1-156 望郷 3
「今、お茶を淹れるから待っててね」
メイシアの母はそう言うと、メイシアとフランクの2人を居間に残して台所へと消えていく。
メイシアは母を待つ間、部屋の中をしみじみと見回す。
(殆ど家を出た時のまま・・・変わってないなぁ)
それがメイシアの率直な感想だった。
所々に見られる小さな変化がようやく時の流れを感じさせてくれるものの、昔からある物は毅然として同じ位置に、それにまつわる思い出と共に鎮座しているのだ。
メイシアはそうした思い出を一つ一つ無言で眺めていく。フランクはそんなメイシアを無言で見つめるのだった。
「あなた達、お昼ご飯は食べたの?」
母がお茶とお茶菓子を持って来ながら尋ねる。
「うん、屋台で食べて来た」
メイシアの小さな子供のような返事に「まったく相変わらずね」と母は苦笑いする。
「今日はゆっくりしていけるの?折角だから晩御飯くらい食べて行きなさい。部屋はそのままにしてあるから泊まっていってもいいのよ」
母の落ち着いたテンポのよい問い掛けに、メイシアは俯きがちに少し間を置いて「うん」とだけ答える。
フランクにはメイシアの返事がどの問い掛けに対するものかはとんと判らなかったが、母が聞き返さないところをみると一応通じているようだ。まぁ、フランクとしてはメイシアの選択に異を唱えるつもりはない。
「フランクさんがこの子と一緒になってくれて嬉しいわ。この子の事をよろしくお願いしますね」
母親に唐突に礼を言われたフランクは「は、はい!」と慌てて返事をする。
「お母さん。どうして私とフランクが結婚した事を知っているの?」
「だって、あなた、フランクさんと一緒になるためにフィスリニアへ行ったんでしょ」
飄々と答える母に、メイシアは「そうね」と肯定するよりない。
その後は母の最近の様子や兄と姉の様子、ご近所の様子などが母の口から語られた。しかし、メイシアの様子を尋ねる様子がなく、根掘り葉掘り聞かれる事を覚悟していたメイシアとしては肩すかしを食らってやや欲求不満である。
いや、欲求不満の源はもっと別の所にあった。それは母の口振りからは「不便さ」や「寂しさ」というものが感じられないのだ。そう、メイシアがいなくなったことによる「不便さ」や「寂しさ」である。
もし、そういう事を一言でも言ってくれれば、メイシアも口に出したい用意している言葉があるのだ。
しかし、母はそれを言う機会を与えてくれない。
業を煮やしたメイシアは、とうとう自分から切り出した。
「独りで不便な事とかない?」
「ないわねぇ」
母はお茶を飲みながらバッサリである。
「じゃあ独りで寂しいとか不安だとかは?」
「ないわねぇ、でもどうしてそんな事を聞くの?」
母はメイシアを真っ直ぐにジッと見つめる。メイシアは伏し目がちに視線を逸らす。
「その・・・やっぱり独りだと色々大変かなぁ、と思って」
メイシアはチラリと母の表情を盗み見る。母は変わらずジッとメイシアを見つめていた。
「それで・・・やっぱり、私が一緒にいた方がいいかなって・・・あのね、国王陛下がモルーグに帰ってこないかって。陛下の下で仕事をしないかって・・・だからね・・・帰る事に何の問題も・・・」
「メイシア!!」
ここまで静かにメイシアの話を聞いていた母が突然強い口調でメイシアの話を制する。突然の事にメイシアは驚きの表情のまま押し黙った。母は口調を和らげたものの辛辣な言葉を投げかける。
「メイシア。あなたは私のために言っているの?それとも、自分が何かから逃げたいから言っているの?」
「そんな言い方って!私は!私は・・・」
図星だった。だから否定出来なかった。だから矛先を変えようとした。
「そういうお母さんは何よ!私の事なんかどうでもいいんでしょ!私が向こうでどんな風に暮らしているか聞きもしないで!」
「知っているからよ。後で改めてゆっくり聞こうとは思ってたんだけどね」
母の意外な言葉に、メイシアは「えっ?!」と驚きの表情で再び押し黙る。母は立ち上がり部屋の隅から箱を一つ大事そうに抱えて来た。
「あなたには内緒に、って言われてたんだけどね」
母はそう言いながら箱をメイシアの目の前に置き蓋を開ける。
「これは・・・」
箱の中にあったのは沢山の手紙だった。メイシアはは何通かを手に取り差出人を知って驚きに目を丸くする。
「これってフィリア姫様からの?!まさか、これ全部?!」
母は微笑みながら頷く。
「そうよ。あなたが行ってから定期的に送って下さるの。あなたの近況を事細かく記してね。あなたがどんなに頑張っているか。あなたにどんなに助けられているか。あなたがどんなに皆さんに愛されているか。結構な額の金貨も添えてね」
メイシアは母の言葉を聞きながら手紙に目を通す。
「最近の手紙であなたがある人とトラブルになった事も、国境戦争で活躍している事も教えて貰ったわ」
「そして昨日、前と間を開けずに届いた手紙には、あなたがとても傷ついているから優しく慰めてあげて欲しい、って」
母の言葉を聞きながらメイシアはいつの間にか泣いていた。自分の不甲斐なさが悲しかった。自分にはまだやらなければならない事がある、会わなければならない人達がいるのだ。なのに私は自分が逃げ出す事しか考えていなかったのだ。
「お母さんゴメンね。まだ暫く帰れないや・・・追い出されたら帰るけどね」
メイシアが涙を拭き、笑いながら呟くその言葉に、母も笑いながらゆっくりと頷く。
「じゃあ、折角だから今日はゆっくり泊まって行きなさい」
メイシアは母の言葉に笑いながら頷いた。
「ミリー、入るぞ」
アルベルトはミリーの居室の前で声をかけて中に入る。
殆ど家具など無きに等しい部屋の隅にある事務用の机。ミリーは入り口に背を向けるように席に着いていた。
アルベルトはミリーに近づき、うなだれているミリーの顔を覗き込む。
酷い顔だった。頬はこけ、目の下には隈が出来ている。瞼はまだ腫れが残っていたが、数日前の泣きはらした状態よりはまだマシだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫です」
アルベルトの問い掛けに、ミリーは目を伏せたまま小さな声で答える。
「ファウンディールから返答があった。『承認』だそうだ」
「当たり前です」
素っ気ない返答にアルベルトはヤレヤレといった様子で視線を部屋の中央のテーブルに移す。そこには昼間アルベルトが運んだ昼食がまだ手付かずで置かれてあった。
アルベルトは食事を事務机に移動させると、スプーンで料理を掬いミリーの口元に持っていく。
「ほら、食え」
「欲しくありません」
「餓死するつもりか!いいから食え!これは命令だ!」
ミリーは力無く口を開け、アルベルトが料理を放り込む。
「もうすぐメイシアが帰ってくるんだ。少しでも力を着けておけ」
アルベルトはそう言いながらミリーの口に料理を放り込み続け、ミリーは力無く頷きながら料理を咀嚼し続けるのであった。
数日後、支援部隊の一行はフィスリニア王国への帰路についた。
メイシアは城で待ち構えているであろうミリーとの対決を覚悟する。そしてその結果、追放されるかもしれない事も。
そんなメイシアには判る筈もなかった。どんな運命が城でメイシアを待っているか、という事に。




