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フィスリニア戦記  作者: B・すくえあ
第1部 忌まわしき二つ名の少女
16/311

1-16 日常

今回は、建国祭以降のフィスリニア城の様子を、3本のショートストーリーでお届けいたします。


   『残務整理』




「これ、全部溜め込んでたの?」

 フィリア姫の呆れ声での質問に、レオンは力なく頷きうなだれた。

 ここはレオンが摂政としての執務に使用していた部屋である。ここに集まったフィリア姫、アルベルト、ミリー、マイケル、サモンの五人は、大きなテーブルに山と積まれた書類を見て呆然とする。


「レオン・・・、内政的な事案は私がやるけど対外的な物は芝居の事もあるから、あなたが処理してって、私言ったわよね。絶対言ったわよね」

「いや、その、デスクワークは苦手で・・・」

 言いよどむレオンの言葉をミリーが繋ぐ。

「で、一日一日と伸ばした挙げ句に収拾がつかなくなり、現実逃避した結果がこの有様・・・と」

「さすがミリー殿!素晴らしい推論です!」

「誰でも判りますよ。この状況は」

 レオンがミリー相手に漫才を演じている隣で、フィリア姫が頭を抱える。ミリーは屈託のない笑顔で皆に声をかけた。

「まぁ、みんなでやれば何とか片付きますよ。とりあえず座って始めましょ」


 小一時間ほど経った頃、

「お茶、いれますね」

 というミリーの言葉に

「おぉ、ミリー、すまんな」

 とサモンは普通に返事をする。

 建国祭でミリーがフィリア姫の配下となる事が決まった後、深々と頭を下げ丁寧にお詫びの口上を述べるサモンとマイケルは、ミリーと次のような会話を交わしたのだ。


「サモン様、マイケル様、たかが16そこらの小娘にそんなにへりくだるのはおかしいですよ」

 ちょっと困った顔で笑いかけるミリーに、サモンとマイケルは戸惑いながらも恐る恐る尋ねる。

「しかし、ミーア=リーア様は・・・その・・・」

「ファウンディールは大袈裟なのですよ。噂には色々と尾ひれも付きますし。まぁ、その方が都合がいいんでほっておいてますけどね。中身は何処にでもいる普通の女の子なんですから。普通に話していただければいいんですよ。あっ、それから私のことは『ミリー』って呼び捨てでお願いしますね」

 ミリーはにこやかに言葉を返した。その後、アルベルトも交えて色々な話に花が咲いた。ジョークもこなすミリーは、何処からみてもごく普通の女の子なのだ。

 サモンとマイケルは考える。この少女は本当に伝え聞くような凶行を行ったのだろうか。ファウンディールは他の誰かと間違えているのではないか。もしくはこの子の才能を妬む誰かの嫌がらせではないのか。とりあえずサモンとマイケルはミリーには普通に接する事にした。フィスリニア王国に仕える継承者(サクセサー)にも説明が必要だなと思ったのであった。


 ミリーがみんなにお茶を入れるために立ち上がる。サモンはふと思い出した事があり、尋ねてみる事にした。

「のう、ミリーや。随分前の事になるが、お前の師のシュタインロード博士が何やら危ない実験をしているという噂を耳にしたことがあるんじゃが、心当たりはないか?」

 ミリーは皆に背を向けてお茶をいれながら明るく聞き返す。

「危ない実験ですかぁ?う~ん・・・いつ頃の話でしょう?どんな実験ですかぁ?」

 ミリーの声は明るくおどけていた。しかしその形相は声色とは全く不釣り合いに、険しく恐ろしげに変貌していたのである。しかしミリーが背を向けているため、誰もその事に気付かなかった。

「10年程前じゃったかのう。だが、わしもどんな実験か何も知らんのじゃ。」

「う~ん・・・ちょっと記憶にないですねぇ。私が師匠のもとに行く前のことかもしれませんねぇ」

 お茶の用意が終わったミリーが、そう明るく答えながら振り向く。その表情は・・・声色に相応しい表情だった。

 しかし、お茶を配るミリーをじっと見つめる瞳があった。

「アル様どうしたのですか?」

「い・・・いや、何でもない」

 アルベルトは慌てて視線を外す。

 アルベルトは『危険な実験』と聞いて、なぜか思い出した事があった。それはやはり10年程前の記憶だった。その記憶の中では、アルベルトの師匠であるエリザベート=イーゼルバーグとミリーの師匠であるフランソワ=シュタインロードが激しく言い争っていた。そしてその二人の間にミリーが立っていた。ミリーは無表情にアルベルトを見つめていた。そう、何の表情も浮かべずに。

(どうして、あの時の事を思い出したんだろう)

 アルベルトは、その事を頭から追い出そうと目の前の書類に没頭した。

 そんなアルベルトをミリーは傍らで見下ろしていた。何の表情も浮かべずに・・・。




   『編み物』




 マーサは城の二階の一角にある談話室で編み物をしていた。二本の棒を使って毛糸を編む技術には、この星本来のやり方と第一世代(ファースト)が伝授したやり方があるが、マーサは両者を融合した新しいやり方を得意としていた。

 今は、赤子用の産着をファロンの毛糸で編んでいる所だった。ファロンの毛から作った毛糸はとても柔らかく肌にも優しいため、赤ん坊の産着には持って来いの素材だった。この地方は元々、ファロンをはじめとする数種の毛糸の産地であり、良質の毛糸が格安で手に入るとあっては編み物大好き人間のマーサが我慢していられるはずもなく、大量に毛糸を買い込み、この談話室を編み物部屋兼、女房達および女性職員達の溜まり場として占拠してしまっていたのである。

 もっともマーサの事であるから、女性職員の息抜き場所としたと考えられるが、フィリア姫の追及には「さぁ」とごまかすのであった。


 今、マーサは談話室に一人きりで編み物をしていた。夕飯の支度を始めるまでには時間があり、もう少しやっておこうと考えていたその時だった。

「マーサさん」

 いきなり背後から声をかけられてマーサは驚く。入口に背を向けて座っていたため、人が入って来たことに気が付かなかったのだ。声の主はミリーだった。

「あら、ミリーちゃん。どうしたの?」

 ミリーはマーサの問いかけに返事をせず、右手を胸にあてたままジッとテーブルの上の産着を暫く見つめ、ようやく口を開く。

「それ、なあに?」

「あぁ、これ?赤ちゃんの産着よ。ほら、スニーキー隊のデクスターの奥さんのカーラ。もうすぐ赤ちゃんが産まれるから編んであげているの」

 マーサの返事の間もミリーは産着から目を離そうとしない。

「触っても・・・いい?」

 マーサはにこやかに頷くとミリーは恐る恐る手を伸ばし、産着が指に触れると反射的に胸にあてた右手をギュッと握り締めた。

「ちっちゃい・・・」

 呟くミリーを見守っていたマーサは、ミリーに声をかける。

「ミリーちゃんも編んでみる?」

「いいの?」

「もちろんよ」

「あたしに出来るかな?」

「大丈夫。私がチャンと教えてあげるから」


 それから、毎日のようにミリーはマーサから編み物を教わった。途中から私もやりたいとフィリア姫が加わり、今も談話室に三人で編み物に没頭していた。三人しかいないのは、癒やしの場に姫と執政官がいては皆休まらないだろうというミリーとフィリア姫の配慮により、皆がいない時間帯を選んでいるからである。

 ミリーは物覚えがよく、一回の説明でほぼ完璧にマスターしていった。フィリア姫は『不器用』という欠点が暴露されるが、それを克服すべくマーサが付きっきりで特訓中であった。

 そんなある日の事だった。

 産着から子供服まで次々と作り出すミリーに感心しつつもマーサは疑問に思っていた事を聞いてみた。

「それにしても、ミリーちゃん、速くて上手ね。でも同じものを必ず幾つも編んでるけどどうしてかしら」

「それは、私が双子を産むからです」

 突然の仰天発言にマーサとフィリア姫は声を荒げる。

「何それ?!もうお腹にいるの?!いつの間に!!」

 ミリーは慌てて訂正する。

「まさか!そんな訳ないですよ。今後の予定の話です」

 マーサとフィリア姫はホッとしながらも少し残念そうに話を続ける。

「あ~、びっくりしたわ。でもどうして双子なの?」

「かわいそうだからです」

「???何故???」

「名前が変だからです」

「??????」

 マーサもフィリア姫も、もう理解の範疇を超えていた。

「私の名前、変でしょ?名前が二つあって。私が生まれた時に父も母も付けたい名前があって譲らなかったんです。で、結局、両方とも付けよう、て事になったんです。付けられた方はたまったもんじゃありません。だから双子を産めば、名前を二つも付けられる心配がありません!」

 力説するミリーに、マーサもフィリア姫も吹き出しそうになるのを堪えるのに必死だった。マーサが何とか会話を続けようとする。

「そういえば、ミリーちゃんのご両親はどちらにいらっしゃるの?」


 この質問にミリーの動きが止まった。両親の話を出した事を後悔している風だった。しかし観念したのか重い口を開き始める。

「両親は・・・死にました・・・私が2歳か3歳の頃だと思います」

 マーサは悪いことを聞いたと話題を変えようとした。

「まぁ・・・じゃあ、さっきの名前の話は他の誰かに聞いたのね」

「いえ,母から聞きました」

「でもご両親は早くに亡くなったんでしょう?」

「はい。ですから死ぬ前に」

「えっ?それって2歳か3歳の頃なんでしょう?」

「はい。だから普通に憶えてますよね」

 驚異の一言だった。聞けば2歳位から殆どの事を記憶しているというのだ。フィリア姫は折角だから子供時代の話を聞き出してやれと考えた。

「ミリー、ご両親が亡くなってからどうしてたの?」

「近所の家に・・・引き取られて・・・」

 ミリーの言葉が重い。フィリア姫は編み目と格闘しながら、さらに質問を飛ばす。

「そこではどんな風に育ったのだ?お前のことだから、周りの子供達を引き回しで色々やったんじゃないのか?」

「全て・・・話さねば・・・なりませんか・・・」

「そうだな、ぜ・・・ん?」

 フィリア姫が編み目に集中しながら話していると、袖を引っ張る者があった。顔を上げると、それはマーサだった。マーサは真剣な顔でミリーを見ていた。フィリア姫も釣られてミリーを見て・・・フィリア姫は言葉を失った。

 ミリーは泣いていた。俯き、苦悶に顔を歪め、手を震わせて、大量の涙を流しながらそれでも何とか喋ろうとしていた。

「全部・・・全・・・」

「いい!いいから!話さなくていいから!」

 フィリア姫は慌てて取り消した。

「申し・・・訳・・・ありま・・・申し訳・・・」

 ミリーはもう言葉にならなかった。

 フィリア姫はマーサと一緒にミリーを慰め続け、ようやくミリーは落ち着きを取り戻した。その後はもうミリーの過去に触れることはしなかった。


 数日後、夕方にマーサが談話室の前を通りかかると、差し込む夕日の中でミリーが編み物に没頭していた。マーサは声をかけようとしたが、ミリーの表情を見て思いとどまった。それは普段決して見る事がない表情だった。穏やかで柔らかな優しい表情。マーサは思った。この子は小さい頃とても辛い思いをしてきたかもしれない。でも、この優しさがあればきっといいお母さんになる。マーサはそう確信して声をかけずにその場を後にした。




   『誕生日(バースデー)




「ミリーちゃん、招待状あげる。必ず来てね」

朝食が終わったあと、ミランダがそう言いながら、封筒をミリーに手渡した。


 建国祭のあの日にフィリア姫の配下となった者達とその家族はそれぞれ、城の好きな部屋を住居として使用し城を我が家として好きに使っていた。これはフィリア姫の意向である。あの日宣誓した者達は皆自分の家族であり、家族であるなら一つ屋根の下で暮らすべきだ、よって城を我が家とし好きに使って欲しい。使っていない空間が多いから好きに使ってもらった方が城も喜ぶ。というものだ。従って、三度の食事も姫を交えて全員で大部屋で食べるのである。


「あさって、ミランダのお誕生日なの。お誕生会やるから必ず来てね」

 そう言うとミランダは去って行き、ミリーは封筒をじっと見つめたまま立ちつくす。アルベルトが声をかけるとミリーが状況を説明する。

「そうだな。とにかくプレゼントを用意するんだな」

「プレゼント、何がいいかな?」

「ミランダが何か欲しがっているものはないか?」

「そう言えば・・・」

 ミリーには一つだけ思い当たるものがあった。


 2日後、誕生会は、いつも食事をする大部屋で行われた。ケーキや食事が用意されミランダの友達の子供達が席に着く。ミリーはミランダのご指名でミランダの隣に座らされた。ある程度、食事が進んだ所でプレゼントが渡される。絵本やらぬいぐるみやらお菓子やら様々である。

 ミリーの番になり「ごめんね、こんなのしか思い付かなかった」と言って渡したものは髪留め二つだった。白い星と黒い月の飾りが付いたゴムの髪留めでありミリーが普段付けているものと同じ物である。以前にミランダが欲しがっていたのを思い出したのだ。

「ありがとう!あたしこれが欲しかったの!」

 ミランダは大喜びである。

「そうだ。今度、ミリーちゃんのお誕生会もやろう!ねぇ、ミリーちゃんお誕生日いつ?」

 ミランダの提案にミリーは困った顔をして答える。

「ごめんね、ミリーは自分の誕生日を知らないんだ」

「え~っ、どうして?信じらんない!」

 マーサは、この会話を聞いて、先日の談話室の件を思い出し慌てた。

「ミランダ!無理を言うんじゃありません!ごめんね、ミリーちゃん」

 ミリーは大丈夫と笑顔を見せる。

 ミランダが突然手をパンと叩き声を上げた

「そうだ!ミリーちゃんに誕生日をあげればいいんだ。ミリーちゃん、ミランダと一緒の誕生日にしよう。そうすれば一緒にお祝い出来るよ」

「そうだね。そうしようか」

 ミリーもにこやかに答えた。


「そうだ。ミリーちゃん、これ付けて」

 ミランダがミリーに貰った髪留めを出す。ミリーは自分と同じようにミランダの髪を結んであげた。

「ありがとう。髪留め、大事にするね、一生付けるからね」

 ミランダの言葉にミリーが意地悪く返す。

「え~っ、ほんとかなぁ、すぐ使わなくなるんじゃない?」

「そんなことないもん。ずっと付けるもん」

「じゃあ、最後まで付けてたかチェックするからね」

「平気だもん。あたしの方が長生きするし」

「あら、ミリーだって長生きするよ」

「はいはい、二人ともうんと長生き出来ますよ」

 最後はマーサの言葉で締めくくられ、二人は抱き合って笑った。



 先の話になるが、ミランダは約束を守った。ミランダは、二十数年の短すぎる生涯を無惨な形で終わらせた時にもこの髪留めを付けていた。しかし、ミリーはとうの昔にその事を確認することが出来なくなっていたのだった。


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