1-150 国境戦争 8
マルコは大層不機嫌だった。不機嫌ながら複雑な心境でもあった。
マルコは『ティフォーン』の専属パイロットの座を去年引き継いだばかりだ。
『ティフォーン』の運用方法については前任者から何度も言い聞かされてきた事がある。それは『ティフォーン』が防衛型マシーナであり、味方が占拠した領域に移動し防衛する形が基本的な運用方法なのだ、と言う事だ。
マルコ自身も前任者のその言葉を疑わなかったし、その言い付けを守ってきた。
そんなマルコが機嫌を損ねている原因は、この戦争の指揮の内容にあった。今回の指揮官が『ティフォーン』を前線の拡大に利用しているからだ。
今回の国境戦争の指揮官はファウンディールを通して外部から招き入れた継承者であった。前回、同じように雇った指揮官がいい働きをしたので今回も、となった次第なのだ。
マルコは『ティフォーン』の運用方法が間違っている事を指揮官に忠告した。しかし指揮官は、
「『ティフォーン』を陣地の防衛だけに使うのは宝の持ち腐れと言うやつだ。私が『ティフォーン』の新しい可能性を開拓してやるよ」
と言って忠告を聞き入れて貰えず、マルコは指示された通りに働くしかなかったのである。
しかし、指示通りやってみて、これが存外上手くいく事が判った。
短機関銃を掃射しながら前に進めば敵の歩兵は大した抵抗もせずに慌てて後退していく。敵の後方からのマシーナの攻撃は『ティフォーン』のベイルに阻まれ有効打とはならない。
そして、敵兵がいた領域に陣取り暫く我慢して応戦していれば、味方兵が徐々に『ティフォーン』の周辺に展開して攻撃に参加するため、敵マシーナも後退せざるを得なくなるのだ。
レンザリア公国軍は、この方法で3回も前線の前進に成功した。となればマルコもこの方法を間違いだとは言えない。いや、絶妙な新手であり今後の基本戦術となるだろうと考えた。
マルコとしては、自分の師とも言える前任者を無能と言われているようで不快極まりないが『ティフォーン』の価値が上がる事は嬉しくもあり、複雑な心境となっているのであった。
そして、4回目の進軍命令が下った。マルコも4回目となればあまり頭を使う事もなく、機械的に手順を踏むだけである。
マルコは『ティフォーン』の4枚のベイルの裾を少し広げる。傘を半開きにしたようなイメージだ。これはホバリングに安定性を持たせる為である。
周りにいる兵士も慣れたもので『ティフォーン』が移動を開始すると理解し道を開ける。
「さて、陣取りに行きますか」
マルコは緊張感もなく、『ティフォーン』の前進を開始した。
「『ティフォーン』前進を始めました!」
物見櫓の監視兵が叫ぶ。
フランクは反射的にニヤリと笑い、指示を飛ばす。
「各小隊に確認!例の物の設置状況は?!」
「全小隊から完了の通信が入りました!」
「よし!では打ち合わせ通り退却を始めてください!全員の生存が最優先です!その事を念頭において無理せず逃げるように!」
いつも「死んでも守れ!」と怒鳴られている兵士達に聞き慣れない命令が飛ぶ。しかしその命令に逆らおうなどと考える兵士は1人もいなかったのは言うまでもない。
「奴に悟られませんかね?」
付き添いサポートをしてくれている兵士がフランクに心配そうに問いかける。フランクはニッコリ笑いながら答える。
「大丈夫。悟るには奴は勝ち過ぎたからね」
「なんだぁ?敵さんも逃げ癖が付いたかぁ?」
マルコは敵兵の動きを見ながらそんな感想を口にする。しかし、マルコはそう言いながらも眉をひそめて敵兵の動きを注視する。今までとは異なり逃げ方が組織的な気がするのだ。それに敵から恐怖心や絶望感が感じられない気がするのである。
これまでは、武器を放り出してひたすら逃げる者、無駄な銃撃で抵抗する者、その反応は様々だったが共通して言える事は『ティフォーン』を見る目には恐怖心や絶望感が浮かんでいたのだ。
しかし、今回はどうだ。敵兵の表情が読めない。こちらを凝視して来ないせいだ。後退も闇雲ではなく、こちらが一定の距離まで近づくと一気に後方の塹壕まで後退していく。お陰でまだ一発も弾を撃っていない。
ゆっくりと前進しながら気づいた事がある。『ティフォーン』を前進させた場所がやたらと塹壕の数が多いのだ。違和感を覚えながらも「隠れればいいと思っているだけだろう」と自分を納得させる。敵が何も出来ない事は過去3回の戦闘で判っているのだ。
そしてマルコは『ティフォーン』を先程まで敵がいた塹壕だらけの場所に移動させた。
「フランクさん。『ティフォーン』が予定ポイントに入りました!」
監視兵が叫ぶ。
「よし!ライオットさん!よろしく!『ロングレッグスパイダー』及び砲撃兵は攻撃開始!」
フランクが『ガルーダ』のパイロットのライオットと繋いでいた無線に叫んだ後、全軍に指示を飛ばす。
フランクの言葉に呼応するように『ガルーダ』が空に舞い上がり、続いて『ロングレッグスパイダー』と砲撃兵による『ティフォーン』への砲撃が始まった。
「『ガルーダ』が上空から?!それを地上部隊が援護か!浅はかだな。地上部隊の攻撃なぞ無視して『ガルーダ』に応戦だ」
マルコはホバリング中の『ティフォーン』を地上に降ろし迎撃体制を整えようとした。しかし、『ティフォーン』が塹壕に足を取られバランスを崩し転倒しようとする。
「クソッ!このための大量の塹壕か!姑息な!」
マルコは体制を立て直すべくベイルをやや広げて再びホバリングを開始した。その時だった。
「今だ!メインディッシュをくれてやれ!」
フランクの叫びを待っていた兵士がスイッチを押した。
「なっ?!」
『ティフォーン』のレーダーが自機を埋め尽くすように突然現れた白い点を表示する。マルコが驚く間もなく『ティフォーン』は激しい衝撃に包まれ、機体の状態表示はレッドアラームで埋め尽くされた。マルコは被害状況を確認して愕然とする。
「スラスターが全て破壊・・・真下から無数のロケット弾を食らったのか・・・塹壕に設置していたのか・・・」
マルコに逡巡する暇はない。レーダーには自機と重なるように白い点が残っていた。
「真下にまだ!・・・いや!真上?!」
マルコが思わず上空を見上げる。そこにいたのは『ガルーダ』だった。『ティフォーン』がロケット弾に蹂躙されている隙に真上に移動していたのだ。
「食らえ!」
ライオットの叫びと共に『ガルーダ』が真上から砲撃を行う。
その一撃は『ティフォーン』の右肩を直撃する。真上からの攻撃を受け流すようになっていない肩部は砲撃をモロに食らい、右ベイルはジョイント部から、右腕も肩の関節部から千切れ飛んだ。
右ベイルと右腕が轟音を立てて転がる中『ガルーダ』は照準を『ティフォーン』の本体に合わせる。
「これで終わりだ!」
ライオットは引き金を引こうとした瞬間、その動作を止め回避行動に専念するしかなくなった。敵の歩兵が発射した地対空ロケット弾が大量に迫ってきたからである。
「クソッ!あと一歩なのに!」
ライオットは次々と迫ってくるロケット弾を回避しながら『ティフォーン』にトドメを刺そうとするが歩兵の必死の抵抗により思うようにいかない。
「ライオットさん!上出来です!もう引いて下さい!」
「了解!帰投する!」
フランクの指示に、ライオットは不満そうな顔をしながら渋々従った。
「くそぉ!なんてこった!」
マルコは毒づきながら、自陣への退却を試みる。
スラスターは全て破壊された。退却するには歩かせるしかない。しかし、両脚は歩く度に変な音を立てており、いつバラバラになるか判らない状態だ。ゆっくり歩みを進めながらマルコは『ティフォーン』を必死に守ってくれる歩兵に感謝する。
それにしても・・・とマルコは唇を噛み締める。
前任者の言う事が正しかったのだ。
それを偉そうに馬鹿にしたアイツの言う事を少しでも信じかけた俺も馬鹿だった。しかし、アイツの命令がなければこんな事にはならなかったのだ。絶対に責任を追及してやる!
軋む脚を一歩踏み締める毎に怨嗟の念を募らせるマルコだった。
「フランクさん、勝ちました!」
付き添いの兵士がキラキラした目でフランクを見つめる。周りでは始めての勝利にお祭り騒ぎになっていた。
「フランクさんは整備士だけでなく指揮官としての才能もおありだったのですね!凄いです!」
感動しまくる付き添いの兵士にフランクは照れ笑いしながら説明する。
「いや、ここにいた時はその通り、ただの整備士だったさ。でもフィスリニアでスパルタ教育を受けてね。戦術戦略の基本から応用、過去の事例までたっぷりとね。その事例の中に、35年前『ティフォーン』が旧フォルデベルグ王国の1兵士に損傷させられた話があったんだ」
興味深げに話を聞く兵士にフランクは話を続ける。
「その兵士は『ティフォーン』の足元に入り、ベイルの内側でバズーカーを乱射しまくった。と言う話でね。今回の作戦はそれを応用しただけさ」
「あちらもそれ以来、足元が弱点の『ティフォーン』だけを先行させるてはいけないと教訓になっていたはずなんだがね。35年も経つと、先人の教訓はその意味も薄れてしまうんだろうね。我々も気を付けないとね」
フランクの言葉に兵士は元気よく「はい!」と答えたのだった。




