1-151 国境戦争 9
怪我人の1人も出さずに『ティフォーン』を半壊状態にして追い払った戦いから数日が過ぎた。
あの後、守勢から転じて攻勢に出ることが出来たかと言うと、そう都合よくはいかなかった。
元々、フィスリニア王国の支援前の戦いで兵士を大きく損耗していたせいで、最前線で相対している兵士の数が違い過ぎていたのである。
ならばマシーナを前面に出して、という案もあるが、マシーナとの戦闘を重視したと思われる敵の装備に加え、半壊状態の『ティフォーン』が兵士達の後方でデンと居座っているのだ。大した根性である。おそらく兵士への恩返しなのだろう。もう前線より前に出てくることはないが、まだ左腕があるから後方から支援が出来る、と言う事なのだろう。
そのおかげで睨み合いのまま膠着状態に入っていたのである。
「お互いに物資も尽きる頃であるし、このまま終戦となるのではないかな」
作戦会議の場で総指揮官は呑気にそう発言したが、フランクがそれに反論する。
「『ティフォーン』がああなっていなければそれで合っているでしょうが、それはないでしょう。『ティフォーン』の損害が馬鹿にならない筈ですから、その埋め合わせの為にも更に領土の拡大にくるでしょうね。落としっぱなしのベイルと右腕の回収もしたいでしょうし」
フランクの言葉に総指揮官は「そうかね?」と懐疑的であったため、フランクはさらに現実を突き付ける。
「前線の敵の歩兵の数がこの数日で増え続けています。おそらく後方で控えていた者も総出なのでしょう。装甲車なども惜しみなく前線に持ってきています。一両日中には総攻撃にでるのではないかと推測します」
フランクの見解を聞いた総指揮官は不機嫌そうに反駁する。
「ならば『ティフォーン』を潰したのは間違いだったのではないか?」
「馬鹿者!あのまま『ティフォーン』の侵攻を許していたなら、領土は奪われ『ティフォーン』は健在と踏んだり蹴ったりだろうが!」
もう我慢ならんと言うようにアレキサンドル王が口を挿む。総指揮官は小さくなって黙ってしまった。
暫しの沈黙の後、アレキサンドル王が口を開く。
「フランク。何とか盛り返す手はないのか?」
「初期に兵がやられ過ぎました。マシーナの行動を制限されている以上、ここにきての純粋な戦力差は痛いですね。これ以上の侵攻を防ぐのは簡単ですが、盛り返すとなるとなかなか・・・」
歯切れの悪いフランクの返事に会議の場は再び沈黙が支配する。
暫くして、停滞した場が動いた。突然メイシアが席を立ったのだ。
「メイシア、どうしたのだ?」
アレキサンドル王が訝しげに尋ねる。
「このまま座っていても何も出ません。少し辺りを偵察して来ます」
メイシアが飄々と答え、アレキサンドル王が納得する。
「なるほど、それもそうだな。停滞した時の頭の切り替えは大事だ。よし、続きは午後からにする!」
そうして早朝の会議は一旦お開きとなったのである。
メイシアは野戦病院へ戻りながら考える。
取り敢えず、私の手術が必要な患者はもういない筈だ。ならば午前中はここを離れても問題ないだろう。
それにしてもフランクが言う通り、動ける兵士の絶対数が足りないのは痛い。今、野戦病院ですぐ出動出来そうな患者さんの数は・・・いけない。怪我人に無理はさせられない・・・
そう考えながらも、野戦病院にいる怪我人の種類と人数を無意識に数え始めていたが、ある事に気づき「あれ?」と足を止める。
「メイシアさん!おはよう御座います!」
突然話しかけられてメイシアが我に返ると、そこには2人の若い男女、モルーグ王国軍の従軍看護師の青年と留学生の女の子が立っていた。チームを組んだ仲間同士のようだ。
「あ、おはよう・・・そうだ、ちょっと聞きたい事があるんだけど、今、大丈夫?」
2人が、大丈夫だと答えると、メイシアは疑問に思った事を口にする。
「『ハシリバチ』の被害者が殆どいないけど『ハシリバチ』の数が今は減っているのかしら?」
『ハシリバチ』は人の恐怖心を増大させる精神毒を持った厄介な虫だ。生息地が近い事からある程度の被害を想定していたのだが、実際の被害者が想定よりもはるかに少ないのである。
メイシアに問い掛けにモルーグ王国軍の従軍看護師の青年は激しく首を横に振る。
「とんでもない!近年まれにみる大発生ですよ!そのせいで誰も森に近づけないんです!だから被害者が少ないだけなんです!」
メイシアはその言葉に驚いたような表情を浮かべたが、すぐに俯き唇に拳を当てて考え込む。
メイシアに捕まった2人がこのまま立ち去っていいものか考えあぐねていると、メイシアが顔を上げ2人に声をかける。
「ねぇ、あなた達、お暇?ちょっと2人に手伝って欲しい事があるんだけど。車の運転は出来る?」
思わぬ展開に、2人はどぎまぎしながらも「チームリーダーに言えば大丈夫でしょう」と答え、男の方が「俺が運転出来ます」と答える。
「じゃあ、決まり!さ、行きましょ!」
と、メイシアは笑顔で2人をせっつくのであった。
「本当にアソコへ行くんですか?大丈夫なんですか?」
「まぁ、大丈夫でしょ。あなた達はここで待ってて頂戴ね」
森から200メートル程離れた場所で車から降りたメイシアは1人森に向かって歩いて行く。
この平原一帯は乾燥し、草も殆ど生えていない。しかし所々、地下水が染み出している場所があり、そこは直径3~400メートル程の小さな森になっている。
そして、こうした森が前線のすぐ内側に3ヶ所あり、その全てで『ハシリバチ』が大発生していると言うのである。
メイシアは慎重に森の中に入って行く。そして苦もなく目的のものを見つけた。
「・・・でか・・・」
メイシアは思わず呟く。
そこにあったのは高さ3メートル程の泥の山だった。当然ながらそれがただの泥山である筈がない。これこそが『ハシリバチ』の巣、『蜂塚』だったのである。
『蜂塚』は10メートル程先にある。しかしこれ以上近づく事はしない。『ハシリバチ』は大人しい部類のため、近づいても比較的安全なのだがそれでも用心に越したことはない。
メイシアは手書きの地図に『蜂塚』の位置を記した後、そっとその場を離れ他の『蜂塚』を探す。そうしてメイシアはこの森で3つの『蜂塚』を見つけた。
その後は車で次の森へ移動し同じように4つの『蜂塚』をチェックする。
移動中、従軍看護師がハンドルを操作しながら不思議そうにメイシアに質問する。
「一体、何をしておいでなのです?生態系調査なのですか?」
メイシアは後部座席で地図とにらめっこしながら、
(まぁ、前線に視察、と言ったら、味方兵や敵兵の様子を見るのが普通だからね。誰もいない森の中ばかり見て回っていたら不思議に思うわよね)
と納得した後、答えになっているのか判らない返事をする。
「ねぇ、こういう領土を奪い合う戦争で一番大切な物は何だと思う?」
「え・・・と、兵の量や錬度・・・ですか?」
従軍看護師は自信無さげに答える。
「装備・・・とか?」
留学生も懸命に答えを捻り出す。
その様子にメイシアが少し苦笑いしながら口を開く。
「ん~、聞き方が悪かったわね。じゃあ、最大の敵は?」
お供の2人は顔を見合わせるが答えは出ないようだ。
「最大の敵はね、侵攻した土地そのものよ。始めて足を踏み入れたものにその土地は牙をむくの。開拓にも同じ事が言えるわね。そしてそれはその者達が慣れ親しんだ環境と差があればある程激しく牙をむく事になるわ」
メイシアは遠くに見える忘れ難い山脈を睨みながら言葉を続ける。
「あの山脈の向こうとこちらでは大きな差があるわ。2年前の国境戦争で見た向こうの土地は湿地帯だった。レンザリア公国全体がとても水と緑が豊かな所だと聞いているわ。それに対してこちらはどう?」
「全然違いますよね。水は貴重品ですし」
「その通り。きっと敵の最大の補給物資は『水』でしょうね。敵は初めて山脈のこちら側に大きく侵攻して来たからそのギャップに慌てているでしょう。そして彼等がまだ甘く見ている事があるの」
「それは?」
「それはね、生態系の違いよ。さぁ、午後の会議には間に合わせたいわ。最後の森に急ぎましょ」
「この森はこんな所ね。ちょっと時間が掛かり過ぎたわ、急いで車に戻らないと」
最後の森の調査を終え『蜂塚』の位置を地図に記したメイシアは慎重な足取りから一転して足早に森の中を歩く。それは作業を終えた事による気の緩みからか、この後の会議の事を考えていたせいか、いずれにしろ注意力が散漫になっていた事に違いはなかった。
メイシアは何かを蹴った感触に思わず立ち止まり足元を見る。
それは、高さ30センチ程ではあるが紛れもなく『蜂塚』だった。
(しまった!!)
メイシアが己の失態を呪うのに合わせるように、百匹以上の『ハシリバチ』が『蜂塚』を飛び出して威嚇の羽音を盛大に立てながらメイシアに襲いかかる。
メイシアは咄嗟に腕で目を庇った。と同時にメイシアの全身は激痛に襲われるのであった。




