1-149 国境戦争 7
「シーザー様。一体どうなされたのです?」
フィスリニア城にいるはずのシーザー王子の登場という思わぬ展開にメイシアは驚きを隠せない。
その様子にシーザー王子は満足そうに笑って口を開く。
「メイシーが出立してから私もすぐに専用機を借りて『ペリトーラ』に戻ったのです。父上に『僕と一緒に前線に行きましょう』って言うためにね。父上が能なしでも臆病者でもないこと証明するために!」
頼もしい息子を誇るような微笑みを浮かべてアレキサンドル陛下がシーザー王子の頭を撫でる。
「子細をシーザーから聞いてな。それでこの目でしっかりと戦場を見ておかねば、と考えた次第だ・・・しかし・・・」
アレキサンドル王はそう言うと笑顔が消え険しい表情になり総指揮官を睨みつける。
「これまで僅かに劣勢であるとの報告を受け続けていた。そこで万一に備えてフィスリニアに支援を依頼したのだが・・・ここまで劣勢であるとは聞いておらぬぞ」
アレキサンドル王の静かな怒りの視線を受けた総指揮官は目を泳がせながら必死に弁明を試みる。
「これはその・・・一時的に下がっただけですので特にご報告すべき事ではないかと・・・」
「一時的?ならば今日に至るまでの戦線の遷移を余に示せ」
「と、特にそのような事は纏めておりませんで・・・その・・・」
何とかあやふやに事を済まそうと努力している総指揮官に見事な横槍で致命傷を与えた者がいた。メイシアである。
「陛下。支援依頼を受けました時にこれからの作戦行動に役立てようと、独自に入手した情報で開戦当時から今日までの状況を纏めた資料がここに御座います。これを見ればこれまでの経緯も判るかと思います」
メイシアはそう言うと一冊のファイルをアレキサンドル王に手渡す。その挙動は流麗であり、慌てた総指揮官が止める隙を与えなかった。
アレキサンドル王は受け取ったファイルをすぐに読み始める。そしてページを一枚また一枚とめくるにつれ、段々と表情が険しさを増していき、時折総指揮官を睨みつける目も厳しさを増していくのであった。
哀れな総指揮官は完全に顔色をなくし、立っていられず椅子に座り込む。そしてメイシアを見つめた。見つめていたのは睨みつける力が残されていないだけの事だ。
総指揮官は確信していた。これはメイシアの復讐だ。やはりこの娘は我々に復讐する機会を待っていたのだ、と。
そんな総指揮官と、顔色をなくした指揮官達の視線を浴びながらも、メイシアは我関せずといった面持ちでそれを飄々と受け流すのであった。
アレキサンドル王はそんなメイシアの様子を見ながら(どこかで見たような光景だな)と既視感に捕らわれる。そしてそれが何であるかすぐに思い出せた。
それは自身の戴冠式の時、フィスリニア王国からの来賓だった『アルベルト=イーゼルバーグ』が他国の来賓からの恨みのこもった視線を飄々と受け流していた。あの光景にそっくりなのである。
(いろいろと学んでおるのだろうな。精神的な面でも)
アレキサンドル王はそう思いながらほくそ笑む。
初めて会った2年前はずっと俯きっぱなしだったし、その後も何かと俯きおどおどしていて全てにおいて自信も勇気もない、といった様子だった。
しかし、今はどうだ。堂々として指揮官達を前にしても動じていない。こんな短い間に人は成長するもなのかと驚きを禁じ得ない。それに・・・
「ところで・・・この資料を作ったのはメイシアか?」
「あの・・・フランクと2人で作りました」
「いや、私は情報収集が主で、資料を纏めたのはメイシアが独りでやりました」
アレキサンドル王の質問にメイシアとフランクが順に答える。
アレキサンドル王は「そうか」と一言口にしただけで、再び資料に目を落とす。
「あの・・・時間がなくて、自分達用に大急ぎで作った物なので・・・纏まりに欠けているとか解りにくいとか、そういう点はご容赦ください」
そう言って頭を下げるメイシアにアレキサンドル王は「いや、大丈夫だ」と言いながらも心の中では大いに驚いていた。
(完璧じゃないか!これだけの物を短期間で作り上げるとは信じられん!私の周りにこれほどの才を持つ者がいるか?!)
アレキサンドル王は今、大いに後悔していた。
仕方なかったとはいえ、自分はこの才能溢れる人材を国から追放してしまったのだ。もしあの時、これほどの人物だと判っていたなら、何が何でも引き止めて自分の側近に登用していただろう。
今更無理な話だが、何とか我が国に引き戻せないものか・・・
アレキサンドル王はメイシアを連れ戻す策を考え始めたが、今はそれよりも優先度が高い事案があることを思い出す。
「さて。余は状況の報告を受け、視察を終えたら、首都へ戻るつもりでいたがこれを読んで気が変わった。余は戦争終結の日までここで指揮を執ることにする!」
アレキサンドル王のこの一言は、指揮官達を動揺させ、フィスリニア王国からの支援者を笑顔にさせた。
「と言う訳で、シー・・・」
「嫌です!」
アレキサンドル王が言い終わらないどころか、まだ言い始めてもいない状況でシーザーの拒否の叫びが上がる。
「しかし、戦場は危険でもあるし、お前にはまだ早い光景も・・・」
この時ばかりはアレキサンドル王も一人の親でしかない。しどろもどろに説得を試みようとするが、シーザーの決意は堅い。
「父上!私とて軍人の家系の端くれです!戦場が危険である事は十分承知しています!それに、戦場で何が起こっているのか真実を知る事は王族としての義務ではないですか!」
シーザーの決然たる言葉にアレキサンドル王が反論の言葉を探していると、メイシアがクスッと笑って親子の勝負の判決を言い渡す。
「陛下の負けの様ですね」
アレキサンドル王は大きく溜息をついてうなだれた。
「うむ・・・シーザー。覚悟があると言うのならしっかり学ぶのだぞ。それからあまりメイシアに頼るでないぞ。メイシアにはここでの仕事があるのだからな。よいな。」
「当たり前です!メイシーは大事な戦いの最中なのです!邪魔は出来ません!」
シーザーの言葉にメイシアは支えてくれる人の存在を実感するのだった。
気を取り直したアレキサンドル王は空いている席にどっかと腰を降ろす。シーザーもメイシアに勧められて席に着いた。
「さて、現状は十分に理解出来た。そこでだ、総指揮官であるマーデルに問おう。貴様はどのようにして次に予想される敵の侵攻を食い止めさらに敵を押し戻すのだ?先ほど一時的な後退と言ったのだから立派な作戦があるのだろう?」
嫌みたっぷりなアレキサンドル王の物言いに、総指揮官は俯き、なんとか言葉を探す。
「そ、その・・・兵士達の愛国心によって・・・」
「私は策を聞いておるのだ!あるのか!ないのか!」
テーブルを激しく叩きながら怒鳴りつけるアレキサンドル王の剣幕に総指揮官は押し黙るしかなかった。
暫しの沈黙の後、アレキサンドル王はフランクの方に向き直り親しげに尋ねる。
「おい、フランク。お前は儂が来たとき、何かそのような話をしておったと思ったのだが?」
「はい。守るにしろ攻めるにしろ、キーとなるのは『ティフォーン』の存在です。ですからまず『ティフォーン』を何とかしなければなりませんが、あの防御力ですからなかなか難しい問題です」
アレキサンドル王が「うむ」と頷いたのを確認して、フランクは話を進める。
「しかし、敵は『ティフォーン』の運用方法を誤りました。そこを突きます。仕掛けはこうです」
そう言ってフランクは作戦の説明を始めたのだった。
「面白いではないか!気に入ったぞ!フランク、全軍を指揮して作戦の遂行に当たれ!」
作戦の説明を受けたアレキサンドル王が楽しそうに作戦遂行の許可を出すと、フランクが「はい!承りました!」と敬礼する。
アレキサンドル王はさらに言葉を続ける。
「フランク、そしてメイシア。今後、立案した作戦は直接儂のところに持って来るが良い。この連中を通す必要はないぞ。よいな!」
フランクとメイシアは嬉しそうに「ありがとうございます」と礼を述べる。これで内なる障壁は取り除かれたのだ。嬉しくない訳がない。
それと同時にメイシアは心の中で(ざまあみろ!)と叫んでいた。その相手は当然ミリーだ。
ミリーがあの時、これ見よがしにシーザー王子をいたぶった事がこうしてこちらに有利な展開を生んだのだ。
(みんなを馬鹿にした報いだ。ざまあみろ!)
メイシアは何度も心の中でミリーの罵倒を繰り返しほくそ笑んでいたのだった。
その一方でアレキサンドル王はまた別の事を考えていた。
(この夫婦、何とか我が国に引き戻し儂の側に置きたい!!)
と。
「ウィル様はどう思われますか?これ」
フィリア姫は自室でウイルファン王子と2人、メイシアからの定時報告を吟味していた。内容は、シーザー王子のお陰でアレキサンドル王の助力がタイムリーに得られるようになった、と言う事だった。
「姫。シーザーが『父上の所に行きたい』と言い出した時、専用機を用意したのはミリーさんでしたよね?」
「えぇ、しかも、言い出してすぐに出発出来ましたから、言い出す前から準備していたとしか思えません」
「だとしたら、ミリーさんは・・・」
「やっぱりウイル様もそう思いますか・・・」
2人はお互い同じ考えである事を確認すると、押し黙ってしまった。沈黙を破ったのはフィリア姫である。
「どうしてミリーはこんな回りくどい事をするのでしょうか?」
「判りません。きっと問い詰めても答えてくれないでしょうし・・・見守るしか手はないでしょう」
ウイルファン王子の返答に、フィリア姫はただ頷くしかなかった。
(ミリー。あなたは一体何を考えているの?いつになったらまた前のようにみんなに笑顔をくれるの?)
フィリア姫に今出来る事は、そうやって心の中で叫び続ける事だけだったのである。




