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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
22/311

1-22 真実 1

 和やかな朝食の時を過ごした後、モルーグ王国から来た三人は二つのグループに分かれてこの日を過ごすことになった。

 一つは『(あま)街船(まちふね)』へ赴くグループであり、ウィルファン王子、フィリア姫、アルベルト、ミリー、そしてサモンがそのメンバーである。

 もう一つは『ガルーダ』の修理に携わるグループであり、ギルバート、フランク、そしてマイケルが主なメンバーであった。




 工房では、ギルバートが『ガルーダ』をドックから訓練場である広場へと歩かせていた。まずは『ガルーダ』の動作確認を行うためであり、この移動も歩行状態の確認としてマイケルがフランクに説明を受けながら行っているところなのである。


 訓練場に姿を現した『ガルーダ』は、その特異な形状から通りかかった人々の注目を集める事となった。


 『ガルーダ』は、人型のマシーナである。ただし、他の人型マシーナと明確に異なる点があった。それは、その背中に一対の翼があったのだ。それも航空機の翼などではなく鳥の翼を模したものである。まさに伝説やおとぎ話に登場する有翼人そのものであり、翼の折り畳まれ方もおとぎ話の挿し絵に近いのだ。

 また、頭部も翼を意識してか猛禽類を思わせる風貌を持っていた。


 このような容姿をしていれば、人々が期待することはただ一つであり、その瞬間を見たいが為に足を停めて待っているのであった。


「よし、飛んで見せい」

 マイケルがフランクに命令し、フランクが無線機でギルバートに指示を出す。

 『ガルーダ』が翼を広げると、野次馬から歓声と拍手が巻き起こる。

 『ガルーダ』の背中の二機の推進型水破砕(ウォーターブレイク)エンジンが点火する(いくら鳥のような翼であっても羽ばたくことは無理である)。

『ガルーダ』は5メートル程浮き上がったかと思うと身体を水平に近い前傾姿勢にして滑るように100メートル程飛んで着地した。野次馬から歓声と拍手が巻き起こった。

 マイケルの傍らにいたボルトも

「きれいに飛ぶもんですねぇ」

 と感心する。


 マイケルが再度指示を出した。

「ウォーミングアップはよいから早く飛んで見せい」

 フランクは訝しげにジッとマイケルの顔を見ているだけである。

「どうした?」

「さっき飛びましたが・・・」

「・・・」

 暫し無言の後、マイケルは気を取り直して次の指示を出す。

「今度は機動性能を見たい。飛びながら左右に移動して見せい」

 フランクはまた怪訝そうにマイケルを見たが、何も言わずにギルバートへ指示を飛ばす。『ガルーダ』はまた5メートル程浮上すると、翼の角度を調節する事で大きく右回りをしてマイケル達がいる場所へ戻ってきた。


 野次馬から歓声と拍手が巻き起こり、ボルトが「きれいに廻るもんですねぇ」と感心し、フランクが満足そうな表情を浮かべる。

 しかしただ一人、マイケルが不機嫌であった。

「わしは『左右に』と言ったぞ」

「この距離じゃ、あれが精一杯ですよ」

「何故スラスターを使わん?」

「何です?それ?」

「・・・」


 フランクとの不毛な会話に業を煮やしたマイケルは、コックピットから顔を出したギルバートに声をかける。

「ギルバート!お主が『ガルーダ』のパイロットになって何年になる?」

「そうですねぇ、20年とちょっとでしょうか」

「最初の頃と比べてどう性能が落ちた?」

「飛行性能が、高度が3メートル程、距離が20メートル程落ちました」

「他には?」

「いえ、特には」

「・・・」

 暫しの沈黙に、フランクが口を挟む。

「ですので今回はその点の回復を・・・」

「バカ者ぉーーーっ!!!」

 マイケルの怒鳴り声に、フランクは思わず直立不動になるが、何を怒られたのかサッパリ判らないでいた。


「情けない。なんと情けない。『ガルーダ』の飛行性能がこんな物だと思われておったとは・・・」

 マイケルは理解した。『ガルーダ』はモルーグ王国にくる前か来た直後には、その能力の大半が失われていたのだ。だから誰も知らないのだ。『ガルーダ』の本来の能力を。


 マイケルは声を荒げて指示を出す。

「全く!このままの作業体制では姫の嘘が真になってしまうわ!」

「ボルト!工房の全員に通達せい!工房の全技術者は現在の作業を全て休止!全員で『ガルーダ』の補修にかかる!整備班も制作班も全てじゃ!」

「ギルバートにはパイロットとしての再訓練いや本来やるべき訓練を行う!文句は言わさん!『シューティングスター』のシミュレーターを『ガルーダ』用に改造する!シミュレーターによる訓練と『プテルス』による実地訓練じゃ!誰かリークを呼んで来い!付きっきりで教官をやってもらう!」

「後、ミリーにも付きっきりで手伝って貰わんといかんな。嫌とは言わせん。これで御披露目に何とか間に合わせる!よいな!」

「判ったら、とっとと『ガルーダ』をドックに戻せ!」


「フランク、お主には覚えてもらうことがビッチリとある。覚悟をしておけ」

 マイケルに肩をガシッと掴まれてそう宣告されたフランクは、何処にも逃げ場がないことを悟ったのであった。




 港町『レスタルダ』。

 昔から、カニを筆頭とした魚介類の水揚げが多い事で有名な漁港である。加えて、『(あま)街船(まちふね)』の墜落以降は、『(あま)街船(まちふね)』の発掘現場との中継基地としての役割も持つようになり、近年最も発展を遂げていた町であった。


 フィリア姫一行は、レスタルダからの定期連絡船に乗り込み『(あま)街船(まちふね)』を目指す。定期連絡船は発掘現場で働く人々と小規模な資材の輸送を行っている。

 フィリア姫は発掘現場へ視察に行くときにはこの連絡船を使用しており、桟橋の係員は姫が顔を出すと船の個室を用意してくれるのだ。

 もっとも、顔見知りの桟橋の係員と船員以外は姫が搭乗しているとは気付かない。というのも、これが楽なのと言ってその辺の村娘と変わらない格好で出歩く為である。

 今回はウィルファン王子が同行しているため少しは王族らしい格好をするかと思いきや、ウィルファン王子までもがこれが楽と言って持参の村男ふうの格好で来たのだ。二人で示し合わせたに違いないが、もはや取り繕う事は何もないといった二人の仲である。


 ウィルファン王子は船のデッキに立っていた。

 海がないモルーグ王国の出身であるウィルファン王子は船に慣れていない事もあって風にあたりたいというのもある。

 しかしそれ以上に、『(あま)街船(まちふね)』を眺めていたいという思いがあった。到着まで2時間以上掛かるという事ではあったが、出航してすぐでもその巨躯は眼前に迫って来ているように見えた。


 夕べからずっと考え続けて来た疑問。第一世代(ファースト)達の真実。フィスリニア王国の真実。自分は一体どんな世界に飛び込もうとしているのか。その鍵が目の前の巨大な壁にあると感じていた。

 そして、もう一つ確認すべきことが出来てしまったがそれはいつ確認するか・・・。


 ふと、思考の海から我に返った時、香しい香りを放つカップが目の前の手すりに置かれていることに、そして自分の隣りでフィリア姫が静かにお茶飲みながら同じ方向を見ている事にやっと気付いたのである。

「あ、姫、すみま・・・」

 謝りかけたウィルファン王子の口をフィリア姫が手で押さえる。

「気にしないで下さい、ウィル様。もうウィル様の癖は判ってますから」

 年相応の笑顔を振りまくフィリア姫に、ウィルファン王子も自然な笑顔がこぼれる。昨日までの堅苦しさが嘘のようだ。もっとも今朝の件に関してウィルファン王子は確認したい事があるのだが・・・


「ウィル様」

 二人で『(あま)街船(まちふね)』を並んで眺めていると、フィリア姫が前を見たまま声をかけてきた。

「私はあれを『発掘』と呼ぶのは嫌いなんです」

 とても真剣な顔だ。

「何と呼ぶべきだと?」

ウィルファン王子の優しい問いかけに、フィリア姫はさらに厳しい顔で答えた。

「あれは『略奪』です。」

 ウィルファン王子は、手摺りの上に置かれたフィリア姫の手に自分の手を無言で重ねる。

「それでも続けなけれはいけないんだね」

 コクリと頷くフィリア姫。その表情には王族としての義務と、一介の少女としての感情が交錯し苦悩しているようであった。


 そんな時、ミリーが声をかけながら近づいて来る。

「姫、船長がお話しがあるそうです。発掘現場の責任者から連絡があったとかで」

「判った。ミリーはウィル様を頼む。ウィル様、ちょっと行って参りますね」

 フィリア姫と入れ替わりにミリーがウィルファン王子の隣に立つ。

 ウィルファン王子は願ってもない機会と考えた。

「丁度よかった。ミリーさん、あなたにお聞きしたいことがあったんですよ」

 ウィルファン王子はにこやかに話しかけたが目は笑っていなかった。

「何でしょうか?ウィルファン様」

 ミリーは微笑みながら丁寧な言葉で続きを促す。


「今朝の騒動は、ミリーさんが謀ったのではないですか?」

 ミリーは表情を崩さずウィルファン王子から目を離さない。まるで無言でさらに続きを催促しているようだ。

「そもそも、私が朝食に参加したのはフランクに朝食の話を聞いたからで、フランクに話しをしたのはミリーさんだと聞いてます。フィリア姫がああなることをミリーさんが判っていたとしたら、フランクに話せば私が朝食に参加しようとすると判っていたとしたら」

「ミリーさんの人を観る目の凄まじさ、洞察力の凄さは姫から聞いています。しかし、ミリーさんがその力を使い、今回の事を企てたのだとしたら」


「・・・だとしたら、何だと言うのです?」

 ミリーは変わらず明るく微笑んでいるが、声のトーンは異様なまでに低かった。

 ウィルファン王子は寒気を感じながらもミリーを問い詰める姿勢を崩さない。

「だとしたらあれは、姫が可哀想過ぎます。もし私が姫に愛想を尽かしていたら、もし私が姫を慰めるのに失敗していたら、姫はその心に取り返しのつかない傷を受けることになるんですよ!それとも必ずうまくいく事が判っていたと言うんですか!それじゃあまるで!」

 ウィルファン王子の心にはある悪魔の名前が浮かんだが、それを口走ってしまう前にミリーが口を挟む。

「私はただの人間ですよ。そんな事が出来る訳がないですよ」

 ミリーの微笑みが段々と薄れていく。

「それとも、ウィルファン様は私を人間ではないと仰りたいのですか?人ではないと?化け物だと?」

 ミリーがニマァっと笑う。


 ウィルファン王子は背筋に冷たいものが走るのを感じてこのままではマズいと思い、一旦質問を変える。

「ミリーさん、あなたは姫をどうしようと言うのですか?」

「私は命に変えても姫を守るだけです」

 ミリーは淡々と告げる。

「私はフィリア姫が愛するウィルファン様もお守りします。フィスリニアの王になるのはウィルファン様です。ウィルファン様以外の人間を私は認めません」


 フィリア姫が走って戻ってくるのが、ミリーの肩越しに見えた。フィリア姫と入れ替わりにミリーが深く頭を下げて去っていく。

「どうかしましたか?」

「いえ、別に」

 訊ねるフィリア姫にウィルファン王子は笑顔で答えた。


「ウィル様!ほら!到着ですよ!」


 気が付くと船は、発掘現場の港に到着したのであった。

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