1-147 国境戦争 5
さて、もう一方の支援部隊であるフランクが率いる整備スタッフの方は順調な滑り出しをみせていた。
元々、フィスリニア王国の軍事技術力の高さは周知の事実であり、モルーグ王国の技術者達の垂涎の的であった。
そしてその整備スタッフを率いるフランクについても元々評判が高かった。
無称号でありながら『ガルーダ』の整備士を務めていた事で周囲からは努力が報われる好例と見られ、若い技術者達の目標でもあったのだ。
さらに、その地位を捨ててまでも国民のアイドル的存在であったウィルファン王子を救った事が美談として広まっており、その事がフランクの評価をさらに押し上げる結果となったのである。
前回の国境戦争で悪い噂が立った上に男を追って国を捨てたと蔑まれているメイシアとは、モルーグでの評価に雲泥の差があるのが嘘偽りのない現実だったのである。
そんな風に状況に恵まれたフランクだったが、彼は彼で難しい顔をしていた。
今回の国境戦争では、軽戦車、重戦車、そして多脚戦車とも言われる『ロングレッグスパイダー』、さらに『ガルーダ』とそうそうたる兵器が揃っていた。しかし、どれも戦闘による損傷がひどく、3機の『ロングレッグスパイダー』にいたっては、まともに脚が8本揃っている機体は1機もない有り様である。
「一体どれほどの軍備を敵は揃えてきたと言うんだ?あの山脈に重戦車が通れる道が開通したとでも言うのか?」
フランクがそう思うのには訳があった。
モルーグ王国とレンザリア公国の間の山脈は険しく、軽戦車すら越すことが難しい難所だらけなのだ。
そのせいで、山脈を勢力下におき山脈を越えて攻める事が出来るようになっても持ち込める兵器に大きく制限が掛かり、かつ守備側が装備の質も量も高いため、それ以上の大幅な侵攻は難しく、過去から続く国境戦争は山脈の奪い合いに留まっているのが実情なのである。
フランクは、今回山脈を越えてここまで押し込まれているのは指揮官が無能なせいだとばかり思っていたが、兵器の破損状況からどうやらそれだけではないようだと気づいた。
「敵は地対空ロケット弾を多数準備していたようで・・・対『ガルーダ』用だと思いますが、これが『ロングレッグスパイダー』にも大変有効だった訳で・・・」
なるほど、上空を狙う兵器であれば背が高い『ロングレッグスパイダー』は丁度良い的の筈だ。『ガルーダ』を投入しても戦果を上げられないのも無理はない。
説明している整備兵がさらに何かを言いたそうなので続きを促す。
「それに敵は・・・重戦車はないのですが・・・『ティフォーン』を持ち込んだのです」
「『ティフォーン』だって!よく持ち込んだな!」
フランクが掛け値なしに大いに驚いたのも無理はなかった。
『ティフォーン』
それは『プロトタイプ』のマシーナであり、レンザリア公国の旗機である。と言ってもレンザリア公国が所有するマシーナはこれ一機だ。
しかしその風貌はちょっと変わっていた。
人型のマシーナであるが首から下の様子は殆ど伺う事は出来ない。なぜなら首の付け根から体の前後左右にぶら下がった4枚の巨大なベイルが足許まで隠しているのである。首から下をマントで隠している、と言った方がしっくりくるだろう。
そしてそのベイルは分厚い鉄板の凸曲面となっているため、敵の遠距離攻撃も近接攻撃も受け流して殆どダメージを通さない。そして、両手に火器を持ち、ベイルとベイルの隙間から銃撃してくるのである。
しかし、攻守に優れた『ティフォーン』も万能と言う訳ではなかった。
その頑強なベイルの重量ゆえ、走る事は出来ずゆっくり歩くのもおぼつかないと言う有り様である。ならば普段どうやって移動しているかと言うと、4枚のベイルの裏にスラスターが仕込まれており、それで機体を1メートル程浮かせてユラユラホバリングしながらゆっくり移動するのだ。
それ故、前線の兵士の部隊の後方で固定砲台として支援するのが『ティフォーン』の運用方法なのであった。まさに『人の形をしたトーチカ』と言われる所以である。
そのため、大きな的である戦車やマシーナは前に出ることは出来ずに、同じ様に後方からの支援に回る他なく、戦場は純粋に歩兵同士の潰し合いと言う状況なのだと整備兵が説明してくれた。
「なる程、ちまちまホバリングをしながら人型で融通が利くことを生かして持ち込んだな・・・そしてその存在が敵を押し返せない理由か・・・しかしそれなら、前線は膠着して動かない筈だろ?ここまで押し込まれた理由は何なんだ?」
フランクの疑問はもっともだった。
その、当たり前の疑問に整備兵は答える。
「その『ティフォーン』が前面に出て来て押し込んで来たのです。『ティフォーン』がこちらの前線に食い込んで兵士達を蹴散らした後に奴らの兵士が展開するのです」
整備兵は疲れたような表情で大きな溜息を吐く。
「前面に出て来た『ティフォーン』に後方からマシーナや戦車が攻撃を加えてはいるのですが御存知の通り堅牢な奴でして・・・指揮官達も奴の損傷が蓄積して後退するのを待つしかないと言う意見で一致しているのです」
茫然とした表情のフランクに、整備兵は「仕方がないですよ」と言いたげに肩を竦める。どうやら整備兵はフランクも同意見なのだろうと思ったゆえの仕草だった。
しかし、後に続くフランクの言葉に、整備兵は自分の浅はかさに驚かされる事になる。
「レンザリア軍はそんな馬鹿な運用をしているのか!マシーナの運用ミスは命取りだと言うのに!」
フランクは呆れたとでも言いたげに、こめかみに指を当てて首を振り言葉を続ける。
「しかも『ティフォーン』を潰すチャンスだと言うのに、モルーグ軍の指揮官達が敵の愚策に馬鹿正直に付き合っているのはさらに情けない話じゃないか!最初の時には仕方ないにしても何度も同じ手を食らうなんて!」
「何とかなるんですか?!」
驚く整備兵にフランクが笑いかける。
「あぁ、なるさ。次に『ティフォーン』が動いた時が御退場いただく時さ」
フランクは整備兵に用意する物を伝える。整備兵はそんな物でと驚きながらも明るい表情を取り戻し、大至急揃える事を約束するのだった。
「さて、『ガルーダ』の正規パイロットは『ライオット=ザリオン』さんだったな。あの人にも作戦を伝えておかないとな」
フランクはそう言って、整備兵と一旦別れると、懐かしい『ガルーダ』の元へと足を向かわせるのであった。




