なのか街が水平なのか判らなくなり平衡感覚が麻痺してしまったのである。


 ウィルファン王子は平衡感覚を失った影響で身体が揺れ転びそうになったが、後ろから支えてくれた者があった。ミリーである。

「大丈夫ですか?ウィルファン様。初めてここに来た時は皆そうなるんですよ」

 ミリーが笑いながら説明をする。ウィルファン王子には先程の緊迫した空気が嘘のようであった。

「だ、大丈夫です。あの、先程は・・・」

「どうですか?『(あま)街船(まちふね)』を間近でご覧になった感想は?もっとも高さ2Km位までは足場が組まれて発掘が進んでいますので、墜落当時の様子をお知りになりたいのであれば、足場がない部分をご覧になるのがよろしいでしょう」

 ウィルファン王子の言葉を遮って双眼鏡を差し出すミリーの仕草は、ウィルファン王子の言葉に気が付かなかっただけなのかそれとももう話題にしたくないという意志の表れなのかは判らなかったが、ミリーが何事もなかったように振る舞う以上、自分もそうするしかないと思い、ウィルファン王子は自分の身体を支えてくれているミリーに礼を言いながら双眼鏡を受け取った。


 前を歩いていたフィリア姫が、二人が遅れていることにようやく気が付き戻って来た。ただ、ミリーがウィルファン王子の腰に手を回し寄り添うようにしていることからフィリア姫の表情が強張っている。

「ミ、ミリー。あなたは、な、何をしているの?」

 動揺が隠せないフィリア姫に対し、ミリーは淡々と事務的に言い放つ。

「ウィルファン様が『街船(まちふね)酔い』です」

 ミリーの言葉と行動の意味を理解したフィリア姫の顔は見る見る真っ赤になっていく。理由は二つ。

 一つは、ウィルファン王子が『街船(まちふね)酔い』を起こすだろうと予測しなければならない立場であったにも関わらず舞い上がってそれを怠った事。

 もう一つは、そんな自分のミスを補ってくれたミリーを邪推してしまった事。

 自分の失態を取り繕う言葉が見つからずにいると、ミリーが笑いながら助け船を出す。

「姫、早く代わって下さいよ。これは姫のお仕事ですよ」

「あ、ごめんなさい」

 と、駆け寄りミリーと交代するフィリア姫。

「私、車、調達して来ますね。基地まで1Kmはありますからその方がいいでしょう。その間、『街船(まちふね)』でも眺めていて下さい」

 ミリーが去った後、ウィルファン王子はこんな事で立てなくなった自分を情けなく思い、

「座っていれば大丈夫でしょう。大変ですから介添えは結構ですよ」

 と言うと、フィリア姫は

「いえいえ、いま座り込んだら今度は立てなくなりますよ」

 と、本当か出任せか判らない事を言いながら、支えると言うよりもしがみついている状態になっていた。


「姫、それではウィルファン様が疲れてしまいますよ。椅子をお持ちしました。どうぞ」

 アルベルトが何処からか椅子を調達して来て差し出すと、フィリア姫は膨れっ面でアルベルトを睨みながらも渋々同意し、ウィルファン王子を座らせる。


 ウィルファン王子は、ようやく落ち着いて双眼鏡を覗き込む。

 ミリーが言うとおり、足場が組まれた場所は大抵の物が剥ぎ取られ、在りし日の姿を想像する事すら出来ない有り様だ。

(なる程、確かに『略奪』という言葉がピッタリだな)

 フィリア姫の意見に同意しながら、足場がない上層に視線を移す。


 『略奪』の手が入っていない上層には剥離や落下を免れた建造物や樹木や草花、そしてそれらの間を縫うようにして張り巡らされた道路、抉るように造られた溝には橋が架かっていることから川だったのかもしれない。公園や競技場と思しき施設もアチコチに見受けられる。建物の色や形、大きさも様々だ。住居、集会所、文字や絵が描かれた大きな建物が沢山ある一角は市場だろうか。

 街の様子から、どのような営みが行われてきたのかウィルファン王子には簡単に想像する事ができた。

 行き交う老若男女。走り回る子供達。活気溢れる市場。笑い声が絶えない家庭の団欒。雑多な人々が思い思いに生きていく事で編み出される街の風景・・・そして突然の崩壊・・・


 ウィルファン王子は子供の頃から聞かされていた。いや、この星に生まれた人々は皆聞かされ続けてきた。第一世代(ファースト)達は近代文明の伝道師であると。彼等はそのために来たのだと。

 しかし、この情景を目の当たりにした今、言いようのない不安が沸き起こって来たのである。


 ウィルファン王子は不安から逃れように我に返る。そこでようやく、ミリーが車を調達してとっくに戻っており、同行者の全員が自分の動き出しを待っていることに気が付いたのである。

 ウィルファン王子は、またやってしまったと陳謝するが、

「今日はウィル様のために来たのですから、ウィル様が納得の行くまでご覧になってよろしいのですよ」

 とフィリア姫が言い、他の同行者も笑顔で頷いた。

有り難い事である。

 ウィルファン王子の「お待たせしました」という言葉を合図に、一行は車に乗り込み基地を目指した。


 車中でウィルファン王子はふと、洞察力に定評がある事からミリーに尋ねてみた。

「ミリーさんは、初めて間近に『(あま)街船(まちふね)』を見たとき、どんな印象を持ったのですか?」

 ミリーは笑って答える。

「一言で言えば、『馬鹿げてる』です」




「そう言えば、足場は地上2Kmという事でしたが、裏を返せば現時点ではそこまでしか発掘が進んでいないという事ですか?」

 ウィルファン王子の質問にフィリア姫が答える。

「そうですね。表層と内部で進み具合が違いますが。表層が地上2Km、水面下100m。内部は足場となる所が多いおかげで、地上3Km、水面下300mと言った所でしょうか」

 40年経ってもまだ10分の1程度しか進んでいないと言うことである。

「特に、工房や研究施設のエリアが水面下にあるらしいので早く発掘を進めたいのですが、下手に穴を開けると浸水の危険があるため、なかなか進まないのが現状なのです」

 歯痒そうなフィリア姫に焦りの色も伺える。何かに追い立てられているように見えるフィリア姫が可哀想に思える。一体どのような重圧をこの小さな両肩にかけられているのか、ウィルファン王子はその重圧を早く分かち合えるようにならなけらればと考えるのであった。




 基地に到着した一行を出迎えたのは、所長と基地の責任者達である。

「ここの所長はいっつもこうなの。今回はウィル様がいらっしゃると聞いて特に人数を増やしたみたい。こんなおおごとにする必要ないんだけど。困ったものです」

「まあ、作業者全員よりはマシでしょう」

 フィリア姫が困ったようにウィルファン王子に耳打ちし、ウィルファン王子は苦笑いをこぼす。


「ようこそおいでくださいました」

 と所長が始めた長くなる予感がする挨拶を、ミリーが一刀両断にする。

「長ったらしい挨拶はいらん。気持ちは受け取っておくがな。他の者も出迎え御苦労。案内してくれる者以外は作業に戻ってくれ。ウィルファン様は現場を直接観たいと仰せだ。早速案内を頼む」

 テキパキと処理するミリーにウィルファン王子は感心する。何も指示しなくてもこちらの考えている事を汲み取って動いてくれる。気味が悪いくらいに。

 ウィルファン王子はそんな事を考えていたが、ふとミリーが無表情に自分を見ている事に気が付く。ミリーはすぐに目をそらしたが一瞬寂しげな表情を見せたように感じた。




 案内は所長みずから行っていた。

「本当に丁度よい時においでになりました。今、水面下の新しいエリアを探索中です。きっと何か新しい発見がある筈です。ご期待下さい」

 所長がやや興奮気味に話す。新しいエリアを開封出来た事が余程嬉しいのだろう。

 一行は所長に案内されて、新しいエリアとの出入り口を目指して歩いていた。所長に周囲の説明を受けながら、ウィルファン王子、アルベルト、サモンが並んで進み、フィリア姫とミリーは一歩下がって歩みを進めていた。


「どうしたの?ミリー。とても寂しそうよ」

 突然、フィリア姫がミリーの顔を覗き込みながら心配そうに尋ねる。ミリーは「何でもありません」と笑顔を取り繕いながら答えるが、なおも心配そうに覗き込むフィリア姫に観念したのかミリーが一つ溜め息をついて小声で打ち明ける。

「どうやら私、ウィルファン様に嫌われてしまったようです」

「まさか?!そんな・・・!」

 そんな事はないと言いたかったフィリア姫だったが、ミリーが言うのだから間違いないのだろうと思うと言葉を続ける事が出来なくなった。

「大丈夫です。自分で何とかしますから」

 そう言うミリーの言葉に、フィリア姫は黙って頷くことしか出来なかったのである。




 一行が出入り口に近づくと、急に出入り口付近が慌ただしくなった。所長が「何か出たのでしょう」と笑顔になっていた。

 その時、一行に気付いた作業者の一人が慌てて一行に駆け寄り苦渋に満ちた表情で所長に耳打ちを始めた。すると所長の顔からも笑顔が消え重苦しい表情が取って代わったのだった。

 一行は何事かと顔を見合わせ、アルベルトが「何事か?」と問いただす。

「申し訳ありません。トラブルがありまして、あそこをご案内出来なくなりました」

 頭を下げる所長に、フィリア姫が食いかかる。

「何だ?!事故か?!」

「いえ、そう言う訳では・・・」

「ええい!はっきり言わんか!」

 ウィルファン王子がそばにいることを忘れたフィリア姫の剣幕に、所長は観念して打ち明ける。

第一世代(ファースト)達の・・・遺体があがりました。とても、お見せ出来る物ではありません」


 一同の顔が一気に曇る。そんな中、口を開いたのはウィルファン王子であった。

「見せて欲しい!いや、見なければならぬのだ私は!何が起こったのか真実をこの目で見なければいけないのだ!」

 ウィルファン王子の予想外の剣幕に一同は驚き、所長はどうしたものかと思案に暮れていると、ミリーが一喝する。

「命令だ!案内しろ!そして状況を説明させろ!」

 所長が跳ね上がるように動き出す。一行は所長について行くが、その表情にもう笑顔はなかった。




「遺体の年齢や人数は把握出来るか?どういう状況か推測はどうだ?」

 ミリーの質問に、遺体を発見し搬出した作業者が重い口を開いて説明を始める。

「遺体は大きさから考えて殆どが子供です。5歳から10歳前後。人数は100人前後でしょうか。」

 作業者はさらにポツリポツリと言葉を続ける。

「落下に伴う『(あま)街船(まちふね)』の傾斜で・・・子供達が落下・・・底になった壁に叩きつけられ・・・さらにその上に子供達が降り注ぎ次々と潰され・・・一番上の子供達は外傷はないようなので最初は生きていた様ですが・・・」


 遺体が次々と運び出される。ミイラ化した子供達はきっと一番上だったのだろう。しかし、段々運び出される遺体の損傷が酷くなり、最後は・・・一体一体を分ける事が出来ない状態だった。腐った肉が混ざり合い乾燥して一体化していたのた。


 ウィルファン王子は身体の震えが止まらなかった。震える唇でやっと言葉を紡ぎ出す。

「姫、これらの遺体はどうなるのです?」

 フィリア姫は、後ろにあるフィスリニアの大地の一角を指差す。ウィルファン王子は指差された海を臨む丘の上に奇妙な物を見た。丘一面に針のようなものが一面に生えていたのだ。しかし目を凝らせばそれは・・・

「墓?!あれは全て墓なのですか?!」

 驚くウィルファン王子にフィリア姫が説明する。

「『(あま)街船(まちふね)』から見つかった遺体は全てあの丘に埋葬しています。夢見た大地にせめて帰してあげたいと・・・」

「『夢見た』とは一体どういうことなのです?!姫!」


 ウィルファン王子は聞き逃さなかった。フィリア姫は俯いたまま答えない。ウィルファン王子は矛先をサモンに向ける。

「一体あなた方は何をするためにこの星へ来たのです?『(あま)街船(まちふね)』とは一体何なのです?たかが文明を伝えるためになぜ子供達まで乗っていたのです?なぜ街をかたどっているのです?そもそも何故こうまでして我々に文明を伝える必要があったのです?馬鹿げてる!ミリーさんが言うとおり確かに全てが馬鹿げ過ぎてる!そしてフィスリニア王国は一体何をしようとしているのです?!」

 叩きつけるようなウィルファン王子の言葉にサモンは沈黙を守る。しかし、長い沈黙のあと、サモンは観念したように口を開く。


「・・・判りました。今夜、私の部屋へお越しください。全てお話ししましょう。第一世代(ファースト)の真実を。フィスリニア王国の真実を」


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