1-154 望郷 1
フィスリニア王国の支援部隊の一行は、現在モルーグ王国の首都『ペリトーラ』に向かっていた。
国境戦争はモルーグ王国軍の勝利で終わった。
戦争終結と共にフィスリニア王国から派遣された支援部隊の役目は終わっている。本来であれば即座にフィスリニア王国への帰路に着くべきところだ。
それが何故、フィスリニア王国とは反対方向に向かっているのかと言えば、アレキサンドル王が「留学生達に勲章を与えたい」と宣ったからである。
「まあ、良いのではないか。すぐに帰る必要もなし。逆に戻るまでに多少時間があった方が都合がよいでの」
とは老人2人の言である。
多少意味不明の言葉もあるが、フランクとしても反対する理由はない。それに留学生の殆どが『ペリトーラ』の出身であることから、この話が持ち上がった時に里帰りが出来ると留学生の間から喜びの声が上がっていた。わざわざ彼等を落胆させる必要はないだろう。
それよりも、フランクは別の意味ですぐにフィスリニア王国へ戻らない方がいいと考えていた。
メイシアの落ち込みようが酷いのだ。あてがわれた簡易ベッドに潜り込み、出て来ようとはしない。なんとかベッドから引きずり出して声をかけても俯いたままでまともに返事が返らない。
留学生達もメイシアのいたたまれない様子を心配し、事ある毎に「いったいどうされたのですか?」とフランクに尋ねる。「疲れているだけだよ」とフランクは笑って返事をするが、本当の原因を留学生達に教える事は出来なかった。
留学生に怪我人が出た。それはメイシアがミリーとの勝負に負けた事を意味する。
メイシアはベッドの中で泣きながら言った。
みんなにあわせる顔がない。フィスリニアにはもう戻れない。モルーグにもフィスリニアにも何処にも私の居場所がない。もう・・・死にたい・・・と。
フランクは必死に、なだめ、叱り、立ち直らせようとする。しかし、メイシアの心を浮かび上がらせる事は叶わなかった。
一行は、アレキサンドル王からの勲章授与の後、数日の休暇を得るスケジュールとなった。これは、戴いた勲章を家族に自慢したいだろうと考えられる留学生への配慮によるものだ。
首都『ペリトーラ』に到着した翌日、早速王宮にて勲章の授与式が行われる。
王宮の謁見の間で、モルーグ王国の重鎮が立ち並ぶ中、玉座の前に整列する留学生達は緊張に顔を強ばらせている。
フランク、メイシア及び老人2人はその末席に目立たないようにひっそりと佇んでいた。留学生達は不満そうにチラチラとメイシア達を見つめていた。
やがて、楽隊の高らかな調べと共に、アレキサンドル王とシーザー王子が登場し、留学生一人一人に声をかけながら勲章を付けていく。そして数人目の事だった。声をかけられた留学生がアレキサンドル王に尋ねたのである。
「へ、陛下。大変無礼な事とは思いますがお尋ねしたい事が御座います」
震える声の留学生にアレキサンドル王はニッコリと微笑みながら「ん?何だ?構わないから言ってみなさい」と優しく返事をする。
「はい。今回の最大の功労者はフランク様とメイシア様である事は間違いのない事実であると考えます。なのにどうしてお二人には勲章を授与して頂けないのでしょうか?」
勇気ある質問に周りの留学生達も同意するように無言で頷いた。
アレキサンドル王は一瞬驚いたような表情をした後、寂しそうな笑顔を浮かべ優しく言葉を返す。
「うむ、お主の言う事は全く以て正しい事だ。しかしな、この勲章は我が国民に与える物なのだ。あの二人はそれぞれの理由により我が国を棄てた身だ。それ故にこの勲章を与える事は出来ぬ。私とてあの二人の功績に報いてやりたいがそれが出来ぬのが悔しくて仕方がないのだ。判って欲しい」
アレキサンドル王の真摯な言葉に、留学生は返す言葉もなく、ただ深く頭を下げるだけであった。
勲章の授与の後、祝勝会が行われた。その時の事である。
フィスリニア王国の2人の老人、マイケルとサモンにアレキサンドル王が問い掛ける場面があった。
「なんと!まだフランクとメイシアの2人には第二世代の称号をお与えではなかったのか!しかし今回の働きは見事であったから第二世代の称号を得るに吝かではなかろう。多額の費用が必要と言うのであれば私が出してあげても良いぞ」
メイシアとフランクは王と老人達の話を少し離れた場所で聞き耳を立てて聞いていた。盗み聞きというのは良くない事と判っていたが、称号の所持はメイシアの念願であることから、つい耳をそばだてたメイシアであった。
王の言葉にサモンはやれやれと言った表情で首を横に振る。
「陛下。陛下は第二世代や第三世代と言った称号が如何に意味がないものかもうお分かりの筈。我々はそんな意味のないものをあの2人に与えるつもりはありませんでな。あの2人にはそんなものに捕らわれず伸び伸びと腕を磨いて欲しいと思っておりますのじゃ」
メイシアはその言葉を聞いて目の前が真っ暗になる思いだった。
第二世代の称号の取得はメイシアの目標であり、ミリーとの勝負に負けた今となっては唯一の希望だった。しかし、その希望もサモンの一言によって打ち壊されてしまったのだ。
メイシアは誰にも顔を見られないように俯いた。止まらない涙を見られたくないからだ。
フランクが心配そうに声をかけるが、メイシアは「疲れたので休みます」と消え入りそうな声で呟き、あてがわれた部屋に戻って行くと、この日はもう二度と現れる事はなかった。
翌日。この日から数日は自由行動となった。
留学生の多くが嬉々として実家へと帰って行く。
そんな中、メイシアは部屋に閉じこもりっきりであり、そばにいるフランクに話しかける事もせず、ただ椅子に座って俯いているだけだった。
そんなメイシアをなんとかしたいとフランクが声をかける。
「なぁ、メイシア。お前はお母さんに会いに行かないのか?」
「私は母を捨てたのよ。どの面を下げて会いに行けるっていうの?」
メイシアは顔も上げずにボソボソと言葉を返す。
「そんな事言って、給金を貰ったらその殆どを仕送りしているじゃないか。ちっとも捨てた事になってないぞ。きっとお母さんだってお前に合いたい筈だ」
「そんな事ない。会う理由もない」
フランクの反論にさらに小さな声で言葉を返すメイシア。フランクは少し考えて「いや、ある!」と断言する。言葉もなくビクッとするメイシアをフランクは見据えて言葉を続ける。
「僕はメイシアを妻にしたのに挨拶をしていない!立派な理由だろう?」
メイシアはフランクの言葉に小さな溜め息を吐くと、とても小さく小さく頷いた。
その時、ノックと共に扉の外から声がかけられる。
「入ってもよいかな?」
その声はアレキサンドル王のものだった。
アレキサンドル王は部屋のソファーにドッカと座ると、メイシアの顔を覗き見ながら声をかける。
「大丈夫か?まだ顔色が悪いようだが・・・」
「あ、はい。もう大丈夫です。昨日は席を中座し申し訳ありませんでした」
メイシアは深々と頭を下げてお詫びの言葉を述べる。
「いや、お前が元気になったのならそれに越した事はない。気にするな」
アレキサンドル王はそう言って豪快に笑った後、一つ咳払いをして真面目な顔になる。
「実はな、お前達2人に内密の相談があって来たのだ」
思いもかけないアレキサンドル王の言葉にメイシアとフランクは居住まいを正す。
「どんなお話でしょうか?」
なかなか話を切り出さないアレキサンドル王を促すようにフランクが言葉をかけ、アレキサンドル王は感謝するようにようやく話を切り出した。
「なぁ、お前達。モルーグに戻って来ぬか?戻って来て余の側近として力を奮わぬか?」
その言葉は、俯くメイシアの顔を上げさせるのに十分であった。




