1-19 想い人 3
「これはまた・・・」「明るいな・・・」「えぇ、随分と明るいですね」
フィスリニア城に到着した三人の最初の感想がそれだった。別にまだ日が高い事を言っているのではない。城を取り巻く雰囲気の事である。
夕方のこの時間は学院の幼年組の授業が終わったばかりであり、1日の勉強から解放された子供達が遊びまわっているのだ。明るくない訳がない。
学院では10歳までの子供達を幼年組として読み書き計算など基礎的な教育を行っている。近くの者は徒歩や乗合馬車等で通い、留学等の通えない者は学院に併設された寮に入っていた。
また幼年組に限り国中に学院の分校があり、全ての子供達が平等に基礎教育を受けられるよう配慮されていた。リークの幼なじみのリサ=リデルが教鞭をとっていた学び舎もこうした分校の一つだった。
フランクは子供達を轢かないように注意しながらゆっくりとトレーラーを進める。ゆっくり進んでいるお陰で三人はフィスリニア城の様子を車中から見ることができた。
まず驚かされたのは、フィスリニア城が非常にオープンだということだ。モルーグ王国では王宮と言えば広い敷地に高い塀が巡らされ、平民には中を覗く事も許されない。いや、モルーグ王国だけでなく他の国だって似たようなもののはずだ。
しかし、この城は様子が違っていた。塀などもとよりない。城の入口前を通過したときに入口の番をしている衛兵と子供の話が聞こえた。今日は城の中では遊べないことを子供に話しているようだ。と言うことは、普段は城の中で子供達が遊んでいることになる。
「まじか・・・」「自由過ぎるでしょ・・・・」
三人は顔を見合わせて呟いた。
さらに行き交う人々からは好意的な眼差しを感じていた。さっきの衛兵からは笑顔での敬礼を受けたし、子供達や学院の学生とおもわれる若者、それに村人とおもわれる人々がすれ違いざまに笑顔で手を振ってくるのだ。
「こんな感じって、なんかいいよね」
ウィルファン王子は笑顔で軽く手を振りながら呟く。
ウィルファン王子は王室の代表として地方都市や諸外国に特使として視察に赴く事がある。その時に行った先でよく歓迎パレードなるものが行われるのだ。しかしウィルファン王子はこれが好きではなかった。
国民の要望で行われ人々が自由意志で集まるのであれば別に問題はない。問題があるのは、その地の権力者が国民の意志に反して、公共の道路を占有し人々を強制的に拘束して長時間沿道に並ばせ手を振る事を強要する場合である。
そんな似非歓迎はウィルファン王子にとって拷問でしかない。とにかく痛いのだ人々の視線が。早く行ってしまえ、こっちは忙しいんだ、と手を振る眼差しが訴えてくるのである。
ウィルファン王子も目を瞑って耳を塞いでる訳にもいかず、パレードの間、にこやかに手を振りながら視線の拷問を受け続けるのだ。ウィルファン王子がその地とその地の権力者を嫌いになる瞬間である。
もし、ギルバートやフランクが心配するような権力主義の連中が巣くっているならば、フィスリニア王国もそのような醜悪な歓迎を行うに違いない。その場合、繊細で可憐なフィリア姫の盾となって闘うか、フィリア姫を連れて脱出するか。思案のしどころのはずだった。しかしそれは杞憂に終わりそうだ。
「ねぇねぇ、載せてるのはマシーナ?」
幼年組の子供がトレーラーに併走しながら聞いてくる。
「あぁ、そうだよ」
ウィルファン王子が後部座席の窓から顔を出して答えると、子供は目を輝かせて、
「やっぱりマシーナだって!」
と、後方に叫びながら下がって行った。ウィルファン王子が窓から頭を出して後方を覗き込むと
「新しいマシーナが来た!」「すげー!」「どんなのだろ」「付いて行ってみようゼ!」
と、トレーラーの後ろにどんどん子供達が集まり、ちょっとした行列になっていた。
この自然発生の可愛らしいパレードの行列に人々の注目もさらに集まり、
「何事?」「前に通達があった『大切なお客様』じゃないの?」「じゃあ、後ろに乗っているのが王子様?」「やだ、かわいい!」
などという声が聞こえ、にこやかに思い思いに手を振る人がさらに増えた。ウィルファン王子も自然に笑顔で手を振る。ギルバートとフランクも無意識のうちに笑顔になっていた。
「こんな気持ちのいい出迎えは初めてだよ」
ウィルファン王子の言葉に、「まったくです」とギルバートとフランクも同意したが、ギルバートは突然真顔になり、
「いやいや、これは狡猾なこの国の連中の罠かもしれん。まだまだ油断はできんぞ」
と、あとの二人に気を引き締めるよう注意したが、自分の子供と同じくらいの幼年組の子供達のキラキラ輝く瞳を見ていると、自分の子供もこんな環境で育てたいものだと、つい笑顔に戻ってしまうのであった。
程なく可愛らしいパレードは、闘技場として利用されていた訓練場の横を抜けて工房に到着するが、その規模に三人は驚かされる事になる。
飾り気のない直方体の建物は6階いや7階建て程の高さがある。入口はトレーラーが3台並んで通れる幅があり建物はさらに左右に30メートルずつの幅があった。奥行きは木立のせいではっきり判らないが300メートル以上あるように見えた。トレーラーごとそのまま建物の中に案内され、三人は建物の中でさらに息をのむ。
内部は屋根まで全て吹き抜けであり、どんな背が高いマシーナも余裕で立てる。入口の幅がそのまま通路になって真っ直ぐ延びていた。通路の左右にはマシーナのドックが8つずつ並んでおり同時に16機のマシーナの作業が可能な計算だ。そしてさらにその奥は広い部品工場となっており、大小様々な部品が作り出されている最中であった。
トレーラーは一番奥のドックまで誘導された。そこでは、第一世代と思われる老人と、マントを羽織り髪を両耳の後ろで束ねた少女が待っていた。
「お疲れ様でした。どうぞお降りになって下さい」
国境からここまで案内してくれた若者の一人が声をかけた。もう一人は老人と少女に何やら報告中のようでそれが終わると二人とも去って行った。
トレーラーから降りた三人に、老人が一歩前に出て声をかける。
「ようこそおいでくださった。儂がこの工房を預かっているマイケル=スタンレーじゃ。『ガルーダ』製作には儂も少し関わっておったでな、今回の仕事は楽しみにしておったのじゃよ」
ウィルファン王子が一歩前に出て頭を下げつつ挨拶に応える。
「この度は、当方の無理をおきき頂きありがとうございます。私はウィルファン=ファース=モレードです。そしてパイロットのギルバート=ラングルホース」
ギルバートが軽く頭を下げる。
「そして『ガルーダ』の専属整備士のフランク=メルギス・・・おい!フランク!」
フランクは工房の様子に夢中で話を聞いておらず、慌てて頭を下げた。
「ほっほっほっ。どうかな?フランク。工房は気に入ってもらえたかな?」
嬉しそうに目を細めて問いかけるマイケルに、フランクは興奮気味に答える。
「は、はい!気に入るも何も。とにかくスゴいです!感動です!・・・あそこでバラしているのって『バリスタン』ですよね?『オリジナル』なんですよね?大丈夫なんですか?『オリジナル』をあそこまでバラしちゃって。元通りに戻せるんですか?」
「整備するんじゃからバラすのが当たり前じゃ」
フランクの心配は無理もない事であった。通常『オリジナル』の整備はせいぜい外殻を外すのが精一杯で、中の構造物を外すなどもってのほかであった。組み上げる時のバランス等判らない事が多かったり専用の工具がなかったりで元に戻せてかつ元通り動作させられる保証がないのだ。
「それに、『バリスタン』のコックピットを新調中でな、ほれあそこ、今、7割程出来上がっておる」
「『オリジナル』部品が作れるんですか!」
フランクにとってもはや前人未到の領域である。フランクは恥いる。我がモルーグ王国の技術力がなんと稚拙で遅れている事か。フィスリニア王国との差は10年や20年では済まないだろう。
意気消沈するフランクの心中を察してマイケルが声をかける。
「折角のチャンスじゃ。学べるものは総て学んで行くがよいぞ」
「はい!ありがとうございます!」
マイケルの言葉にフランクは頬を紅潮させて元気よく返事をした。
そんなフランクを笑いながら見ていたウィルファン王子とギルバートは、トレーラーの荷台の方が騒がしい事に気付き目をやると、パレードよろしく後ろをついて来ていた子供達が、なんとここまで入り込み、早く見たいと騒いでいたのだ。
「も、申し訳ありません!子供達が後ろをついて来ていたのは知っていたのですが、まさか中までついて来るとは・・・」
図らずも子供達を工房内に引き入れる形になってしまったウィルファン王子はマイケルに謝りをいれ始めるが、マイケルは笑って手で謝罪を制し、子供達に向かって声をかける。
「こら、お前たち、今見せてやるから静かに待っとれ」
「はーーい!」
子供達が元気に口を揃えて返事をする。
「という訳で、子供達に外観だけでも見せてあげたいのだが構わないかな?あと、『ガルーダ』をドックに設置したいので、起動キーをお預かりしたいんじゃが?」
ギルバートは「は、はい!」と慌ててキーを渡す。
ウィルファン王子が皆の疑問を代表して質問に変える。
「子供達を放っておいでよろしいのですか?子供が入っていいような所とは思えませんが・・・邪魔にもなりますし、危険ですし・・・」
マイケルは子供達を眺めながら説明する。
「学院の学生は幼年組の小さな子供であろうとも、工房に自由に出入りし、観察し、技術者に質問してもよい事になっておる。好奇心は学ぶ事への重要なスパイスじゃ。好奇心を満たし伸ばし育てる事で子供達が伸びるのであれば手助けしてあげるのが大人の努めであろう」
「邪魔かとか危険かとかは子供達に自然に身に付いておるよ。いやこの頃に自ら身に付かねばならん事だ。王族の方はどうか解らんがそっちの二人は覚えがあるのではないかな?子供の頃危険な場所を遊び場としていた覚えが。そして限界線を身体で覚え自分達でルールを作り次の世代に伝授していく」
「ここでも同じ事じゃ。自分達でちゃんと考えさせておる。ほれ、あそこを見てみい。小さい子には必ずちゃんと大きい子が付いて色々教えておるじゃろ?あれだって子供が自分達だけで作りあげたルールじゃよ。学院はそうした自律性を尊重し育てる事を理念の一つとしておるのじゃよ」
三人は感心を通り越して感動していた。
フランクはジム=ヘリスンという少年の事を思い出していた。ジムは『ガルーダ』が好きでよく衛兵の目を盗んでは『ガルーダ』のガレージに忍び込んで来るのだ。そんな時フランクは隅っこの目立たない所に座らせて置くのだが、これからは『ガルーダ』の事を少しずつ教えてあげよう、と思うのであった。
ギルバートは学院の事を色々とマイケルに聞いているところだ。
「学院には貴族の子息しか入れないのか?国民でないと駄目なのか?学力や費用は?」
自分の子供の事を考えての事なのだろう。ギルバートの真剣さが半端ない。
「まあ、落ち着きなさい。身分や国境は関係ないぞ。費用は寮に入るとなればある程度は覚悟がいるじゃろうな。学力は年齢にもよるしな。細かい事は学院の事務局に相談してみるがよかろう」
マイケルの言葉をギルバートは腕を組んで噛み締め始めた。
ウィルファン王子は王子で腕を組み考え始めた。モルーグ王国にも学院が欲しい。障害は父と兄か。叔父上に協力を仰げば何とか。いや一番の問題はここの学院の協力が得られるかどうかだ。得られなければ意味がない。姫はおそらく協力してくれるだろうが、問題は新たな権力者である二人の執政官だ。一体どんな人物なのか・・・
「あのぉ、すみませーん、よろしいですかぁ?」
申し訳なさそうな声が沈思黙考に入っていたウィルファン王子を現実に引き戻した。考え事を邪魔されたウィルファン王子は反射的に軽く睨んでしまい、しまったと後悔した。睨まれてビクッと反応した声の主はマイケルと一緒にいたマントの少女だった。
「あ、はい、なんでしょう?」
ウィルファン王子がにこやかに対応する。
「あの、よろしけれは、そろそろ御三方をお城に御案内したいのですが・・・」
あっ、と三人は声を上げて、工房に驚愕する余り忘れていた大事な事を思い出した。
「し、失礼しました。よろしくお願いします」
と、慌てるウィルファン王子。「では、こちらへ」と移動を始めた少女に、ギルバートが辺りを見回しながら尋ねる。
「なぁ、お嬢ちゃん。お出迎えはお嬢ちゃん一人なのか?」
「はい、そうですが、何か?」
「いや、何でもない」
そういうと、ギルバートは憮然とした表情で黙ってしまった。
マントの少女を含めた四人は、工房を出て城へむかう。少女とウィルファン王子が並んで前を歩き、ギルバートとフランクが後方に並んで追従する。
道中、ウィルファン王子は色々と少女に質問をしていた。後ろを歩くフランクがギルバートに小声で話しかける。
「どうしたんです?不機嫌になっちゃって」
「いやな、確かに過剰な歓迎行事なんかは俺達は願い下げだ。しかしな、出迎えが下っ端の小間使いのガキ一人ってどういう了見だ?こっちは一国の王子だぞ。何らかの役付きの人間が出迎えて然るべきだろ。王子を軽んじているとしか思えん」
「ちょっと、聞こえますよ」
心配するフランクに「構うもんか」とふてくされるギルバート。さすがにウィルファン王子が振り返りギルバートをたしなめる。
「ギル、滅多なことを言わないように」
少女も振り返り、申し訳なさそうな顔で
「あの、すみません、言い遅れましたが、実は私・・・」
と言った所で、ギルバートが少女の言葉を遮る。
「いや、嬢ちゃんは何も言わんでいい。嬢ちゃんの立場は判っとる。嬢ちゃんは何も悪くない。だから嬢ちゃんは何も言うな」
少女は困った顔で「は・・・はぁ」と相槌を打つと黙って言う通りにした。
こうして四人は、待ちくたびれたフィリア姫が待つ城内へ入って行くのであった。




