1-18 想い人 2
数日前から、フィリア姫のそわそわが止まらない。
落ち着きがなく、何事にも上の空で人の話を聞いているのかいないのか判らない。そして気が付けばニマニマニマッとにやけ顔になってしまう。そんなフィリア姫の様子に、今回は致し方ないと諦めたマーサは謁見を含めたフィリア姫の公務の一時全面停止を提言し、アルベルトもミリーも苦笑しながら同意した。
そんな状況の中、フィリア姫が公務に支障を来しながら待ち焦がれたウィルファン王子の来訪の日となったのである。
今回のウィルファン王子の来訪には2つの目的があった。
1つは、モルーグ王国の旗機である『ガルーダ』の整備である。『ガルーダ』は現在不調に悩まされており、本来の性能を発揮出来ないでいるらしい。モルーグ王国のゴルジア王は3ヵ月後に予定している自身の誕生日を祝う舞踏会でモルーグ王国の象徴である『ガルーダ』の勇姿を来賓に自慢したいがために、『ガルーダ』の整備を依頼してきたのである。フィスリニア王国は世界中でも数える程しかないマシーナの大規模な整備が可能な工房を持っているからだ。
ウィルファン王子はその責任者として同行を命じられていたが、これには、5日後のガリアン王子の誕生日の舞踏会に、ガリアン王子より人気が高く舞踏会の主役の座を奪いかねないウィルファン王子を出席させたくないという情けない親心があるのは見え見えだった。
ウィルファン王子にとっても、好きではない舞踏会に出るよりも大好きな『ガルーダ』と共にあった方が良かった。普段から『ガルーダ』の格納庫に入り浸り、今回同行しているパイロットのギルバート=ラングルホース、技術者のフランク=メルギス、そしてモルーグ王国でお留守番となった従軍看護婦のメイシア=リームゼン達と一緒に夜が明けるまで馬鹿話や真面目な話で盛り上がる事もある、四人は気の置けない仲間同士だったのである。
もう1つは当然、フィスリニア王国建国のお祝いである。建国祭の時に来訪しなかったのは、慌ただしい祭りの最中の来訪によってフィリア姫に余計な負担をかけたくないとの思いと、近い将来自分の終の住処となるフィスリニア王国をじっくりと見聞したいとの思いがあったからだ。よって、『ガルーダ』の具合によっては長期滞在となる今回の『ガルーダ』の整備への同行は、ウィルファン王子にとって願ったり叶ったりだったのである。
この日、早朝からフィリア姫は大迷走していた。
まず、朝起きてくるなり化粧品でぐしゃぐしゃになった顔で大泣きをしながらマーサに助けを求めてきた。何でも、濃く化粧をすればより大人の女性に見えると信じて、自分でやってみたらこの有り様という事らしい。
次はドレスが決まらない。どれもこれも子供っぽい、大人の女性に見えないと、また泣き始める。髪型もアクセサリーもどれもこれも決まらなずに泣きまくる。普段はお洒落に関しては無頓着で、マーサが選んだものを文句も言わずに着ているのが嘘の様である。
マーサは今回は決して怒らない。怒るどころかやっとフィリア姫がお洒落に気を使うようになったと大喜びだ。
一人娘のお転婆なミランダも、好きな人が出来たらこんな風になるのかしらとマーサは将来を想像して思わず微笑む。
お陰でマーサも午前中は開店休業状態で、ウィルファン王子歓迎の準備は他の女房達に任せて、フィリア姫に付きっきりとなっていた。
そんなドタバタを横目で見ながら、ミリーは工房へ向かう。『ガルーダ』の受け入れ準備を確認するためだ。
建国祭以降、工房はフル回転状態だ。最優先だった『シャドウクレス』の左肩の修理とオーバーホールが先日終了したばかり。今は二機の『バリスタン』のコックピットの製造と補修、そしてスニーキー隊の追加装備の製造が同時進行している。工房はボルトと弟子達を迎えて大幅増員が出来たがそれでも人手不足の感が否めない。ボルト達も優秀ではあるが『オリジナル』のマシーナの部品の製造を行った事はないため、マイケルが毎日付きっきりで技術を叩き込んでいる状態だった。
そんな中での『ガルーダ』の受け入れである。事故が起きないよう細心の注意が必要だ、もっともミリーは今後増えるであろう他国からの依頼に対応するするためのよい演習だと考えていた。ここでキッチリ問題点をあぶり出しておくのだ。
ミリーは城を出る所で、パイロットスーツに身を包んだシオンに出会った。二人で歩きながら言葉を交わす。
「シオンさん、これから訓練ですか?あの四人は使い物になりそうですか?」
シオンが笑いながら答える。
「我々が総出で訓練しているのよ。ものになってもらわなきゃ困るわ」
あの四人とは、建国祭で戦う以前に転びまくった連中の事だ。彼らは他のマシーナ乗りから交代で訓練を受けていた。
「『シャドウクレス』の調子はどうです?不具合や違和感はないですか?言ってくれれば直ぐに調整しますよ」
「大丈夫。動きはとても軽いし、フィット感も最高よ。まるで自分の身体のように動いてくれるわ。キチンと整備するとこうも違うものかと本当に驚いているし感謝しているわ」
嬉しそうに話すシオンを見ながら、それだけじゃないけどねとミリーは考える。一番の理由はシオンのメンタルの部分だろう。今のシオンは優しさの中から強さが染み出してきている、心が自然体で動いているから動きに迷いがなく、それを軽さや一体感として感じるのだ。この前までの抑圧された心では無理だった事だ。もし今『シューティングスター』と戦ったら、間違いなく『シャドウクレス』の圧勝だろう。
「そう言えば、ウィルファン王子の歓迎式典などは行わないの?」
シオンが心配そうに聞いてくる。
「えぇ、ウィルファン王子は華美を嫌いますし、同行者もパイロットと技術者だけですから。ヘタに大袈裟にして居心地の悪い思いをされても困りますしね」
「よくマーサさんが納得したわね」
「えぇ、私も反対されるかと思いましたが、マーサさんなりにウィルファン王子の事を調べていたようで同意見でした。マーサさん侮れませんよ」
二人は肩をすくめて笑う。
「ところで、ウィルファン王子はいつ到着するの?迎えは出したんでしょ?」
「はい。クリムとジョンを国境まで迎えに行かせました。そして先ほど連絡が来まして、夕方早くには到着すると」
シオンは驚いて立ち止まる。
「夕方ですって?姫はすっかり支度してもう『謁見の間』で玉座に座って待っていたわよ?!まだ昼前なのに!」
「ほんと、せっかちですよねぇ」
澄まし顔で答えるミリーに、シオンは疑惑の眼差しを向けて追及する。
「ちょっと、ミリー。あなた、姫様にちゃんと到着時刻を伝えたんでしょうねぇ?」
「えっ?聞かれませんでしたよぉ。知ってるんじゃないですかぁ?」
とぼけるミリーに頭を抱えるシオン。ミリーはさらに追い討ちをかける。
「座り疲れたくらいの方が肩の力が抜けて丁度いいんですよ」
シオンは聞かなかった事にすると決めて、話題を変える。
「でも、心配ね」
シオンが不安げに呟く。
「何がです?」
「ウィルファン王子の人となりのこと。婚約したのが3年前だから国がこんな事になるなんて判ってなかったわけでしょ。姫様が作ったこの体制を壊されるんじゃない?」
ミリーにはシオンの心配は判る、が、3年前ならば内密にではあるが既にフィスリニア王国建国に動いていたはずであり、故ガーランド王もそれを踏まえての人選だったはずである。それ故その点は問題ないはずだが、フィリア姫が建国の秘密をまだ皆に告げていないため、ミリーもその事をまだ口には出さずに自分の意見を述べるに留めた。
「私が得た情報では、ウィルファン王子は思慮深く他人の意見をよく聞き尊重される御方です。大丈夫だと思いますよ」
シオンはミリーの人物評価に絶対的な信頼を置いているためその点については安心するのだが、さらなる不安を口にした。
「そうね。とするとあっちの方が心配だわ」
「今度は何です?」
つくづく心配症な方だとミリーは笑いながら続きを促す。
「ウィルファン王子は、物静かで上品な方なのでしょう?姫様も表向きはそう装っているけど、ウィルファン王子が姫様の本性を知ったら愛想を尽かすんじゃ・・・」
ミリーは「あぁ・・・」と相槌とも溜め息ともつかない声を漏らしてシオンの意見に同意するのであった。
「でも、心配ですね」
「何がだい?」
『ガルーダ』を積んだトレーラーを運転しながら不安げに呟くフランクに、ウィルファン王子が続きを促す。
フランク=メルギスは18歳。黒髪は剛毛で、明るいブロンドでフワフワ髪のウィルファン王子とは対照的である。フランクは『ガルーダ』の専属整備士であり、技術者としてなかなかの腕を持っていたが第二世代や第三世代といった称号を受けていない。
モルーグ王国では、そこに巣くっている悪徳第一世代達のせいで、称号は金で買うものという悪習が幅を利かせており、平民に払えるないような高額で授与されていた。
そのため、フランクのように腕はあるのに称号を得られない者がいるかと思えば、何も知らないくせに金だけ払って称号を得る者がいる。しかも称号の権威がやたらと高いため、モルーグ王国での称号は、実力のない金持ちが人の上に立つための単なる道具に成り下がっているのである。そしてそういった人間達がモルーグ王国の中枢を占めているのだ。
さらに悪い事にモルーグ王国の国民は称号を盲信しており、この危うさに気付いていない。たとえ気付いていても口に出せない風潮があるのだ。これがモルーグ王国のもう一つの問題点である。
そんな状況下で称号なしのフランクが『ガルーダ』の専属整備士の地位にいるのは、パイロットのギルバート、ウィルファン王子、そしてアレキサンドル公の後押しのおかげであるが、決して身内贔屓などではなくフランク以外に『ガルーダ』を整備出来る人間がいないのだ。それ程までにモルーグ王国の技術力は壊滅的なのである。これも称号問題の弊害であった。
フランクは、先導するクリムとジョンの車から離れないようにトレーラーを操りながら話を続ける。
「フィスリニア王国とフィリア姫ですよ。フィスリニア王国には摂政閣下にまつわる悪い噂があったじゃないですか。それが外部から来た二人が執政官に就いた途端、摂政が引退でしょ。何だかドロドロの権力闘争が繰り広げられているんじゃないですか?そんな中に飛び込んで行くのは、厄介事に巻き込まれにいくようなもんですよ。フィリア姫ってどんな方でしたっけ?」
「清楚で大人しい、物静かな御方だな」
「それそれ、そんな性格じゃ周りにいいようにあしらわれて国を簒奪されて最後は殺されるのがオチです。そんな危険な所に王子を婿に出したくありません」
まるで、一人娘を嫁に出したがらない親父のようなフランクである。
「そんな滅多なことがなくても、そんな深窓の姫君がお前に合うとは思えんがな」
そう言って笑うのは、『ガルーダ』のパイロット、ギルバート=ラングルホースである。赤毛の巻き毛が特徴のギルバートは、40歳で二人の子持ちである。
「ウィル、お前には、お転婆気味の町娘あたりがいいと思うぞ。その方が落ち着けるだろ?」
心配症のシオンが聞いたら喜びそうなギルバートの言葉に、ウィルファン王子は仕方無さそうに笑う。
「王室に生まれついてしまった以上、婚姻も政治の一部なんだよねぇ」
「ウィルに否定の選択肢がないとなれば、せめて好い連中であって欲しいが・・・」
ギルバートは言いよどみながら言葉を続ける。
「あの『シャドウクレス』を操る『漆黒の鬼姫』が喜んで傘下に入る程だからきっと恐ろしい連中だな・・・」
優しいシオンが聞いたら抗議しそうなギルバートの言葉に、あとの二人も
「そっかあの『漆黒の鬼姫』が・・・」「『鬼姫』がいるのか・・・」
泣き虫のシオンが聞いたら大泣きしそうな呟きと暫しの沈黙のあと、ギルバートが意を決したように宣言する。
「よし!決めた!城の連中を見て危険な連中だと判ったら、アレキサンドル公に直訴してウィルの婚約をなかった事にしてもらう!やはりウィルを猛獣共の巣窟に放り込む事はできん!」
「そうですよ!その時は僕も協力を惜しみません!」
盛り上がるギルバートとフランクに苦笑しながら、ウィルファン王子はふと儚げなフィリア姫の姿を思い出す。
(そうだな、その時は、あの可哀想な姫君もお助けしないとな)
と、ウィルファン王子も密かに決心をしていた。
こうして三者三様、ミリーが聞いたらケタケタ馬鹿笑いしそうな決心を胸に、三人はフィスリニア城に到着したのである。




