1-160 継承者 4
『慰労会』が行われている『謁見の間』には新しい料理や酒が次々と運ばれ、宴もたけなわとなっていた。
あちらこちらで本当にあったかどうかも判らない武勇伝の花が次々と咲き乱れ、花見のような賑わいを見せている。
そんな中、城の重鎮達が集まるこの一角だけは静かな別世界を作り出していた。
「依頼を受けてくれる者が現れたと知ったクスト公国の参謀本部は喜びに湧き、そしてすぐに失望感に支配されました。依頼を受けてくれた『ミーア=リーア=シュタインロード』が継承者になりたての5歳の少女だと判ったからです」
ケニーの言葉を補足するようにアルベルトが発言する。
「あれは、ファウンディールでも驚きを持って受け止められ、ファウンディール中が事の成り行きを見守ったんだ」
ミリーが依頼を受けた後、すぐにブロニア帝国の2人の継承者は、ミリーとミリーの師である『フランソワ=シュタインロード』に、全てのファウンディールの者が参照可能な『公開通信』と言う形でメッセージを送った。
ミリーに送られた内容は、
「依頼を受けるのを止めなさい。戦争は子供の遊び場ではないし、まだ年端も行かない小さな子が辛い目に遭うのを見るのは忍びない」
と言ったものであり、フランソワに送られた内容は、
「小さな子供の浅はかな行為は保護者がキチンと諫めるべきでしょう。依頼を手伝おうというおつもりならお止めなさるべきです。著名で聡明なシュタインロード様と言えども戦争の指揮は専門外でしょうから」
と言ったものだった。
ブロニア帝国の2人にしてみれば、こうする事で、自分達が寛容で心の広い人物であるとファウンディール内での評判を高めようという意図があったのだろうと思われた。
ところが、これに対しミリーは、
「ご心配には及びません。28日後にはお二人の首を切り離して御覧に入れます。子供に負けるのはお恥ずかしいかもしれませんが、どうかお気になさらないよう」
と答え、フランソワも、
「手伝いません。あの子だけで勝てるのに何故手伝わないといけないのでしょうか?」
と答えたのだ。
『公開通信』で行われたこれらの回答は、ブロニア帝国の2人の継承者を憤慨させるに十分だった。
全世界の笑い者にされ、プライドをいたく傷つけられた2人の継承者は、全力を持って抵抗する間も与えず容赦なく叩きのめしてやる、と宣言したのである。
「何故そんな怒らせるような事をしちゃったのかしら?油断させておいた方が戦い易いでしょうに」
不思議そうに尋ねるフィリア姫にケニーが答える。
「我々もそう思って後日ミリーさんを問い質したのです。すると『全力で来てくれた方が予測が簡単。手加減されると予測が面倒くさい』なのだそうです」
「つまり、全力で戦うと決めた瞬間にブロニア帝国の敗北が確定していた、と」
「『決めた』ではなく『決めさせられた』が正確でしょうね」
ケニーとアルベルトが感慨深げに言葉を交わす。
そこへオズワルド隊長がやっと思い出したという風に口を挟む。
「それはもしかして『一日戦争』と言われている戦争じゃないのか?圧倒的な兵力差にもめげず命懸けで国を守り通したという。新兵に愛国心の大切さを教える時によく引き合いに出される有名な美談だな。まさかその美談にあのミリーが絡んでいるとはな・・・」
「美談ねぇ・・・正確には敵の数は14万。残り1万は周辺国家の警戒に当たっていた様ですがね」
オズワルド隊長の話にケニーが少し馬鹿にしたような口調で相槌を打つが、オズワルド隊長は気付く事もなく感心する。
「15万も14万も変わらんだろ。凄いもんだ」
ここで誰もが抱くような素朴な疑問を素直にぶつける者がいた。シーザー王子である。
「でも『一日戦争』ってどういう事なのです?『国境戦争』も1ヵ月以上かかっていました。なのに『国境戦争』よりもはるかに人数が多い戦争で一日って、有り得ないと思います」
このシーザー王子の疑問にしたり顔で答えたのはオズワルド隊長だった。
「それはな、物の例えって奴だ。非常に早く終わったって意味で実際に一日で終わった訳じゃねぇ。戦争が始まってすぐにブロニア帝国に政変があって戦争どころじゃなくなったのさ。クスト公国が勝ったのはそうした運のお陰だな」
自慢げに説明するオズワルド隊長に、シーザー王子は「なる程。よく判りました」と感心する。
しかし、そんなやり取りにケニーは「ぷっ」と吹いて「クククク」と笑い出して水を差す。
「何がおかしい」
ムッとして問い質すオズワルド隊長にケニーは笑いが収まらない。
「いえね、間違いだらけなもので」
「何が間違いだ?皆が知っている事だぞ」
オズワルド隊長の反論に、ケニーはヤレヤレと言った様子で説明を始める。
「それはファウンディールが情報操作した結果ですよ。隊長は戦いの犠牲者がどれ程かご存知ですか?」
「いや、知らん・・・」
「犠牲者数を知らされていないのだってファウンディールの情報操作の結果です」
ケニーは一息置き、皆を見回した後、言葉を続ける。
「結果から先に言いましょう。よくお聞きなさい。政変があったのは『一日戦争』終結後です。いえ『一日戦争』の結果を受けて政変が起こったのです。そして『一日戦争』は本当に一日で終わったのです!いえ、一日もかかっていない、朝始まって日没には終結していたのです!」
「そんな馬鹿な戦争があるもんか!一度押し返されても部隊を立て直して何度でも攻めるものだろう。一度上手くいかなかったからと言って戦争を止めるなんて考えられん!」
オズワルド隊長の反論はもっともな事であり、大半の者が黙って頷く。しかしケニーはそんなオズワルド隊長を憐れむように見つめて説明を続ける。
「ブロニア帝国軍は立て直しなんて出来る状態ではなかったのですよ。開戦から数時間でのブロニア帝国軍の戦死者は13万!生き残りはたったの1万です!これでどうやって立て直すと言うのです?隊長、お聞かせ下さい!ちなみに、クスト公国軍の戦死者は50人にも達しませんでした!」
ケニーは辛辣にオズワルド隊長を攻める。これは、ミリーに対する先程の仕打ちに対する無意識の抗議だったのだろう。
しかし、辛辣であるなしに関わらず、その言葉の内容はオズワルド隊長に暫くポカンと口を開けさせ思考を停止させるのに十分だった。オズワルド隊長だけではない。他の者達もポカンと口を開けて黙り込む。皆、必死に何が起きたのかを想像しようと無駄な努力をしていたのだ。
そんな沈黙を破ったのは、考える事が苦手なオズワルド隊長である。
「そ・・・そんな事、ありえる訳がねぇ・・・何かの間違いじゃないのか?一回の戦闘でそれほどの犠牲が出るなんて・・・」
「あれは『戦闘』と言えるものではありませんでした。あれは『虐殺』、単なる『大虐殺』だったのです。では、何が起こったのか、最初から説明致しましょう」
ケニーは手に持つグラスの中身で唇を湿らすと、あの日の思い出話をゆったりと始めるのであった。




