1-148 国境戦争 6
フィスリニア王国からの支援部隊が到着してからの数日は、戦線に動きはなく静かなものだった。
最後にレンザリア軍に戦線を押し込まれたのが支援部隊が到着する直前だったため、これまでの経験上あと数日は動きはないだろう、と言う事だった。
この戦闘の空白期間はフランクとメイシアにはありがたかった。と言っても楽をしていた訳ではない。状況の改善にやっきになっていた。
メイシアはスタッフ達がトリアージした結果から緊急に手術が必要な者をサモンと手分けして『医療車両』で手術を行っていった。朝から晩まで休む間もなく、初日だけでもメイシアが10人、サモンが6人の手術を行ったのである。
師であるサモンの方が人数が少ないのは「わしゃもう疲れた」と年のせいで値を上げた為である。
手術の助手は留学生達が後退で務める。これは経験の浅い留学生達のための配慮である。
また、モルーグ王国の医療スタッフにも手術の見学の許可を与えていた。これは、フィスリニア王国の医療技術がいかに優れているか、そしてそこで学ぶ留学生達がいかに優秀であるかを示す為であった。
メイシアのこの作戦は功を奏した。
モルーグ王国の医療スタッフの態度がこの数日で激変していた。しかしそれは無理もない事だった。
今まで助ける事を諦めていた怪我人が、目の前で繰り広げられる見たこともない手法で次々に回復に向かうのだ。患者が助かる様を素直に喜ばない者はここにはいない。
留学生達の指示にも素直に従っているようだ。そればかりか積極的に留学生達から学ぼうとする者達も増えてきたのだ。
モルーグ王国の医療スタッフと留学生達との関係は非常に良好だった。留学生達との関係だけは・・・
「またこんな所で独りで食べてたの?!」
メイシアがお昼の配給食を『医療車両』の影に座ってひっそりと食べている所へ現れたのは親友のパーシーだった。
「どうしたの?こんな所に」
「どうしたのじゃないわよ。あんたを心配して捜してたに決まってるでしょうが」
間の抜けた問い掛けをするメイシアに呆れながら、パーシーは親友の隣りにドッカと座り、持ってきた配給食の蓋をあけ「げ、またこれか」と文句を言いながらも口に運び始める。
「最初みたいにみんなと食べればいいのに」
「う~ん・・・無駄かなって・・・もういいかなって・・・」
パーシーの進言にメイシアは俯き、食が進んでいない配給食の容器を見つめながら答える。
メイシアはモルーグ王国のスタッフとの心の距離を詰めようと、一緒に食事をして話しかけたりしてみたのだ。そして、表面上はスタッフ達もにこやかにはしているが、内面は全く違うことに気づいた。
彼等にとってメイシアとは自分達の汚点が人の形をしたものであり黒歴史なのだ。そして蔑みと憐れみの対象とし見下す事で自分達の心に折り合いを付けてきたのである。
それが突然自分達よりも高い身分で現れた。最初は復讐されるのではないかと恐怖した。
しかし、共に食事をするなど親しげに接するメイシアを見て、復讐する気はなさそうだ、と恐怖心は薄れていった。
ここで親しくなれていればメイシアの思惑通りだったのだが、そうはなってくれなかった。
薄れた恐怖心の代わりに彼等の胸の内に巣くったもの、それは『嫉妬』と『妬み』から湧き出る『憎しみ』だった。
彼等にとってメイシアは、彼等が憐れみを与えてやる卑下すべき存在でなくてはならなかったのだ。なのに高い地位を得てなおかつこれ見よがしに目の前に現れた事が我慢ならないのである。
この事に気づいた時、メイシアは彼等と触れ合う努力を止めた。そして叶う事ならとっとと荷物を纏めてフィスリニア王国へ帰りたいと思った。
彼等の為に頑張れば頑張るほど憎まれる。そんな馬鹿な話はない。
しかし、帰る訳にはいかない。
私はフィスリニア王国の一員として此処にいて、フィスリニア王国の支援は歓迎されているのだ。
それに、私が此処で頑張る事を喜ぶ人達がフィスリニア王国にいるのだ。あの人に勝つ為に。
「大丈夫?平気?」
心配そうに顔を覗き込みながら尋ねるパーシーに、メイシアは少し疲れたような笑顔で頷く。
「私がついてるからね」
そう言うパーシーの気遣いにメイシアは心から笑顔を浮かべ「ありがとう」と答える。
「そう言えば、旦那の方はどう?」
「あっちはあっちで大変みたい。上の連中のガードが堅くって。今日も午後から会議があるんだけど、旦那、そろそろキレそうだわ」
そう言って笑うメイシアをパーシーは温かい目で見つめるのだった。
「いつになったら例の作戦の許可が下りるんですか?!敵はもう動きだしますよ!!」
テーブルをバン!と叩いて、フランクは会議に列席している指揮官達を怒鳴りつける。(やっぱりキレた)と思ったのは隣の席に座るメイシアである。
フランクは会議の場で『対ティフォーン作戦』を提案したのだが、いまだに総指揮官の許可がでないのである。
「確かに貴殿等には作戦に口を出す権利をお持ちであり、ご提示いただいた作戦も素晴らしく私も今すぐにでも許可を出したいのです。しかし、客員である貴殿等の作戦を了承するには、やはり陛下の御裁決が必要で・・・」
「ならばいつ裁決が出るんだ!」
「それは陛下次第ですから、何とも・・・上申書はお出ししているのですがねぇ」
総指揮官は丁寧には答えているが、のらりくらりと追及の手をかわしているように思えた。積極的にこちらに協力する気はないようだった。
これで客員に戦功を上げられては自分達の立場がないと言う事なのだろう。相変わらず、兵士の命よりも自分達の名誉が大事なのだ。
そう考えて段々と腹が立ってきたメイシアだったが、いきなり肩を上から押さえ込まれて、ハッと我に返る。
抑え込んでいたのは隣に立つフランクだった。押さえ込まれてやっと、自分が立ち上がりかけていた事に気が付いた。フランクが押さえてくれなければ自分が爆発するところだったと反省しきりのメイシアだった。
「とにかく、陛下から御返事がない以上、どうしようもありませんな」
総指揮官がしたり顔で言い放ち、この話を強制的に打ち切ろうとする。
フランクは悔しそうに押し黙る。
しかしこのままではこちらの言い分は全て闇に葬られる。何か打つ手はないのかと考えていたその時だった。
「誰が返事をよこさないだと!」
突然、許可も得ずに会議場にズカズカと入り込んできた人物がそう怒鳴る。
入ってきた不審人物を一瞬怪訝そうに見つめた指揮官達だったがすぐに真っ青な顔で立ち上がる。メイシアも老人2人もここにいる全員が立ち上がり驚きの声を上げた。
「へっ!陛下っ!!」
そう、乱入した人物は誰あろう、モルーグ王国国王『アレキサンドル=ファース=モレード』その人だったのである。
「へ、陛下。ご機嫌うるわしゅう御座います。何故突然このような場所へ?」
手もみをしながらご機嫌を伺う総指揮官に、アレキサンドル陛下は単刀直入に問い質す。
「上申書なぞ受け取っておらぬぞ!どういう事だ!」
「お、おかしいですなぁ・・・はは・・・き、きっと何かの手違いが・・・はは・・・」
脂汗を流してしどろもどろの総指揮官を、アレキサンドル陛下は冷たい目で一瞥すると、一変してにこやかにフランクとメイシアに向き直る。
「二人とも久し振りだな!元気にしておったか?!」
そう言って満面に笑みを浮かべて手を差し出してくるアレキサンドル陛下と握手を交わしながら、フランクとメイシアは驚きの表情で尋ねる。
「陛下。何故こちらへ?」
「おう、理由はコイツだ!」
そう言ってアレキサンドル陛下が自分の背後から引っ張り出したのは・・・
「シっ!シーザー様ぁ?!」
メイシアが驚きの声をあげたのも無理はない。
アレキサンドル陛下の後ろから照れ笑いをしながら現れたのは、フィスリニア王国にいるはずのシーザー王子だったのである。




