1-153 国境戦争 11
「一体これは何なのだ・・・何故こんな事になってしまったのだ・・・」
レンザリア公国軍の指揮官は目の前で繰り広げられている光景を茫然と見つめていた。
ここは、山脈をモルーグ王国側に抜けた平地に敷かれた本陣。最前線に展開している兵士以外の殆どの兵力がここに集結している。そして前線の戦況を考えれば、この地が敵に襲われる心配など皆無の筈だった。
確かに敵に襲われてはいなかった。しかし、だとすれば目の前で繰り広げられているこの光景は一体何なのだ!蜂の大群が飛び交う中、味方同士が殺し合うこの光景は!
雇われ参謀としていくつもの戦いを見てきた。しかしこんな光景は見た事がない。
何故こんな事になったのか、指揮官は蜂に刺された腕をポリポリ掻きながら考える。
しばらく状況を観察していた指揮官は沸き起こる恐怖心と共にその理由を理解する。
悪魔だ。俺には見える。御伽噺の中だけ存在だと思っていた悪魔が我が軍の兵士に化けて兵士を殺しているのだ。ならばモルーグ兵の前に悪魔を皆殺しにするしかない!!
指揮官は叫び声を上げ銃を乱射しながら同士討ちを続ける味方の中へ飛び出して行くのであった。
夢を見ていた。
小さい頃の夢だ。
「メイシア」と私を呼ぶ声が聞こえる。兄と姉の声だ。
あの2人が私の名を呼ぶ時は決まって嫌な思いをさせられる。だから逃げた。いつも逃げた。今も真っ暗な道をひたすら逃げている。
でも、あの2人は私の名前を叫びながら何処までも追いかけて来る。恐ろしい形相で。
逃げ切れない。追いつかれる。もう諦めよう。
そう思った瞬間、誰かが私の手を掴んで走り始めた。その勢いは兄と姉を引き離す。前方に明かりが見えた時「あれが出口だ」と優しい声でその人は教えてくれた。
そして、光の出口に差し掛かった時、始めてその人はこっちを振り向いた。それは、とても優しい顔をした・・・ミリーさんだった・・・
「・・・嫌な夢・・・」
メイシアはゆっくりと目を開きながら思わず呟く。
(ここ、何処だっけ・・・私、何をしてたんだっけ・・・)
メイシアが混沌とした記憶を整理しながら、ベッドに横になったまま辺りをボーッと見回す。
そこてようやく、枕元で自分の名前を叫んでいる涙目の少女に気づいた。
「メイシアさん!大丈夫ですか?!私の事判りますか?!メイシアさん!」
「ん・・・判るわよ。当たり前じゃない。ごめんね、こんな面倒まで見させちゃって」
微笑むメイシアを見て「よかった!よかった!」と泣きじゃくる少女に、メイシアは呆れたように言葉をかける。
「まったく大袈裟ね。私、どの位眠ってた?1時間?
2時間?」
メイシアの呑気な質問に少女は怒ったように言葉を返す。
「何を呑気な事を言ってるんですか!4日間ですよ!4日間も眠り続けていたんですよ!お医者様達には『もう目覚めないだろう』って言われて!みんながどんなに悲しんでいたか!それをメイシアさんは!」
その後は言葉にならず少女は泣き崩れる。
「ごめんね。ありがとう。でも4日間なんてびっくりだわ。最長記録よね」
「茶化さないで下さい!」
怒る少女にメイシアは謝り続けるのであった。
そこへ間仕切りのカーテンを開けて別の少女が入って来る。
「そろそろ、交代を・・・!メイシアさん!気が付いたんですね!みんなぁ!メイシアさんがぁ!メイシアさんがぁ!」
入って来た少女は、目が覚めたメイシアを見るなり、けたたましい警報のようにまた外へ飛び出して行ったのであった。
その後、その警報を待っていたかのように多くの留学生やモルーグ軍の医療スタッフが所狭しと集結する。パーシーにいたっては、メイシアの首にしがみつき大泣きが止まらない。
メイシアは集まった皆に礼を言った所で大事な事を思い出した。
「そうだ!作戦はどうなったの?!作戦は?!」
メイシアの問い掛けに、駆けつけた者達は顔を見合わせニンマリと笑う。お供をした従軍看護師の青年を皮切りに説明が始まった。
「結論から言えば大成功でした。フランクさんが敵軍を見事に3つの森に誘導、後は予定通り『蜂塚』を攻撃して『ハシリバチ』を怒らせて。凄い光景でしたよ。3つの森がそれぞれ真っ黒い霧に覆われたみたいになって。その後は逃げる敵軍を『ハシリバチ』の群れがまるで巨大な黒蛇のように追って行って」
「敵の本陣を覆う蜂の黒雲がここからも見えました」
「斥候が敵の同士討ちを確認。蜂が退いた後にこちらの本隊到着したした時には生きている者は殆どいなかったそうです。敵の9割が死亡したとか」
「こちらの本隊はそのまま進軍し山中の補給基地を制圧し、山脈を越えた所で陣を張っているそうです。フランクさんは今その最前線で指揮を執っていらっしゃいます」
「そうそう『ティフォーン』もパイロット共々捕縛されました」
「今回の戦争はこれで終結するという話ですよ」
口々にもたらされる報告はメイシアの立案した作戦が成功した事を示し、メイシアが勝利をもたらしたのだと皆が褒め称えた。
メイシアは賛辞の中、寂しそうに微笑む。
「9割も私は殺したんだ・・・『血塗れの看護師』どころじゃないわね・・・」
「何を言ってるんですか!その分、多くの味方を救ったんですよ。胸を張って下さい!」
思わずボヤくメイシアを誰かが元気付ける。みんなが「そうだそうだ」と賛同するがメイシアはつらそうに俯いたままだった。
「しかし、兵士が『ハシリバチ』にやられると大変なんですね。森の中から自分の安全なんかお構いなしなしに銃を乱射しながら飛び出して来るし。そのせいで流れ弾で留学生にも怪我人が出ましたしね」
話題を変えようとモルーグ軍の一人が何となく発した言葉であった。しかしその瞬間、留学生達がその者を睨み付け、口を滑らせた人間は思わず口を手で塞いだ。そして、静かに話を聞いていたメイシアが突然険しい顔になり、厳しい口調で留学生達に詰問する。
「それ本当なの?!怪我人が出たって!怪我の具合はどうなの?!ねえ!」
留学生達は知られたくなかったと言いたげに顔を見合わせる。
「いえ、ちょっとかすっただけで傷なんて言えるものでは・・・」
「怪我人はどこ?!会わせなさい!」
フラフラとよろけながらも立ち上がろとするメイシアを「まだ無理だから」と皆で慌てて止めに入る。そして、こうなっては仕方ないと一人の留学生をメイシアのもとに呼び寄せた。
その青年は左腕に包帯を巻き、首から三角巾で吊していた。
側に近づいて来た青年の痛々しい腕にそっと触れて、メイシアは涙ぐみながら声をかける。
「どんな具合なの?後遺症は?」
「すみません。前線で負傷した兵隊さんを救護する任務の最中に敵の流れ弾に当たってしまって。弾は骨で止まったのですがサモン様に手術して頂きました。傷痕は少し残るけど後遺症はない筈と仰っていました。ですから全然問題ないです。気にしないで下さい」
青年はにこやかに話したが、メイシアは大粒の涙を流しながら呟いた。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・傷一つ付けさせないって約束したのに・・・ごめんなさい・・・」
ボロボロ涙を流しながら謝り続けるメイシアを全員がメイシアさんのせいではない、と言って励ましたが、メイシアはひたすら頭を垂れて謝り続けるのであった。
この日、モルーグ王国の勝利という結果で、国境戦争は終結したのであった。




