1-157 継承者 1
メイシアは気が滅入っていた。
いくら覚悟を決めたといっても、それで全ての気持ちに踏ん切りがつく訳ではない。
皆の期待に応えられなかった事は事実であるし、明確に第二世代の称号を拒否された事で技術者としての地位の向上は期待出来ない。
実力主義のフィスリニア王国では特に問題はないが、他の国、特にモルーグ王国では肩書きが大きな意味を持ってくる。称号なしのメイシアはカス同然なのだ。
それに、将来の心配より、身近に差し迫った問題がある。それは当然あの人との確執の事だ。勝負に勝ったあの人が一体どんな報復に出るのか全く予想出来ないのだ。受けた連絡では突然嫌がらせが止んで姿を現さなくなり、不気味な状態が続いているという。
自分にどんな罰を下されても、自分を庇ってくれた仲間に害が及ぶ事だけは阻止したい。でもどうすれば・・・
いい未来など何も見えない。全てが袋小路に入ってしまっていた。
そんなメイシア故に、フィスリニア城に到着するまでの間、塞ぎっぱなしだったのは仕方のない事だった。
「おら!シャキッとせんか!シャキッと!」
うなだれて輸送車から降りてきたメイシアの背中をドンと叩き喝を入れて「がははは」と大笑いしたのはスニーキー隊隊長のオズワルドである。
何と言って謝ったらいいのか悩んでいたメイシアの先手を取ってオズワルドは畳み掛ける。
「勝ち負けなんて気にするな!それより随分無茶をしたそうじゃないか。お前が無事に帰って来た事が一番だ!後は俺達がお前を守ってやる!」
オズワルドだけではない。フィリア姫、ウィルファン王子を始めとするフィスリニア城の面々が、そして一足早く戻っていたシーザー王子が、次々とメイシアを力付けに来る。自分達が何とかするから安心しろ、と。
メイシアは皆の気持ちに感謝すると共に、自分の不甲斐なさを情けなく思っていた。
皆を守るつもりが逆に迷惑をかけてしまっている。自分の存在意義は一体何なのだ、と、ますます落ち込むメイシアだった。
そんなメイシアに、そして支援部隊の皆にフィリア姫が大声で呼び掛ける。
「皆の者!御苦労だった!皆の無事な帰還と、作戦の成功と、モルーグの勝利を祝って宴の場を用意した!今日は思う存分楽しんで欲しい!」
フィリア姫の言葉に一斉に歓声が上がる。
「メイシー、行こう」
フィリア姫が差し出した手。メイシアは母に届けられた手紙を思い出しながら、その手をとり「はい」と答えた。
『謁見の間』
フィスリニア城の中で最も広い部屋である。
その広さは玉座の前で舞踏会が開かれる事を想定したものであるが、フィリア姫の目が黒いうちはその目的のために使用される事はないだろう。
「珍しいですね、此処を使うなんて。いつもなら広場を使うのに」
「ケニーがどうしても慰労会に先立って玉座の前でイベントをやりたい、と言ってね」
テーブルと椅子が多数並べられた謁見の間の珍しい光景にメイシアが呟きフィリア姫が答えた。今回の祝宴は財務担当執政官であるケニー=ザリアードが「是非に」と名乗り出て仕切っているという話だった。
玉座には、王と王妃の座の他にもう一つ豪華な席が設けられていた。モルーグ王国の王族であるシーザー王子の席だと思われる。
「一体、何のイベントなんですか?」
「それがね、『サプライズです』って言って教えてくれないのよ。絶対に爺さん達の悪影響だわ。今度、サプライズ禁止にしてやろうかしら」
フィリア姫の文句タラタラの台詞に「あぁ、フィスリニアに戻ってきたんだ」と妙な実感の仕方をするメイシアであったが、すぐに辺りをキョロキョロと見回す。探しているのは、もっとも会いたくなく、もっとも会わねばならない人物、ミリーであった。
しかし、ミリーはどこにもいない。
メイシアは少しホッとしながら近くの椅子に座る。
フィリア姫はケニーに呼ばれて玉座へ向かっていた。
一瞬、空気が止まったかと思った。
ミリーの非道振りがここにいるフィスリニア城の者達だけでなく支援部隊に参加した留学生達にも知れ渡っていたせいだろう。『謁見の間』に集っていた支援部隊に参加した者達、そして支援部隊を労う為に集まった者達、全ての者の視線が『謁見の間』の入り口に集まり、全ての者が口を閉ざした。
入り口に現れたのは、ミリーだった。
メイシアはミリーの表情を伺いゾッとする。
頬は痩け目の下に隅を作ったその様子は悪鬼を彷彿とさせた。
ミリーは憎々しげに部屋の中をジロリと見回すとメイシアの方へ歩き出す。
身構えるメイシアだったが、そんなメイシアを守るように二人の間に立つ者達がいた。フランクそしてオズワルド隊長を筆頭とするスニーキー隊の面々である。何かあればミリーに襲いかからんばかり気迫である。
しかし、ミリーの威圧感がそれを上回る。
ミリーは入り口から玉座に向かって歩き始める。そしてメイシアの側を通る時、メイシアと周りの者を一瞥した。それだけだった。それだけでメイシアの息が詰まった。スニーキー隊の面々は「うっ」と呻き無意識に半歩下がった。
そしてミリーはそんな彼等を無視するように玉座の方へ悠然と去って行ったのである。そしてようやく場内の緊張が解け、またアチコチで雑談に花が咲き始めたのであった。
「何だってんだ、一体」
オズワルド隊長がミリーの背中を睨みつけながら悪態を吐く。
メイシアは俯き「みんな、ごめんなさい」と小さく呟く。メイシアの心はもう折れかけているのだった。
「メイシア、フランク。こっちへ来なさい」
フィスリニア城の面々がメイシアを慰めている時だった。サモンとマイケルの二人の老人が声をかける。
何事かと尋ねても二人の老人は教えてくれないため、メイシアとフランクは顔を見合わせながらも老人達について行くしかなかった。
老人達の行き先は玉座だった。
玉座には既にケニーの仕切りで、フィリア姫、ウィルファン王子、シーザー王子が着席している。王族3人は何故座らせられているのか理由が判らず戸惑っているようだった。
そして、玉座の前では、アルベルトとミリーが並んで立って待っていた。
サモンとマイケルに指示されるままに、フランクはアルベルトの前に、メイシアはミリーの前に対面するように立たされる。
メイシアは、なけなしの勇気を振り絞ってミリーを睨み付けながら考える。
一体これはどんな嫌がらせなのだ。多くの人々の、私を慕ってくれた人々の目の前で私を貶め辱めて満足しようと言うのか。フランクまで巻き込んで。憎い、許せない。
メイシアの表情に憎しみがこもる。だからこそメイシアは気付かなかった。メイシアを見つめるミリーの表情がとても静かなものであることに。
『謁見の間』はざわついていた。
多くの者はメイシアと同じように考えていた。何故こんな酷い事を今するのだ、と。
膨らむ皆のざわつきを抑えて、仕切っていたケニーが朗々と語り出す。
「御列席の皆様に申し上げる!皆様は大変に運がいい!何故ならばこれから行われる儀式は中々目にする事は出来ないからです!」
集まった人々が困惑する。
「さらに、我々ファウンディールとしても、お二方に縁のある二国の王族の方の立ち会いの下で儀式を行える事は大変名誉ある事であります!」
フィリア姫達王族は訳が分からないまま思わず頷く。
「では、マイケル殿、サモン殿」
そのケニーの言葉を契機にマイケルがフランクの隣に立ち、サモンがメイシアの隣に立つ。そして二人の老人は声を揃えて叫ぶ。
「ファウンディールの正当にして威厳ある審査官である『アルベルト=イーゼルバーグ』殿!『ミーア=リーア=シュタインロード』殿にお尋ね申す!」
メイシアとフランクは顔を見合わせて戸惑うばかりである。これは一体何の儀式なのだ?審査官とは一体何の事なのだ?
その疑問は王族を始めとするこの『謁見の間』に集まった者に共通の疑問であった。
そんな中マイケルの言葉が響き渡る。
「我、第一世代たる『マイケル=スタンレー』は、弟子であるこの『フランク=メルギス』を我が継承者とする所存である!」
続いてサモンがメイシアの肩に手をかけながら言葉を発する。
「我、第一世代たる『サモン=リスドール』は、弟子であるこの『メイシア=リームゼン』を我が継承者とする所存である!」
そして二人の老人が再び声を揃える。
「厳正なる審査官に問う!この二人は継承者に相応しきや否や!」
場内はしんと静まり返り、皆、驚きの表情を浮かべる。今、目の前で行われている儀式の正体が判ったからだ。
フィリア姫も驚き「・・・『継承の儀』・・・」と呟く。話でしか聞いた事がない儀式だった。
メイシアは頭の中が混乱したまま複雑な表情でミリーを睨み続ける。
私が継承者?何の冗談?審査官て何?そう言えば継承者になるには審査が必要だとこの人が言ってた。
だったら私が継承者になれる訳がない!この人が審査官だとしたら私を合格させる訳がないもの!
メイシアはすぐにもこの場を逃げ出したかった。しかし、それよりも先にアルベルトが口を開く。
「我ら『アルベルト=イーゼルバーグ』と『ミーア=リーア=シュタインロード』は、両名のこれまでの働き、及び最終試験の場とされた此度の国境戦争での功績について厳正なる審査を行った」
このアルベルトの言葉に場内からはどよめきが起こり、メイシアとフランクは目を丸くして驚く。まさかあの国境戦争が試験の場として使われたなんて、老人達の様子からは全く考えもしなかったからだ。
そんな周囲の動揺を無視し、アルベルトは言葉を続ける。
「その結果、両名とも継承者に相応しいと結論した。この決定は既にファウンディールの承認済みである。従って『フランク=メルギス』は『マイケル=スタンレー』の姓を受け継ぎ『フランク=スタンレー』と名乗る事を許可する。そして『メイシア=リームゼン』は『サモン=リスドール』の姓を受け継ぎ『メイシア=リスドール』と名乗る事を許可する。両名ともこれが終着点ではない。今後とも技術の研鑽に日々努めるように!」
場内は大歓声に包まれる。3人の王族も満面に笑みを浮かべて惜しみなく拍手を贈る。
茫然とするメイシアとフランクに師の老人達が背中を叩きながら注意する。
「ほれ、礼をせんか」
メイシアとフランクは
「ありがとうございます。今後も更に精進致します」と慌てて頭を下げる。
その様子にアルベルトは小さく頷くと、小声でミリーに問いかける。
「ミリーからも何か一言を・・・」
「ありません」
ミリーの素っ気ない返事にアルベルトは残念そうに小さく溜め息を吐くのであった。
頭を上げながらメイシアはようやく継承者なれた事を実感し始める。そして、これで私もこの人と同等になれたんだ。同等なんだ。そう思いながらメイシアはミリーを睨みつけるのだった。
『継承の儀』が終了し、本来の目的であった慰労会が始まろうとしていた。が、メイシアとミリーは玉座の前で睨み合ったままだった。
周りの人々はどうなるのかと見守っていた。
やがてミリーがその場に跪き土下座を始めた。
「お前はよくやった。私の想像以上だった。約束通りこの頭を踏みつけるがいい。お前にはその権利がある」
メイシアの頭の中は(勝った!この人に勝った!勝ったんだ!)という思いで一杯だった。
そばで様子を見ていたオズワルド隊長も
「遠慮せずにやってやれ!」とはやし立てる。
そうだ、この時を夢見て頑張ってきたのだ。嫌な事に立ち向かってきたのだ。私にはその権利があるのだ。
そう考えるメイシアの顔には勝ち誇った表情が浮かんでいた。
「そ、そうですよね。約束ですから仕方ないですよね」
そう言いながら、メイシアはミリーの頭に足をかけるのであった。




