1-155 望郷 2
「おい、どうだ?あの『悪魔』からの嫌がらせは今日はあったか?」
「いえ、まったく。あの『悪魔』は自室に籠もりっきりのようです」
質問したのはフィスリニア王国近衛騎士『スニーキー隊』のオズワルド隊長であり、返事をしたのは副長のデクスターである。ちなみに『悪魔』とは当然ミリーの事だ。
「まったくどう言う事だ?国境戦争で留学生に怪我人が出たという話を聞いたから、てっきりあの『悪魔』が嬉々として俺達を追い出しにかかると思ったんだが・・・」
オズワルドが難しい顔をして腕を組む。
あれほど激しかったミリーの嫌がらせが、国境戦争の終結と共にパッタリと止み、ミリー自身姿を現さなくなってしまったのだ。
「あいつの事だから、きっと何か企んでいるに違いない。絶対に気を抜くなよ」
オズワルドの注意にデクスターはしっかりと頷く。
「ところで隊長。メイシアさんの方はどんな具合ですか?」
「『負けた事は気にせず元気に帰って来い』とメッセージは送ったんだが返事がなくてな・・・早まった真似をしなきゃ良いんだが・・・」
オズワルドは心配そうにそう呟くと、大きな溜め息を一つ吐くのであった。
「どうだろう、考えては貰えぬか?」
アレキサンドル王の提案に2人は・・・特にメイシアは動揺する。驚きと困惑と警戒と期待の表情を隠そうともしないまま、ジッとアレキサンドル王を睨みつけるように見つめるメイシア。
フランクは動揺しながらも心の整理をつけようと質問を試みる。
「陛下。お言葉ですが、私は亡命した身。メイシアに至っては陛下によって追放処分となった身です。そのような者達を国に戻すだけでなく側近になどと・・・世間が、そして重鎮達が黙っていないでしょう」
「余は王だぞ。多少の無理は力ずくで通してみせる!誰にも文句は言わせぬ!だから安心しておれ!」
その言葉を聞いたメイシアはアレキサンドル王から視線を外しうなだれる。
「陛下。フランクはともかく私は多くの者から疎まれ憎まれております。国境戦争での指揮官達の私への反発をお忘れですか?」
「しかしお主はそれをものともせずやり遂げたではないか」
「あれは、フィスリニアで待っていた人達の支えがあったからです!第一世代という権威ある師の後ろ盾があったからです!そんな支えも後ろ盾も無くして称号すらも与えて貰えないゴミみたいな私なんかに何が出来るとお思いですか!」
泣きながら訴えるメイシアを見てアレキサンドル王は(御老人との話を聞いていたのか)と理解した。
「余が支えよう!シーザーもだ!それでは不満か?!」
「それでもモルーグの風潮が肩書きによる権威主義である以上、私の言う事など誰も聞きません!」
メイシアはそこまで叫ぶと、両手で顔を覆い肩を震わせて泣いた。アレキサンドル王はどう声をかけてよいか悩み沈黙する。
「陛下・・・ご無礼をはたらき申し訳ありませんでした」
沈黙を破ったのはメイシアの小さな声による謝罪の言葉だった。
「いや、お主の言はもっともな事だ。余も焦りすぎてしまったな。返事は急がぬ。落ち着いてじっくり検討してくれればそれでいい。余もこの国の風潮はなんとかしようと考えておる。余はいつまでも待っておるぞ」
アレキサンドル王が優しく微笑みながら部屋を退出する。フランクとメイシアはアレキサンドル王の背中に頭を垂れるのであった。
モルーグ王国の首都『ペリトーラ』の中央を貫く大通り。
そこに立ち並ぶ市の喧騒の中をフランクとメイシアはゆっくりと歩いて行く。
アレキサンドル王が立ち去った後、フランクが当初の約束を忘れておらず「昔みたいに市の屋台でのんびり立ち食いしながら家に向かおう」と誘った結果だった。
メイシアには気分転換が必要だとフランクは考えていた。それにはメイシアのお気に入りの場所、この市の喧騒が一番だ。
「懐かしい・・・もう何年も来てなかった気がする。まだ一年も経っていないのに・・・また来れると思ってなかったからかな・・・」
そう言って市を眺めるメイシアの瞳と口元には微かに笑みが戻ってきていた。
そんなメイシアを見ながらフランクは想う。
メイシアにとって、この国は辛い思い出ばかりではない筈だ。子供の頃から慣れ親しんでいたというこの風景は疲れ切ったメイシアの心を癒やしてくれる筈だ・・・
そう、メイシアは疲れ切っているのだ。頑張り過ぎたのだ。
メイシアは自分を追って単身フィスリニアに乗り込んで来た。しかし、いくらいい人達に囲まれてその才能を思う存分発揮出来ると言っても、所詮異国は異国、本当に心が休まる筈はなかったのだ。
自分だってその事は危惧していた。だから出来る限りメイシアをフォローしてきたつもりだ。
しかし、今のメイシアの安らいだ笑顔を見ていると、自分は何も出来ていなかったのだな、と自重するしかない。
そして、そのタイミングでのアレキサンドル王の提案。
メイシアは、ああは言ってはいたが、心の中では気持ちが揺らいでいるに違いない。
もし、メイシアが戻る決心をしたならば自分も心を決めるしかないだろう。フィスリニアの人々は落胆するかも知れないが、きっと快く送り出してくれる筈だ。
そんな事を考えながら、ボンヤリとメイシアを見つめながら歩いていたが、
「ほーひはほ?(どうしたの?)」
という声にハッと我に返ると、メイシアが串焼きの肉を口一杯に頬張りながら、ジッとフランクの顔を心配そうに覗き込んでいた。
「いや、なんでもないよ」
フランクは恥ずかしい所を見られたとでも言うように真っ赤に照れ笑いしながら答える。
「ほお(そう)」
と言うとまた他の屋台に目を移すメイシアを見つめていたフランクは、突然メイシアの頭を手でガシガシと掻き回す。
「メイシア・・・遠慮なんかいらないんだからな。お前の好きにすればいいんだからな。俺はお前がどんな選択をしてもお前と一緒だからな」
フランクの言葉に今度はメイシアが真っ赤になりながらコクリと頷く。その両目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
2人は市の屋台の間をのんびりと歩いて行く。
メイシアは市に店を出している人から時折「久し振りだね」「顔を見せないから心配したよ」などと声をかけられ、その度に自然な笑顔で謝っていたのが印象的だった。
やがて市を抜け狭い路地へと入る。フランクもメイシアの家を何度か訪れた事があるので見覚えがある道だ。
メイシアは辺りを気にして何となく落ち着かない様子だ。近所の目を気にしての仕草なのだろう。フランクは以前もメイシアがここを通る時に同じようにオドオドしていた事を思い出しながら路地を進んで行った。
特に近所の住人に見咎められる事もなくメイシアの実家へと到着する。
メイシアは玄関の前で暫く立ち尽くす。そして意を決したように扉を叩いた。
程なくして扉が開き、メイシアの母親が姿を見せる。
母親はメイシアに微笑み、優しく声をかける。
「お帰り。旦那様もご一緒ね」
不思議な事に、メイシアの突然の帰郷を母親が驚いている様子はなかったのであった。




