表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
21/311

1-21 想い人 5

 晩餐会は『謁見の間』の奥の、少人数用の応接室で行われた。少人数と言っても20人は楽に会食出来る広さである。もっと広く豪奢な部屋もあるが、人数と来賓の人となりを考えれば最良の選択であろう。


 部屋の中央に長テーブルが置かれ、片側に、フィリア姫、レオン、アルベルト、ミリーの順に席に着き、対面にウィルファン王子、ギルバート、フランクの順に席に着いていた。

 晩餐会での会話は、フィスリニア王国の現状の報告が主であった。次期国王であるウィルファン王子への情報提供が目的であり、ウィルファン王子への期待と信頼の証ではあったが、フィスリニア王国の真の目的はまだ語られていない。最もそれは、まだ誰にも語られていない事であった。ミリーですら推測はしたがまだ答えを聞かせてもらっていないのだ。


 例の噂も姫を守るための情報操作であった事がレオンの口から語られる。これは、発案者がレオンだと思わせるためだ。深窓のお嬢様が策士であってはならない「嫌われたくない」というフィリア姫の命令である。


 料理が次々と運ばれ晩餐会も中程に差し掛かる。ここまでくると両者はかなり打ち解けた様子になっていた。

 レオンとギルバートは昔話と騎士談義に花を咲かせていた。

 アルベルト、ミリー、フランクの三人は技術者(テクノマイヤー)としての技術的な話が中心となっている。ミリーはモルーグ王国の内情が気になるようで、フランクから色々と情報を引き出している。最もミリーはそうしながらも、他の者達の会話にも意識を張り巡らしていた。


 フィリア姫とウィルファン王子は、学院と工房の方針や有り様に話が進んでいた。

「なるほど、しかし思い切ったものですね。全ての国に学院の門戸を開くとは・・・本当に敵対中の国家に対しても開くのですか?」

「はい、その通りですわ。学院だけでなく工房もです。マシーナの修理や強化に関しても全ての国家に平等に機会を提供します」

 ウィルファン王子は心配そうな表情を崩さない。

「こちらから与えた装備で、こちらへの侵略の機会を与える事にもなりかねないと思いますが」

「はい。おっしゃる通りです。そのために、そうならぬよう技術交流による関係改善を図って行きますし、最悪の場合にも対処するに十分な力を得たと確信しております」

 フィリア姫はそう言うと、アルベルト達をチラリと見た。

 ウィルファン王子はその視線の意味する所を理解し

(なるほど『ラドルド平原戦争』の英雄か・・・それに最初の報告にあった近衛騎士のラインナップも錚々たるものだった。自信の裏付けとしては十分だな)

と納得する。


「それに、今は一国の保身よりも、世界中の国々の技術力の底上げを図る事が急務であると考えております。全ての国が侵略から身を守る力を持つ事が世界平和への道であると・・・間違っておりますでしょうか?」

 心配そうに見つめてくるフィリア姫に、ウィルファン王子は微笑みを返す。

「そんな事はありませんよ、姫。立派な志です。しかし、守る力を全ての国に・・・ですか。それではまるで・・・」

 そこまで言った所で、ウィルファン王子の言葉が止まる。表情から笑顔が消え、軽く握った拳そっと口に当て、俯き加減に何事かを考え始めた。


 ウィルファン王子の異変にフィリア姫も動きを止めて見守る。もう一人、動きを止めてウィルファン王子を見守る姿があった。ミリーである。

 不安に駆られたフィリア姫が「あ、あの・・・」と声をかけるが、ミリーがそれを制する。

「姫、殿方が大切な事をお考え中なのです。邪魔をしてはいけません」

 フィリア姫はミリーの言葉に従い待つ事にした。ミリーにはウィルファン王子が何を考えているのか判っているようだ。そのミリーが微笑みながら待てと言うのだから大丈夫だろう。

 やがて、全員がウィルファン王子の異変に気付き、ウィルファン王子に注目するが、ウィルファン王子はそれに気付かず思考の底に沈んだままだった。どうやらウィルファン王子は考え事を始めると周りが見えなくなるタイプのようだ。


 いつまでたっても思考の底から戻って来ないウィルファン王子に焦ったギルバートが、フィリア姫の面前であることも忘れ、いつもの口調で声をかけた。

「おい!ウィル!早く戻って来んか!」

「え?何?」

 と、不機嫌そうにギルバートを睨むウィルファン王子だったが、自分が何処にいるのかを思い出し、失態を演じてしまった事を把握するのに時間はかからなかった。

「ウィルファン様、わたくしの言動で何かお気に障ることが御座いましたでしょうか?どうか遠慮なくお叱りつけ下さい!」

「いえ、そんな事は何も・・・」

 弁解しようとするが言葉が見つからない。フィリア姫は自分に落ち度があると考え哀しげな表情を崩さない。突然心に浮かんだとんでもない考えのせいでこうなったのだが人に話せるような内容ではないので何とかごまかしておきたいのだが、

「ここまで皆さんにご心配をおかけしたのですから、気になることは話してしまったらどうです?」

 と、身内であるギルバートに足下をすくわれ、ウィルファン王子は身動きがとれなくなってしまったのである。

 しかし、このウィルファン王子の苦境を救った者がいた。ミリーである。


「姫様お聞きください。王たらん者は、常に様々な事柄や可能性を熟考し、答えを導き出したり臣下の者に答えを探させたりするものです。その考察の元となる材料には真偽が定かでない怪しげな情報も数多くありましょう。もし王が怪しげな情報を王の言葉によって軽々しく口にしたならば多くの者がその言葉に翻弄される事になりましょう。だから王は常にその言葉を吟味せねばならぬのです」

「ウィルファン様はその事を正しくご理解しておいでです。ですからウィルファン様が話さぬと決めた事を聞き出そうとしてはなりません。話す必要があればその時が来たら必ず適切なる相手にお話くださるでしょう。それにウィルファン様は姫の責ではないと明言して下さったのです。それ以上何を望まれますか?」


 フィリア姫を叱責するミリーが最後に微笑んだのを見て、本当に大丈夫なんだとフィリア姫は安心した。

「ウィルファン様、差し出がましい物言いをしてしまいました。お許し下さい」

「いえ、こちらこそ姫に無用のお気遣いをさせてしまい、お詫びのしようも御座いません」

 また、ミリーの叱責はフィリア姫だけでなく全員に向けたものであると皆が理解し、これ以上の追及は起こらなかった。

 取り敢えず窮地を切り抜けたウィルファン王子は、礼を言おうとミリーを見たが、既にミリーは料理を堪能しながらアルベルトやフランクと語り合い、先程の事は既に頭にないという風であったため、こちらもフィリア姫との歓談の続きを行う事にした。ただし、心に浮かんだ考えの検証が必要でありそのための情報を得たいとの思いが強く心を支配していた。


 ミリーはアルベルトやフランクと話しながらも、フィリア姫とウィルファン王子の話に注意を向けていた。二人の会話の中心が『(あま)街船(まちふね)』に移っていくと(やはり気付いたか。賢いお方だ)と感心し、(これは、サモン殿やマイケル殿には第一世代(ファースト)の禁を破ってもらう必要があるな)と考え、二人の老人が困る様を想像すると、自然と笑みがこぼれるのであった。




 晩餐会は、やや軽めの量で一旦締められた。これは身分に関する通俗的なしきたりのせいである。通常、諸外国の来賓を迎えての晩餐会に出席するのは王族や国の要人のみであり、騎士や技術者風情が出席してよいものではないのだ。来賓中のこうした低い身分の者達を歓迎しもてなすのは同レベルの身分の者達の役目である。

 しかし、ウィルファン王子一人では王子の気が休まらないだろうから後の二人も一緒に、と提案したのはミリーであったが、それに異を唱えたのはマーサと騎士及び技術者(テクノマイヤー)達である。マーサはしきたりを重んじる立場からであり、それでは後の二人が気疲れするだろうという考えだった。騎士や技術者(テクノマイヤー)達は後の二人を歓迎するのは我々の務めだと言う理由だったが、大体は新鮮な面子で酒を飲みたいと言うことだろう。


 と言う訳で、晩餐会の後半戦は、王族二人とその他に別れる形となった。


 王族の二人は、今までなかった二人きりの状況に戸惑いながらも、お互いボロを出す事がない程度に打ち解けあっており、マーサにとって大満足の仕上がりとなった。


 もう一方の宴会では、ちょっとした事件が発生してしまった。

 宴も少し進み、シオンが二人に新しい飲み物を運んだ時の事だ。ギルバートとフランクは、清楚なワンピースを着たシオンを見て(はて?どういった立場のお嬢さんだろう)と首をひねった。長い黒髪の美人で可愛らしさも残っている。仕草や笑顔はエプロンが似合いそうな雰囲気だ。ここにいる誰かの身内だろうと考えたせいで、自己紹介を受けた時に、自分の想像とのギャップの大きさに、つい当人に向かって呟いてしまったのである。

「あんたが、『漆黒の鬼姫』・・・」

「・・・『鬼姫』・・・」


 シオンは、笑顔を崩さなかったものの、その愛らしく開いた目にドンドン涙が溜まっていくのがギルバートとフランクからも容易に見て取れた。

「そうとも呼ばれているとは知っていましたが・・・面と向かって言われると、さすがに・・・」

 そう言うや否や、シオンの両目から涙がドッと流れ落ちる。思わぬ事態に焦るギルバートとフランク。

「泣かせた!」「大変だ!客人がシオンを泣かせたぞ!」「シオンが泣かされた!」

 騒ぎ始めるフィスリニアの面々。ただし、フィスリニアの者達はシオンが極端な泣き虫である事を知っており大した事はないと判っているため、この騒ぎ方は客人への単なるイタズラである。

 そうとは知らぬギルバートとフランクは両国友好の危機とばかりに、ひたすら謝り続け、最後は土下座までしようとしたところを立ち直ったシオンに必死に止められたのである。フィスリニアの面々がシオンに怒られたのは言うまでもない。

 しかし、この一件のおかげで両者から固さが取れて大いに盛り上がったのは言うまでもない事である。




 翌朝・・・


 フィリア姫はひたすらに眠かった。眠すぎて目が開かない。

 寝着を着替えるのももどかしく、そのままフラフラと、ほとんど目をつぶったまま、いつも皆で朝食をとる大部屋へと移動する。マーサに何か目が覚める飲み物を出してもらおうと思ったのだ。


 大部屋の扉を開けて、「おはよ」と皆に声をかけて、入り口近くの自分の席に雪崩れ込み、テーブルに顎をどんと乗せる。ここまでなら目が開かなくても十分可能であった。

 周りから元気のない挨拶が返るが、理由を確認する元気はない。

「ひ・・・姫様・・・一体どうなさったのですか?」

 マーサがオロオロしながら質問する。フィリア姫は目を閉じテーブルに顎を乗せたまま答えた。

「今日から大好きなウィル様とずーっと一緒なのよぉ。今日は何処をご案内しよう、明日は何を観に行こう、どんな所がお好きかしら、どんな食べ物お好きかしら、って考え始めたらもう眠れなくなっちゃったのよ~」

 フィリア姫は「グヘヘヘ」と不気味な笑い声をあげると言葉を続ける。

「マイケルぅ!『ガルーダ』の修理、出来るだけ引き延ばしなさーい!1年でも2年でもいいわ!そうすれば、ずーっとウィル様と一緒にいられるから!」

 フィリア姫の脳みその暴走が止まらない。

「ウィルっさまぁ~~♪♪、すってきなウィルっさまぁ~~♪♪、だ~~いっ好きぃ~~なウィルっさまぁ~~♪♪」

 訳の分からない歌を歌い始めたフィリア姫は、顎をテーブルに乗せたまま歌に合わせて身体をくねらせ始めた。


 フィリア姫が歌?と踊り?を止めたのは、コトリと目の前に皿が置かれた気配とスープの香りのせいだった。

「マーサ?飲み物だけでいいのよ。朝食はウィルファン様と食べるから」

 そう言いながら重い目を薄く開けると、目の前にシオンが泣きそうな顔で座っている。あれ?いつもは私の隣に座っているのに今日はどうして・・・

「ウィルファン様が何時もの朝食のお話をお聞きになったご様子で」

 マーサも泣く寸前の状態で語る。

 フィリア姫はだんだんと思考が目を覚まして来た。何時もシオンが座っている席に誰かが座っているのが判る、が、見てはいけないと本能が警告する、見れば全てが崩壊すると。

「ウィルファン様も皆と朝食を共にされたいと仰って」

 マーサはそう言うと、顔を手で覆った。

 もう、見ない訳にはいかなかった。フィリア姫は恐る恐る隣に目を移す。


「おはようございます。姫」

 優しく微笑むウィルファン王子の姿がそこにあった。


「ふぇっ、ふぇっ、ふぇああぁぁぁぁぁっ」


 何とも形容し難い叫び声を残して、転びながら部屋を飛び出していくフィリア姫。バタンと閉ざされた扉の向こうでは、「姫様!どうされました?!」「お加減が悪いのですか?!姫様!」と朝食の支度をしていた女房達の悲鳴にも似た叫び声が閉じられた扉の向こうから聞こえて来る。

 マーサは責任を感じていた。フィリア姫の許可を得ずにウィルファン王子の頼みを受けこの朝食へ招き入れたのはマーサだった。ちょっとした悪戯心もあった。その事がこの重大事を引き起こしてしまった。このせいで破談となったら死んでお詫びをするしかない、いや、この命に代えても破談にはさせない。その覚悟で泣きながらフィリア姫の下へ駆けつけようとしたマーサにミリーの怒号が飛ぶ。

「行ってはならん!マーサ!」

 鋭すぎる言葉に、マーサは逆らう事が出来ずその場に立ち尽くす。全員がミリーに注目する中、ミリーはウィルファン王子を見つめ、ゆっくりと微笑むと優しい声でこう言った。

「ウィルファン様、お願い出来ますか?」

 一瞬、驚いたウィルファン王子であったが、すぐに理解して、微笑み返して頷くと、席を立った。

 様子を見ていたギルバートがポツリと呟く。

「なんだ、お似合いなんじゃないか」




 扉を出た所で、フィリア姫は膝を抱えて泣いていた。ウィルファン王子はフィリア姫の前に膝を付き、「姫」と優しく声をかける。

 フィリア姫はさらに固く膝を抱き、涙声で懇願する。

「お願いです。見ないで下さいまし。こんなみっともない私を見ないで下さいまし。ウィルファン様に似合う完璧なレディーでなければなりませんでしたのに、今までそうなろうと努力してきましたのに、嫌われたくなくて頑張って、でも結局かなわぬ夢でした。こんな、がさつでいい加減な私が見てはいけない夢でした」

 ウィルファン王子は思う。この姫も自分と同じだったのだと。相手を完璧な人間だと思い込み一所懸命背伸びをしていたのだと。

「姫、僕のだぁい好きな姫」

 ウィルファン王子は声をかけながらフィリア姫の顔を優しく起こし、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をハンカチでそっと拭きながら話かける。

「私もですよ姫。私もフィリア姫に釣り合うようにと自分を作っていたのです。本当は私もがさつでいい加減な人間なのです。こんな私じゃお嫌いですか?」

 フィリア姫は激しく首を振る。

「私も今の姫が大好きですよ」

 そう言ってフィリア姫を抱き寄せ言葉を続ける。

「私の父も母も言っていました。王族の結婚に愛などない、あるのは政略だけだと。父も母もお互いを愛してなどいなかったのです」

「でも私は共に生きるのなら愛し合っていきたいと思いました。だから不安でした。王族の姫として完璧なあなたですから、やはり愛など持っていらっしゃらないのではと」

「そして先程判りました。姫がこんなに愛してくださっている事が。私は嬉しくて仕方がありません。愛してます、姫」

「ウィルファンさまぁ」

 フィリア姫はまた泣いた。今度は嬉し泣きである。




 皆が心配するなか、フィリア姫がウィルファン王子に寄り添い肩を抱かれて入って来た。その様子に一堂安堵の声をもらす。

 フィリア姫が恥ずかしげに話出す。

「その、心配かけてごめんなさい」

 ウィルファン王子が言葉を繋げる。

「私達はもうお互いに飾る事を止めました。お互いを知ってそれが無意味だと判りましたので」

 ウィルファン王子がフィリア姫にニカっと笑うと、フィリア姫がエヘヘヘと照れ笑いをする。

 両陣営共に自分の主が普段通りになった事が判ると、安堵の歓声と拍手が起こったのであった。


 その後の朝食は和気あいあいとしたものだった。そして、フィリア姫とウィルファン王子の間で今日どうするかという話になった時、突然ミリーが二人の会話に割り込んできた。

「姫、ウィル様は行きたい所がおありですよ」

 フィリア姫は驚き、ウィルファン王子も驚く。

「えっ?どちらですか?遠慮なさらずに言って下さい」

「いや、まあ・・・大変でしょうし・・・」

 ミリーが突っ込む。

「昨日の晩餐会から行きたがっていたじゃないですか。疑問を解消するためにも最初に行っておきたいのでしょう?」

 自分は誰にも言ってないはずなのに何故知っているのだ?ウィルファン王子は疑問に思ったが、今後の行動の道筋をつけるためにもこの追い風には乗るべきと判断した。


「では、お言葉に甘えて」

 ウィルファン王子が切り出す。


「『(あま)街船(まちふね)』へ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ