1-161 継承者 5
クスト公国軍のお偉方は憔悴しきった顔をしていた。
ファウンディールに依頼を出したのは、百戦錬磨の戦略家を期待し、勝てないまでも少しでもクスト公国に有利な条件での講和に導いてくれる人物を期待したからだ。
それが、依頼を受理したのが想像だにしなかった年端もいかない子供であり、そしてあろう事かブロニア帝国に対して挑発を行って講和どころの話ではなくしてしまったのである。
こんな後先の事を考えないような子供であるから「やっぱり止めた」などと言って、ばっくれてしまうのではないか、などという心配も始めざるを得なくなり、誰が責任を取るか責任のなすり会いまで始める始末だった。
しかし、その心配は希有に終わった。
挑発行動から数日を置かずして、軍本部の建物の入口を守る警備兵から、来訪者の知らせが参謀本部にあったのだ。
出迎えに出たのはケニーだった。
参謀本部の中でも一番下っ端のケニーが戦争終結までミリーの補佐官として世話をするように仰せつかったのである。これは何かあった場合に連帯責任を取らせるのに困らない人物を当てたようだ。
ケニーが建物の入口に向かうと、そこにはお揃いの黄土色の地にエンジ色の縁取りのマントを羽織った2人の女性が立っていた。
一人は年の頃は60位だろうか。白髪混じりの長い黒髪、痩せぎすで鋭い目つきが特徴だった。
もう1人は小さな女の子だった。錆色に近い赤毛の直毛で前髪は無造作に切り揃え、肩まであるかないかの髪を両耳の後ろでこれもまた無造作に束ねていた。
そして表情は・・・
ケニーは一瞬ゾクッと悪寒を感じた。
その愛らしい少女の顔には・・・何の表情も浮かんでいなかった。何の表情もない瞳がジッとケニーを見つめていた。人形だって少しは表情があるものだ。なのにこの子は・・・
ケニーは気を取り直し、にこやかに笑顔を浮かべて2人に向かって頭を下げる。
「ようこそおいで下さいました、『フランソワ=シュタインロード』様、『ミーア=リーア=シュタインロード』様。この度は我が国の無理な依頼をお受け頂きありがとうございます。私はお二方の補佐を務めさせて頂きます『ケニー=トーリス』と申します」
この当時、ケニーはまだ第二世代であり、師の姓である『ザリアード』を継いでいなかった。
「ほう、お前が補佐を?」
フランソワは訝しげにケニーを睨み、続いて無言で何かを問うようにミリーを見つめる。ミリーはその視線に即座に答える様に、ケニーを見つめながら口を開く。
「『ケニー=トーリス』。『ジル=ザリアード』の第二世代。『ジル=ザリアード』の弟子のなかでは最も継承者に近い人物。得意分野は財務関係ですがここでは参謀本部に所属。飄々とした雰囲気ですが内面は真面目で実直。信用出来るお方です。お師匠様」
ケニーは思いもしなかった言葉に目を丸くして驚き、返す言葉は一つしか思い付かなかった。
「憶えてなくて申し訳ありませんが、どこかでお会いしましたか?それとも我が師とご懇意であるとか?」
その言葉にミリーはゆっくりと無表情に首を横に振る。
「この子の頭の中には、両国のトップ及び軍関係者の全ての情報、来歴や戦歴や性格までもの情報が全て詰まっているのですよ」
ケニーの疑問に答えたのはフランソワであり、高価な持ち物を自慢するかのような口調で説明するのだった。
「両国って・・・まさか!」
「この国と、ブロニア帝国に決まっています」
フランソワの、またも自慢げな答えを聞いたケニーは心の中で叫ぶ。
(有り得ない!これは詐欺か?!ハッタリか?!)
しかし、そんなケニーの心の叫びを、今度はケニーの顔をジッと見つめていたミリーの静かな言葉が中断させる。
「詐欺でもハッタリでもない。ただの事実」
思わぬ事態にケニーは恐怖を覚えるがさらにミリーが追い討ちをかける。
「怖がる必要はない。あなたを殺すつもりはない。今のところは」
ケニーは(落ち着け!落ち着け!)と心の中で繰り返すと今度は「そう、落ち着けば大丈夫」とミリーから声がかかる。
もはやパニック寸前のケニーを救ったのはフランソワであった。
「ミーア=リーア、喋りすぎです」
この一言でミリーが静かになったお陰で、ケニーはようやく落ち着く事が出来た。心に余裕が出来てきたケニーは改めてミリーを見つめて思う。
(もしかしたらこの子は私の事を落ち着かせようとしてくれていたのかもしれないな)
そう思った途端、まだケニーを見つめていたミリーが小さくコクリと頷いた。その様子があまりにも愛らしかったため、ケニーは思わず笑みをこぼすのであった。
気を取り直したケニーはフランソワとミリーを本部の会議室へと案内する。
この大会議室は、今回の戦争の為の臨時の作戦本部となっており、幾人もの職員が動き回り、クスト公国とブロニア帝国の間の国境の地図が広げられた大テーブルの周りには軍や議会の要人達が集まって色々と策を話し合っているようだった。
「皆様。『フランソワ=シュタインロード』様と『ミーア=リーア=シュタインロード』様をお連れしました」
ケニーとしては皆の邪魔にならないよう、静かに会議室に入ったつもりだった。しかしその一言で全ての喧騒と動きが止まり、全ての視線が2人の来訪者に集まる。
しかしミリーはそんな痛い視線を気にする事なくズカズカと大テーブルに向かって歩き始めたため、フランソワもケニーも釣られるように追随するのだった。
「これはこれは、ようこそおいで下さいました」
近づいてきた2人の来訪者に、クスト公国の要人達が慌てて挨拶の言葉を述べる。
「早速ではありますが、一体どのように戦うのでしょうか?」
要人達が口々に尋ねるが、尋ね先は当然のようにフランソワだった。公開メッセージではフランソワは関与しないと言っていたが実際にはやはりフランソワが指示を出しているのだろうとの期待を持っていたのである。
フランソワは、やっぱりと言いたげな表情で要人達の言葉を制止する。
「もうお聞きとは思いますが、私はただの付き添いであり、今回の依頼には一切関与しておりません!ミーア=リーア!何とかなさい!」
要人達は最後の望みを絶たれたかのような表情で一様にミリーを見つめる。しかしミリーは質問を無視して何かを探すように辺りを見回しており、その様子に要人達はさらに落胆の想いを深くするのであった。
しかし、ケニーはもう確信していた。この子には普通ではない何かがある。この子は我々に見えていない物が見えている。この子は我々が思いつかない何かをやるのではないかと。
ミリーはそんなケニーの確信を裏付けるかのような行動をとる。
「説明の前にやるべき事がある」
ミリーはそう言うと、ツカツカと1人の職員の所まで歩み寄り、その顔を指差して宣言する。
「スパイ。拘束して」
「な、何を言い出す!いくら子供でも、言っていい事と悪い事があるぞ!」
職員は慌てて否定するが、その後ミリーはその職員が、いつ、どこから、誰に、どんな連絡を取っていたのか、さらには証拠となる物件がどこにあるのかまで、次から次へと暴露していったのである。
これには指摘された職員は反論する言葉を失った。そして、最初は子供の戯れ言と呆れ顔で聞いていた要人達も段々と渋面になり最後は「警備兵!この男を拘束せよ!」と叫ぶに至る。
「くそったれ!」
職員は叫び、剣の柄を握りしめ、剣を抜きざまにミリー目掛けて思いっきり横に払う。周りの者は驚きの声を上げる間もなかった。剣の軌道に沿うように鮮血が飛び散った。ミリーの死は確定的だと思われた。師のフランソワですら、絶望に満ちた驚きようから、そう考えていたに違いなかった。
皆、無意識に横に払われた剣の軌道を見つめた。しかし、そこに剣はなかった。その手に剣は握られていなかった。いや、その腕には剣を握っている手首そのものがなかったのだ。飛び散った鮮血は手首が失われた腕から噴き出したものだった。
何が起こったのか判らない一同は思わずミリーを見つめ、ようやく理解した。
ミリーはマントの間から剣を構えていたのだ。そしてその下に剣を握った職員の右手首が落ちていたのである。
「ぐわぁぁぁぁ!」
職員は右腕を押さえて叫びながら転げ回る。それとは対照的にミリーは剣を静かに下ろし無表情に職員を見つめていた。
「き!貴様!ブロニア帝国に楯突いてタダで済むと・・・な、何をする?!やっ、やめろぉ!!」
その時、一同が見たのは、慌てる職員に向かって無表情に剣をゆっくりと振り上げるミリーの姿であり、止める間もなく振り下ろされた剣は職員の首を刎ねたのである。
そしてミリーは、唖然とする一同に返り血を浴びた顔を向けると、初めて口許に歳に似合わない大人びた笑みを浮かべてこう言ったのである。
「まず・・・15万分の1」




