1-145 国境戦争 3
「何を、と言われましても、私はフィスリニア王の臣下です。此度は、王命を受けて支援に参りました次第ですが?」
「あ?・・・あぁ・・・確かに・・・」
メイシアは薄ら笑いを残しながら、ごく当たり前の答を返し、総指揮官はオドオドした態度で言葉を濁す。
もし、メイシアが2年前と同じように卑屈であれば、たとえ第一世代の老人の言葉に多少驚いたにせよ、総指揮官はすぐに立ち直り威圧的な言葉と態度でメイシアの心を折り意志を挫きに掛かっただろう。
しかし、メイシアは明らかに2年前とは異なっていた。メイシアの態度から指揮官達の脳裏に真っ先に浮かんだのは『復讐』の2文字だった。
彼等がそう考えてしまったのには十分過ぎる理由があった。自分達はこの罪もない少女を生贄にしようとしたのだ。
そしてその謀略から辛くも逃げおおせたこの少女が強大な力をバックにあの時と同じ国境戦争と言う舞台で目の前に現れたのだ。復讐しに来たと考えるのは当然だった。
メイシアに心理的な先制攻撃を受けた指揮官達の考えは防戦一方となる。いかに復讐の矛先が自分に向かないようにするか、指揮官達はそれを考えるのに手一杯となったのである。
メイシアは総指揮官がこれ以上何も言わないのを確認すると、この中で最も馴染み深い顔にゆっくりと視線を移す。それは2年前のあの時、メイシアを1人置き去りにした医師だった。
「おやぁ?ポーター先生ではないですかぁ。医療部の指揮官に御昇進なさったのですねぇ。おめでとうございます」
薄ら笑いの中からゆったりと紡ぎ出された言葉は、決して祝っているのようには聞こえなかった。
声をかけられた医師は青ざめ、他の指揮官達は復讐の矛先が医師に向いたものと安堵する。
「私が医療スタッフの指揮官ですので、よろしくお願いしますね。そちらの医療部の医師も看護師もあなたも含めて全員私の指示に従ってもらいますから。よろしいですね!」
静かな物言いの後の語尾の荒々しさに、医師は思わず「分かりました!」とうわずった声を上げる。
メイシアは満足したかのように頷くと、次の獲物を探すように他の指揮官達を眺め回す。指揮官達が戦々恐々とするなか、声を出したのはフランクだった。
「私の名は『フランク=メルギス』。技術スタッフの指揮官を仰せつかっています。整備部の指揮官殿はどちらですか?」
「わ、私だが・・・その名はもしかして『ガルーダ』の元専属整備士でウィルファン様をお救いになったお方では?」
立ち上がりながら問いかける壮年の男にフランクが頷くと、男は親しげに笑いながら握手を求めて来る。
「やはりそうでしたか!救国の英雄にお会いできて光栄の至り!」
兎に角、メイシアの攻撃を避けるために、自分がフランク達の味方だとアピールしたいという思惑が見え見えであった。
(何とも必死だな)と心の中で苦笑いしつつも、フランクは微笑みかけることで相手を安心させる
「我々は取り敢えず、武器や傷病者の状況を把握し直ちに行動に移さないといけませんので、一旦これで失礼します。ではまた後ほど」
フランクが頭を下げると「あ、あぁ。よろしく頼みますぞ」と総指揮官はホッとしたような表情で答えた。
指揮官達が頭を下げて見送る中、フランク達は少し欲求不満げなメイシアの腕をとってその場をそそくさと退出する。
フランク達が退出した後、指揮官達が全員大きな安堵の吐息を吐いたのは言うまでもない。
「メイシー!どういうつもりだ!」
テントを出るとすぐにフランクがメイシアを問い質す。
フランク達が退出を急いだのは、メイシアのせいだった。今までのメイシアには見られなかった言動に、フランクと老人達が危機感を持ったためだ。
「え?どういうつもり・・・って?何?」
当のメイシアは何の事か判らずびっくり眼でフランクを見返して、初めてフランクが大層険しい目つきでメイシアを見ている事に気がついた。メイシアが救いを求めるように見た老人達もフランクと同じように険しい目でメイシアを見ている事が判ると、メイシアの表情は一気に不安で一杯になる。
「メイシー、お前は奴らへの復讐のためにこの仕事を引き受けたのか?!」
「そんな!復讐だなんて考えた事もない!」
思いも寄らない言葉にメイシアは思わず首を左右に激しく振りながら否定する。
「では何故、奴らにあんな態度をとった?!」
「あんなって、私はただなめられないように気を付けただけです!」
フランクと老人達は茫然と顔を見合わせる。
「私が一体何をしたと言うんですか?!私、そんな変な事をしましたか?!」
今度は逆にメイシアが問い詰める。フランクと老人達が言い澱んでいると「ハッキリ言って下さい!」と詰め寄った。
「まるで・・・ミリーさんだった・・・」
フランクが俯きポツリと呟く。
「あぁ、恐ろしい時のミリーが乗り移ったのかと思った」
老人達も同意する。
彼等から零れた言葉はメイシアに衝撃を与えた。メイシアは信じられないと言いたげにぎこちなく首を横に振る。
「うそ・・・うそよ、そんなの・・・絶対有り得ない!あんな人と同じだなんて!絶対に有り得ない!何でそんな酷い事を言うんですか!!」
メイシアは声を荒げて訴えるが、フランクと老人達は黙したままだった。
彼等は彼等の推論をとても言えなかった。
メイシアは最近ミリーと共にいることが多かった。それはミリーのやり方にずっと触れてきた事を意味する。そして無意識にミリーのやり方を学習し自分の中に取り込んでいたのだ。これはメイシアが心の奥底でミリーの事を認めているからに違いない。たとえ吐き気がするほど毛嫌いしていてもだ。
そしてメイシアはその事を決して認めない、認める位なら自ら死を選ぶのも厭わないだろう事は言われなくても判っていた。
かける言葉が見つからずに沈黙せざるをえなくなった3人を睨み続けるメイシアだったが、とうとう痺れを切らしてプイっと背を向ける。
「もうこれ以上の不毛な会話は無意味です。とにかく、復讐なんて馬鹿な事は考えていませんし、王命に私情を挟むなどという愚かな真似もするつもりはありませんから、ご安心を!」
そう言って1人でズンズン歩いていくメイシアにフランクが声をかけようとするが「放っておいて!!」ととりつく島もない。
「サモン、メイシアの事は頼むぞ」
とのマイケルの言葉にサモンは頭を掻きながら、メイシアの後に続き、誰にも聞こえない小さな呟きを漏らした。
「まったく・・・こんな想定外の状況、どうミリーに報告すればいいんじゃ・・・」
「作業準備は出来た?」
フィスリニア王国からの医療スタッフと合流したメイシアは開口一番そう尋ねる。
尋ねられた留学生が「は、はい・・・」と返事をする。しかし留学生が何か不安そうにしている事にメイシアは気づいた。
「どうしたの?」
「いえ、メイシアさんがとても怖い顔をしていらっしゃるので、何かあったのかと思いまして・・・」
メイシアは驚き(いけない、いけない)と心の中で猛省する。私は指揮官なのだ。どんな状況でも私は冷静でないといけない。しかも今回は初めて戦場に来る者ばかりなのだからなおさらだ。なのにいきなり不安がらせてどうするんだ。しかも私情で!
メイシアはゲンコツで自分の頭をコンコンと叩き、集まってきた医療スタッフに笑顔を振りまき指示を与える。
「ゴメン、ゴメン。大丈夫、何でもないの。それより今から全員で野戦病院のエリアに向かいます。そしてモルーグ軍の医療部と合流し早速トリアージを行います。さぁ出発!」
メイシアは医療スタッフを引き連れて野戦病院を目指す。とは言っても歩いて数分の場所であり、どのテントが野戦病院であるかはメイシアが経験上判っているため迷う事もない。
やがて野戦病院に近づき、状況の悲惨さが少しずつ見え始めると、医療スタッフの留学生の間からざわめきが起こり始める。
「これが戦場よ。みんな、心するように」
メイシアの言葉に留学生の間から「はい!」と元気な返事が返ってくる。その事に満足したメイシアは野戦病院を再び注視する。そして(前回より酷い状況じゃない!)と息を呑んだその時だった。
「メ~~イシ~~~!!」
横手からそう叫び声が聞こえたかと思うと、いきなりメイシアに抱き付く者があった。メイシアもその人物が誰か判るなり大声を上げる。
「パーシー!あなたも参加してたの?!」
抱きついてきた女性は、メイシアの最高の親友であり、いつもメイシアを助けてくれていた『パーシー=ミーマイ』だったのだ。
パーシーは思わぬ再会に涙ぐみながら返事を返す。
「えぇ、そうよ。それよりメイシーはどうして?・・・もしかしてフィスリニアからの支援部隊の一員なの?」
「メイシアさんは支援部隊の指揮官です!一番偉いんです!」
近くにいた留学生が横から口を挟み、メイシアが苦笑する。留学生としては馴れ馴れしいパーシーへの忠告のつもりだったが、パーシーがそんな事を意に介する筈もなくなおさら抱きつきなおして「すごいじゃない!」と大喜びするのだった。
「ところで、野戦病院の医師と看護師の内訳は?前回の参加者とか、私達がいた医務局とか」
ようやく落ち着いたパーシーと一緒に歩きながらメイシアが尋ね、パーシーがさっきまでとはうって変わった落ち着いた声で返事を返す。
「前回の国境戦争の参加者は強制的に徴集されたと聞いているわ。医務局からも結構な人数が参加してるわ。あなたを苛めていた連中も大勢ね」
パーシーはそう言ってメイシアの表情を探る。パーシーが知っているメイシアなら動揺するところだ。しかし今、隣にいるメイシアはそんな素振りを見せない。パーシーは軽い違和感を覚えるのであった。
やがてメイシアを先頭とする支援部隊の医療スタッフが野戦病院に到着する。
メイシアは仁王立ちになり野戦病院内を眺め回す。確かに皆知っている顔ばかりだ。私を見殺しにしようとした顔だ。私を陥れようとした顔だ。私を蔑み苦しめた顔だ・・・
野戦病院の医師と看護師達は、メイシアを注視したまま固まっていた。ここにいるはずがない人物がいるのだ。その表情が驚愕と恐怖に歪むのは当然だった。
メイシアは目の前に座っている看護師に目を留める。彼女は首都ペリトーラの医務局でいつもメイシアを苛めていた看護師だった。
その看護師もメイシアがいる事に最初は驚いたものの、すぐに立ち上がり昔のように苛めようとする。
「あら、久し振りねぇ『血塗れの看護師』さん。みんなに血塗れになる方法でも教えに来たのかしら?」
そう言って右手でメイシアの髪を鷲掴みにしようとした。彼女の記憶ではそれでメイシアは泣き出す筈だった。同じくそう記憶していたパーシーはメイシアを助けようとした。
その時、過去のメイシアしか知らない2人は信じられないものを見た。
メイシアが看護師の右手首を左手で強く掴み、そして右手で看護師の胸ぐらを掴む。そしてメイシアは薄ら笑いを浮かべこう言った。
「いいわねぇ、それぇ。じゃあ今から行きましょう。あそこに行けばすぐに血塗れになれるわよぉ。たっぷり地獄が味えるわよぉ。お望み通りにぃ!」
その後、恐怖に引きつる看護師が見たものは、嬉しそうに目を見開き、ニタァっとおぞましい嗤いを浮かべるメイシアの姿だったのである。




