1-20 想い人 4
少女に案内されて、三人は城内を進んで行く。途中通過する通路や幾つかの待合室と思われる部屋の扉は、一行が近づくと衛兵や侍女達の手によって速やかに開かれるため、一行の歩みのリズムが乱される事はない。
ウィルファン王子は前を歩く小柄な少女の後ろ頭を見ながら考える。この少女は一体何者なのか。ギルバートが小間使いと言ったので自分もそう信じ込んでいたが、衛兵達と何の確認も交わさずに進むさまは妙だ。
いくら我々が来ることが事前に判っていたとしても、簡単な確認くらいは取ってもよさそうなのに、衛兵達は無言で扉を開け脇によけて道を開ける。そしてこの少女は、そんな衛兵達を一顧だにする事なく進んで行くのだ。
今想えば、道すがらの全ての質問に即答してくれた知識量も小間使いの範疇を超えている。もしかしたら文官か何かなのかもしれない。
そんな事を考えながら歩いていたウィルファン王子は、今開けられた扉の向こうが広い応接間であり、向こう側に玉座がある事からここが目的地の『謁見の間』であることに気付く。
そして、二つ玉座のうち王妃の座と思われる少し小さめの玉座から一人の少女が立ち上がりこちらへ歩いて来るのが判った。フィリア姫である。
フィリア姫には、向かって左側に二人の男性が、右側に付き人と思われる女性が付き従っていた。
(この二人の男が噂の執政官なのか)
と、少女に案内されて来た三人は考えつつ歩みを進め、フィリア姫とウィルファン王子は部屋の中程で対面する。
そして、フィリア姫の付き人の女性は一礼すると部屋の隅に移動し、フィリア姫の右側にはなんと案内してきた少女が立ったのである。
この様子をギルバートとフランクは「なぜ??」という顔で見つめてしまったが、きっと姫のお側付きなのだろうと勝手に納得した。
フィリア姫は、ウィルファン王子に優雅に一礼し、挨拶を繰り出す。
「ウィルファン様。ようこそフィスリニアへお越しくださいました。フィスリニアに住まう者一堂、皆様を心より歓迎致します」
ウィルファン王子も一礼し挨拶を交わす。
「お久しぶりですね、フィリア姫。ご健勝で何よりです。一年ぶりでしょうか、また一段とお美しくなられましたね」
優しく微笑むウィルファン王子にフィリア姫ははにかみ恥じらいを見せる。その様子を部屋の隅で見ていたマーサは・・・吹き出しそうになるのを必死に堪えていた。
フィリア姫とウィルファン王子は、久し振りの再会を喜び、いくつもの言葉を交わす。会話が一段落したところで、フィリア姫が思い出したように切り出した。
「そう言えば、この者達の紹介がまだでしたね。彼等はいずれウィルファン様の腹心ともなる者達です」
フィリア姫の言葉に、リオン、アルベルト、ミリーの三人は姿勢を正す。
「私の右手奥が、レオン=バフマン。摂政を務めてもらっています」
レオンが一礼をする。ウィルファン達は摂政は引退したと聞いていただけに驚いたのだが、
「何度も引退宣言をしたのですが、未だに受理して貰えませんでな」
と笑うレオンを見て、我々の情報はそれが曲解して伝えられたかと理解する。
「そして、私の右隣が、アルベルト=イーゼルバーグ。主席執政官です」
随分若いが大丈夫なのか、というのがギルバートの正直な感想だった。しかし、フランクはその名を聞いて目を見張る。
「最後に私の左、既に自己紹介は済んでると思いますが、彼女はミーア=リーア=シュタインロード。次席執政官です」
「ええっ?!」
さすがにこれには三人から驚きの声が上がりミリーを凝視する。ついさっきまで小間使いだなんだと見下していた相手が、実はこの国のトップの一人だったのだ。ギルバートはここに来るまで吐いていた暴言を思い出し青ざめていた。
フィリア姫は、ウィルファン王子達三人の様子を見てミリーに声をかけた。
「ちょっと、ミリー・・・さん?あなた、ちゃんと自己紹介したのですか?」
「いや、その、タイミングを逸しまして・・・」
ミリーはばつが悪そうな笑顔で答えて、チラっとギルバートを見る。ギルバートはさらに青ざめて俯いた。
フィリア姫が大人ぶった口調でミリーを窘める。
「駄目ですよ、ミリーさん。ウィルファン様達が困っているではないですか。挨拶は人としての礼儀の基本です。これからは、礼節を忘れぬよう行動してくださいね」
フィスリニア側の面々は「どの口が礼節を語るんだ」と思ったが口には出さない。ミリーも「は、はい」と返事し一礼をするに留める。マーサは口に手を当てて笑いを抑え込もうとし、入口に控えている衛兵は視線を泳がせ必死に笑いを堪えようとしていた。
そんなフィリア姫の顔を見つめていたウィルファン王子が、突然心配そうな顔になりフィリア姫に話しかけた。
「姫、少しお疲れなのではありませんか?」
朝から着替え疲れ座り疲れて、午後はミリーに怒り疲れていたのだ。顔に出ない方がおかしい。どう答えるのか皆の注目の中、フィリア姫がお淑やかに微笑んで答える。
「今日は早朝から公務に追われておりまして、やっと先程一段落致しましたの」
「お忙しい時に来てしまったのですね。申し訳ありません」
「とんでも御座いません。ウィルファン様に会えるという喜びがあるからこそ、辛い公務にも耐えられるというものです」
もはや、マーサは壁の方を向き、壁ドン状態で肩を揺らし無言で笑っていた。衛兵も壁の方を向いて肩を揺らしている。マーサと衛兵はウィルファン王子達の真後ろに位置するため、その様子はウィルファン王子達には幸い見られていないが、フィリア姫達には丸見えである。アルベルトとレオンは「自分達だけズルい」と思ったが口に出さずに笑いを必死で堪えていた。ミリーはさすが平然としたものだった。
続けて、ウィルファン王子が自分達の紹介を終えると、レオンがギルバートに声をかけた。
「ギルバート殿、お久しぶりですな。まだ現役とは羨ましい」
そこでようやくギルバートはレオンの事を思い出した。名前に聞き覚えがあったのだが思い出せずにいたのだ。
「おぉ、『レッドゴート』の騎士で在らせられたレオン殿とお見受けしました。レオン殿は・・・」と言いかけて言葉を失う。レオンはギルバートの心情を察して、潰れた右目を指差しニカッと笑う。
「コイツのお陰で騎士を廃業しましてな。その後は後釜の教育と姫様の養育係をやっておりました」
レオンの言葉にギルバートは大きく頷くだけであった。騎士を廃業せねばならなかった時のレオンの心中が痛いほど判るだけに、何も言葉をかける事が出来なかった。
「ギルはレオン様と知り合いなのか?」
「はい。15年前に、対ソゼルド連邦の共同戦線で共に戦った間柄です。まだヒヨッコだった私に騎士のなんたるかを教えてくれた御方です。腕も心根も立派な騎士の鏡のような御方です。あのような噂を立てられる筋合いはありません!」
ギルバートはここまで勢いで話すと、言い過ぎた事に気付き俯いて黙り込む。フィリア姫とレオンは顔を見合わせた後、フィリア姫が切り出した。
「ギルバート殿、レオンへのお気遣いありがとうございます。噂の件では、ウィルファン様へのご報告をこの後の晩餐会の場で行おうと思っております」
ウィルファン王子が静かに頷く。
「では、皆様にお部屋をご用意しましたので晩餐会のお時間までそちらで旅の疲れをお癒やしください。マーサ!皆様をお部屋へ!」
既に復活していたマーサがウィルファン王子達三人を連れて『謁見の間』を後にする。三人を見送ったフィリア姫はその場に座り込んでしまった。
「へたり込む位なら素顔で接すればよいでしょうに」
「嫌われたくないもん」
ミリーの言葉に膨れるフィリア姫。やれやれという感じでミリーが優しく声をかける。
「一生そうするおつもりですか?」
返事もなく座り込んでいるフィリア姫。しかし、意を決したように立ち上がり「大丈夫、なんとかなるわ」と元気よく歩き出した。
ミリーは、溜息を一つついて呟く。
「素顔で接した方が上手くいくと思うんですけどねぇ・・・二人とも・・・」
ウィルファン王子達には一人一人に客室が割り当てられていたが、晩餐会が始まるまでの間、ウィルファン王子の部屋に集まってこれからの事を話し合っていた。
「しかし、驚かされたな。あの二人の執政官には。だが、あんなに若くて務まるのか?」
ギルバートの心配に、フランクが頭を振りながら口を挟む。
「ギルさんは、あのお二方の事を知らないからそんな事が言えるんです」
「フランクはあの二人の事を知っているのかい?」
ウィルファン王子の問い掛けにフランクは答える。
「技術者であのお二方の事を知らない者はいないでしょう。お二方は伝説的な存在、技術者の憧れです」
ギルバートが笑いながら茶化す。
「随分と持ち上げるもんだ。何がそんなにスゴいんだ?」
「アルベルト様は『ラドルド平原戦争』の英雄、ミーア=リーア様は5歳の時にスニーキー隊と『アクティブリンク』をひとりで造り出した、と言えば十分ですか?」
茶化されて憮然としたフランクの言葉に、ギルバートは「マジか・・・」と、生唾を呑んだ。フランクは言葉を続ける。
「お二方はどこにも属さない事で有名でした。その上ミーア=リーア様は何年も行方をくらませて人目を遠ざけていたはずなんです。そんなお二方と直接言葉を交わす機会を得られるなんて・・・技術者冥利に尽きます」
フランクは陶酔気味に語る。そんなフランクを横目に見ながらウィルファン王子は今日の方針を語り出す。
「何故そんな二人がフィリア姫に忠誠を誓う事になったのか気になる所だな。内情も色々と聞いていた話と違う所が多いし・・・、案内してくれた女性の話では晩餐会には姫とさっきの三人が出席するという話だから、聞けることは全て聞いておきたいな。ギルもレオン殿と懇意なら聞きやすくもあるだろう」
方針が決まった所で、ギルバートが雑談を始める。
「しっかし、ウィルは公務の時は何時もあんな上品な喋り方をしているのか?笑いを堪えるのに大変だったぞ」
フランクも笑いながら同意する。
二人が知っているウィルファン王子はその言動も人となりも、庶民派というより庶民そのものであった。王族である事が何かの間違いではないかと思える程だ。ざっくばらんで話しやすく人なつっこい。ウィルファン王子自身も庶民的な環境の方が性に合ってるし落ち着くのだった。
「まぁ、大抵はあんな感じだけどね。ただ、フィリア姫と釣り合うためにはもっと頑張らないとね、見限られないように」
「そうだな、フィリア姫は正に生まれながらの王族って感じだからな。少しでも王族らしからぬ振る舞いをしたら確かに見限られそうだ。しかしウィル、お前一生そうするつもりか?」
返事もなく座り続けるウィルファン王子。しかし、意を決したように顔を上げると「大丈夫、なんとかなるさ」と元気よく答えた。
そして、晩餐会の時間となったのであった。




